アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。 作:えーすえいち
「スピーカーはそこの辺りが良いでしょう…はいそこで。」
「音響設定は本人が来てからだ。マイクの本数確認をしておいてくれ。」
ミレニアムに来ると、タワー前の広場にヒマリさんたちとエンジニア部の皆が集まってライブ会場の設営をしていた。ヒマリさんがこちらに気づき、向かってくる。
「おはようございますアオホシさん。今日はよろしくお願いしますね。」
「ヒマリさん、ありがとうございます。こんなステージまで用意してもらって。」
「私は案を出しただけですので、形にしてくれたのはほぼ全てエンジニア部の方々のおかげです。」
3段だけの黒い階段を上がる。ステージの真ん中にはマイクがあり、そのコードはスピーカーへと繋がっている。設営されたステージは、前にバンドの手伝いをしに行ったときに立ったステージよりも明らかに小さい。当たり前だ、ただ1人のサックスプレイヤーのためのステージなのだから。どんなステージよりも狭く、小さい。でもここから見える景色が、無尽蔵に広く見えた。
「開始時刻にはまだありますので、ゆっくりしてもらっていて構いません。」
ヒマリさんにそう言われ、タワー前を離れてゆっくりと外を歩くことにする。ふと横を見ると、大きな電光掲示板が、この学園のあらゆるニュースや、新情報を目まぐるしく映していた。
画面が変わり、アタシの姿が映される。
『今日15時から、ミレニアムタワー前にてある一人のジャズプレイヤーがステージに立つ。』
ヒマリさんとエイミさんが作った広報用のスライドだろう。いつの間に撮ったのか、アタシがサックスを吹いている画像をバックに、今日のライブの情報が書かれている。
ニンマリと思わず笑みが浮かぶ。電光掲示板に指を差す。
「ジャズ、じゃんね。」
陽が南中から少し傾き始め、各々の活動を始める頃。タワー前にある人だかりができていた。ステージの横で、ウタハ先輩たちと話す。
「さて、あとはキミの演奏で、完成だ。」
「ありがとうございます。ステージまで用意してくださって。」
「アオホシさん、頑張ってください!舞台袖から応援しておりますので!」
サックスを取り出し、ストラップを取り付ける。
ステージへの階段を昇る。右を見ると、アタシに注目するミレニアムの生徒たちが映る。よく見ると、ゲーム開発部のみんなや、スミレ先輩も来ているように見えた。少なくとも数えるのが嫌になるほど、観客がこのステージの前に立っている。
ステージ真ん中にたどり着き、マイクを手に取る。
「えー…こんにちは。ゲヘナ学園高等部1年、宮本アオホシです。今回、この場を用意してくださった皆さんに、まずは感謝を述べます。ありがとうございます。」
頭を下げ、拍手が上がる。
「前置きをあまり長くはしたくないので…まず1曲、吹かせていただきます。題名は…”GAME”。」
マイクをスタンドに戻し、サックスを咥える。目を閉じ、集中する。ここから、スタートだ。
――――――
「うぅ…!すごい人の多さです…!」
「アリス、大丈夫~…!?」
「お姉ちゃん!ユズちゃんがダウンしそう!」
「気合で蘇生して!」
「ひ…人が、いっぱい…しんじゃう…。」
朝、部室に顔を出すとスマホに一通のメールが届いていた。差出人は匿名で、内容は今日のミレニアムタワー前の広場で、あるライブが開かれるといった内容だった。しかもそのライブも、音楽のライブ。このミレニアムに軽音部があるのは聴いたことが無かったので、何故ライブが、しかも今日開かれるのかが全く分からなかった。ただ、新作ゲームの開発をしようとも思っていたのだが、正直全くなんにも思いつかなかったところがあったし、ミドリからもずっとシナリオを急かされていたので、誤魔化しと、インスピレーションを得られるかもと思い、皆を引き連れて今このタワー前に来ている。
「あっ!ステージに…アオホシです!」
「えっ!?アオホシ!?」
そしてこのライブはどうやらアオホシのためのものらしい。今ミレニアムで音楽に関しての人と言えば確かにアオホシしかいないだろう。何となく合点がいった。ステージに人が立ったのを見て、周りが静かになる。アオホシの声がスピーカーを通してよく聞こえてきた。
「題名は…”GAME”。」
「ゲーム?」
そう思っていると、突然スピーカーから大音量のサックスの音が流れ出す。演奏が始まったらしい。
最初は、同じフレーズというのか、同じ音の組み合わせを何回も吹いているだけだった。ただ何となく、始まった感じがした。まるでゲームを始めた時のオープニングが流れて、最初の村で情報を集めるような。
どんどんと、展開が広がっていく。色んな新天地を目指して進み始め、マップを埋めていき、あらゆる場所で新たにクエストを受ける。レベル上げをして、クエストを消化していき報酬をもらう。
急展開が始まったのだろうか、それともメインストーリーで重要なイベントが発生したのだろうか。突然テンポが速くなり、先ほどよりも体を撃つ低音が目立つ。体力が少なくて回復したいのに、次に大技が放たれそうなピンチがやってきている。ラスボスも、今までのアイテムを駆使しながら、バフとデバフを重ねて、そしてようやく最後の一撃が放たれる。
そしてエンディング。全てが丸く収まり、脅威に怯えることの無い日常が戻ってくる。最初の村へと戻り、勇者たちは平和に暮らしたのだった…。
演奏が終了し、ブーーーーーンとスピーカーの作動音までがはっきりと聞こえるほどの静寂が数秒流れた。誰かが、ぱち、ぱちと手を鳴らす。その音を聞いたまた誰かが手を鳴らし、場が拍手に包まれた。
「……やば……。」
自然と、そう声が漏れた。ひたすらに、凄かった。鳥肌だろうか、音による振動だろうか、体のビリビリする感覚が抜けきらない。
「お姉ちゃん。」
ミドリが私を呼ぶ。
「何。」
「私、もっと頑張る。」
「…」
「私、今までより力入れる。」
「…私も。」
ミドリの方を向くことなく、そう言った。
――――――
「ふぅっ……ふぅっ…ふぅっ」
目を閉じて肩で息をする。思っている以上に演奏に力が入ってしまった。マイクを手に取り、MCをする。
「ありがとうございました。1曲目、GAMEでした。少し休憩も含めて、MCをさせていただきます。」
とりあえず息を整えよう。2曲で終わりなのだから、ここで全てを出そう。
「アタシがここミレニアムに来たのは、ある活動のためです。」
ついでに署名活動についても言っておこう。
――――――
「ははっ、ありゃすげぇな。」
あたしのスマホにメールが来て、しかもそれがC&Cの全員に来ていやがった。ミレニアムで今音楽に関しちゃほぼ確定でアオホシのことだろうとは思っていたが、ライブをするとは思ってはいなかった。
ステージ前に行こうとも思ったのだが、あまりに人が多すぎるのでステージから少し離れた場所であいつの演奏をC&Cの全員で聴くことにした。
「音でっかいねー!でもうるさくは無いのなんでだろ?」
「さっき設営にウタハがいたし、多分何か一枚噛んでるんじゃないのか?」
「エンジニア部も協力しているんでしょうか。」
「初めて聴きましたが…これは、凄いですね。」
一応C&Cのメンバーでもあるので、トキも呼んだ。ただこいつはあたしが親切で誘っているというのに「何か企んでいるのでしょうか」だの「ネル先輩が音楽を聴くとは知りませんでした」だのいちいち挑発してきやがる。いっそのことここでぶちのめしてやろうかとも思ったが、こいつに割く労力がもったいないので無理やり連れて来た。表情もあまり変わらないが、口ぶりからしてそれなりに気に入ったらしい。
アオホシの声が聞こえてくる。どうやら2曲目に入るようだ。
「題名はまだ決まってません。でもこの曲のテーマは、ミレニアムの皆さんです。はい、勝手に曲にしました。」
どうやら2曲目はミレニアムハイスクールをテーマに曲を作ったらしい。戦闘のセンスはあまりないが、こういった音楽のセンスは誰よりもあると思う。実際、演奏はすげぇ上手い。1曲目の演奏も聴いていて気持ちが良かった。題名の感じからしてチビたちをテーマにして作ったはずだ。あいつらも面白い奴らだし、しっかりその感じが出てる気がする。
「だから、そうですね。題名はミレニアムにしましょうか。それじゃあ、2曲目、ミレニアムです。」
アオホシが2曲目の演奏を始める。今までの演奏に比べて、静かだ。そしてノリやすい。今までの演奏に比べて珍しい曲調だった。
「さっきより静かだね?」
「そうですね…。」
ただものの数分でその感想が覆される。今まで見てきた練習のような激しさを持ちながらも、今までよりも音量を抑えたプレーが聴こえてくる。さっきに比べりゃ静かだ。だが、その激しさは変わっちゃいない。まさに変幻自在。多種多様な策を使いながら向かってくるアオホシが瞼の裏に浮かぶ。
「この感じが、戦闘でもだせりゃ文句はねぇんだけどな。」
「ホントに、随分と気に入ったみたいですね?」
「今までに見たことが無いタイプだったからな。戦闘に関しちゃどんな奴よりもズブの素人だが、音楽を言わせてみればあいつは1人であたし達みたいな演奏をしやがる。」
「私達、ですか。」
「あぁ、アスナみてーな無鉄砲とも言いたいが、何をしてくるのか分からない感じ。カリンの外さない確実で、安心の出来る後方火力支援。アカネのような狡猾…といっちゃ聞こえが悪いが、敵を逃さず絶対に始末をする堅実な策の立て方。あいつは毎回の演奏で、あたし達の戦闘を真似してやがる。」
次に何が来るのか分からない部分、それまでを繋げる分かる部分、そしてそれら全てが観客の心を必ず掴んでいく。だからこそ、聴いていて飽きないのだ。
――――――
「これが、ミレニアムをテーマにした曲…。」
1曲目の感動が抜けきらないままに2曲目が始まってしまった。マキもコタマも、チヒロ先輩も呆けてしまっている。実際私もそうだ。前に聴いた演奏が、本気じゃなかったとも思えるレベルの力強さを味わってしまった。いや、あれが全力じゃなかったはず無い。常に全力を更新しているんだ…。
「う~~~~っこの気持ちを今すぐにでも表現したいのに……したいのに離れたらアオホシの演奏が聴こえなくなっちゃうじゃんか~~~!!!」
マキが頭を抱える。正直私も、今すぐ何か、この気持ちをどこかへ発露したい。でもそれよりも、この音にずっと浸かっていたい。
――――――
ミレニアム校内が音に包まれる。とあるたった1人の熱と音に魅了されている。その空間だけ、誰かがはしゃぎまわっているわけでも無いのに、そこにだけストーブが置かれているわけでも無いのに、そこにいる者達が一様に、熱く感じていた。
そんな演奏を遠くから聴いている人が、1人いた。
既に別のアドレスを作って、作動していなかった旧メールアドレスにある1通のメールが届いた。このアドレスに通知が来るということは、少なくともミレニアム関係者。先生からとも思ったが、誰であろうともそのメールには反応しないつもりだった。だが、その通知が数分経っても鳴りやむことが無い。迷惑メールにしても、連投をするメールなんてのは聞いたことが無いので、誰かが故意的に行っているのだろうと思った。その相手のアドレスをブロックだけはしておこうと思い、タブレットからそのメールを見る。
名前は匿名。内容は、ミレニアムタワー前にて音楽ライブが行われるといった内容だった。それと挑発的な言葉が文末にいくつか添えられている。誰が送ってきたのかが分かったが、それよりも気になるのはこの内容。ライブ…。今日のミレニアムにおいて、音楽に関連している人物と言えば間違いなく彼女だろう。あの日サックスを吹いていた、ゲヘナの制服を着た少女。あの子が主役でライブをするのだろうか。
本音を言うのならば、聴きに行きたい。ドローンではなく、私自身の耳で。あの時なぜか署名を書いてしまった、あの音楽をもう一度聴きたい。遠くからでも、聴こえるだろうか。きっと聴こえるはずだ。あの音を聴くだけだ。それ以上のことは何もしない。
そして今、ライブ会場から遠く離れ、どの生徒からも見つからないであろう場所で彼女の演奏を聴いている。
「また、この音…。」
純粋な音を聴いた。何の雑音の影響も受けていない、ただ1人の奏者によるサックスの演奏。何度聴いても新しい音が聴こえてくる。途中のMCで、ミレニアムをテーマにした曲だと言っていた。彼女の耳にはミレニアムはこう聴こえているのか。静か…というか落ち着いていて、でも決して眠くなるような音楽じゃない。1曲目の激しさはそのままにして、音圧や音量など全体を抑えている。激しさもワンパターンじゃない。高い音から低い音まで、違和感を感じさせることが無い。そもそも音楽理論に乗っ取った演奏だとは思い難い。本当は闇雲に音を繋いでいるだけで、メロディーなんてものは無いのではないか…いや、そんなわけない。こんなにも心地良い音が、何も考えられずに紡げるはずが無い。
「…何故、あなたはそんなにも全力で吹けるの…。」
強い音が返ってくる。
私の疑問も跳ね除けるくらいの強い音が。恐れを知らない、激しい音たちが。人を動かす音楽が。
全ての心を拾いながら、私達の後ろへと走り去っていく。
ふと後ろを振り向いた。
陽が傾き、橙色に輝いていた。
――――――
「ほんっとうに、ありがとうございました!」
ヒマリさんたちに頭を下げる。2曲で終わるはずだったのだが、アンコールを求められるほどに大盛況で、GAMEをもう一度吹いてからライブは終了した。
「こちらこそ、ありがとうございました。あなたの生み出す音に出会えたこと、本当に感謝しています。」
「こちらとしても音量マキシマムネオ.csの試験に手伝ってくれたこと、感謝しているよ。あと何回か他の音も試して、審査を通して許可が出たらこれも販売させる予定さ。」
ライブ終了前に、もう一度署名活動についてのアナウンスをすると終わると同時に観客の人達が一斉に署名用紙へと集まってきた。ミレニアム生のほぼ全員の署名が集まったのではないかと思うほどに、用紙の束が出来上がっている。今日でミレニアムはもう完了かな。
「ユウカからミレニアムでの演奏の許可は貰っているんだろう?ならたまにで良いから、またミレニアムに演奏しに来てほしいね。」
「あら、良い提案ですね。」
今日はもう遅くなってしまい、会場の片づけも手伝おうとしたのだが、「今日のところは帰っていただいてかまいません。一番の功労者のお手を煩わせるわけにはいかないでしょう?」と断られてしまった。
本当に、人に恵まれたと思う。このミレニアムでの活動は大成功だ。
ヒマリさんたちにお礼とあいさつを済ませ、帰ることにする。
駅へ向かう途中、あるドローンがアタシの前に浮かんでいた。ふよふよと浮かんで動かないまま、ずっとアタシの前に立ちはだかっている。じろじろとそのドローンを見ていると、あの時署名用紙を拾ってくれたドローンの形に似ている気がした。
「…もしかして、調月リオさん?」
『……あなたの演奏を、聴かせてもらったわ。』
「あぇ。あっ、ありがとうございます!」
確認を突っぱねられ、ライブを聴いていたということが告げられる。
『単刀直入に言わせてもらうわね。』
「?はい。」
『あなたは、怖くないの?』
?
質問の意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。怖い?
『あなたの演奏は、とても恐れ知らずだと思った。どんな音よりも力強い音を出す。それを聴いて思ったの。あなたは、自分の音楽が通じないと思ったことは無いの?』
自分の音楽が、通じない…。
「……無い、訳じゃ無いですね。それに、アタシの音が通じなかったことは既にあります。」
『経験が既にあるのね。ならなおさら何で、あんなにも強い音を出せるの?』
「後悔したく無いからです。」
『…後悔。』
真っすぐとドローンのカメラを見据え、正面から話す。
「アタシのサックスがまだ下手だった時、あるジャズバーの飛び入りに参加させてもらったことがあるんです。その時に吹いて…そのジャズバーの常連のお客さんに、怒鳴られたことがありました。音が大きすぎる、うるさいって。」
『…』
「アタシはあの時のことをずっと後悔してます。飛び入り参加をしたことにじゃありません。あの時、怒鳴られた後もずっと吹き続けなかったことについてです。」
『…!』
アタシは、キヴォトス一のジャズプレイヤーになる。そのために、吹き続けなきゃいけない。
「だからアタシは、通じなかったときのことは、考えてません。通じるまで、吹き続けるだけです。それでもダメなんだったら、やり方を変えなきゃダメかもですけど…。でも、できることならアタシの音だけでやりたいんです。」
『あなたは…』
ドローンが少しだけ俯き、もう一度アタシの顔をまっすぐ見る。
『あなたは、凄いのね。』
何かに納得したかのようにそう言って、ドローンが元の場所へと帰ろうとしている。
「あっあの!」
『何かしら。』
「署名用紙見つけてくれたのと、今日のライブ聴いてくれて、ありがとうございました!!」
しっかりとお辞儀をして、そう告げる。顔を上げると、ドローンはもうそこにはいなかった。
【……いえ、私は調月リオではないわ。えぇ、そういうことにさせて頂戴。
それで、宮本アオホシについてね。幾度か、彼女の演奏を聴かせてもらったことがあるわ。1回目はドローン越しに、2回目は直接。…えぇ、あれは凄かったわね。今まで音に隠された暗号を見つける目的だったり、解析をするために音楽を聴いたことはあったけれど、しっかり芸術として音楽を聴いたのはもしかしたら彼女の演奏が初めてだったかもしれないわね。
…彼女に、あることを聞いたの。何故そんなにも迷わずに吹けるのか、理解されないことは、怖くないのかと。彼女はそれに対して、後悔したくないからと答えたわ。
私は…あの日のことを後悔したことは無い。私はただミレニアムの皆を守りたかっただけ。でもそれでも…他のやり方があったのではと、思ってしまうこともある。だからミレニアムをテーマにしたあの演奏を聴いて、彼女の言葉を聞いて少し肯定された気がした。勝手に、そう思ったの。】
ミレニアム編、終了です。
2曲目、ミレニアムはジョン・コルトレーンのImpressionsをサックスのみかつ大幅にアレンジした感じだと思ってもらえるとありがたいです。Impressions別に静かって訳じゃ無いですけど…。