――――先生は手紙を手に取り、静かに読み始めた。
”みなさんへ。”
もうこの世界から召された者にも、どうか届いてほしい。
トリニティ総合学園は敗北しました。
多くの命が天に召され、私たちは絶望へ突き落とされました。
これ以上、抵抗する術はシスターフッド...いや、トリニティにはもう残されていないでしょう。
戦おうとする意思すらも、もう無いことでしょう。
でも、それが正解なのかもしれません。
これが神からの運命であり、裁きであるのかもしれません。
これまで人間は数多の生命を駆逐して、今を生きています。
その代償が、罪が、今私達に降りかかろうとしているのかもしれません。
こう考えると必然的な事なのかもしれませんね。
神は時に私達を守りますが、時に裁きを与えます。
おそらく私達は、神の逆鱗に触れてしまったのです。
彼らの言葉通りならば...恐らく、もうすぐ私たちは消えて無くなる事でしょう。
跡形も無く、この世界から。
死ぬのは、怖いですか。
私は、はっきり言いましょう。
怖いです。
長く生きていきたいです、人生が本当の意味で終わる、その瞬間まで。
色んな経験をして、成長して。そうして人生を終わらせたい。最近はずっとそう願う毎日です。
死ぬのは苦しいのでしょうか、痛いのでしょうか。
経験が無いので、どのような感覚なのか私には分かりませんし、知りたくもありません。
でもきっと気分がいいものでは無いことは確かでしょう。
それにまだ新作のデラックスショートケーキも、限定販売されていた幻のいちごパフェも食べていないのに、
これでは大きな悔いが残ってしまいます。
...悔いの理由は違えど、皆さんもきっと私と同じ気持ちであると思います。
ですが、どうか悲観しないでほしい。
どうか涙を流さないでほしい。
世界を恨まないでほしい。
気持ちは大いに分かります。
痛いほどに分かります。
私自身、泣き叫びたいほどに怖いですし、毎日何度も涙を流しそうになります。
当然です。
生きている生物である限り、死という恐怖に耐えられるものはいないと言っても過言ではないでしょう。
でも、ここで悲観してしまったら、泣いてしまったら、恨んでしまったら。
私たちは、負の感情をこの世界に残したまま息絶えてしまう。
そうすると本当の意味での、敗北になってしまうような。
そんな気がするのです。
戦いには負けてしまいました。
ですが、完全には私たちは負けてはいない。
私はそう信じています。
だから、笑って。
笑って、来るべき日に天へ召されましょう。
さすれば神も祝福なさることでしょう。
赦しを与えてくれる事でしょう。
シスターフッドの皆さんと過ごした日々、私にとって一番の青春でした。
時には皆さんを怖がらせたり、不快に思わせたこともあったかもしれません。
それでも私をシスターフッド代表のリーダーとして認めてくれていたこと、とても嬉しく思っています。
機会があれば、皆さんと一緒にスイーツを一緒に食べて談笑も...。
いえ、出来ない事を言うのはなんだか尺ですね。
今はただ、心からの感謝を皆さんに。
過ごした青春の記憶がある限りシスターフッドは不滅です。
例えこの身が滅びようとも、皆との記録は残り続けるのです。
いえ、残らせ続けるのです。
伝える口が無くなろうとも、魂さえも無くなろうとも。
だから。
笑って終わりましょう、神の祝福を願って。
――――手紙がもう1枚ある。
先生へ。
この手紙を見るか分かりませんが、最期の挨拶として書かせていただきます。
きっと、先生はご自身を重く、強く責めるでしょう。
経験上そういうお人だという事は、もう分かり切っています。
でも、どうか、どうか自分を責めないで下さい。
先生のせいだなんて、決して違います。
これは運命。もう致し方のない事なのです。
先生には感謝しかありません。
あの時も、あの時も。
先生には沢山助けていただきました。
それにいつかのスイーツ、とても美味しかったです。
2人きりで食べたので、周りの視線が少し気になって感想を言いそびれていましたね。
でもあの時、とても嬉しかったんです。
シスターフッドの皆は私を怖がって、中々こういう風に誰かと食事を共にすることはありませんでした。
いえ、別に皆の悪口を言っているわけでは無いのですが...
でもなんだか先生と一緒にいる時間は、いつもとは少し違うような...何か本当の自分が出せるような、そんな時間のように思えました。
もうそんな時間を共にできないというのは、とても残念ですね。
...もし我儘が叶うとすれば、
もう一度だけ、ご一緒にお食事をしたかったです。
というか、食べ物のお話ばっかりになってしまいましたね...。
最期に。
本当に、ありがとうございました。
貴方に、神の御加護があらんことを。
――――「本当に、ありがとうございました。」の文字が、所々滲んでいる。
先生は上を見上げて、大きく息を吐く。
「...先生...先生?」
心配そうなアロナの声に、誤魔化す余裕は今の先生にはもうなかった。
「アロナ、ちょっとだけ...ちょっとだけ待ってほしい。」
「――はい。」
天井を見上げたまま静かにそう言った先生。
その姿に何かを察したのか、少し優しげな声色で返事をするアロナ。
そして先生はすぐ横の壁に、力無く凭れ掛かるようにして座った。
感情が感情を呼び寄せ、ぐちゃぐちゃになっていく心。
拳を強く握っては脱力したように手を下す。
生徒が、未来を諦め死を認めた。
これ程残酷な事があるのだろうか?
大人ではない子供が、まだ夢を持つ資格がある生徒たちが死を受け止め、他者を心配する。
早すぎる。
早すぎるのだ。
まだそれを知らなくてもいい子供であるはずなのに、そんな事をしなくてもいい子供であるはずなのに、この不条理で非情な世界によって、彼女たちの純粋な心が捻じ曲げられてしまったのだ。
許せない。ふざけるな。
どういう世界なんだそれは。
そんな世界などあってたまるものか。
先生は拳を壁に強く叩きつけ、暫くしてから頭を抱えた。
屋根から降り注ぐ太陽光が、床を照らす。
割れた花瓶に、中に入っていただろう一輪の花が光の中に落ちていた。
その光景を見て、先生は何かに気付き顔を歪めた。
そうだ。
本当に許せないものは、世界じゃない。
...その非情な世界から生徒を守れなかったのは、紛れもない、私なのだ。
私自身なのだ。
「...っはぁ...」
小さく息を吐き、自分を落ち着かせる。
そんな犯人捜しのようなことをしてどうする。
例え世界を、自分を恨もうが、彼女達を救う事はもう出来ないのだ。
このような事をしても、負の感情が生まれるのみでいい事なんて無い。
それは分かっている。分かっているのだが。
それでも尚、心の奥が渦巻いている。
この感情を、なんというのだろうか。
誰か、教えてくれないか。
――――
「――落ち着きましたか、先生?」
「...うん、ごめん心配かけたね。」
「いえ、ゆっくりで大丈夫ですから。」
アロナの声に、苦笑いが混じる声で反応する先生。
先程よりも顔色が良くなった顔を見て、アロナは安心するように胸を撫で下ろした。
先生はアロナのその様子を見ながら考える。
旅をし始めて序盤の序盤でこの調子では、色々と流石に駄目だろう。
今はただ、先生は彼女達がいた記録を辿らなければならないのだ。
感情に浸るのは、その後ででいい。
先生は壁からゆっくりと立ち上がり、大聖堂を後にする。
「どうか、自分を責めないで下さい。」...か。
彼女らしい言葉だ。
真面目で優しい彼女の顔が思い浮かぶ。
...尽力はするよ。
先生は心の中で小さく呟いた。
遺書って素晴らしいですよね。
なんかこう神聖と言いますか、神々しいと言いますか。
私が一番好きなジャンルなんですよ、遺書っていうジャンル。
もう色んな気持ちが詰まりに詰まって、ドロッドロになった感じなんですよね。(?)
うんもう最高☆