アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。   作:えーすえいち

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嘘に、無駄にしたくないから

「先生ー、トリニティ行くのに付き合って。」

 

 場所はシャーレ。今日はアタシが当番だったので、そのついでに先生に付き添いのお願いを申し出る。

 

”…トリニティに?楽器店でも行くの?”

「そうじゃなくて、トリニティ学園。しかもティーパーティーに会いに。」

”えっ?”

 

 どうやら話が読めないみたいで首を傾げる。先生がSNSを確認していないのもおかしいと思ったが、前にシャーレの公式アカウントを見たとき最新の投稿が3か月前とかだったので、あんまりSNSを使ってないのだろう。とはいえ、今回やろうとしてることを言った場合、”リンちゃんに私から言おうか”みたいなことを言われかねない。それが悪い訳じゃ無いけど、せっかく既に2校から署名を貰ってるから、それを無意味にはしたく無い。

 

「前セミナーの人からミレニアムでの演奏許可もらって、普段違う人達にジャズ広めれて楽しかったからさ。だからトリニティでもやりたいんだけど、流石に1人で行ったら警戒というか怪しまれると思うし、先生と一緒なら安心かなって思って…。ダメ?」

”いや、私で力になるならついて行くよ。私の方から連絡も入れておこうか?”

「いい?じゃあお願いします。」

 

 なので署名活動の云々はまだ先生には話さないでおく。もしかしたらもう知ってるのかもしれないけど。

 

 

 

 ということで翌日。

 先生から連絡をしたところ明日でもOKとのことだったので、早速トリニティに一緒に向かうことにした。

 

”しかしミレニアムで既に演奏してたんだね。知らなかったよ。”

「うーんまぁ、たまには刺激が欲しいなーって思って。」

 

 シャーレで合流してからトリニティへと向かう。トリニティ方面の駅にゲヘナ生がいてもなんらおかしくはない。トリニティにしかないスイーツ店だったり、有名店はそこに多いからだ。ただ、トリニティ学園に近づくにつれ、トリニティ生が増えるのは単純なことで、新しく乗ってくる人がアタシを見るなり露骨に嫌な顔をすることが多い。全員がそうというわけでも無いが、酷い場合はうわ、と声を漏らすやつだっている。その後に先生を見て、バツが悪そうに離れていく。

 

”お、もうそろそろ着きそうだね。”

 

 トリニティ学園前に到着する。先生の後を着いていき、堂々と歩く。別にやましいことも何もしてないのに、怖がる方がおかしいや。ただ、駅を降りるとその声は顕著に多くなっていく。学園へと近づいて行けば行くほど。そしてついにはこちらに話しかけてくる人まで出てきた。

 

「先生、少しよろしいでしょうか?」

”お、何かな?”

「その、なぜゲヘナ生がトリニティへと入ろうとしているのでしょうか。」

「アタシがティーパーティーに会いたいって言ったから、その付き添いで来てもらっただけだよ。」

「ゲヘナ生がティーパーティーに…?何を企んでいるんです?」

「別になんも企んでないけど。演奏の許可貰いに来ただけだし。」

「…はぁ…?」

 

 だんだんと話しかけてきたトリニティ生の顔がしかめ面になっていく。別に聞かれたことを答えただけなのに、なぜそんなにも不機嫌になっていくのか。

 

”質問はそれだけかな?ごめんね、早めに済ませたいしもう行くね。”

 

 明らかに悪くなっていく雰囲気に察したのか、先生がアタシの手を引いて学園へと入っていく。

 

「あの、先生すんません。」

”いやいや、謝ることじゃないよ。とはいえまさかあんなに早く何か言ってくる子がいるとはね…。”

 

 学園へと入ると、先生がいることでまだ緩和されているであろう奇異の目が容赦なくアタシたちに突き刺さってくる。なるべく反応しないように先生の背中を見続け、その視線の中を歩いていきようやくティーパーティーのいる部屋の前へ着く。扉の前に立っている生徒2人に先生が話しかける。

 

”こんにちは、ナギサたちに用があって来たんだけど、入っても良いかな?”

「先生ですか、少々お待ちください。確認を取ってまいりますので。」

 

 門番であろう生徒たちが部屋の中へと入り、数秒経つと帰ってきた。

 

「確認が取れました。先生がいるので問題は無いかと思われますが、そこのゲヘナ生は武器、弾薬等の荷物は全て置いていってください。これは決まりですので。」

 

 サックスだけでも持ち込みたかったが、ここでごねるとただでさえ良くない印象がさらに悪くなってしまう。ここは大人しく置いていくことにする。

 部屋に入ると、白が視界に入ってくる。ベランダのように壁が無く、そよそよとした風が遠慮がちにこの部屋を通っていき、陽の光は暖かさを運びながら降り注いでいた。中央に置かれたテーブルを囲いながら座る3人がこちらを見る。テーブルの上にはティーセットが置かれており、真ん中には漫画とかでよく見るケーキを乗せるお皿が重なってるやつが置いてあった。先生が3人に近づいていき、挨拶をする。

 

”こんにちは、ナギサ、ミカ、セイア。”

「こんにちは、先生!」

「わざわざ脚を運んでいただき、ありがとうございます先生。」

「うむ、こんにちは先生。」

 

 各々が快い笑顔を先生に向け、挨拶をする。その後ろにいるお付きの生徒たちは、私が怪しい動きを見せれば、すぐにでも発砲してやろうとでも言わんばかりの鋭い視線を送ってくる。

 

”用件は伝えてあるけど、改めて本人の口から話した方がいいかなと思って。それに、アオホシも自分から言いたいってことだったし。”

「初めまして、ゲヘナ学園高等部1年、宮本アオホシと言います。今回皆さんに会う機会を与えてくださったこと、まことに感謝いたします。」

「あははっ☆先生の頼みだったからOKしただけなんだけどね☆」

 

 分かってる。誰にも歓迎なんてされちゃいないことも全部。ここまで来れたのも全部先生のおかげだ。だからこそ、ここに先生がいると困る。

 

「先生、ちょっとだけ外で待っていてもらえますか。」

”…大丈夫?”

「はい、アタシは大丈夫なんで。」

 

 先生に部屋の外で待っていてもらうように頼む。今からするお願いに、先生という力を使ってしまうと、それはアタシの力じゃない。

 

「改めて、風紀委員会でも、万魔殿でもないアタシに皆さんと会う機会を与えてくださったこと、感謝します。」

「建前は良いから早く本題に入ったら?」

「…そうさせてもらいます。先生からも用件は伝えられているとのことでしたのでご存じかと思いますが、このトリニティ自治区でのサックスの演奏許可、並びに、署名活動の許可を貰いに来ました。」

「……署名?」

 

 ケモ耳で萌え袖の女の子が首を傾げる。その場にいる全員に、晄輪大祭レベルの音楽祭を開くための署名活動をしていることを話した。

 

「ふむ…。」

「ふーん。」

「音楽祭…。」

 

 1人は顎に袖を当て、1人は爪のチェック、1人はカップを傾け残っていた紅茶を飲み干す。

 

「そして現在、ゲヘナ学園、ミレニアムハイスクールでの署名活動が終了しています。署名も、かなりの数が集まってきていますが、連邦生徒会へと提出するにはまだ足りません。その署名を一つでも多く集めるために、このトリニティ自治区でのサックスの演奏許可、署名活動の許可をいただきに来ました。」

「ゲヘナ生にしては随分とまっさらな理由なんだねー。どうせそれも全部建前なんじゃないの?」

 

 ピンク髪の子が目を見開き、こちらをジロリと見つめる。

 

「ミカさん。」

「あはっ、ナギサちゃんもいい加減猫被るのやめなよー。ここにいる全員が思ってることでしょ?それに自分でも言ってたじゃん、風紀委員会でも、ましてや万魔殿の1人でもないた・だ・の一般生徒。そんな子がわざわざトリニティまで来て頼むことが、演奏するの許可してくださ~いなんてこと、あると思う?」

「ミカ、そういうのは本人の前で言わないものだよ。」

 

 おそらくあのケモ耳の人がセイアさんなのだろう。セイアさんがミカさんをたしなめる。

 

「えーなに?じゃあセイアちゃんはこのゲヘナ生を信じるってわけ?」

「確かに今この段階では無条件で信じろと言う方がおかしいかもしれない。ただ少なくとも忘れないでほしいのは、彼女を私達と会わせたのは、先生だ。」

「……。」

「ミカがゲヘナ生を嫌っていることは嫌でも分かる。ただ先生がそのことを考慮することなく、そしてゲヘナとトリニティの仲の事を知らないはずも無いだろう?」

「そこに関しては、セイアさんと同意見ですね。」

「改めて聞こうか。ええとアオホシだったかな。」

 

 セイアさんがアタシに質問をする。ミカさんは先ほどよりも目つきが鋭くなり、見つめるというか睨んでいる。

 

「そうだね…。キミの言うことはとてもいいことだと思う。では聞こうか、何故キミは先生にそのことを隠しているんだい?」

「それは、気になりましたね。私も先生から聞いたのは、サックスの演奏許可を貰いにゲヘナ生が1人来る、ということだけでした。」

 

 先生にはそうとしか言ってないから、当たり前だ。

 

「へぇ?先生にはなんにも言ってなかったってこと?」

 

 水を得た魚のように声を大きくし、ミカさんの視線がさらに鋭くなる、もはや眼だけで殺されそうになるくらいだ。

 

「はい、先生には署名活動に関しては言ってません。」

「その真意を、聞かせてもらってもいいかな。」

「…アタシは。アタシは、キヴォトスで一番のジャズプレイヤーになりたいです。」

「……は?」

「キヴォトスの全員にアタシの音を届けて、アタシはジャズでアタシの音で、一番になりたいと思ってます。」

「……。」

「この音楽祭は、そのための一歩です。そしてさらに、キヴォトスにいる全員に、ジャズを届けたいと思ってます。」

 

 アタシの音で一番になりたい。もしここに連邦捜査部シャーレの顧問という力が途中で入り込んでしまった場合、それは全て先生がいたから叶えることができた夢になってしまう。最終的に先生に確認してから、連邦生徒会に提出してもらうから先生の力を借りるのは変わらないんだけど、せめてその過程では、先生の力を借りずに叶えてみたい。

 

「はぁ。結局ゲヘナってわけじゃん。要は自分の夢を叶えるための踏み台になれって訳でしょ?当たり前だけど、却下で。そもそもジャズ?っていうのを広めること自体無謀でしょ。しかもそれの一番になるなんて、何の力も無いあなたができるわけがないじゃんね。」

「いえ、アタシは署名活動の許可をいただきたいだけです。この署名に協力していただくかは、本人の自由ですので。」

「だからそれが無謀だって言ってんじゃん。加えて言うけどゲヘナ生がトリニティで活動をして、署名を貰えないだけだとでも思ってる?最悪、家に帰れるかどうかも分からなくされる可能性だってあるよ?」

「ミカさん、それ以上は脅迫になります。」

 

 ナギサさんがミカさんを少し宥める。

 

「アオホシさん、あなたの言う事は分かりました。全校生徒を対象とした音楽祭を開くため、そして何より自分自身の夢を叶えるため…。そのためにゲヘナとミレニアムでは既に署名を集めていることについても、承知しました。エデン条約での出来事があっても、ゲヘナとトリニティの間に未だ埋まらない溝があります。それらを踏まえて改めて聞きましょう。あなたは何故、このトリニティでジャズを広めたいのですか?」

 

 何故ジャズを広めたいか…。もちろん、ジャズを知ってほしい、もっと熱い音楽であることを知ってほしいことが大きいけど。ゲヘナとミレニアムではアタシの音を、そしてジャズを知ってもらえた。トリニティでもそれができればいいと思ってる。でもそれだけじゃない。

 

「もちろん、ジャズを広めて、知ってもらいたいことが一番です。ただ……」

 

 ヒナちゃんと、先生と一緒に舞台に立つために。

 

「エデン条約で、流れた血と使われた弾薬に嘘をつきたくありません。」

 

 チュチチ…と鳥の囀りが聞こえる。まだ言う事は無いのかと言わんばかりの沈黙がアタシに冷や汗をかかせる。

 

「…なるほど。」

「…はぁ。」

 

 ミカさんが席を立つ。

 

「ミカさん、まだ話は終わってませんよ。」

「ちょっとお花摘んでくるだけ。話は進めといていいから。」

 

 ミカさんの席の後ろに立っていた生徒を複数引き連れて、アタシたちが入ってきた扉とは反対の奥の方へと消えていく。

 

「よく、分かりましたアオホシさん。この件に対する回答は、後日ということでもよろしいでしょうか。」

「はい。大丈夫です。」

「では、今日のところはこれで終了ということにしましょう。今回はお越しいただきありがとうございました。」

「はい、ありがとうございました。」

 

 退出を促され、机に背を向けて部屋を出る。扉のすぐそばには先生が立って待っていた。

 

”お、どうだった?”

「後日回答するから待っててだって。」

”そっか。よし、それじゃ戻りますかー。”

「あ、ごめん。楽器店だけ寄っても良い?リード買い足したくて。」

 

――――――

 

 先ほどまで張り詰めていた空気が嘘のように鳥の囀りまで聞こえてくるくらいに静かで温かく、のどかの時間が少し流れる。トイレに行くといって退出したミカが、本当に戻ってきた。

 

「あの子、帰った?」

「あぁ、キミのいない間にね。」

 

 そっかと言って席に戻り、あと2つ残っているスコーンを取る。時間が経ってしまい少し冷えてしまったスコーンを半分に割ってから、クロテッドクリームとジャムをたっぷり乗せ、ぱくぱく、ぱくりとわずか3口で1つのスコーンを食べきってしまう。その全てを流し込むように紅茶を飲み、ふー、と背もたれに背中を預ける。

 

「それで、ナギちゃんたちはどうするつもりなの。」

 

 既にいなくなった彼女の影を見ながら、そう言い放った。

 宮本アオホシ。突如このトリニティに現れた、何者でもない、ただの高等部1年生。この存在をそのままに信じることが、決して我々に容易いことでは無いことは誰にでも分かっているはずだ。

 

「先に言っておくけど、私はもちろん反対だからね。トリニティにゲヘナがいること自体耐えられないし。」

「ですが、我々がすることは彼女に許可を与えるだけです。そこまで邪見にする必要は…。」

「じゃあもし許可与えて、めちゃくちゃされることは無いって思える?あのゲヘナ学園の生徒で、ただで済むってこと、あると思ってる?」

 

 与えることは簡単だ。書類を作成し、我々ティーパーティーの判を押せばそれだけで済む。ただ、我々の判を押すという事は、トリニティ生はそれに対し何も言えなくなる。そしてその許可証を盾に酷いことをトリニティ自治区で行われるかもしれない。いや、今までにゲヘナ生による被害が無かったわけでは無い。温泉開発部や美食研究会、はては便利屋68というゲヘナから生まれた会社までもがこのトリニティでやらかしてくれたことは決して少なくない。

 

「それは…。」

「何か起きてからじゃ遅いんだよ、ナギちゃん。例え他のゲヘナ生と違って許可を取りに来たからって、それが安全な証拠になる訳じゃ無い。むしろ許可を取りに来ないやつよりも酷いことをされる可能性あるでしょ。」

「彼女が他のゲヘナ生と違う、という可能性は無いのかい?」

「はぁ?」

 

 馬鹿な事を言うなと言わんばかりの呆れ声がミカの口から漏れる。

 

「あのね、セイアちゃん。あの子の言う事聞いてた?キヴォトス一のジャズプレイヤーになる?真なる美食を求めて各飲食店を破壊して回ったり、温泉開発(笑)のために所かまわず破壊活動をするやつらがいる学園にあの子はいるんだよ?」

「あぁ、そうだね。でもあの子は違うとは思わないのかい?」

「思わないね。ぜっっっっったいに、思わないね。」

「……彼女はゲヘナ生、そして私達はトリニティ生だ。」

「…急に何?意味のない議論を長引かせないでよ。そもそもこれはもうほぼ決まってることじゃん。」

「そして何より、彼女と私達を会わせたのは先生だ。」

 

 不機嫌からか眉間にシワを寄せていた顔から、目を見開く。

 

「再度言おうか。先生は、ミカの言うただのゲヘナ生と、ティーパーティーを会わせたんだ。」

「……。」

「この行為に意味が無いと、思うかい?」

 

 再度静寂が場を包む。ナギサがミカのティーカップに紅茶を淹れ、心地よい香りがテーブル上に漂った。

 

「ミカさんがゲヘナを許す必要はありません。ただ彼女は言いました。エデン条約で使われた弾薬と、流れた血に嘘をつきたくはないと。」

「ふふっ、彼女のそれは偽善でしょ。」

「偽善だと思いますか。先生を使って脅すこともできたのに?」

「……」

 

 俯き、黙り込む。

 

「エデン条約後も、ゲヘナとトリニティの関係は決して良好ではない。…これは私の主観だし、勝手な個人の意見だが…。彼女が我々を繋ぐ1つの橋になってくれるのではないかと、私は少なからず思ったんだ。」

「…お得意の、未来視?それとももしかして、ここに来る前に彼女に会って話でもした?」

「いいや、ただの勘さ。」

 

 そうあって欲しいだけだったのかもしれない。それでも信じたいと思う何かが彼女にあった…と思う。少なくともあの瞳は、覚悟を聞いたあの先生と、同じ色をしていたから。

 

「それじゃあ彼女に許可を与えるか決めようか。賛成は…そうだね、ティーカップを空にしてくれるかな。」

 

 彼女が来てから淹れたままだった紅茶を飲み干す。続けてナギサがカップを空にする。

 ミカが残ったスコーンを皿に取る。先ほどよりも少なめにクリームとジャムをつけ、スコーンを複数回に分け口に運ぶ。スコーンを食べ、紅茶を飲む。その手にスコーンが無くなると同時に、カップには一口分の紅茶が残っていた。その紅茶をゆっくりと、ミカは飲み干した。

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