アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。 作:えーすえいち
”それじゃ…”
”「かんぱ~い!」”
「…乾杯。」
ジュースの入ったグラスを持ち上げ勢いよく乾杯する。3人が囲む網には既にカルビが焼かれており、時たま火が肉を包み煙を上げる。
トリニティ謝肉祭での演奏が無事終わり、打ち上げとしてアタシたちは焼肉屋に来ていた。紫関ラーメンでも良かったのだが、便利屋68の皆さんに割引チケットを報酬として渡したので、先生の奢りで焼肉になった。
”はい、これもういい感じ。次々焼いていくから、どんどん食べて。”
先生が焼けた肉をそれぞれの皿に運び、次々と机の上にある肉を焼いていく。
「肉だー!!」
”落ち着いて食べてね。”
肉を前にそう落ち着けるわけがない。アタシの腹はもう演奏が終わった後からずっと空腹の悲鳴をあげていたんだから。タレにつけたカルビを並盛のご飯にワンバウンドして、肉でご飯を巻いて食う!!
「……うんま……」
いくらでも食える気がする。ただ序盤に飛ばすとどんどん苦しくなっていくのは明白なので、ゆったり食おう。先生の奢りなんだから。
「…………」
隣のヒナちゃんがずっと黙ってちびちびと麦茶を飲んでいる。皿に置かれた肉を口に運んで咀嚼はするものの、その暗い顔が晴れることは無くずっと悩んでいる様子だ。
”さて、食べながらでいいし反省会もしよう。”
「ん、反省会?」
”そう、今日何ができて何ができなかったかをそれぞれ言っていこう。”
反省会。何ができて何ができなかったか……何だろう。
”じゃあ私からかな。できたことは、特にミスなく叩き切ったことかな。”
「いつもじゃん。」
”本番と練習は違うからね。練習でできたことを本番でできるかは分からないから。それで、できなかったのは、もうちょっとソロでしっかり叩けたんじゃないかとも思ったな。前のドラムの子に焦らされたというか、焚きつけられた感じで冷静に叩けてなかったかも。”
むしろそれは良いことだと思った。練習でしていたことしかしないんじゃライブの意味が無いから、ちゃんと場のノリに乗れているということなんだとも思う。
”アオホシは?”
「アタシ?う~~ん……できたことは、何だろうな。ソロで思い切り吹けたことかな?できなかったのは……あ、ヒナちゃんと先生のソロ聴きすぎててテーマに入るの若干テンポズレてたかも。」
”それは……確かにダメだね…。”
しょうがないじゃん。だって滅茶苦茶かっこよかったし良かったんだもん。
”さて、ヒナは?”
「……私、は…」
ずっと閉じていた口が重たく開かれる。
「…ソロも、テーマも何もできなかった。ただついて行くだけで精一杯で、テーマもズレてたし、音もいくつか外してた。ソロも、できるだけ頑張ってみたけど……アオホシや先生みたいに、綺麗で、カッコいいソロなんてできなかった。」
コップを持っている手に力が入っている。その手はわずかに震え、隠しきれない悔しさを嫌というほど感じさせた。
”……ヒナ…”
「頑張ったけど、私は、私だけは何もできなかった……。」
肉に皿が盛られ、服に匂いがつく。音がしてるのに、何も聞こえないような空間がアタシたちの周りに作られる。音だけを通さない膜が、アタシたちの周りに貼られたみたいに。
「……なるほど。よーくわかった。」
「……」
「それが、このカルビを食べない理由?」
「……え?」
ヒナちゃんの皿に盛られた肉を指さす。
「食べないんだったらアタシが貰うけど。」
「……アオホシ、私は真面目な話をしてるんだけど。」
「うん、アタシだって大真面目だよ。」
「どこが…!」
「あのさ。」
音を外してしまったらしい。
「今日、楽しくはなかったの?」
「な……」
「アタシは楽しかった。今までにないくらいの勢いが出せて、初めてバンドで、ヒナちゃんと先生と一緒に吹けた。これまでにないくらい楽しかったよ。ヒナちゃん、ヒナちゃんは楽しくなかったの?」
「そん、なの…」
ついていくだけで精一杯だったらしい。
「先生は?」
”……私も、とても楽しかった。アオホシとヒナのソロを聴けて、嬉しかった。もっと叩きたくなった。だけど、テーマがあったから戻ったよ。”
ソロが上手く弾けなかったらしい。
「……」
「ヒナちゃん。アタシはね、ヒナちゃんのソロが聴きたくてバンドに誘ったの。誰もアタシたちのソロをコピーしろなんて言ってない。もっかい言うよ。アタシは、ヒナちゃんのソロが聴きたいの。そしてそれが、今日叶った。」
失敗がどうしたというのか。
「単刀直入に聞こうか。バンドから抜けたくなった?」
「っ、そんなわけないでしょ!」
「なら聞かせてよ。ヒナちゃんは今日、どうだった?」
「……ソロで、底を出し切れなかったのが悔しくて、悔しくて……もう一度、弾けるなら弾きたかった…。」
失敗は糧になる。
「なら、食べよう。」
糧にして、アタシたちは成長する。
「今日の演奏も、今日食べた肉たちも、アタシたちの力になる。上手になるために、食べよう。そして、明日からまた練習するの。」
”明日は2人とも当番じゃないけれど、次集まる時はもっと厳しくいくからね。”
アタシだって最初から上手いわけじゃない。怒られて、失敗して、悲しくなって。それらがアタシの音を作って、今のアタシの音がある。
「上手くなるために、美味い肉をアタシたちは今から食うの。」
「……うん。」
ヒナちゃんが箸を持って、肉を口へ運ぶ。どんどん、どんどん食べ始める。アタシも負けじと、箸を動かした。
――――――
「いや~食べた食べた~!」
先生の会計が終わるのを待って、一緒に店を出る。外はもうすっかり日が沈んでおり、星が見え始めていた。
「それじゃ、今日は解散!」
”車に気を付けて帰ってね。”
それぞれが帰路に着き手を振って解散する。私は途中までアオホシと帰り道が一緒なので並んで帰る。
「アオホシ。」
「んー?」
「ありがとう。」
「?どーいたしまして?」
「私、もっとピアノ弾くから。」
全部を撃ちぬくようなピアノを弾く。アオホシと先生をもぶっ倒すようなピアノを弾けるようになってみせる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<番外編 名前を決めよう!>
”そろそろさ、名前があっても良いと思わない?”
ドラムセットを拭きながら先生がそう言った。
「名前?なんの?」
”もちろん、バンドの。”
そろそろジャズクラブなどの参加も考えているとのことで、そこで出演する際にバンド名が無ければ何かと不便なのでそろそろ決めよう、という事らしい。
”と、いうことで何か名前の案がある人。”
「うーーーん…」
「うーん……」
シャーレの部室に戻り、テーブルを囲むようにソファに座って頭を捻る。
「ジャズに絡めた名前の方がいいかなぁ?」
「別でそうである必要はないと思うけど…どういうコンセプトなのかっていうのは分かりやすい方がいい気がするわね。」
”バンドのブランド…ひいてはシンボルだからね。分かりやすく、簡潔な名前が最高だけども。”
とにかく思いついたものを書き出してみようという提案で、付箋に思いついたワードを書いていく。
”ふむ、青とかブルーが多いね。”
「アタシがリーダーだって分かりやすいし、ジャズといえばブルーだからね。」
「え?バンドリーダーってアオホシなの?」
「え?」
天然なのかボケなのか分からないのが余計タチが悪い。トリニティでの演奏持ってきたのはアタシだからアタシがリーダーで良いと思うんだけど。
「……先生、気になったのだけれどスケールの名前でブルーノートスケールってあるわよね。何でジャズといえばブルーなの?」
”あぁ、それは……一応確認だけど、アオホシは分かってるよね?”
「先生それはナメすぎ。ブルースでよく使うスケールでしょ。3,5,7音を半音下げるスケールで、Cブルーノートスケールならド-レ-ミ♭-ファ-ソ♭-ラ-シ♭。」
”それは正解。私が聞いてるのは何でジャズといえばブルーなのかって話だね。”
「えーと、ブルースからだよね。」
”正解。そもそも悲しみといった感情をブルーで例えることがあって、ブルースという名前はそこから来たと言われているね。ブルースは昔ジャズを作った人達の苦悩、悲しみを表現した曲と言われていて、事実ブルースは全体的な曲調として落ち着いた感じというか、どこか静かな夜の雰囲気を感じさせる曲が多いね。”
そっか、悲しさを表すのか…じゃあバンド名にはあんまり合わないのかもな。
「ふむ……じゃああんまり私達のバンド名って感じはしないね。落ち着くどころかむしろ熱くさせる感じだし。」
”それはそうかもね。”
そのまま10分間ほど3人でバンド名について話し合った。シャーレの今日の当番の子も途中からやってきたので聞いてみるが、あまりピンとこなかったのでそれも無し。
「そもそも、この3人でバンドをするとしてもいつまでやっていられるかだけれど……」
「え?そんなのずっとじゃ無いの?」
”……いや、ジャズバンドのメンバーは固定になることはあまり無いんだ。そのメンバーでやる期間が長くとも、必ずどこかで解散することはある。”
「……それって、アタシたちもいつか解散するかもって言ってる?」
”まぁ、直球に言えばそうなるね。”
「……そっ、かぁ~~……。」
解散。
正直、バンドになってからそんなこと一度も考えたことが無かった。ずっと先生のドラムとヒナちゃんのピアノで吹くことになるんだろうと思っていた。
”だから、名前がいるんだ。いつか解散したとしても、私達というバンドがいたことの証明になるでしょ?”
「……だったら、アタシの名前は入れたくないね。」
「……リーダーの名前があった方が分かりやすいと思ったけれど…」
「そしたら、それはアタシのバンドになっちゃう。このバンドはアタシだけじゃなくて、先生とヒナちゃんとアタシのバンドだから。」
”なるほど。”
アタシの名前を入れずに、みんなと組んだ証明になるバンド名……ジャズプレイヤーの3人の…
「……ジャス。」
「ジャス?」
「ジャス、JASS。」
”ジャズをもじって、ジャスか。”
「アタシとヒナちゃんと先生っていう、ジャズプレイヤー3人のジャズバンド。ジャズを複数形にして、ジャス。」
”誰が主役とかは分からなくてもいいの?”
「全員主役。その日のソロが、一番良かった人が主役ってことで。」
「……ジャス。JASS。うん、良いんじゃない。」
”うん。単純で分かりやすいし、良いと思うよ。”
「じゃあこれで良いと思う人、手上げて!」
とあるジャズクラブから、歓声と音が聴こえる。
3人の音が終わり、観客が拍手をする。中には立ち上がって大きく手を叩いている人もいた。
マイクを持ち、MCをする。
「えー、こんばんは。ジャスです。本日は来てくださってありがとうございます!」
ホントはヒナちゃんを原作の玉田と同じくらい悩ませようと思ったんですが、焼肉のシーンでだいぶ言いたいことを書いてしまったので、どう書けばいいのかなとうんうん悩んでいたらいつの間にか2週間くらい投稿遅れてました。
とりあえずトリニティ謝肉祭での演奏が終わりましたので、一区切りといった感じです。といってももうかなり半分くらいまで進んでる感じはしますので、ここから先頑張って書いていきたいと思います。