アタシはキヴォトス一のジャズプレイヤーになる。 作:えーすえいち
「えっと、ここかな。」
先日カヨコさんからもらったメモ帳に書いてある住所へと足を運ぶと、そこには来る者を見下ろすようにしっかりとしたコンクリート製のビルがズンと建っていた。
『報酬さえしっかり渡せるなら私達、便利屋68はしっかり成功させる…。』
便利屋68…。いかにもなんでもしてくれそうな名前をしてるけど、こんなビルに拠点を持ってるのならさぞかし社員もいっぱいいるのだろう。カヨコさんもこのビルの中にいるのだろうか。名前に対して思っていたよりしっかりとしたビルを持っていたので少し怖くなってしまったが、グッと勇気を出し、ビルの方へと歩を進める。ドアを開けて入ろうとすると、突然ドアの奥からアタッシュケースを抱えた犬の人が出てきた。
「クソッ…!足元見やがって!!ガキが…!」
ずんずんとアタシの方を振り返ることもなくイライラとしながら出て行ってしまっている。あの人も便利屋に依頼しに来たのだろうか。ただ捨てていった言葉的に断られたらしい。お金がそんなにある訳じゃ無いのだけれど、一応持ってて出せる額は持ってきた。先生に便利屋に依頼をしようと思うという話をすると、”良いんじゃない?多分アオホシも気に入ると思うし、気に入られると思うよ。もしかしたらお金もいらなかったりするかもね”と笑われながら言われた。報酬がいらなくなるってどういうことなのだろう…。
電話でもよかったのだが、こういうのは直接行った方が顔も見えるし信頼できるだろう。便利屋68と書かれたプレートがある扉を3回ノックする。
「…どうぞ。」
「失礼します。」
ドアを開けて入ると、奥の椅子に扉に背を向けて座っている人が1人、その手前の黒色のソファにポニーテールの女の子とカヨコさんが座っており、そのソファの後ろにもう1人ショットガンを背中に携えた女の子が立っていた。部屋の壁には「一日一悪」と書かれた壁掛けが置かれている。ここ大丈夫かホントに…。カヨコさんに手を振るが、他の人達がいるからか目だけ合わせてそのまま目を逸らされた。ひぃん……分かるんだけどちょっとだけ悲しい。
「さて…ようこそ便利屋68へ。依頼は何かしら?」
奥に座っていた人がこちらに顔を向ける。ピンク色の髪に角が頭の横に生えており目つきは鋭い。いかにもできる女社長って感じがする。でも先生の話によると”とにかく面白い子”らしい。こう見えて実はひょうきんだったりするのだろうか…。
「…アタシを、キヴォトス一のジャズプレイヤーにするための手伝いをしてください。」
「…ふぅん?」
「…。」
「くふっ、へぇ~?」
「……アル様を差し置いて一番…?」
といってもホントに手伝ってほしいわけじゃない。無理やりアタシのことを知ってもらったり、脅迫をするのはアタシ的には嫌だ。アタシのことを、アタシのジャズで、アタシの音で知ってもらいたいから。でも知ってもらうためにも集客はいる。そのための手助けを、この便利屋に手伝ってほしい。
「なるほど。キヴォトス一の、ですね。少々お待ちいただけますか、皆集合!」
社長らしき女性がカヨコさん達に集合をかける。円陣を組んで話し合いをするようだ。
――――――
「ちょ、ちょっと!思ってたのと全然違う依頼なんだけど…!?」
便利屋68社長、陸八魔アルは焦っていた。
何故なら彼女たちが受けてきた依頼のほとんどは、排除や暗殺などといった、戦闘が確実に絡む依頼だったからだ。そして便利屋68のモットーは「金さえ貰えばなんでもする」。報酬さえ支払ってもらえれば例えどんな依頼でもこなす。ただ仕事のやり方に口出しをさせないために、手付金をもらわないという主義を貫いているのと、この陸八魔アルの後先を考えずに金を浪費してしまう癖のため、常にこの便利屋68は金欠なのである。
「でもさっきの依頼断っちゃったし、この依頼受けるしかなくな~い?どうするの、アルちゃん♡」
便利屋68室長、浅黄ムツキは楽しんでいた。
実はアオホシが来る前に来ていた犬の人が、アタッシュケースパンパンに詰め込んだお金を見せびらかしながら、護衛の依頼をしにきていた。だがアル社長が、お金のために動く私達では無いと見栄を張りその依頼を蹴ってしまった。別の依頼が舞い込んでくることも少なく、正直このアオホシの依頼を受けなければこの後に依頼が来るかも分からないことがムツキには分かっていた。そしてこの極限状態の中でアル社長がどういった判断を下すのか、誰よりもこの状況を楽しんでいた。
「…。」
便利屋68課長、鬼方カヨコは少し驚いていた。
昨日アオホシにここの住所と電話番号を教えたのは誰でもない自分ではあるのだが、まさか本当に来るとは思っていなかったからだ。彼女と別れて、便利屋に帰ってきたカヨコはすぐにゲヘナ学園内でのアオホシについての情報を探した。そして彼女がハルカと同じ1年生で、ゲヘナ生にしてはとても大人しく、これといった問題を起こしたことが無いことを把握した。そしてそのついでにジャズを探し、いくつか良いと思った曲を見つけられたことに、喜んでいた。
「アアアアアル様どうします!?消しますか…!?!?」
便利屋68平社員、伊草ハルカは怒っていた。
先ほども犬の人がアル様に舐め腐った態度を取り、挙句の果てに暴言を残して去っていった。当然あの愚図を許す気は無いため、今日の仕事が終わったら始末をしに行く予定だ。そしてまた現れた依頼主も、ジャズプレイヤーになるための手助けをしてほしいなどとよくわからない依頼をしてきた。そしてアル様を差し置いて世界一になるなどと、あまりに許しがたい。だがクライアントを許可なく始末をするのは、アル様に許可をもらってからと約束していたため、すぐに始末をできるようにショットガンを手に持ってアル様からの許可が下りるのを待っていた。
「消さなくて良いわよ!?でもジャズで世界一って…私音楽はそこまで分からないのだけれど…。」
「くふふっ、でもなんか面白そうだけどね~♡」
「…あの子がどんな演奏をするのか、まず聴いてみたら?」
「そ、そうね…まず彼女がどれくらいなのかを知る必要があるかも…。」
「オホンッ。ええと名前は…」
「宮本アオホシです。」
「アオホシさん。世界一になると言っても私達はあなたがどういったジャズプレイヤーなのかを知らないわ。なので、あなたの演奏を聴かせて頂戴。」
「!…はい。」
アオホシと名乗った女性が膝上に置いていたケースを開けると、そこには金色の輝きを放つ楽器が仕舞われていた。メンテナンスが欠かさず行われているであろう輝きを持ちながら、何回も使われているのが分かる見た目をしているその楽器を、まるで書道をする際の1つの所作かのように丁寧に取り出し、組み立てていく。
その姿を見た陸八魔アルは、美しいと感じていた。音を聴く前に既に陸八魔アルはワクワクしていた。
首にかけたサックスストラップにサックスを付け、片手でサックスを持ちながら、足を肩幅程度に開く。アオホシからすればいつもの動作であり、ルーティーンに近いその動作ですら、見ているだけでアル達をワクワクさせる。
「ここで吹いていいんですか?」
「えぇ、聴かせてちょうだい。あなたの音を。」
「では……」
リードを取り付け、マウスピースをハム…と咥える。
大きく息を吸い、小さく、低く始める。出来るだけ長く長く息を出す。
勢いを弱めることなく、だんだんと強くなる。
部屋全体が振動しているかと思うほどの大きさになると同時に息を継ぎ、体を揺らしながら、リズムを取る。楽しく、それでいてかっこいい音を出す。
(す……凄い!すっごいカッコいいじゃない!!なにこれ!?1つの楽器だけでこんなに自在に音を出せるものなの!?)
(……昨日のジャズバーでの激しい感じとはまた違う…。これはこれで聴いてて楽しいかも。でもやっぱり昨日みたいな激しさが一番気持ちいいかな。にしても、ホントに変幻自在に吹くね…。)
(くふっ、アルちゃんめっちゃ目輝かせちゃってる~。実力知るために聴いてるの忘れてな~い?と言っても、素人目で見ても凄い演奏なのは間違いないね。)
(わぁ…音がおっきい…。こ、こんなに凄い演奏、私が聴いても良いのかな…。)
ぶはぁっとマウスピースから口を離し、演奏が終わる。1人のジャズプレイヤーに向けて、4人の拍手が向けられた。
「凄いっ、凄いじゃない!」
「はぁっ、はぁ…ありがとうございます。それで、依頼の方は…。」
「えぇ、もちろん受けるわよ!こんなに凄いプレーを聴かされて黙ってるなんてできないわ!!世界一のジャズプレイヤーになる手助け、受けさせてもらうわよ!」
「くふふっ、また何も聞かずに受けちゃって~♡」
「はぁ……まぁ、いつものことだし。」
「アル様がそう言うのであれば、私も手伝います!!!」
「あ、ありがとうございます!!!」
――――――
演奏をした後、改めて自己紹介をしあった。社長は陸八魔アル、室長が浅黄ムツキ、課長の鬼方カヨコそして平社員の伊草ハルカ。全員ゲヘナ生なのだが、どうやらこの便利屋68を部活ではなく会社として立ち上げたらしく、風紀委員会と対立してしまったらしい。そしてその結果アル社長の個人口座が風紀委員会によって凍結されており、風紀委員会にもしっかり目をつけられている。うーむこの人そんな危ない人物には見えないけども…。ヒナちゃんのやることだし、考えあっての口座凍結なのだろう。
そして、特になんの考えも無く依頼を了承してしまったことに対して、カヨコさんから謝罪された。いや、アタシも手伝ってほしいとか依頼しに来たけど、具体的に何をしてほしいとかを全く考えないで来てしまっているので…。
「それで、キヴォトス一って言っても実際どんなくらいの規模なんだろうね~?」
「前にあった晄輪大祭が全学園が集まってる状態じゃ無いのかしら?私達は参加してないけれど…。」
「でもそれは全学園であって、全生徒では無いでしょ。キヴォトス一を目指すのであれば、全ての生徒に聴いてもらうのが一番なんじゃない?」
「全生徒に来てもらうように”説得”でもしますか…?」
「い、いや…それはなんか怖いのでやめてもらえると…。」
ハルカさんの目が結構マジだったので、多分説得(脅迫)だと思う。そういう、暴力とか力で来てもらうんじゃなくて…誰でも来れて、自由に音楽を聴けるみたいな…。
「やっぱり、フェス形式が一番人は集まりやすいんじゃないかしら。」
「ロックフェスみたいなやつね…。ジャズフェスがそうそう開催されてるのかって感じだけど。」
「そうだね~。ジャズやってる人なんて生徒ならなおさらいないもん。アオホシちゃん以外。」
「う~ん、難しいわね…。」
「…2つほど、提案が無いわけじゃない。」
「!言ってみてください。」
「まずフェスを探す。ジャズフェスはもちろん、音楽ジャンルを問わずに募集してるやつも探す。参加できるやつに参加しなきゃ、知名度上げるなんて言ってられないからね。」
「それは、そうね。知ってくれる人をコツコツと増やしていくのは重要よ。」
「そして2つ目は、フェスを開く。」
「!へぇ~?」
「開く!?」
カヨコさんの口から突拍子もない提案がされたことに驚く。アタシと便利屋さんたちだけではさすがに運営っていうか、資金も全然無いから無理じゃ…。
「といっても、私達だけではお金も足りないし、運営なんてできっこない。だから、先生の力を借りることになる。」
「力を借りるって言っても、具体的にはどうするの?」
「さっきも言ってた、晄輪大祭を参考にそれの音楽バージョンを開催してもらう。そうすれば全学園が参加してくれるし、観客も出入り自由にすればさらに聴いてくれる人は増える。はず。」
確かに晄輪大祭は連邦生徒会の行政委員会が主導で開催している。連邦生徒会にその案を提出して受理されれば開催はできるだろう…。
「でも、そんな簡単に開催できるものなのかしら…。先生が来たとは言え連邦生徒会長は未だに失踪したままだし、連邦生徒会がそれを受理してくれるの?」
「うん…だからそこが一番難しいところではある。」
う~~んと全員が頭を悩ませる。フェスを連邦生徒会主導で開催させるというのは面白いし、似た前例が存在する以上実現は不可能ではないはず…。
「あ、あの…。」
「ん、ハルカっちどうしたの?」
「あの、署名を、集めるとかはどうでしょうか…。声は多い方が、良いと思いますし…。うぁ…い、いや、やっぱり無視してください…。私が口出しをするべきじゃありませんでした…。ああああ、すいませんすいませんすいません今すぐ死にます!!!」
「…いえ、ハルカ。それはとてもいいアイデアよ!そう、署名を集めるのよ!!同じ願いを持つ者がこれだけいるということを連邦生徒会にも提出ができれば、私達だけで直談判しに行くよりも意見としては強くなる!ハルカ、とっても良いわ!!それをやるわよ!!!ムツキ、カヨコ!署名のために必要なもの諸々調べてちょうだい!今すぐにでも取り掛かるわよ!」
アル社長がすぐにカヨコさんたちに指示を出し、即座に行動する。社長というか、リーダーとしてこういうところは正直尊敬する。自分も何かできることを探そう。
【くふふっ、アオホシちゃんについて~?う~ん、特別に知ってることはあんまり無いかも…あ、アオホシちゃんが作ってくれるカレーがすっごい美味しい話でもする?
初めて会ったのは、アオホシちゃんが便利屋に来た時だったね。キヴォトス一のジャズプレイヤーになる手伝いをしてくれって…。私達は別にジャズについて知ってるとか無いし、便利屋って名乗ってる以上色んな依頼が来るのは分かってたんだけど、まさかこんな依頼をしてくる子がいるなんて思わなかったな~。でも、アオホシちゃんに付いていくのはすっごい面白かったよ~。何より風紀委員長に出会っても捕まらなかったしね!
演奏について?う~~ん…いや、凄いんだけど、それは他の子も多分同じこと言ってるでしょ?だから別に何か言えること無いかな~って思ってるんだけど…。あ!吹いてるときすごい楽しそうとか!楽しそうだし、どんな時に吹いてても必死に吹くんだよね~。しかもそれをずっと聴かされてたからさ、これがジャズの普通なんだって思っちゃった。うん、私達の初めてのジャズは間違いなく、アオホシちゃんだよ。】