アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。   作:えーすえいち

24 / 39
アウェー空間

 スズミさんとレイサさんはアタシの演奏を3曲ほど聴いた後、モモトークも交換してから巡回に戻っていった。時間的にもちょうどいいので、持ってきたお弁当を鞄から取り出す。少しだけ休憩することにしよう。

 自分で作ったから中身は知ってるけれど、やっぱりいつもと違う場所で弁当を開くこのワクワクした感じは良いものだ。冷めても美味しい冷凍からあげと、かなり綺麗にできた卵焼き、作り置いてあったひじき煮とブロッコリーサラダがぎゅうぎゅうと限られたスペースを分け合っている。ちなみに卵焼きは甘くないやつ。出来立てのあったかい卵焼きなら甘くても良いんだけど、何となく冷めた卵焼きで甘いのは苦手だ。

 うん、なかなか美味しくできてる…今日が特別だったから姉ちゃんの分も作って置いといたけど、なかなか面倒なものだ。フウカ先輩たちはこれの何千倍というめんどくささをほぼ毎日感じているのだと思うと少しゾッとした。マジでフウカ先輩とジュリちゃんには感謝しないとなー…。

 

 そう考えていると、黒い影がこちらに向かって来ていた。

 あれは…イチカさんか?

 

「アオホシさんこんにちはっす!今日も精が出るっすね。」

「イチカさんこんちは!…後ろの方達は…?」

 

 こちらに気さくに挨拶をしてくれたのは予想通りイチカさんだった。といってもイチカさんだけでなく、その後ろにかなりの人数を引き連れていた。そのほとんどの目が隠れている。なんで?

 

「あぁ、この子たちは私の後輩っす。今日は警備巡回の指導も含めてなんで、かなり大所帯になっちゃってるっすけど…。」

 

 イチカさんの後ろからヒソヒソと話している声が聞こえる。あまり好感は持たれていないのかもしれない…。

 

「みんな言い忘れてたっすね、この人が宮本アオホシさんっす。私にジャズを教えてくれた人っすよ。」

 

 イチカさんがそう後輩たちに説明すると、ヒソヒソ声がきゃあきゃあとにわかに盛り上がる。

 

「っていうか、イチカさん後輩いるんすね…。」

「え?あぁまぁそりゃ2年っすから。」

「アタシもイチカ先輩って言った方がいいかな…。」

「えーー!アオホシさんに先輩って言われたくないっすよ!私の師匠みたいなもんなんっすから!」

 

 先輩に師匠と言われるのはなんだか変な感じというか、むず痒い。でもまぁ本人が良いなら良いか…。

 

 

 

 

「そういや思ったんすけどアオホシさん、学園内では吹かないんすか?トリニティ自治区内での演奏の許可貰ってるんっすよね?」

 

 悪気の無い一言に体が固まる。

 ついに言われた。

 

 別にいつやるのも関係はない、事実トリニティ学園内で吹くのを避けていたところはある。やり返す…のはダメだからできないけど、そこらへんのやつよりかは強い自信はあるしすぐに逃げれるだろう。ただ一番嫌なのはアタシのサックスに傷がつくことだ。もしエスカレートして、吹いている最中に銃でも撃たれてしまえばそれが一番最悪。アタシ単体を狙ってくるのなら別にいい。何にしてもサックスに傷がついてほしくない。だから学園内で吹くのは少し避けていた。トリニティで信頼できる人がある程度増えるまで…。

 

 でもそれってジャズだろうか。見えてる壁、脅威から逃げるアタシはジャズに向き合っているって言えるんだろうか。

 アタシは何のためにここに来た?後悔だけは、しちゃいけない。アタシの音を届けなければならない。ジャズを、広めなきゃいけない。

 頬をパンッと叩き、喝を入れる。

 

「そうですね。行きましょうか、学園。」

「おっ!じゃあせっかくですし、一緒に戻りに行きますか。私達の近くだったら多分他の人も何も言ってこないはずっすよ。」

 

 イチカさんと一緒にトリニティに戻ることになった。道中で他の委員の人達がアタシに色々話してきてくれた。イチカさんの知り合いということである程度警戒は解けているのかもしれない。ただ多くのトリニティ生にこうやって疑念の目を抱かれること無く話されるのはとても嬉しかった。

 トリニティ学園につき、部室会館へとイチカさんに案内される。

 

「この建物に色々部室が入ってるんす。私達の正義実現委員会はここっすね。失礼しまーす!」

 

 ドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、めちゃめちゃ怖い顔をした凄い猫背の人だった。

 えっ?こわっ。

 イチカさんはその人に向かってずんずん進んでいき、今日の巡回の報告をしている様子だった。あっその人正義実現委員会の人だったの…他の人が捕まえて来た犯罪者じゃ無いのね。アタシの視線に気づいたのか座っていたその人がすっと立ち上がり、ずんずんと近づいてくる。そ、その顔のまま近づかれるとちょっと怖いんだけど…。

 

「……お前が、イチカにジャズを教えたやつか。」

「は、はい…なんかダメでしたでしょうか…。」

「……感謝する。あいつに趣味を与えてくれたことに。おかげであいつも幾分か活き活きしているようだ……キヒャッ。」

 

 まぁまぁヤバめの顔で奇妙な笑い声をあげたが、感謝はされているらしい。

 

「ヒヒャハハハハハッ!!キャハァッ!」

 

 ただでさえ怖かった顔がどんどん凶悪になっていく。ホントに正義実現委員会なのこの人?

 

「ツルギ先輩、暴徒鎮圧完了しました…ん?」

 

 新たに来客が来たらしく、振り返ってみるとそこにはスカート丈が滅茶苦茶短い人が立っていた。えっ?すごい思い切ってる。すごくない?

 

「マシロお疲れ様っすー。」

「イチカ先輩、ご苦労様です。この人は?」

「ふふん、何を隠そうその人がアオホシさんっすよ!」

「アオホシ…あぁ、イチカ先輩の師匠って人ですか。」

 

 どうやらイチカさんの師匠という広まり方をしているらしく、何ともむず痒い。師匠と呼ばれるようなことをしたつもりはないし、ギターを教えてる訳じゃ無くてジャズを知ってもらうために吹いただけなんだけれど…。

 

「初めましてアオホシさん、トリニティ1年の静山マシロです。」

「あっ初めまして。」

 

 この人は普通そうだ。いやあの人が変なだけなのか?

 

「それじゃアオホシさん行きますか。どこで吹きたいとかありますか?」

 

 ここですることは終わったのか、イチカさんが戻ってくる。学園内で吹きたい場所…できる限り人通りの多い場所が良いし行くとなったらあそこくらいだろう。

 

「そりゃもちろん…」

 

 

 

「ここでしょ!」

 

 場所はトリニティ・スクエア。トリニティ学園全体の中心部分に位置する広場であり、中央にある綺麗な噴水が目玉だ。ゲヘナ生でトリニティに詳しくないアタシですらこの場所は知っている。

 

「トリニティの中心…そりゃそうっすよね。」

 

 トリニティで吹くことを許されているのだから中央で吹いて何か言われたところでティーパーティーのお許しが出てると言えばいいし、何より音で黙らせればいい。

 とは思っているのだが何よりここはトリニティの中央。当然ながら一番生徒が通る道だし、目に付く場所だ。そんなところにただでさえゲヘナ生が居て、しかも正義実現委員会の人を連れているときた。なので周りのヒソヒソがもう止まらん。

 

「ゲヘナ…」

「何するつもり?ケースまでもって…」

「そもそもなんでいるのかしら」

 

 圧倒的アウェー空間だが、安全性はイチカさんによって保障されている。後は何を言われようとされようと、続けるだけだ。

 

「イチカさん、アタシ頑張りますからね。」

「…えぇ、ぜひ頑張ってくださいっす。」

 

 ミレニアムの時にも使った譜面台に署名用紙を置き、サックスを持つ。とりあえず…17時くらいまで吹くことにしよう。

 

――――――

 

 ジャズの鬼とでも言おうか、とにかく狂ったように吹き始める。周囲の目も気にしないで。ここはトリニティ。しかも昨日までとは違って、学園内。最もゲヘナ生に対する嫌悪感が強い場所と言っても良いだろう。先ほどからヒソヒソ声が至るところから聞こえてくる。吹く前からそれは聞こえていた…聞こえるように言っていたのだろう。ただその声があろうと、アオホシさんは迷わずに吹き始めた。

 彼女の演奏のおかげで、前よりもギターに触れる回数は明らかに増えた。弦で指を怪我してしまうこともしばしばある。そのせいで射撃訓練のスコアが少しだけ落ちてしまっていた。趣味が仕事に影響しているのはあんまり良くないけれど、それでもそれを自覚したときは満たされた感じがした。

 

 そういえば、もうすぐトリニティ謝肉祭の時期だったなと思いだす。オープニングライブの募集ポスターがいろんな場所に張り出される時期だろう。アオホシさんがトリニティ生だったら、きっと迷いなく参加してたんだろうな。ソロで出場できなくはないけど…もしバンドを組んで一緒に出れたら…。…もし彼女にそれを話したら、彼女は迷わず参加したのだろうか…。

 

 周りをふと見渡す。思っている以上のトリニティ生が足を止めて彼女の演奏を聴いていた。

 といっても、少し足を止めればすぐに元の目的地へと去っていく人も少なくはない。明らかな嫌悪感を顔に出しながら去っていく人もいる。ただ聴いている人の顔はどれも驚きと、感動に満ちている…ように見える。

 

 いつの間にか太陽がそろそろ沈もうとしていた。オレンジ色に染まる景色の中、太陽よりも彼女の持つ金色が輝いていた。

 

―――――

 

「イチカさんありがとうございました!」

「こちらこそ聴かせてくださってありがとうございます。明日は別で遠出の用事あるんで…他の人に頼むことにするっすね。いつ来てもらっても大丈夫っすから。」

 

 イチカさんと学園内で別れ、今日の練習は終了にする。

 さて帰ろうとしたその時、パチ、パチ、パチとゆったりとした拍手が聞こえた。

 

「実に素晴らしい演奏でした…。お名前をお聞かせ願いますか?」

「あ、え、宮本アオホシです…。」

 

 アニメの黒幕の登場の仕方で話しかけてきたその人はシスター服を身にまとっていた。シスター服着てる人が黒幕って展開としてもかなり良いやつだけど…実際にやられるとちょっと怖い。

 

「宮本アオホシさん。少しだけ、お時間いただけますでしょうか?」

 

 こ、殺されるのか?




バンドイベント読みました。とても良かったです。
せっかくなのでアオホシも絡ませようかなと思ったけどツムギさんがしっかり関わってたし、あれに割り込むのもなと感じたので謝肉祭に少しだけ触れる感じでアオホシは動いていくことにします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。