アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。 作:えーすえいち
”ストップ。”
ぴたっと音が止む。
”アオホシ、ドラムの後ろをついてっちゃダメだ。”
「うす!」
”キミの音はどんなものよりも強い。それが後ろを回っちゃダメだ。それにサックスはついていく楽器じゃない、ついてこさせる楽器だ。もう一度。”
「はい!」
もう一度しっかりとマウスピースを咥え、先生のドラムのテンポに合わせて言われた忠告を守りながら吹く。
”テンポを守るのに集中しすぎてる!もっと音を粒だたせて!”
普段シャーレで業務をしているときのような優しさはどこへ行ったか、厳しいレッスンを受けている。
場所はシャーレ居住区の地下1階にある防音室。そこでアタシは先生とレッスンをしていた。先生がうつドラムのテンポに合わせてサックスを吹く。ピピピピッと横の机に置いていたタイマーがアラームを鳴らす。
”ありゃ、もう終わりか。”
「ふぃーー…。ありがとうございました!」
”うん、お疲れ様。シャワーも使っていいし、休憩していって良いよ。私はデスクに戻ってるからね。”
「はーい。」
さっさっと片づけを素早く終え、防音室を出ていく。自分もサックスを仕舞って、防音室の掃除をする。いつも使わせてもらっている場所なので、このくらいはさせてほしいとお願いしたところ許可を貰った。横を見ると、先生がアタシに教える時にたまに使うピアノと、棚に仕舞われているキーボードがある。先生がドラムで、アタシがテナーサックス。もしバンドを組むのなら最低でももう1人は欲しいところだ。欲を言うのならピアノとベースが欲しい。といってもこのキヴォトスでヒナちゃん以外にピアノを弾ける人を知らないし、ベースに至っては知っていて弾ける人が見つからない。ジャズバーに行けばそりゃ弾く人は見つかるかもだけど、今まで出会った人でこれだって人はいなかったし…。
それにそもそも、バンドを組むにしても全員時間帯が合わなすぎる。もしピアノでヒナちゃんが入ってきてくれたとしても、あの感じだと練習できるときなんてそうそう無さそうだし、先生に至っては常時忙しくて、今日みたいにレッスンの時間を取ってくれていてもだいぶスケジュール的にはカツカツだ。
正直、先生がアタシのレッスンに時間を割いてくれていることに罪悪感が無いわけじゃない。聞く感じ前も忙しかったのに、忙しさがさらに増している気がする。アタシがちゃんと自主的に勉強とかいっぱいすればいいんだろうけどなー…。
――――――
”ヒナお待たせ。それじゃあ再開しよっか…はい、コーヒー。”
「あ、ありがとう先生…。」
部室に戻ると、今日の当番であるヒナが既に到着し、私が帰ってくるのを待っていたようだ。すでに書類の束のいくつかを取って作業を進めていた。マグカップを2つ取りどちらにもコーヒーを淹れ、1つをヒナに渡す。遅れをとらないように、自分のデスクに座り書類作業を進めていく。
ただ、ヒナが何かソワソワと落ち着かない様子だった。こちらの方をちらちらと見ながら、私よりも量の多い書類を処理していっている。あまりこういうことを自分から聞くのは良くないので、ヒナが話しかけてくるのを待つことにする。
数分後、こんこんとドアが叩かれる。
”どうぞー。”
「先生、防音室の掃除しといたよー。あとシャワーも借りたから……って、ヒナちゃん?」
「ア、アオホシ…。何でシャーレに?」
「あれ?言ってなかったっけ。さっきまでレッスンしてたんだけど…。」
ヒナが驚いた様子でアオホシを見る。アオホシはレッスンの事をヒナとは話していないのだろうか。いや、そもそもアオホシは風紀委員会じゃないから話すこともあんまり無いか…。
「んで、ヒナちゃんは…今日当番だったっけ。」
「えぇ。ところで、レッスンって…。」
「それも言って…無かったね確かに。先生ができる時だけになるけど、たまに先生にサックスの練習見てもらってるんだ。」
談笑しているところに、もう一つコーヒーの入ったマグカップを渡す。
「おっ!ありがと、先生。せっかくだし、アタシも手伝おうか。」
手伝ってもらうつもりでは無かったのだが、言うが早いかアオホシはヒナの対面のソファに座って書類作業を手伝ってくれた。
――――――
「ったぁぁーーーー………多すぎるよー…ようやくなんぼか終わったし…。」
”ありがとうアオホシ、ヒナ。後は休んでて大丈夫だよ。”
「そうさせてもらいまーーす…。」
「アオホシ…まぁ良いわ、これを終わらせたら私も休憩に入らせてもらうわね、先生。」
残り少なくなったコーヒーをぐいと流し込み、ソファに横になる。首を曲げるとポキポキと音が鳴る。そのままだらんとしていると、ヒナちゃんも終わったようで紙の束をとんとんと整理して、アタシの分のマグカップを持ってキッチンへと行く。流石に洗ってもらうのはしのびないので慌ててアタシも立ち上がり、ヒナちゃんの隣に立つ。
「ねぇ、アオホシ。」
洗われたマグカップをタオルで吹いていると、ヒナちゃんの方から話しかけられる。
「なぁに?」
「その、レッスンってどういったことをしてるの?」
「どういった……基本アタシのサックスの指導かな?たまにセッションしたりとか。」
「…先生がドラムセットを買ったというのは噂に聞いていたけれど、本当なのね…。その、先生のドラムは上手なの?」
「えーすっごい上手だよ。一緒に吹いててすっごい吹きやすいっていうか。ヒナちゃんは聴いたこと無いんだっけ、先生の演奏。」
「えぇまぁ、まだね。」
キッチンからソファへと戻り、横になる。ちらりと先生の方を見るとしかめ面をしながら書類と向き合っている様子が見えた。いつ見ても、書類に四苦八苦したり他の生徒と笑顔で交流している先生が、アタシのサックスの指導をしているときは厳しい顔になるのが信じられない。ヒナちゃんはまだ先生のドラムを聴いたことが無い…。
「ねー先生。」
”ん、どうしたのかな?”
「先生のドラムさ、ヒナちゃんにまだ見せてないんだよね?それ終わってからでも良いからこの後セッションしない?」
「ちょ、ちょっとアオホシ…。」
”セッションね、良い………いや。”
良いよと言ってくれると思っていたのだが、なぜか急に顎に手を当てて考え込んでしまった。
”そうだね、ヒナのためにセッションを聴かせてあげよう…。ただし!1つ条件をつけよう!”
「条件?」
”2人のセッションを聴かせてあげる代わりに…ヒナのピアノを聴かせてほしいな!”
「えっ。」
ヒナちゃんが驚いた顔をする。まさか先生側からピアノを聴きたいと言われるとは思っていなかったみたいだ。とはいえ、アタシもヒナちゃんのピアノは聴きたい。前のバレンタインパーティーの時に聴いて以来だし。
「私のピアノって…ピアノあるの?」
「地下の防音室にキーボードとピアノあるよ!」
”バレンタインの時に聴いた演奏が耳から離れなくてね。できればもう一度聴きたいと思ってたんだ。それに、こういう機会でも無いとピアノ弾かないでしょ?”
「先生さっすがー!アタシもヒナちゃんのピアノ聴きたーい!」
「で、でも…あの時の楽譜とかもう覚えてないし…。」
”楽譜は簡単なのをこっちで用意するからさ、それに別に断るからってセッション聴かせない訳じゃ無いし。”
「それって条件になって無くない?」
”うん、ノリで条件って言っちゃったけど要はお願いみたいなものだから。”
ヒナちゃんが考え込む。十数秒考えてから、ついにこちらに顔を上げた。
「先生のお願いなら…やるわ。」
「やったー!」
”やったー!”
「といってももう弾き方なんてほぼ忘れかけてるから…そこまで上手くないけど。」
”そうと決まれば早速行こうか!仕事は後からでもできるし!”
「ゴーゴーレッツゴー!」
先生が引き出しからドラムスティックを取り出し、アタシもサックスを持ってそれに続く。
先ほど掃除したばかりの防音室に入り、ピアノのセッティングをする。
「アタシたちか、ヒナちゃんかどっちが先にやる?」
「じゃあ、私からやってもいいかしら。少し譜面の練習もしたいし…。」
先生から渡された譜面を読み込み、ヒナちゃんがピアノに向かう。やはりいつ見てもピアノに向かうヒナちゃんは綺麗だ。
”良かったらドラムでリズム取ろうか?”
「そう…ね。お願い、先生。」
実質ヒナちゃんと先生のセッションだ。忘れているとは言っていたけれどもやはり指が覚えているのか、練習でもかなり上手く弾けている。渡した譜面はスケールの数も少ないし、コードチェンジも少なめの初心者用の譜面だ。
「こんなものかしら…。それじゃあ、弾くわね。」
”ワン、トゥー、ワントゥースリー…”
控えめにリズムをとるだけのバスドラとハイハットが鳴り、ピアノが続く。じんわりとした夕方を思い出させるような、そんな曲だ。
うーん…やっぱり、綺麗だな…。やっぱりどことなくクラシック風味のが似合う気がする。といってもパーティーでの印象が強すぎるだけだとも思うけど。あの時のドレスすっごい綺麗だったし、スポットライトだけじゃなくて、しっかり輝いて見えてた。
居てもたってもいられなくなり、サックスを咥える。あくまでピアノを主役に引き立たせるように吹く。ピアノの音を際立たせ、音を押し上げる。
やっぱり、ピアノが欲しい…。何より、ヒナちゃんのインプロが聴きたい。もし彼女が、演奏の自由を与えられたら…。束の間の自由で、どんな音を紡いでくれるのだろう。自由だからこその演奏を、彼女は弾くのだろうか…。
聴きたい。
ヒナちゃんを、何としてでもアタシたちのバンドに入れたい。
音が止み、演奏が終了する。ふぅっ…と誰かが息を吐き出す音が聴こえようやく全員と目が合う。
”最高だったよ、ヒナ。”
「めっちゃくちゃ良かった!」
「あ、ありがとう…。何とか、忘れてなかったみたい。」
”それじゃあ、約束通りヒナにセッションを聴かせなきゃね…。の前に、水だけ飲んでも良いかな?”
「あ、アタシも。」
少し離れてペットボトルに入れた水を飲もうとすると、先生からヒソヒソとささやかれる。
”ヒナを驚かせたい。タイムアップ、いける?”
「!……ふふっおっけー。」
タイムアップ。えげつないほどの速さで進む2分半ほどの曲で、速さを正確に保てるかのドラムと、力強さを前に出せるかのサックスの技量が試される。ただ何よりも凄いのは、インパクトだ。正直アタシもCDで初めて聴いたときは何が起こったのか分からなかった。そして何回も聴くうちに確かにこれを目の前でやられたら、ビビるだろうなぁという感想しか出てこなかった。
――――――
まさか先生とアオホシのセッションを聴きたいといっただけで、ピアノを弾かされることになるとは想定してなかった。ピアノの弾き方は何とかまだ体が覚えててくれたし、譜面もそこまで難しいそれじゃなかったから弾くのはできたけれど。
それよりも、やっと先生たちの演奏が聴ける。腕をまくり、ドラムスティックを持つ姿も異様に似合っている先生。顔を合わせ、何やらニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
演奏が始まった。
最初の数秒、先生がドラムスティックを目まぐるしい速度で動かす。その後、アオホシがサックスを咥えたと思うと、音のマシンガンが放たれた。何かに襲われていると思うほどの連打。アオホシが目を閉じ、汗が照明に反射して輝く。苦しいのだろうか、どんどん眉間にシワが寄っていく。息継ぎのときにだけマウスピースから口を離し、またすぐに連撃を繰り出してくる。先生が笑いながらアオホシを見て、正確なリズムを刻み続けている。天井の照明がスポットライトとなり、2人をきらめかせる。私のことを忘れているかのように吹く、叩く。
そして、ようやく終了する。2人とも、汗をダラダラとかきながら満身創痍状態だ。
思い出し、拍手をした。
”ふぅーーっ……という事で、タイムアップ、byジョッソ・コルトーレンでした…。どうだったかな?”
「えぇ、凄かったわ。とても、激しかったわね。」
「へへへ…吹けた…。」
乾いた喉を潤す。
ふと、先ほどの演奏を思い出した。さっきは、私が主役で先生とアオホシが私の演奏を補助してくれていた。あの時確かに、3人で演奏している感じがしたんだった。先生が取ってくるリズムを頼りにしながら、譜面を目で追い続け、音を外さないことに必死だったはずなのに。途中からアオホシの音が入ってきた途端、まるであの時のステージに立っているかのような感じがした。
もし…もし、この激しさを私も弾けたら。私も、この2人の中に入れるのだろうか。私も、こんな演奏ができるんだろうか…。
「これが、あなたがいつも言ってる、ジャズなのね。」
「…ふふ、伝わった?」
「えぇ、ジャズ…。良いわね、ジャズ。……ねぇ、アオホシ。」
「うん?」
「私にも、あなたみたいな演奏ができるのかしら。」
「!!……うん、できるよ。絶対に。」
タイムアップ ジョッソコルトーレンの元ネタは、カウントダウン ジョン・コルトレーンです。
ピアノ加入!実質JASS完成なわけですが、3人の舞台はまだですね
UA数が1万を超えました!読んでくださってる方々、本当にありがとうございます!