アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。   作:えーすえいち

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インプロビゼーション

「アオホシさん……」

 

 イチカさんが2枚の縦長い紙手に持ちながら、どことなくどんよりとした表情で話しかけてきた。

 

「これ…明日のプログラムっす…」

 

 1枚手渡され、その表紙にはトリニティ謝肉祭と大きく書かれている。

 

「随分テンション低いですね?なんかあったんですか?」

「その、見てもらったら分かると思うっす。」

 

 言われた通りプログラムを見る。

 オープニングセレモニーで始まって、昼頃まで教室などの展示や屋台。そして13時からが今回の謝肉祭の目玉、トリニティスクエアで行われる音楽発表。その間も屋台は開かれているので、屋台で買ったものを食べたり飲んだりしながら発表を鑑賞できるようになっているらしい。ただそれよりも目についたのは、その音楽発表のプログラム進行。シスターフッドの讃美歌、去年でも出場したらしい軽音部、そしてラストが……ゲストバンド。

 

「…え?ラスト?」

「……ミカ様から伝言を預かってて…「感謝してね」だそうっす……。」

 

 またえらいことをやってくれたな…。アタシは別に良いんだけど、他のバンドの人は納得してるのかな…。

 

――――――

バンド(3)

 

[Trinitycarnivalprogram.jpg]

[明日のプログラム貰った]15:27

 

既読[え?]

 

[アオホシ]

[これどういうこと?]15:28

 

[ミカさん曰く]

[感謝してねとのことです]15:28

 

[……ティーパーティー主催だから多少の融通は効くってことね…]15:28

 

[にしても、大トリかぁ]

既読[いいね。]

 

[いいの?]15:28

 

[だって、最後のバンドは嫌でも聞くでしょ]

既読[わざわざあと1曲で終わるのにどこかに行く人は少ないと思うよ]

 

[それもそっか]

[え、じゃあ観客みんなアタシたちの演奏聴いてくれるってこと?]15:29

 

既読[謝肉祭全体のラストではあるし、自然と注目は集まるだろうね。]

 

[え]

[サイコーじゃん]15:30

 

既読[腕の見せ所だよ、アオホシ、ヒナ]

 

[任せなさいな]15:30

 

[ラストじゃなくても、全力でやる]

[そうでしょ]15:32

 

[当たり前!]15:33

――――――

 

 当日。

 トリニティスクエアに大きな舞台が設営され、舞台袖を隠すように両側にテントが複数設置されている。中は簡易的な楽屋になっており、次の演奏者が待機できるように椅子と机、ミキサーなどが置かれていた。

 

「お~」

 

 その楽屋にアタシ達はいる。既に音楽発表も半分を過ぎ、アタシたちが発表するのは今やってるバンドの3つ後。

 

”案外広いね。”

「わざわざ楽屋まで用意してくれてることに驚いたわね。外で待つのも覚悟していたけれど。」

 

 アタシたちの出番まではまだ全然時間がある。かなり早く着いてしまった。

 

「アタシトイレ行ってくる。サックス見といて~。」

”は~い。”

 

 楽屋を離れて、一番近いトイレを探す。校舎が一番近いかな…。

 

「ふんは~……」

 

 すっきり。

 さて楽屋に戻りますか、としたその時。トイレの出入り口を塞ぐように4人組が立っていた。

 

「あんたが今回の謝肉祭のゲストかな?」

「ゲヘナ生…。」

「ティーパーティーも随分落ちたものですね。」

「あまりそういうことを言いなさんな。誰が聞いてんか分からんのだから。」

「……どちら様です?」

 

 その4人組はアタシを見るなり口々にそう言った。いつ何を言われるか分かったもんじゃないとは思っていたけれど、今は少しタイミングが悪いな。……最悪ボコって戻るか?

 

「はん、そう怖い目すんなよ。」

 

 顔に出てたらしい。4人組の中で一番背の低い人が一歩前に出てくる。

 

「別になんかしようって訳じゃ無いんだ。ただスクエアのテントから出てきただろ?そんで見慣れない顔だったからさ。」

「後をつけてたと。」

「でもまぁ何となくだけど悪い奴って訳じゃなさそうだな。ゲヘナ生ってのは全員テロリストなのかと思ってたよ。」

 

 そう思われても仕方ないくらい犯罪者はいるが、当たり前だけど偏見は気持ちのいいものでは無い。

 

「私達もバンドを組んでてさ、あんたの1個前で演奏するんだよ。去年までずっと私達がラストだったんだけど、その座をどことも知らない馬の骨に奪われたから顔だけでも始まる前に見ときたかったんだ。」

「そっすか。それで、何か収穫はありました?」

「今からそれを得んだよ……あんたらは何をやるんだ?ロック?ポップス?」

「ジャズっす。」

「……は?」

「ジャズって何?」

「知りませんね。」

「あー……ジャズっつっても確か色々あったよな。ビバップだっけか。ブルースとかやるつもりか?」

「いや、ジャズ。正真正銘。ドストレートの、ジャズっす。」

「……へぇ…。」

 

 4人の顔が少し引き攣る。

 

「……ふーーん、ジャズねぇ。おじさんの曲じゃん。」

「あら、そうなの?」

「めっちゃ昔に流行った曲っしょ。なんか、静か~で物悲し~感じの曲ばっかの。」

「あ?そんなんでうちらのトリ奪ったわけ?」

 

 偏見、というのか世間からのジャズへの視線というのか。少なくともジャズそのものの知名度が低いうえに、こういった認識で見られているのが直に伝えられる。

 

「あーあー、てめーーら落ち着け。そこまでだ。決めたろ、例えゲストがどんなんだろうがボコせばいいんだ。」

 

 ボコせば……やはりこうなるか。背中に背負っていたショットガンを構えようとする。

 

「あ?あぁいや待て待て待て!違うそういう事じゃなくてな。」

 

 ただその手を見た途端慌ててアタシを止めてきた。先に動かれると困るからか?

 

「すまん、誤解させるような言い方ではあったな。そうじゃなくて、純粋に実力で戦うってだけなんだ。ここでアンタをホントに攻撃しちまうと、気に入らないからって手をあげるクズ野郎になっちまう。」

「ま、うちらが負けるはずがねーけどな。」

 

 ふん、と腕を組み鼻を鳴らしながらそう言った。いつ喧嘩になるか警戒はしていたが、そもそも戦う気が無かったらしい。

 

「とにかく、ホントにただの敵情視察ってだけだよ。とにかくその感じからして腑抜けたヤローじゃないのは分かったしな。」

「私達の座を奪ったんですもの。それなりの活躍を見せてもらわなきゃ困りますからね?」

「勝敗は、観客の反応を見れば分かるし。せいぜい頑張りなよ。」

「それじゃ、舞台で待ってるぜ。」

 

 4人組はそう言い残して、トイレの出入り口からようやくどいてくれた。

 

――――――

 

「しっかし、ジャズとはね…。」

「ふん!ジャズなんかにうちらのロックが負けるわけねーし!あんな奴ソッコーでボッコボコだもんね!」

「……あなた本気でそれ言ってますの?」

「へ?」

「……アイツの手見なかったわけ?親指のところのタコ、ヤバかったよ。」

「あぁ、ありゃ相当吹いてる。どんだけぶっ続けてやってんだってでき方だった。」

「……まじ?」

「ホントに舐めてかかってると多分……いや、確定でヤベーぞ。」

 

――――――

「ただいま。」

「おかえり……アオホシ、何かあった?」

「え?そう見える?」

 

 楽屋に戻ってきたアオホシの顔を見るなり、ヒナがそう言った。確かに、喜色満面といった顔をしている。どうしたのだろうか。

 

「いやー、さっきアタシたちの1個前に出演するバンドの人達に会ってさ。宣戦布告貰っちゃったよ。」

「…どんな?」

「私達のバンドでボコしてやるってさ。」

”はは……血気盛んだ。なんて返したんだい?”

「返す前にどっか行かれちゃったから言い返せなかった。」

 

 バンドも、観客も、トリニティのあらゆる人達が私達を注目している。

 期待も、侮蔑も、全てを押し倒すようなジャズをみんなに届けなくてはいけない。

 

「さて、そろそろ私達の出番かな。」

 

 後ろに4人組が立つ。目線はステージに向けられている。

 

「あ、さっきの人達。」

「……驚いた。シャーレの先生と、ゲヘナの風紀委員長があなたのバンドメンバー?」

「おい、敵情視察はさっきので終了だろ。こっからは音だけだ。」

 

 リーダーらしき子がギターをかける。

 

「よーく見て、聴いとけ。これが今からあんたらと戦うロックだ。」

「怖気づくなよ、ジャズヤロー!」

 

 4人組がステージへ立つ。

 

 

 

”わぁ、細かいフィルイン。”

「ドラムが凄いわね。圧倒的に客の心を掴んでる。」

「目立つ演奏はドラムが凄いね。魅せる叩き方をいっぱい知ってそう。」

”ただ、だからといって他が凄くないかと言われれば……”

「そんなわけはないわね。個々が全てを支えてる。」

”ギターの子のスライドも凄い早い。音が途切れる場所がずっと無いし、観客をノらせるのが上手だ。”

 

「あれに、宣戦布告されたんだね。」

 

 アオホシが笑っている。

 

”怖くなったかい?”

「はん、ふざけないで。これがロックなら、全部ジャズに染めてあげなきゃ。」

 

――――――

 

「ありがとうございました!それではラストの発表と行きましょう!今回プログラムの記載の通り、ティーパーティーの招待によりとあるゲストバンドの方々にお越し頂いております!今年のトリニティ謝肉祭のラストはこの方々に締めていただきましょう!それでは、お願いします!!」

 

 ステージ中央へ向かう。

 太陽が傾き始め、少しずつ色づき始めている。

 

「あれって、ゲヘナの…」「シャーレの先生までいない?」「ゲストってゲヘナなの?どういうこと?」「何でゲヘナ生がここに?」

 

 観客がにわかにざわつきだす。ヒートアップまであともう少しだろう。ロックで湧きたてられた衝動がアタシたちに向けられる。

 

 息を吸って、吐く。長く、長く吐く。ステージに立った人が動かないのを見て、ざわついていた観客がだんだん、静かになっていく。本当にこいつ等で大丈夫なのか、何でゲヘナ生の演奏を見なきゃいけないんだとでも思っていそうな視線がアタシたちに突き刺さる。

 全部ひっくり返してやる。

 

 アタシの音から。

 

――――――

 

 雄叫びのようなソロだった。

 怒られているかのような、そばにいる私達でさえ震えるソロ。実際に揺れている気がした。サックスの先にはマイクが置かれ、スピーカーに繋がっている。音割れするかしないかのギリギリが常にスピーカーから流れ、ビリビリと会場を振動させた。もはや、マイクはいらなかった。

 鬼のようなソロが1分を超え、ようやくピアノとドラムがなだれ込むようにその勢いのままテーマへと入る。呆然とした観客たちはようやく情報を処理し切ったようにハッと我に返る。これはバンドの演奏だ。サックスだけが活躍してるんじゃないんだ。

 やがて、ピアノソロに入る。

 

 私の、初めてのピアノソロ。

 覚えたスケールを思い出しながら、軽く鍵盤を一度押す。テンポを崩さないように、スピードを落とさないように次の音を探し、押す。

 鍵盤を押す、叩く、弾く。

 手を止めてはいけない。音の期限が押し寄せるより早く、音を繋ぐ。指は鍵盤を離れることなく左右へと動き、勢いを殺さずむしろヒートアップしていく。考えるより早く指を動かせ。

 

ぐ……か…あ……」

 

 ただ、もう限界に近い。指が固くなっていっている気がする。顔を上げると先生と目が合った。力強い眼差しで、頷かれた。「それでいい」と、言われている気がした。

 

 再度テーマへ戻る。先生への繋ぎくらいにはなっただろうか。アオホシの背中がいつもより大きく見える。向こうの光さえも遮断してしまうほどの、大きな壁にさえ見えてしまう。

 テーマを、サックス、ピアノ、ドラムが全力で走っていく。お互いを支えるように走りながら、それでも自分のペースで、音は会場を通り抜け際限なく奥へと飛んでいく。

 先生の番が、来る。

 

 最初はバスドラムだけ。ドン、ドドドンと低音が響く。力強く、重く大きい低音。先ほどまで私達を支えていた先生の、ソロが始まる。

 ダン、ダンとフロアタムを2回叩き、スティックの残像が見え始める。左でスネアとハイタム、ハイハット、右でロータムとフロアタム、シンバルを行き来する。練習の時ですら見たことが無いほど先生の目は見開かれ、自分の動きを寸分も逃さずに補足し続けているようだった。

 的確な指示が右腕と左腕に下る。その通りに動けば全ての戦闘が上手くいく。敵は数百人余りの観客。敵の動き、しぐさ、サイン。その全てを知っているかのような的確な采配は、私達に幾度の勝利をもたらしてくれただろうか。

 先生は、知っているんだ。これが欲しいのだろうと言わんばかりのドラムをいつも叩いてくれる。

 あともう少しでテーマへ戻る。

 5,4,3,2,1……

 

――――――

「ねぇ、ナツ。」

「……なんだい、ヨシミ。」

「もしかして私達って今とんでもないもの見てる?」

「とんでもないなんてものじゃない……音で殺しに来てるんじゃないか。」

 

 横でナツとヨシミが話している。

 これが私達に見せたかった音。

 

「凄い……」

 

 アイリが目を輝かせながら声を漏らす。口は半開きのまま、ステージから目を逸らすことは無い。

 あんたがたった一言だけ残して私達から離れていって、ずっとこれを練習してたのか。

 

「ははっ……確かに、カッコいいね。」

 

――――――

 

 最初はやけにうるさいと思った。

 今日はトリニティ謝肉祭。ただでさえうるさい1日が、今年に限ってはいつもとは違ううるささを感じた。

 がなるようなうるさい電子音じゃなくて、楽器の音が外からする。音楽発表がトリニティスクエアで行われるのはシミコからもさんざん言われているから知っている。毎年うるさくてイライラして、本を読むのに集中ができないからいつも少し質の悪い耳栓をして本を読んで、毎回耳の奥が少し痛かった。

 ただ今流れているこの音は、この音だけは少しだけ聴いてみたくなった。

 

 

「いっ、委員長!!」

「……ドアはノックして、声を荒げないでください…。」

「外っ、外の!」

「うるさいです……今聴いてますから、聴こえなくなるでしょ。」

 

 

【……あんたも趣味が悪いというか…あんだけ盛大に喧嘩売ってボコボコに負けたやつにインタビューなんかするかね、普通。

まぁ、最初あんたたちのことを聞いたときは正直キレたね。ティーパーティー直々の招待とはいえ、ゲヘナ生を入れるっていう話も同時に聞いたし、しかもそいつらにトリを任すってんだ。前までラスト飾ってた私達からしちゃそりゃ不満しかない。ただロックバンドをしてる私達だからこそ、音も聴かずに排除するっていうダッサいことだけはしたく無かったからさ。

喧嘩売ったっていいけど、そいつとはバンドで戦おうってメンバー全員で決めたんだ。それで、先生たちにバカ言って……盛大に負けた。

あの日のことはずっと覚えてるよ。というか、あの時いた観客たちも嫌でも覚えてるんじゃない?伝説といって差し支えなかったしな。……先生も、ゲヘナの風紀委員長も、ただのゲヘナ生も…全員がこれが上手くいかなかったらこの後死ぬのかってくらいのプレーで。

はぁ……最初のアオホシとやらのソロ聴いただけで思ったよ。「あぁ、負けだ」って。単純なプレーの技術でもそうだし、気持ちでもそうだった。あいつは最初から私達のことなんか眼中になかったんだよ。私達がトイレで出会った時も、私達の出番の時もずっとずーーっと…自分が全力を出せるかどうかだけ考えてたんだ。こんなこと言っていいのかは分かんないけどよ…あいつ、狂ってんだな。ジャズ狂いだよ。】




めっちゃ長くなってしまいました
急に出てきた4人組はギター、ベース、キーボード、ドラムの名前が無いモブバンドです。
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