『俺にスタミナがあったとしても、先輩達からスタメンを奪えただなんて思えないよ』
『謙遜してんじゃねぇ。そりゃ世界組の神畑以外のメンバーが弱ぇとは思ってねえが』
『……俺が能京にいたら宵越からスタメンを奪うのは簡単だけど』
『おい』
『英峰では訳が違う。
▽▽▽▽▽
「英峰ボーナス1点獲得!!」
英峰の
マーくんではなく宵越くんが出たことに周りからは最初驚きの声があがるがそれもすぐに静まる。マーくん程では無いとはいえ、宵越くんも充分警戒に値する
合宿初日の
が、それを難なく躱されるだけでなくそれまで標的だったいっくん達が後ろを取ろうとする為宵越くんは後退を余儀なくされた。
……成る程なぁ、昨日薫が言っていたけれどこれは予想以上にやばい
その英峰に対して宵越くんは
若菜さん以外の6人が3年生の英峰だからこそできる守備。薫がスタメンに及び腰だったのは本人の面倒臭がりな面以外にもたしかに理由があったんだなと痛感する。
さて、ボクならどうしようかな…
「カバディ…」
思案に沈もうとするボクを呼び止めたのは宵越くんのキャントだった。ボークラインすら1度も超えないままついにミッドライン付近まで下がった宵越くんに普通なら驚きの声が上がるだろうけど今それが上がることはなかった。
わずかな時間を置いた後覚悟を決めた宵越くんが仕掛けた。いっくん目掛けて直線ダッシュする宵越くん相手に英峰守備陣はセオリー通り後ろへと回り込む。
……あれ?
▽▽▽▽▽
着地した足のキャッチの為に伸ばされたいっくんの左手をタッチし、
たかが『1点』だが、されど『1点』。
それも取った相手が英峰唯一の世界組である
「ウソだろアイツ!初っ端から…」
「
瞬間わき上がる歓声。カバディを初めて間もない男が成し遂げた快挙に紅葉と英峰のベンチ外のメンバーは片や興奮の為に片や嘆きの為に大声が体育館内で
当然能京のメンバーも喜んで成し遂げた宵越くんを労う声が上がる中、不自然なほど落ち着いている当事者は褒めちぎる周りを適当にあしらった後慶さんに話しかけた。
「神畑が追い出されたっていうのに向こうが凹んでいる感じがしねぇ。もう少し様子を見るべきだったか?」
「いや、
2人が気になっているのは宵越くんの言う通り英峰のメンバーに慌てている様子が見られないことだと思う。いっくんを中心に小言で何やら話しているみたいだけど内容はこちらまで聞こえてこない。まるで予定通りだとでもいわんばかりだった。
「いや…特に気になる所は無かったが…」
「気になる所といえば、序盤の守備と対バック時の守備だと
2人の話に割って入る。とりあえず気になった所を指摘してみると宵越くんはハッとしたように顔を上げた。
「言われてみればそんな気もするな。まだ1回目だからなんとも言えねえが」
「……気になる所はあるがとにかく守備だ。ここを凌いで攻撃に繋げるぞ!」
ボクの指摘に宵越くんも思い当たる所はあったみたいだがまだ始まったばかりで決めつけるには情報が足りなすぎる。慶さんの言う通りさっきのはひとまず置いておいた方が良いだろうね。
慶さんの檄に『おぉ!!』と全員で声を出して守備の配置に着く。英峰がどんな作戦を練ってきたのかは未だ不明だけどいっくんが追い出された以上いっくん以外の
息を大きく吸って吐くことで気を落ち着かせる。ここを0点で凌ぐかそうでないかで展開は大きく変わってくる。宵越くんの活躍を無駄にしないよう気張らないとね。
▽▽▽▽▽
【若菜side】
当然俺にもそんなものは欠片も無い。むしろ嬉しかった。作戦の1つに俺の
「カバディ…」
狙うは敵の
視線は宵越に向けたまま伸ばした左腕を振り回し援護に来たヤツとの
……大丈夫、まだチャンスはある。
1度後ろに下がり仕切り直す。相手の息を落ち着かせてたまるかと次に狙うのは対角の王城さん。守備だからといって油断している所で接触できれば儲けものだったが、さっきの宵越と同様に難なく躱されて援護に来た中央3人に対しても間一髪の所で触れられない始末。
まずい。キャントを開始してもう時間が経つ。俺の
慌て始める頭の中を落ち着かせる。落ち着け。7人守備から
なら、狙うところは…
「カバディ…!」
再度ダッシュして狙うは中央3人の端、水澄。
合宿初日のミニゲームでブロッキングを用いての水澄、伊達の連携で潰されたことを思い出す。あの時は4人守備で攻撃有利であるにも関わらずだ。八代さんに言われた通り冷静さを欠いていたとはいえあれは屈辱だった。
だが、あれによって得られたものもあった。
あの時は2人以外の宵越、畦道を狙って帰陣途中に倒された。であれば、2人を常に視界に入れていれば初日のような失敗は冒すことはない!
俺の攻撃に対し水澄は躱すことこそできたものの先程の2人と比べていくらか不格好だった。2人と比べて速さに劣るからだろうか、これならあと少し押せばタッチできる…!
……ッ!!
バッと慌てて腕を振って援護に来ていた伊達と姫沢を牽制する。もうこんな近くまで来ていたのか。水澄に夢中で周りがよく見えていなかったと反省する。
しかし、俺自身の油断があったとしても牽制の為に払った手と2人の距離はまたしても紙一重だったことに思わず冷や汗が流れた。
おかしい。どうしてこうもあと一歩の所でタッチできないんだ?
思えば対宵越の時も対王城さんの時も2人は触られないために大きく動いていたのに対して中央の3人の3回はどれも極小の動きで躱していたことに気付く。
初日のミニゲームで能京のA、Bチームどちらとも対戦したがそんなヤツがいるようには見えなかった。であるならば…、
姫沢か…。
水澄を狙いながらチラッと姫沢の顔を覗く。姫沢の赤い眼は俺の動きを万に一つも逃がさないとばかりに注視しているのはすぐに分かった。
姫沢がいる以上、水澄と伊達の連携を崩すことは難しい。
…中央の3人を狙うのはダメか…。
その時、振り向いたのは偶然だった。気配を感じた訳では無く中央がダメならどこを狙おうかと思っただけ。その思考の浅さもある意味良かったのかも知れない。
中央に向けていた顔を右側へ向けると俺をハッとした顔で見ながら突撃してくる畦道が大きく見えた。
……棚ぼたみてーであまり嬉しくはないけど、貰えるものは貰っておこう。
畦道が伸ばしてきた手に軽く触れてそれに着いてきていた宵越は離れていたこともあってタッチは断念。戻る途中死角の対角の2人のことを忘れていたが近くに居る気配はなかった。そのままダッシュで無事帰陣。
…目標の1点は獲得できた。けど、素直に喜べねえな。
でも絶対お前から点を取ってやるからな。覚悟しておけよ、姫沢。
▽▽▽▽▽
【姫沢side】
『若菜さんの
概ね前日の作戦通りに事が上手くいった。畦道が触られたのは不運だったけれど今の守備に不備があった訳ではないからこれを次もやればいいだけ。
まぁ、言うは易く行うは難しなんだけど。そう毎回毎回さっきみたいなのが出来るはずがないのも事実。でも、対峙した若菜さんはプレッシャーを感じたんじゃないかな。これでもし隠し球を持っていたとしたら大会前に明かしてくれるのなら能京として有り難いことはない。
でも、若菜さんに1点取られたからいっくんがコートに戻ってきたのも事実。最初の攻撃から時間も経った訳だけど、あの時なんで英峰の守備が変わったのかこれだ!と断言できずにいた。何となくこれかなっていうのは慶さんも思い浮かんだだろうけれど根拠がない。断言できない以上は口に出さない方が良いだろうね。
攻撃に繰り出す宵越くんだけど、さっきと同様英峰のワイヤーのように絡みついてくる守備の為に攻めきれないでいる様子だった。1回目こそバックでいっくんを追い出せたけれど、同じ技が英峰に通じるとは思えない。宵越くんの動きにどこか迷いを感じるのはおそらくそれを考えているからだろう。
ボクが宵越くんだったらどうしただろうか?
『足裏からの出血…宵越くんが事故や事件に遭ったとかは聞いていないけれど、何があったか教えてくれるよね?』
『……少し試してることがあってよ。意識して負荷かけてたらこうなった』
『バックじゃないよね?バックだったらもっと違う所から出血しているはずだから』
『あぁ、この技はな…』
合宿前のある日、いつものように宵越くんのマッサージをしている時に目に入ったので聞いてみると宵越くんは少しだけ上機嫌に伝えてくる。カバディだけを経験してきた選手では思いつかないようなそれを1から形に出来たのはまさに宵越くんだからだろう。
ボクが宵越くんだとしたら今は
ボクの考えだと神畑さんがさっき追い出された理由は目の前で宵越くんのバックを見たかったからだと推測する。ミニゲームで皆に披露したこともあって英峰にも宵越くんのバックのデータは取られているだろうけれど、データを集めること以上に実際に経験することが勝ることもある。これまで合同練習に参加できていなかったいっくんとしては是が非でも経験しておきたかったと思っても不思議では無い。
だからこそ、皆がバックのことしか頭にない今この場面でこそバックとは別の
「カバディ!!」
前回と同様フェイントを駆使して接触を図るも失敗した宵越くんが
相手は英峰。今居るスタメンのメンバーの中で世界組はいっくんだけではあるがそれでも関東2位のチームであることに変わりは無いし実力で言えば全国トップレベルと言っても過言では無い。高校からカバディを始めたメンバーもその英峰の環境で経験も技術も宵越くんより遥かに積んでいるのは事実だった。
だけど
ボクが小学校の頃だけ熱中していたサッカーを宵越くんは物心ついた頃から真剣に取り組んでいた。ボクはお父さんとお母さんに頼んでカバディ教室やサッカークラブ等他多数の習い事の入会して結果も出してきた。それと同じかそれ以上に宵越くんは勝つ為に積んできたモノがある。
その積んできたモノをカバディに落とし込んだ上でどちらが上になるか。今から目の前に映る光景がその答えになるだろう。
それはまるで、『疾風』だった。
トップスピードのまま突っ込んで行った宵越くんが減速すること無く
触れたのは
「「な…にィーーー!!?」」
「…僕の出番はまだなさそうだ」
「ハハッ」
「「おおお…」」
ある者は少し残念そうに息を吐き、ある者は笑い、ある者達は感嘆の声を上げる。だが、この体育館内で1番多い反応はこのどれでもなかった。
「能京タッチ3点獲得―!!!」
「「なんだ今のは!!?」」
驚きの歓声。人数が少ない能京や紅葉はともかく、関東2位の実力を誇る英峰ですら観測したことがないこの技を見てほぼ全員が同じ反応を示した。
2対4、能京2点リード。
これまで1点ずつしか獲得していなかったロースコアの試合展開とは思えない一挙3点の快挙をカバディを始めて間もない『不倒』宵越が達成したことに体育館は大いに湧き上がった。
※桶の桃ジュースさん、☆5評価ありがとうございます!