アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。   作:えーすえいち

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感謝

 レッスンの時間が少しだけ増え、2人だけのレッスンに1人増えることになった。

 

”それじゃあ合わせるよ。ワン、トゥー、ワントゥースリー”

 

 リズムとフロントだけだった音に、メロディーが入る。一気に、ジャズになっている感じがした。

 

”…うん。ヒナ、もう少し強めに弾いても良いよ。アオホシ、遠慮して弱くなってることに気づいてる?”

「え?そう?」

”うん、無意識なんだとしたら早急に直した方が良い。このメンバーで一番強い音を出すのはキミだ。前も言ったけど、フロント楽器という前に出るキミが遠慮をしちゃダメだ。”

「ふーーん、おっけー。」

 

 前よりも少し厳しさが増している気がしなくもない。ただ、それよりも驚くのはヒナちゃんのピアノ。前に大勢の前で弾いたからとは言え、合わせるのもジャズを演奏するのも初めてのはずなのに、しっかりと弾けている。やはりバンドに誘って正解だった。

ピピピと、タイマーが防音室内に鳴る。

 

”よし、今日はここまで。ヒナ、前教えたスケール、しっかり弾けていたよ。その調子で指に覚え込ませていこう。”

「ありがとう、先生。それじゃあ。」

「先生お疲れー。掃除しとくねー。」

”いつもありがとうアオホシ。それじゃ部室に戻ってるから。”

 

 先生が慌ただしく防音室を出ていく。防音室の床を掃き、ドラムとピアノの手入れをする。

 

「そういえばアオホシ、SNSで話題だったわね。」

「え?そうなの?」

 

 そう聞くと、ヒナちゃんがスマホを向けて見せてくれる。どうやら、前にミレニアムでライブをしたときの映像がアップされており、その映像がバズっているらしい。いいねの数も1万を超えていた。

 

「うわーー、こりゃ凄い。……これこんだけの人が見てるんだ。」

「私も、アコに教えてもらって知ったの。アコはまた問題児が増えたなんて言ってたけれど…、美食たちに比べたらはるかにマシだし、こういった形で私の友達が有名になるのは、嬉しいものね。」

 

 ニコリと微笑みながら、ピアノを拭く。ヒナちゃんに褒められるとアタシもかなり嬉しい。

 

「あーーーあっ、アタシたちも早く演奏したいなぁ。」

「その、ごめんね。私があまり時間が取れなくて…。」

「別にヒナちゃんと先生はしょうがないし。アタシはアタシで署名集めるので忙しいからしょうがないんだけどね…。」

 

 そう、バンドを組んだのは良いものの、一緒に演奏をする機会が少ない。基本ヒナちゃんが当番の日に、早めに仕事を切り上げて防音室に集合してレッスンをしてもらうのが普通になってきている。ただそれ以外のセッションが全く無いので、せっかく一緒に練習しようとしてもなかなか時間が取れない。休みの日とかは、先生は変わらず仕事をしてるし、ヒナちゃんだっていつも忙しいからその日くらい休みたいだろうし…。

 

「そういえば、ミレニアムでの署名活動は終わったんでしょう?次はどこに行く予定なの?」

「それなんだよねー…。前便利屋の人達と話してた時はさ、百鬼夜行か山海経に行こうって話してたはずなんだけど…どうしようかなーって感じでちょっと迷ってるんだよね。」

「どうしよう…って?」

「そのー、トリニティに行こうか迷ってて…。」

 

 ピタリとピアノを拭く手が止まり、ヒナちゃんがこちらを振り向く。エデン条約での出来事があってから、ゲヘナとトリニティの関係は特に良い方向に進むことは無かった。あの時だけは両者共通の相手がいたため一緒に戦うこともできたが、未だ犬猿の仲。

 アタシも前にジャズバーが他に無いか探しにトリニティへ行ったとき、トリニティの生徒に滅茶苦茶ヒソヒソ話されてたし、酷い人はわざとぶつかったりしてくる人もいた。気分が悪くなったので早々に帰ったし、ヒナちゃんや風紀委員会に面倒はかけたくないので無視していたが、何も返してこないのを良いことにどんどんエスカレートしていきそうな感じだった。

 まぁ、そこに行こうとしているわけだからそりゃビックリもするよね…。

 

「…いえ、アオホシが決めたことだもの。私に何も言う権利は無いわね。」

「んまぁ、アタシとしても若干怖いっていうか、騒動になったらめんどくさいからねー。だから悩んでる。」

 

 便利屋さんと話してたときに、先生と一緒に行くのも考えたけど。でもトリニティ行くのにずっと先生についてきてもらうのは…子守りかよって感じだし、そもそもさらに忙しくさせちゃうからそんなこと頼めないし。

 

「まぁ、トリニティでの演奏許可もらいに行くときに先生に付き添ってもらって、そっからはアタシだけで頑張るけど。」

「……もし辛くなったら、いつでも連絡はしてきて良いからね。」

「へへへっ、優しいな~ヒナちゃんはホント。」

 

 心配をしてくれるヒナちゃんに抱き着き、後ろ髪をモフモフする。

 とはいえ、キヴォトスの全学園の声を得ない限り大規模な音楽祭は開けないだろう。だから後回しにするのも良くない。

 

「ちょ、ちょっと…。」

「しんどくなったらちゃんと連絡するね。ありがと!」

 

――――――

 

「くっあぁ~~~……働いた!」

 

 自転車から降りて、体をぐぐっと伸ばす。コンビニのATMに寄って、お金を引き出しに行く。ATMから帰ってきた通帳には、電気代とガス代に並び、ゲヘナガッキ(36)と書かれていた。

 

「よ~~やく終わりましたか…。」

 

 アオホシがまだ中等部だった時に買ったサックスを36回ローンで購入したときのローンがついに払い終わった。私に遠慮して何も欲しがろうとしなかったアオホシが、あの時やりたいと言ってくれたサックス。そのローンがようやく払い終わった。

 

「ふん、ちょろいもんですな。」

 

 さて、時間的にもうアオホシは帰ってきてる頃かな。早く帰ろう。

 

――――――

 

 ヒナちゃんと先生とで大舞台に立つためにも、迷ってもいられない。

 掃除を終え、先生に挨拶をしてから家へ帰った。

 家に明りがついていないのを見て、まだ姉ちゃんが帰ってきていないことに気づく。手を洗い、着替えてからキッチンに立つ。冷蔵庫にはもやしと豚ひき肉と…うーんそうだな、ここにニラでもあれば簡単にニラ豚作れるんだけど。

 

「まぁそんな都合よくニラが余ってることも無くて…。」

 

 案の定野菜室を見てもニラは無い。

 

「うーん、そうだな。もやしあんかけかな。」

 

 メニューが決まり、調理を始める。包丁を使わないので、まな板を洗う必要もない簡単なメニューだ。もやしを洗って水気を切っておき、鶏がらスープの素、砂糖、オイスターソース、醤油、酒、おろし生姜を入れて混ぜておく。フライパンに油をしいて火をつけ、十分にあたたまったところにひき肉を入れそぼろ状になるまで炒める。肉が油で炒められるこの匂いだけで正直お腹が空いてくる。そぼろ状になってきたら、混ぜておいた調味料を入れてひと煮立ちさせ、もやしを加える。もやしがしんなりとしてきたら、水溶き片栗粉を加えてとろみを出し、器に盛れば…

 

「完成っと。あと小鉢も欲しいな。」

 

 パックの納豆があったのでそれと、作り置いてあったひじき煮を小鉢に盛る。時計が7時を指す頃、玄関のドアが開く音がした。

 

「ただいまー。ごめんね遅くなって。」

「うんにゃ、だいじょーぶ。もうできたし、冷めないうちに食べよ。」

 

 少し濃いめの味付けにすることで、白米がどんどんと消えていく白米泥棒へと変身するこのあんかけ。洗い物を増やしたくないときはもう丼にしてしまえば皿が一つ減るし、色々とアレンジも効く。もやしじゃなくてジャガイモにしたり、今回はあんかけにしたけど別にあんかけにしなくたっていいし。最近はご飯に納豆をかけて食べるのが私の中でブームになっている。やっぱりご飯って何をのせてもかけても美味しいから、良いんだよなぁ…。

 ご飯をおかわりして、盛られていた料理は綺麗に無くなった。皿洗いと入浴を済ますと、姉ちゃんが暖かいお茶を淹れてくれた。姉ちゃんがあんまりおもしろくないバラエティ番組からニュース映像にチャンネルを変える。

 

「そういやあんた、人気者になったわね。」

「SNSのやつ?」

「そ、後輩にお昼の時に見せられたわよ。まさかあんたがミレニアムでライブするとは思っても無かったけどね…。」

「…姉ちゃん、そのことで、話があってさ。」

 

 アタシの雰囲気を察してか、テレビの方へと向いていた体をアタシの方へと足を組みなおして向けてくる。

 

「アタシ、今度はトリニティに行こうって思ってるんだ。」

 

 姉ちゃんの目がかすかに見開き、すぐに元に戻る。

 

「…そこまで詳しいわけじゃないけど、嫌でも耳には入ってくる。エデン条約での一件があってから緩和されたとはいえ、その溝が完璧に埋まったわけでは無い。それはあんたが一番よく知ってることだとは思ってる。」

「うん。何なら前、ちょっと危なかったし。」

「それでも行くって訳ね。」

 

 ふーーーとため息をついて、勢いよく背もたれに持たれる。

 

「そういえばさ、サックス、どんな感じ?」

「え?」

「ちょっと見せてよ。」

 

 自分の部屋からケースを持ってきて、姉ちゃんの目の前で開ける。

 

「手入れとかはしてるけど、もう新品ほどの綺麗さはないよ。」

 

 姉ちゃんが買ってきてくれた時の綺麗な、まさに黄金の輝きは失われている。それでも鈍くそれでいて黄金色に光を反射するそれは、どんな楽器よりも美しく思えた。

 

「お~~~…使ってんね。」

 

 さらりと一撫でしてから、もう一度目を閉じる。

 

「トリニティには行かせたくはない。」

 

 アタシの目をしっかりと見据えて、そう言った。

 

「でも、アオホシ。あんたはそうするべきだって思ったんでしょ。」

「…うん。」

「なら1つだけ言っとくわね。」

 

 椅子から立ち上がり、右肩に手を置いた。

 

「後悔だけは、しないようにね。」

「…うん。」

「…ふふ、サックス、頑張りなさい。私はもう寝るから。」

 

 髪をわしゃわしゃと撫でてから、階段を昇って姉ちゃんの部屋へと入っていく音が聴こえた。

 ありがとう、姉ちゃん。アタシ、もっと吹くから。

 

 

 

【ヴァルキューレ公安局から電話がかかってきて、なんだか久々でしたね。あの子が中等部だった時はほぼ日常茶飯事みたいなものだったんで…。そんなになるほど、良かったんでしょうねやっぱり。その日、すぐに迎えに行って久しぶりにおぶって一緒に帰りました。そしたら後ろで、「絶対姉ちゃんにも、車買ってあげるから」とかわけわかんないこと言ってて…。え?買ってもらったか?あはは、まだですね。そういえば昨日電話でそれについて行ったんですよ。いつ買ってくれるんだって。そしたら「そんなこと言ってないよ、姉ちゃん得意の36回ローンで買えば!」って言ってきて。「アタシだって車持ってないし!」って。とにかく、私に冷たいやつなんですから…。】




アオホシの姉の話は、BLUE GIANT2巻の流れとほぼそのままです。
ブルアカで親とか、出生ってどういう感じになってるのか分からなかったので、BLUE GIANTでは家族は妹とお兄さんとお父さんが居ましたが、アオホシにはお姉ちゃんしかいないことにしました。
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