彼女と共に、終末を。
――――眩しい。
シャーレのオフィスだった場所で、先生は壊れかけのソファからゆっくりと体を起こす。
窓から見える景色は、快晴。
雲が一切なく青く澄んでいる青空と、眩い朝日。
そしてキヴォトスに似つかぬ途方もない静けさが、寂しさを駆り立てた。
銃声、爆発...そして生徒たちの声。
かつて聞こえていたはずの音たちは、二度と耳に届くことはない。そう、この静けさから実感させられる。
――――キヴォトスは崩壊した。
1週間前になるのだろうか。
名も無き神々を信仰するもの、無名の司祭の力によって生徒達の魂はアーカイブ化され、世界から彼女たちの存在を葬り去ったのだ。
アーカイブ化の真意については詳しく書かれた文書も無ければこれといった情報も無い為、先生は良く分からなかったが、もう生徒たちはキヴォトスには帰ってこられないのは確かであろう。
では何故、先生は生き残っているのか。
あくまで仮説ではあるが、無名の司祭は生徒達の事を”忘れられた神々”と呼んでおり、彼らの目的はその殲滅が目的であったと予想できる。
つまりキヴォトス外の大人、つまり部外者である先生はアーカイブ化の対象にならなかったと考えられた。
だがその真意は無名の司祭達の行方が分からない為、結局アーカイブ化した目的はなんだったのか、単なる復讐だったのか、その答えは神のみぞ知るのだろう。
この1週間、先生は自分の無力さと世界の不条理さを呪い続けた。
結局私は彼女たちを守ることは出来なかった。なのに自分だけがのうのうと生きている現状がとても苦痛だった。
そしてそれを許している世界が何よりも憎かった。
私ではなく何故生徒を、未来ある子供達を先に葬ったのか理解が出来なかった。したくも無かった。
散々嘆いた挙句、その呪いの先には虚無があるのみと気付いた先生は、1つの決断を下した。
キヴォトスを回り、彼女たちの痕跡を辿る。
無意味な事は分かっていた、こんな事して何になるのか。自分でも分からなかった。
だが意味なんてどうでもよかった。
ただ、彼女達に先生なりのけじめをつけたい。
いやこれは建前。
ただ、彼女達を感じたかった。
...そして今日に至る。
「...ここも、お別れだな。」
もはや2つ目の実家と言える程に愛着があった、シャーレの執務室を見て先生は目を細める。
現在はもうシャーレというのは機能をしていないのでただの執務室へと成り下がったが、ここは沢山の生徒と交流し、そして一緒に育んだ場所だった。
シャーレに飾られている生徒達と一緒に撮った写真、そして机に保管されている手紙。
1つ1つが私にとって、大切で掛け替えの無い記録だ。
...そんな沢山の記録が残る執務室。名残惜しいが、今日でここを出ていかねばならない。
旅の支度を終え、一旦休憩を取ろうと椅子に凭れ掛かった先生は、ふと目の前の机上を見る。
そこにはいつも抱えて持ち歩いてきた、あのタブレットが置かれていた。
”シッテムの箱”。
そういえば、もう彼女と何日も顔を合わせていない。
アーカイブ化によって、彼女も消えてしまったのだろうか。
どうせ最後だ、確かめてみる価値はある。
先生は少し埃の被ったタブレットを持ち上げ、息を小さく吐いた。
どうか、生き残っていてくれ。
我々は望む、七つの嘆きを。
我々は覚えている、ジェリコの古則を。
――――ピロン
電子音。
周りに見えるのは見慣れた半分崩れかかった教室に、青空と海。
そして目の前に立っている、一人の水色の髪に特徴的な白いリボンを身に着けた少女。
「先生ッ!!!!!」
彼女は大粒の涙を浮かべながら、先生を勢い良く抱きしめた。
「どうしてッ...!!どうして今まで会いに来てくれなかったんですかっ!!!」
泣きながら叫ぶように言葉を先生にぶつける。
もういないと思っていた。
半ば諦めていた。
でもそこに、彼女がいる。
先生は思わず涙が零れそうになるのを我慢して、彼女を抱き締め返す。
「ごめん...アロナ、心配かけたね。」
「本当にッ...そうです、心配したんですからっ...!!」
ポカポカと先生の胸に向かって拳をぶつけるアロナ。
それだけでも、彼女が生きているという証拠のような気がして、心の底から安心できた。
私は一人じゃ無かった。それだけで先生の中に蠢いていた不安が、氷が解けていくように無くなっていく。
良かった。そう心の底から思えた。
――――「なるほど...最期の旅、ですか。」
お互いが落ち着いた後、これまでの出来事と今先生が何をしようとしているのかをアロナに伝えた。
そしてアロナは先生の言葉に複雑な表情を浮かべる。
「...旅が終わった後は、どうするんですか?」
「終わった後...?」
旅は永遠ではない、いつかは終わりが来る。
先生がその旅の終わりに何を望むのか、アロナは気になったのだ。
「...それは、終わった後に考えるかな。」
苦笑いをしながらそう答える先生。答えが無かった、考えていなかったのだ。
何せ発作的に旅へ行こうと考えた為、最初に何処へ行くかさえもまだ決めておらず、ましてや旅が終わった後など全くもって意識していなかった。
「そ、そうですか...?」
納得したような納得していないような微妙な表情を浮かべるアロナ。
計画性の無い旅、先生とは不釣り合いのようにしか感じられなかったが、本人が言うのであればそうなのであろう。
「まあ、終わった後の事は置いておきまして...最初に行く所ぐらいは決めておきませんか?」
「そうだね...どうしようか。」
確かに今のうちに決めておくのが吉だろう。
当然ながら公共交通機関は機能していない為、あまりD.Uから離れた場所は適さない。
D.Uから見て回ればいい話ではあるが、かなりの大きな都市の為、先にここから離れた学校を見てからここへ戻ってきて、そこで改めて見て回ろうと思ったのだ。
つまり、考えるとするのならば...トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム。この三大学校の内どれかになるだろう。
道のりの危険性などを考慮するのならば...。
「トリニティ、かな。」
「そうですね、ここからでしたらトリニティ総合学園がベストです!」
アロナも同じ結論だったのか勢いよく頷く。
「よし、それじゃあ行ってくるね。」
「はい!...え?」
きょとんとした顔でこちらを覗くアロナ。
そして訝しげな表情になり、こちらを睨む。
「先生、私を置いていこうとしてませんか?」
その言葉に、先生は目を逸らす。
「...これは、私の我儘みたいなものだから...アロナに迷惑かなって。」
「いらないところに気を遣わないで下さい。」
あはは...と苦笑いを零しながら、先生は頬を掻く。
「先生が行きたいところであれば、私は何処へだって付いていきますよ!」
「...ありがとう。」
アロナの言葉が眩しい。
1週間前の先生とは全く違う、負の感情が見当たらない純粋な心。
先生はその言葉に諦めがついたのか、礼を言って笑顔を彼女に送る。
きっと彼女なら最後まで先生の旅を見届けてくれるだろう、一緒に思い出を語ってくれるだろう。
それも...悪くない。
いや、それが良い。
アロナに一旦別れを告げ、目を瞑った。
そしてもう一度目を開けると先程の景色は跡形もなく消え、先生はオフィスに立っている。
よく考えてみるとこの仕組みも良くわからない。
目を瞑るだけで別の世界へ意識を飛ばすことが出来ることなど、可能なのか?
そんな小さな疑問を抱きながら、先生は執務室のドアを開ける。
...この旅を通して、彼女達がいた痕跡を探す。
余りに無謀で漠然とした考えだが、後悔はきっとしないだろう。
だってきっとこれが、先生にとって最善な選択なのだから。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
何も無い虚空に先生は静かに呟く。
当然返事は無い、だがそれでよかった。
なぜならば、これはこれまでの決別の言葉であり、決意表明。
先生なりの、ケジメのようなものなのだ。
「――――行こうかアロナ、最期の旅へ。」
全体的に暗めな話です。
こういうのも書きたかったんですよね。
先生が悩んで曇る奴。
中心人物は「アロナ」「先生」二人のみで、その他の登場キャラはほぼ死んでいます。
たまに生きている奴も出てきますが、希望なんてありません。
このお話に今のところは救いはありません。
まあ、気休め程度にはあるかもしれませんが...