アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。   作:えーすえいち

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トレーニングは、大事です。

 靴紐をしっかりと結び、準備体操を入念にする。今アタシはミレニアム校内のランニングコースにいる。

 

 先日のネルさんとの戦闘で感じたのは、スタミナの差だ。アタシがただ走り続けていたのもあるが、終盤アタシが肩で息をしていたのにも関わらず、ネルさんは平然とした様子で応戦していた。動きの差だったり、無駄な動作をしてなかったりと他にも原因は色々あるとは思う。ならその全てを補えるくらいのスタミナがあれば、何とかなるのではないかとも思った。昨日で戦闘に関しての勘はある程度取り戻した(はず)なので、今日はスタミナ特訓だ。

 といってもすることはただのランニングだけど。

 

「水分ヨシ、靴紐ヨシ。タイマーもセットして…ヨシ。」

 

 とりあえず目標は…30分くらいかな。

 

「しゃ、行こっ。」

 

 サックスはユウカ先輩の所に預けてきた。セミナーの部屋だったらこのミレニアムの中では一番安全な場所だと言えるだろう。ユウカ先輩にはお世話になってばかりだ。

 

 

 

「フッ フッ フッ」

 

 一定のリズムで息を吐き出し、脚を前へ送る。

 

何故かなんとなーく、頭にモヤが残っているような気がした。特に何かがあったわけでは無いはずだ。昨日もうちょっと吹けなかったのが心残りだったんだろうか、それともメイド部の人達から署名を貰うのを忘れていたから?だとしてもこんなにモヤッとすることでは無い。そういう忘れ物とかは気づいた時がピークで、次は気をつけようで済む問題だ。

 

 じゃあ、何にモヤついているんだ。

 もしかして、昨日負けたことを未だに引きずっているっていうのか。

 なら違うだろ。あの戦闘は何でもない。ネルさんも恨みがある訳じゃ無いって言ってたし、そもそもネルさんはスゴい強い人だ。あのスピードと、頑丈さと、射撃や身のこなしの端々から見えるテクニック。あんな強い人に、しばらくマトモな戦闘なんてしてなかったアタシが勝てる筋なんて無いはずだろう。それにネルさんだって褒めてくれたじゃないか。根性があるって。

 

 考えれば考えるほど、沼に脚がハマっていく気がする。そんなにもあの負けが悔しかったというのか。

 そう思っていると、アタシの横を別の人が通り過ぎて行った。あの人もランニングをしているのだろうか。あ、あの人、昨日も見たポニーテールの人だ。振り返ること無く、まっすぐ走っている。何故だかその姿に無性に腹が立って、ペースを上げて追い抜く。すると、相手も負けじと追い上げてきた。

 何だ、アタシと張り合うつもりか。そっちがその気なら、乗ってあげよう。次アタシのことを追い越したら、ここからはもう勝負だ。

 

 アタシが追い抜き、しばらくしたらポニテの人がもう一度アタシを追い越す。何度かそれを繰り返しているうちに、どんどんと走るペースが速くなっていく。

 

 

コースを4周ほど走っただろうか、双方ともふらふらになり、お互い走るのを止めて水を飲みに行く。疲れすぎて天を仰いでいると、相手の方から話しかけてきた。

 

「ふぅ、素晴らしい走りでした。ありがとうございます。」

 

 そう言って相手は手を差し出してきた。別に勝負したくてした訳じゃなくて、アタシが勝手に対抗心を燃やしただけではあるんだけどと思いながらも、出された手を握る。

 

「ゲヘナ学園高等部1年、宮本アオホシです。」

「え?…あぁ、そういえば自己紹介してませんでしたね。ミレニアム2年トレーニング部所属、乙花スミレです。」

「その、すいません。勝手になんか競争みたいにしちゃって。」

「いえ、ミレニアムではランニングをする人もそもそも少ないので、とても楽しかったです!」

 

 スミレ先輩が微笑みながら握った手をぶんぶんと振る。トレーニング部と名乗っていただけあって、思っていた以上に力が強い。

 

「あの、昨日タワー前で演奏していた人ですよね。昨日の演奏はお見事でした。」

「あぁそれは…ありがとうございます。」

 

 昨日の午前にも見たポニーテールのランニングをしていた人はスミレ先輩で間違いないらしい。

 

「それで、今日は演奏はしないのですか?」

「一応、午後にしようかなと思ってはいます。スタミナつけるために、ランニング始めようかと思って…。」

「スタミナを!それは良い心がけですね!主に持久力をつけるためのトレーニングとしては有酸素運動が基本ですから。ただ有酸素運動は分かりやすくキツイ運動で、継続することが大事ですのでぜひ頑張ってください!」

 

 褒めるだけでなく、応援までされてしまった。こういう人と一緒にやるトレーニングが一番楽しいんだろうな。

 

「ただ、後ろから見ていて思ったのですが…。フォームが少し崩れていたというか、どことなく集中できていなかったように感じました。正しいトレーニングで無ければ怪我をすることにも繋がります。」

「…それは…はい、すいません。」

「えっ、あぁいえ!決して責めようとかそういったことでは無く…。」

 

 スミレ先輩が気まずそうに顔を逸らす。

 

「その…いえ、同じトレーニーが悩んでいる姿を見過ごすことはできません!どんな物も視点を変えれば筋トレの道具になるように、別視点から言えることだってあると思います!ストレッチをしながらで良いので、少しずつ話してくれませんか。」

 

 励まそうとしてくれているのを感じる。とりあえず筋肉痛にならないためにお互いに脚を伸ばすストレッチをやりながら話す。アタシの背を押しながら、スミレ先輩が聞く。

 

「それで、悩んでいるんですよね。」

「…悩んでる、んですかね。それもあんまり分かってなくて…。昨日あったことなんですけど。」

 

 昨日ネルさんと戦って負けてしまったことを伝えた。それに関しては特になんとも思っていなかったはずなのに、なぜかそれを考えるとモヤモヤすることも。

 

「ネ、ネルさんと戦ったんですか…。よく怪我無しで済んでますね。」

「いや、多分手加減してくれてたんだと思います。」

「あの方は手加減とかは一番嫌う人だと思いますが…。オホン、それで、先日の戦闘を思い出すとモヤモヤしてしまうと。…単純に負けて悔しいのでは?」

「そうなんですかねぇ、でも負けて当然のマッチではあったと思うんです。あんま負けず嫌いって訳でも無いので…。」

「え?」

 

 スミレ先輩が首を傾げる。何か変なことでも言っただろうか。

 

「あの、失礼かと思いますがアオホシさんはとても負けず嫌いだと思いますよ。」

「えっ!?」

 

 衝撃の事実。負けず嫌いなのか?アタシが?

 

「だって、負けず嫌いじゃなかったらランニングで私と競争になってないと思いますよ。」

「あいや、それはー…その、ちょっとむしゃくしゃしてたっていうか…。」

「それに昨日のタワー前での演奏を聴いていても思いましたが、アオホシさんは何かと常に戦っているかのように吹きますよね。」

「…それは…」

「音楽のことはあまり分かりませんが、少なくともあの演奏を聴いた私の感想としては…あなたは全力でした。演奏をすることだけでなく、聴いていた全員に訴えかけていると思うくらいに、全力でした。」

「…。」

「だからきっと、そのネルさんとの戦闘だって悔しかったんだと思いますよ。トレーニングだってできるわけがないと思いながらメニューを組むことはありません。勝てるかどうかは別として、勝ちたいという気持ちは少なからずそこにあったんじゃないでしょうか。」

 

 悔しい…。確かに、戦う前も、最中も勝ちたいと思って戦っていた。どうせ負けるからなんて、思っていなかった。正直全て当てはまっている。一緒に走るだけでこんなにも言い当てられるものなのか…。

 悩んでいたのが馬鹿らしくなるほどに単純な答えだった。なんだか頭が軽くなったような気がする。日が昇っていき、運動であったまった体が陽気でさらに温められる。スマホを見るとちょうど10時40分だった。まだ時間はだいぶあるな…。

 

「その、スミレ先輩。ちょっとここで待っててもらえますか。」

「?分かりました。」

 

 セミナーの部屋へと走る。ユウカ先輩が監視してくれていたサックスを持ち、スミレ先輩の元へと戻った。

 

「今から全力で吹くので、聴いてください。」

「…はい。」

 

 スミレ先輩が言ってくれたことを思い出して吹く。

ロングトーンで始めよう。スミレ先輩が黙って聴こうとしてくれている。大きく、大きく深呼吸をしてからマウスピースを咥える。今までで一番長く息を吐く。全力を出す。

 そうだ、アタシは負けず嫌いだ。

キヴォトスで一番のジャズプレイヤーになろうとしてて、ジャズではもちろん、戦闘で、ランニングでだって負けたくなんかない。

だから常に全力を出す。

 

ホントはこのミレニアムにいる人全員に聴いてもらいたい。

だから届くように、全力で音を出す。

 

今聴いている人に、アタシの音を知ってもらいたいから。

 

 

 

【はい。アオホシさんの演奏を一番間近で聴きました。しかも、私1人に向けての演奏です。初めて彼女の演奏を聴いたのは…校内でランニングをしていたときでした。日課のランニングをしていたんですが、突然ミレニアム校内に演奏が響き渡って。後から知りましたが、エンジニア部の作った音響を試していたんですね。それで、私のコースにアオホシさんがいたというのもありますが、ランニングのときには常にアオホシさんの演奏が耳に入ってきていました。

ある日午前中に走っていると、私のコースを別の人が走っているのが見えて。ミレニアムのトレーニング部員は知っての通り少ないですから、珍しいと思ったんです。それで、同じコースを走っているというのと、トレーニング部部長として負けていられないと、勝手に対抗心を燃やしてしまいまして…。それで、一緒に走って、最終的に競争みたいになってたんですよね。その後に仲良くなって、演奏も聴かせてもらって…。その時の演奏は、ランニングの時に聴いていた音とまるで迫力が違いました。あの演奏は、今でも強く覚えています。】




実は本日が誕生日でした。
ミレニアム編もそろそろ終盤ですかね、ただどう終わらせようか迷ってるところはあります
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