ボクがキミを王にする   作:モーン21

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※お気に入り登録、感想等ありがとうございます

※誤字指摘もありがとうございます

※勢いで最後まで書き切った為この話で英峰VS紅葉完結となります。おかげで1万字越えました。読み辛かったらすいません

※1/31 3:52 誤字呼称修正

※2/2 13:37 三村()石田()へ変更。本誌だと背番号が合宿編と本戦の間でこの2人入れ替わっていることに投稿した後に気付きました。メインストーリーの裏で2人の間に何かがあったのかもしれませんね


第44話 英峰VS紅葉 熱と冷

【神畑side】

 

「…すまない。キャッチが甘かった」

 

「いえ!掴んでくれてなかったら、おれ達も危なかったんで…」

 

 前半ラストの守備(アンティ)…佐倉にしてやられた。試合が始まってからずっとやる気が見えなかったから焚きつけこそしたが…負けるつもりなど毛頭無かった。回転か…厄介だ…。

 

「やはりクリーンタッチ*1ではない攻撃方法が佐倉の本領だな…パワーで劣る若菜(わかな)はあくまで特攻に徹した方が良さそうだ」

 

「は…はい!あの…」

 

 若菜を見る。佐倉と若菜は同じ2年だが体格が違いすぎる。それが悩みだというのは英峰(俺たち)なら全員知っていることだが…指摘しない訳にはいかない。勝利の為に必要なことだ。目はそらせない。

 

「今、コート内は3人。後半が始まったらウチの攻撃…2人タッチすれば俺が守備に戻る。頼むぞ若菜」

 

「はい…!!あ…あの…神畑さん!!」

 

「ん…?」

 

「おれ…こっち…」

 

……?

 

 おかしいな?俺は若菜を見て話していたはず…。なのに何故…若菜の声が後ろから聞こえるんだ?

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 君嶋の指示で部員の皆が氷嚢(ひょうのう)や冷やしたタオル、果てには団扇(うちわ)で扇ぐ者までいた。慌てていながらもきびきびと統率の取れた動きをする皆を大げさだなと思いながらボヤァーッと涼んでいた。

 

「…残りは後半…10分だぞ?」

 

 能京との1試合(20分)、そして紅葉との前半(10分)の計30分凌いだんだ。あと少しぐらい大丈夫なんじゃないか?

 

「バカ言え!お前さ…汗もかけねーからガンガン体温上がってんだよ。身体ン中オーブンみてーなもんだ。脳みそウェルダンに焼きあがったら、後でいくら冷やしても二度とナマに戻せねーぞ!!」

 

 君嶋に叱られてしまった。そういえば、君嶋の両親も叶と同じ医者だったことを思い出す。

そうか…、汗をかけないとなるとそんな弊害もあったんだったな。忘れていた。脳みそステーキ(例え)を用いた君嶋の分かりやすい説明は脱水症状でボーッとした俺の頭でも理解できた。

 

 そう頭の中で考えていると、それまで一貫して静観の構えだった八代が口を開いた。

 

「…我々の目標は?」

 

「…………」

 

 八代の声でそれまで頭の中にあったとりとめの無い考えが宙に消えた。代わりに生まれたのはここ数年で生まれた消えることのない燃える悲願だった。

 

 …星海(せいかい)を倒す…その為に…

 

 無敗無敵の星海を越える為に…英峰は練習試合であろうと…

 

 その為に俺は命を懸けてきた。今日の試合でもそれは変わらない。練習試合だからといって弛んだ精神で臨むつもりは欠片も無かった。

 

…だから俺は…後半も…

 

 自分でも気付かぬうちに視界が狭まろうとしていた。が、()()が視界に入ると侵攻が止まった。

 

 若菜だった。

 

 若菜は靴のヒモをぐっと固く結んでいた。その為に下げていた顔が上がった事でようやく若菜の顔を見ることができた。

 

 ただ、勝つことしか考えていない顔だった。

 

 『英峰は練習試合であろうと…』

 

 そんな若菜を見ていると…肩に入っていた力が自然と抜けていくのが実感できた。

 

 理解してるか…

 

 「…わかった」

 

 俺が折れたことに誰も特段声を発さない。が、皆険しい顔をしているままだがどこか安堵しているのを感じた。そんなに心配をかけていたのかと思いながら俺は話を続けた。

 

「…しかし、コート内に戻らなければ…交代はできない。勝利の為の…交代だ。日和(ひよ)るなよ…俺が交代するのに必要な…2点…誰を追い出すべきかわかるな?」

 

 顔を向ける。名前は呼ばない。わざわざ呼ばなくても気持ちがコートの中のままの若菜なら分かると思ったから。

 そして誰かも言わない。俺と同じくらいの熱を持つ若菜なら言わなくても答えを共有していると分かったから。

 

「はい」

 

 不安は無い。若菜ならきっとやりとげてくれるはずだ。

 

 だから、頭の中で引っかかる唯一の不安材料は…

 

「すぐに出られるよう準備をしておけよ、薫」

 

「はぁい」

 

 いまいちやる気が見られない俺と交代する予定の後輩だな。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

ビ―――――ッ

 

「後半開始!!攻撃権英峰(えいほう)!!」

 

  ハーフタイムの終了を告げるブザーが鳴り響き、若菜が攻撃に乗り込んでいった。俺はシッティングブロックで腰を下ろしながら目を離さない。結局氷嚢と冷タオルは皆から言われたこともあって肩に下げたままだ。ちょっと皆過保護すぎないか?

それはそうと試合に集中する。今の紅葉は7人守備ではあるが、新造チームだからかウチみたいに(チェーン)を組んでいない。背が高い者やガタイが良い者も数人いるが、連携が取れない以上若菜が止められる訳がない。

 

「カバディ…」

 

 いつものようにシャフルレイドを挟んでからの速攻。フェイントで不意を突いたはずの奇襲だったが、佐倉は余裕を持って回避している。

 

 …読まれているな…

 

 若菜がスタメンになったのは冬大会が終わった後。その後も練習試合を組むことが数回あったが、どうしても経験という面で中学からカバディを続けている佐倉や右藤に劣る。      

若菜の攻撃は早いが直線的で読みやすい。まだ指摘はしていなかったが、駆け引きが足りないとは思っていた。

 

 数巡に巡る攻防が不発に終わり一時下がる若菜。その表情はこちらからは見えなかったが明らかにその身体は強ばっていた。

 

 若菜自身自らに足りない物を痛感しているのかもしれないな。

 

 だが、それは今重要じゃない。経験なんて大会中でも充分積み重ねられることだからな。

 

 無い物ねだりをしても仕方ない。お前にはお前しか持っていない武器があるはずだ、若菜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一朝一夕(いっちょういっせき)で足の速さは変わらない。が、先のシャフルレイド後の奇襲とは違い今回は強引なストップ&ゴーによってスピードの緩急(かんきゅう)が生まれた。

 これも佐倉は初見で回避……

 

「カバディ…!!」

 

 できなかった。

 

 速さで敵わなかった佐倉にもっと速さで勝負する。カバディは狭いコートであるがゆえにほんの(わず)かな思考の遅れで勝敗が決する。一度仕切り直した若菜に対して佐倉は『速さ』以外の選択肢が来るかもと身構えてしまった。その結果、佐倉は全身全霊での回避をせざるを得なくなり、身体が後ろを向く程余裕が無かった。

 

 目が()れていれば若菜の独壇場だ。圧倒的なスピードで強制的に隙を作り出した。

 

 対角から支援(カバー)が2人来るが遅い。若菜はこの2人にも触れてこれで3人!!

 

 これなら…

 

 

 

 

 

 ドッ

 

 

 ……は?

 

 帰陣途中の若菜を突如誰かの腕が阻む。それは若菜お腹から胸目掛けて下から上へかち上げられたのもあって軽い若菜の身体はコートから浮き上がった。

 中々類を見ない破天荒な守備だった。が、ここで問題なのはその腕の持ち主だ。

 

 佐倉だと!?

 

 ついさっきまで後ろを向いていたはず。叶みたいに視界外も把握できる訳でもないのに、なんでそんな早く正確に若菜の位置が分かった!!?

 

『佐倉くん、なんで最後僕の足掴めたの?直前まで佐倉くん後ろを見ていたはずなのに…』

 

『ごめんなさい…上手く説明できないです…。「なんとなく」、そこにいるのがわかるっていうか…、こうすれば良いってわかるんです』

 

 中学時代、佐倉が1軍の練習に混ざりに来ていた時の王城と佐倉の会話を思い出した。そうだ、あの時も今とほぼ同じ状況だった。

 

 理屈ではなく直感、感覚で分かる。佐倉が言うのはそれだ。それは言い換えるなら、

 

「才能だねぇ」

 

 吹き飛んだ若菜を右藤が回り込む形で止めながら呟く。床に投げ出される形になった若菜は尻餅をついた状態の為もう動く事はかなわなかった。

 

「英峰攻撃失敗!!!紅葉1点獲得――!!!」

 

 10対8

 

「嘘だろ…!?」 「あんなめちゃくちゃな守備で…」

 

「ナイスアンティ!チームの手本には全くならねーけど。いい守備じゃん!自分らしくてさ!」

 

 宵越と畦道がそれぞれ呟く横で右藤が佐倉の活躍を褒めちぎる。たしかに、あの守備はウチでは考えられないものだ。感覚頼りの守備は再現性が無い以上に周りとの連携に軋轢が生まれかねない。それに、ただでさえ紅葉は作ったばかりで初心者が多いチームだ。経験者である佐倉が今みたいなプレーしか見せられないとしたら周りも上達し辛かっただろう。

 が、それでも今のプレーみたいなものは問答無用に周りの士気が上がるものだから一概にダメだとは言えない。実際、右藤以外のメンバーは佐倉のプレーに対し口々に絶賛していた。

 

 いや、今は紅葉のことよりもウチだ。

 

 コートに3人しかいなかったのに若菜が追い出されて2人しかいない。「ドンマイ若菜!」と田原()が若菜に声を掛けているし、秋山()も集中を切らしていない。2人は決して諦めていない。

 

 が、今回ばかりは相手が悪すぎた。

 

 

 

 

 

「紅葉タッチ2点…全滅(ローナ)2点!!!4点獲得――!!!」

 

10対12

 

 2人を引き吊りながら悠々と帰陣する佐倉。前半終了間際から3回に渡って続いた佐倉1人の活躍によって一挙8点を獲得したことになる。それによりあれだけあった点差もなくなり、遂には逆転されてしまった。

 

 あの時佐倉を焚きつけたことに悔いはない。が、俺は起こしてはいけない獅子を起こしてしまったのかもしれないな…。

 

 

 

 

 

【井浦side】

 

英峰(えいほう)全滅(ローナ)!!!」

 

「ここで逆転2点差――!!!」

 

「嘘だろ…!?」 「守備2人だったけど…」 「…………」

 

「守備2人まで持ってったのがすげーよ!!」

 

 宵越、畦道、水澄が順に呟く。まったく、嫌になるな。実質1人で英峰から8点を奪うとは……

 

「でも、また英峰は7人守備に復活…」

 

「井浦…」

 

 神畑に呼ばれる。このタイミングということはやはり…。

 

 神畑に言われた内容は俺が予想していた通りだった。

 

「英峰タイムアウト!!選手交代!!」

 

 神畑(エース)がベンチに。しかも紅葉に逆転を喫したこのタイミングで。

 

 最悪の状況に関わらずの降板。それは、神畑(かみはた)の状態が相当に悪い事を意味していた。

 

 まぁ、ハーフタイムの英峰ベンチの慌ただしい様子と後半に入ってからも首にタオルを巻いている時点である程度予想できていたんだが。

 

 だが、宵越を筆頭にウチのメンバーは信じられないとばかりに驚愕していた。叶も同じということに少しだけ驚いたが。叶なら俺と同じかそれよりも早く気付きそうなものだが。

 

 ま、今はそんなことよりも気になることがある。

 

「センパイたち疲れてきてますね。大丈夫ですか?」

 

「バカにしてんのか来家テメェ…」

 

「まさか。俺が最初から出ていたら先輩たちの誰よりも早くダウンしていたでしょうから」

 

「……来家くん、見ての通りウチは劣勢の状態です。この場で1番疲れていないあなたが攻撃で取り返してきてください」

 

「了解でーす」

 

「なっ!待ってください八代さん!俺まだ行けます!!」

 

「落ち着けって若菜。お前も攻撃に出たりして疲れてんだろ?ちょっとは休んどけって」

 

「…さっき倒されたばかりだから凹んでるかもと思ってましたけど、若菜さんってタフですよね」

 

「俺を舐めるなよ来家、1回倒されたぐらいで誰が凹むかよ!」

 

「でもま、ここは任せて下さい。面倒ですけど、サボってた分ぐらいは活躍しますから」

 

 来家薫のことだ。

 

 強豪の控えとは言え、神畑(エース)の代わりは基本荷が重いはず。なのに、周りの奴等とその張本人にまったく焦りが見られない。

 

 仮にも世界組だということを痛感させられる。普段のあのムーブが強豪の英峰でもなんだかんだで許されているのも納得できる。

 

「試合再開!攻撃権、英峰!!」

 

「カバディ…」

 

 タイムアウトが終わったので号令をかける。英峰の攻撃者(レイダー)は打ち合わせの通り交代したばかりの来家だった。中央線(ミッドライン)を越えると品定めをするかのようにその場で動きを止めた。紅葉の7人は初見の攻撃手に警戒を怠らない。

 

 キャントを続けながら来家は紅葉守備陣を端から順に眺めていく。それを終えて数瞬目をつむったと思ったら目を開けるのと同時に()()()()()()()()()()を踏んだ。

 

 …!あれは…

 

「シャフルレイド…だと…!?」

 

 宵越が仰天して声を出していた。隣の叶も驚いているようだが、どこか呆れているように見えた。

 

「なぁヒメサワ、ヒメサワもあれやってたけどライケもあの技使うんだな。ワカナさんみてーだ」

 

「……まぁ、たまに薫がやっているの見たことあるよ。何年も一緒にいたからね。でも大抵薫がアレを使う時は…」

 

「来家の野郎…俺が倒されたからって当てつける為だけに使いやがった!!」

 

 畦道の質問に答えようとした叶を途中で遮るかのように若菜が大声を上げた。

 

 成る程なぁ…中々来家も悪い奴だ。

 

 別にシャフルレイドは軽量攻撃手(レイダー)向きの攻撃方だが、長身攻撃手(レイダー)がまったく使えない訳ではない。だが、軽量攻撃手の強みが俊敏さにあるのなら長身攻撃手の強みはリーチとパワーだ。強みに合致しない攻撃法は利口とはいえない。無駄が大きすぎる。

 

 であれば、今来家がやっているのは…。

 

「カバディ…」

 

 フェイントを挟んでの奇襲。それは佐倉に向かって放たれた。懸念していた通り来家のそれは若菜や叶と比べても速さでは劣っていた。けれど、そこは来家持ち前のリーチでカバーできていた。

 

 が、カバーできていたとはいえそれは若菜レベルとは程遠かった。動きこそ若菜ほど単調でなかったが速さで劣る来家のタッチのことごとくを佐倉は容易に回避している。

 他のメンバーも来家の奇策に当初は面を食らっていたが、ある程度経つとそれも無かったかのように以前までの調子に戻る。

 

 そして、再度佐倉に伸ばした左腕が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、ヒロ(中央)花井(④中央右)に伸びていた。

 

 咄嗟の事態に固まる花井とは反対に触られたと気付いた瞬間に右藤は動いていた。来家の身体にタックルをする。右藤に続いて花井も来家に食らいついた。それに続いて右角(ライトコーナー)側の木戸(③右角)石田(⑦右中)も援護に動くが…

 

「ストップ!!」

 

 ヒロの急な指示にも関わらず2人は止まった。2人を引き吊りながらそれを見ていた来家は少し残念そうにしながらもタックルの勢いを利用しながら倒れこむことなく帰陣に成功する。

 

「英峰2点獲得!!」

 

12対12

 

「同点…もう2点欲しかった」

 

「俺を追い出せたんだ。それで満足しとけ」

 

「右藤さんは前から追い出せていたから別に」

 

「可愛くねえな、お前…」

 

 来家とヒロが軽口を交わす。それを眺めながら先程の攻撃(レイド)を振り返る。

 

 最初こそシャフルレイドという奇策を用いはしたが、それが佐倉に通用しないと分かるとすぐに作戦変更。佐倉を狙っていると全員に思わせる()()の後に周りから複数得点を狙った。右藤たちのタックルを()()()受けたのも援護(フォロー)に来る2人をも狙っていたからだろう。先程の余裕の帰陣と言葉からしてそれは明らかだった。

 

 200cmという長身とそれだけに頼らない豊富な技術。それといくら食べても太らない体質のせいかほぼ同じ体躯の神畑よりもパワーがある。経験や技術で神畑に劣るとはいえ、一概に下位互換ともいえない。少し熱が薄いのが玉に瑕だがエースの替わりとしては充分すぎるぐらいだ。

 

 それに、来家は……

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

「え?薫のデータが欲しいの慶さん」

 

「あぁ。この合宿中のデータを取るのは当然だが、過去のものとはいえ中学時代のデータもあればより良くなる。叶なら持ってるはずだろ?」

 

 合宿何日目だったか、練習を終えて後は就寝のみというタイミングで俺は叶に声を掛けた。

 叶から来家のことは聞いていた。俺たちが選抜を抜けたタイミングで入れ替わりに入った相棒。外見も性格も凸凹な2人だったが、だからこそ2人の相性は抜群だった。お互いの穴をお互いが埋め合う理想ともいえる関係だった。

 だが今は違う。近いうちに叶が英峰に行くらしいが高校が違う以上今は敵同士。来家が今もカバディを続けていることは叶も初耳だったらしいが、叶もそんなことを気にするほど繊細ではないだろう。

 

「まぁ、持ってはいます。カバンに入れているからすぐにでも。けど、前もって言っておくと、あんまり意味ないと思います」

 

「意味ないだと?」

 

「薫とは長い間一緒にいました。薫の考え方やクセとかも1番ボクが知っているって自負もあります。そんなボクでも」

 

 

 

 

 

 薫の正確なデータは取れていません。

 

 

 

 

 

「デカイ人はリーチが長い分内に入られると弱い。データを見る限り薫も例に漏れないはずだったんですけど、『その守備実は得意』だって楽に対処されてしまったんです。面倒臭がりなのか天邪鬼なのか分かりませんけど、薫が全力を出したのを見たことは1度もないです。だから、薫のデータは信用できないんです」

 

 でも、ボク以外の人から見たら別の物が見えるかもですね。もし見つけたらボクにも教えてください。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 叶からもらった過去のデータと合宿で取ったデータを合算したが、叶の言う通り正確なものが見えなかった。まったく、結構時間をかけたんだがな。

 

 だが、自らで調べた成果はあったと思う。

 

 これは憶測だが、来家の正確なデータが取れない理由はきっと。

 

「来家テメエ!!俺をおちょくる為だけにシャフルレイドなんか使いやがったな!!」

 

「何か紅葉を揺さぶることができればいいなって思ったから使っただけです。……まぁ、若菜さんが言ったことも全く無いとは言いませんけど」

 

「てんめぇ!!」

 

「はいはい、落ち着けって若菜。」

 

 俺の仮説が合っているかどうか、この試合中に少しでも見極めないとな。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

【姫沢side】

 

 薫が2点をもぎ取って同点へ引き戻した。

 対して紅葉、サクラン先輩の攻撃。テクニック以外にパワーにも(ひい)でたサクラン先輩の攻撃を英峰守備は警戒を怠らなかった。迂闊(うかつ)支援(フォロー)を減らし、大量得点を防ぐ事に注力していた。

 

 攻守で点を動かすエースのいっくんを欠きながらも

 

「紅葉タッチ1点獲得!!」 「残り1分2点差――!!」

 

15対17

 

 拮抗(きっこう)状態を保っていた。

 

 この粘りをサクラン先輩たちは予想していなかったんじゃないかな。逆転しただけでなくいっくんがベンチに下がるという好機(チャンス)に点差を広げるつもりだったはず。

 

 能京(ウチ)の試合に出ていなかった交代で出て来た薫はともかく、他の6人は2試合連続で疲れていた。だというのに警戒の目を緩めない集中力と、(あせ)りとは違う緊張感のおかげでそれは叶わなかった。

 

 客観的に見れば、いっくん(エース)を欠いた状態でのこれは流石英峰としか言えなかった。

 

 けれど、このままでは負けてしまうのも事実。

 

 残り1分と数秒…英峰最後の攻撃になる可能性が高いこのタイミングで攻撃に出るのは、後半開始早々サクラン先輩に倒されて以来1度も攻撃に出ていなかった若菜さんだった。

 

「カバディ…」

 

 勝つには最低2点が必要なこの場面。そのプレッシャーがかかる若菜さんを追い立てるように若菜さんの頬を汗がたらりと流れ落ちていく。

 

 外の気温は32度。単純な運動が楽で無い事はもちろん…

 狭いコートにひしめく敵。文字通り一触(いっしょく)即発(そくはつ)の世界で、縛られた呼吸。

 薫が入ってから息を整える機会が増えたものの、それでも既に体力、精神力ともに疲労のピークを迎えようとしていた。

 

 それゆえか…遅くなった若菜さんのスピードと、それまで攻撃に出ていた薫のスピードに目が慣れていたこともあり、

 

「カバディ…」

 

 今日最大の緩急(かんきゅう)が生まれた。

 

 右角の木戸さん()を触れた後にカット。宵越くんの技術を用いたそれとは違い、機動力にモノを言わせた強引な方向転換。ただでさえ疲れているはずなのにここまで速く動けるなんて到底信じられなかった。

 

 若菜さんは止まらない。逆転に2点必要だからか留まらず攻め続ける。中央に切れ込んだ若菜さんに対しヒロちゃん先輩の号令がかかる。

 

()が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんつって!!」

 

「カバディ!?」

 

 その号令と真反対の行動をその張本人が取ったことに流石の若菜さんも驚いていた。

 ヒロちゃん先輩、ここで勝負に出たか。

 

 が、不意を突けたのは良かったけれどキャッチの向きが悪かった。中央線(ミッドライン)へと向いていたその力に逆らわずむしろ利用して若菜さんは自陣へと足を進める。

 

 浮いた両足のどちらかを少しでも速く地に着けようと奮戦するヒロちゃん先輩のもとに

 

 

 

 

 

「おああ!?」 「佐倉ァ!!!」

 

 支援(フォロー)が来た。

 

 後半開始早々の時と同様若菜さんをかち上げようとしたサクラン先輩。若菜さんにそれを躱す余裕は見るからに無かった。ここで試合が決まるか……

 

 

 

 

 

 が、サクラン先輩は……

 

 

 

 

 

倒すために伸ばした左腕を引っ込めた。

 

 

 

 

 

「佐倉ぁあ!?」

 

「カバディ!!」

 

 来るかと思った支援が急停止したことが信じられないヒロちゃん先輩と若菜さんがほぼ同時にコートに倒れ込んだ。

 

その結果は……

 

 

 

 「おお…」 「おおお!!」

 

「英峰タッチ2点獲得!!!」 「ここで同点――!!」

 

 17対17

 

 ヒロちゃん先輩のタックルを受けながら伸ばした右腕は中央線(ミッドライン)を越えていた。帰陣成功。これにより、英峰は首の皮1枚繋がった。

 

「ナイス若菜ァ!!」 「メンバーもフルだ!!!」

 

 同点に追いつくだけでなく、7人の状態で守備に臨めることに英峰内で歓声が上がった。紅葉は反対に静かなままだけど悲観する人は誰もいないように見えた。サクラン先輩ならやってくれると信じているからだろうか。そのサクラン先輩も『あと1点ぐらい行ける』と焦っているようには見えなかった。

 

 が、そんなサクラン先輩に対して若菜さんは問いかけた。

 

「正解じゃない?」 「!!」

 

 サクラン先輩の答えを聞かぬまま若菜さんが立ち上がりながら続けた。

 

「次の攻撃で…取り返せると思ったんでしょ。冷静になるのは勝つために必要だよな。来家にもよく言われるよ。でもおれは、毎分毎秒が最後だと思ってる。次…俺は2年だからまだ先はあるけど…」

 

「『次でいい』なんて油断していたら…後悔する」

 

 ビ――ッ

 

「英峰タイムアウト!選手交代!!」

 

 同時に笛がなる。代わりに入る人を見て思わず目を疑った。

 

「薫、ナイスレイドだったぞ」

 

「ありがとうございますー。時間稼ぎがんばりましたよ」

 

 いっくん…たしかに、休んでいた分多少はマシになっているかもだけど…ウソでしょ!?

 

「やっぱ…止めなきゃダメだったよなぁ…」

 

「まともなプレーが出来ないんじゃないのか…!?バカな…」

 

 頭を抱えるヒロちゃん先輩の横でサクラン先輩も信じられないと仰天していた。

 そんな嘆息に八代さんが「我々もそう思います」と答えた。

 

 ……ということは、

 

「…よくやってくれた。おかげで万全に戻った」

 

「ウソつけ。お前の万全は信用ならん」

 

 いっくんが皆の言うこと聞かなかったんだね。苦労してるねたっくん。後で労っておこうかな。

 

「残り30秒だ。大目に見ろよ。俺たちにはこれが…大会前最後の合宿、最後の練習試合だ」

 

「コク…」

 

「君は2年でしょう」 「ウンコでも我慢してんのか?そのツラ」

 

「な…なんすか!」

 

「大丈夫ですか若菜さん、間に合いそうですか?俺の代わりに交代します?」

 

「君嶋さんの言うこと真に受けてんじゃねぇよ来家ェ!!」

 

若菜さんイジられてるなぁ。薫が先輩をイジる所なんて初めて見たよ。上手くいっているようでなにより。

 

 が、流石は英峰切り替えが速い。それまで弛緩していた空気がビシッと引き締まったのを感じた。

 

 コート外に出た薫以外の7人全員がサクラン先輩を半ば睨むように見つめていた。

 

「…さぁ、行くぞ。最後の守備だ」

 

 

 

 

 

 残り25秒。紅葉がタイムアウトを取った。おそらく次の紅葉の攻撃で試合が終わる。紅葉の守備で英峰に攻撃権を渡すメリットもないし、それは両チームとも理解しているはずだ。0秒まで時間を潰してくるはず。ボクもそうするから。

 

「タイムアウト明けの1ターンで勝負が決まる」

 

「くあ~っ…」

 

 宵越くんと畦道が呟く。奏和戦の時も似たような展開はあったけれど、能京(ウチ)はまだ体験していないもんね。見てる側も緊張するってものだ。

 

「胃が痛くなる間だなこりゃ…考える時間があるとも言えるケド…キツイな孤独な攻撃手は…」

 

 水澄先輩の言ったことに激しく同意する。プレッシャーのかかるこの場面、最悪の場合は攻撃手の自滅もあり得るからか、ヒロちゃん先輩を筆頭に他のメンバーがサクラン先輩に声をかけている。

 が、心配とは裏腹にサクラン先輩の顔はとても落ち着いていた。プレッシャーがかからない訳ではないが、震えるほどではない感じかな。良い緊張の保ち方だね。

 

 ふむ…前半みたいにビビっていたらもう勝負は決まったも同然だったけど、これはどっちが勝つか本当に分からないな。

 

 

 

 

 

「試合再開!!攻撃権紅葉!!!」

 

「カバディ…」

 

「始まった…!」

 

 タイムアウトが明け、予想通りサクラン先輩が攻撃に出た。

 英峰の守備は2-3-2の鎖、スタンダードな構え。いっくんの代わりに先程まで薫が左角(レフトコーナー)に入っていたけれど、いっくんが戻ったことと1点でも取られたら終わりという背水の陣で攻撃の難易度は前後半を通して今が1番だろう。

 

 接触(タッチ)を狙おうと動くと視界外のメンバーにすぐ浦を取られて前に出ることすら難しくなる。カバディの基本とも言えるけれど、ここまでの完成度を誇るのは英峰ぐらいだね。

 

 さて、この守備相手にサクラン先輩はどう出るのかなと見ていると、

 

「カバディ…」

 

 あの構えは…

 

「動かねぇ…!?」 「いや…!!」

 

「リーディングレッグレイド…守備全員を視野に入れながらにじり寄ることで、若菜さんやいっくんが後ろに回り込ませないようにしたね」

 

 1点でも取れば勝ち越せるこの状況で必要なのは、激しい攻撃ではなく…隙が少なく自陣に戻りやすい今みたいな攻撃。

 更にこの場合…ボーナスの1点でも負けてしまう英峰は後ろに下がれない。

 

 それまでサクラン先輩を動かせていた英峰が主導権を握れていたのにも関わらず、動かないことで隙を見せないように攻め方を変えた途端主導権はサクラン先輩へと変わった。が、だからといって攻撃有利という訳でもない。いくら英峰の動きを1時的に止めたとはいえ、それでも脅威であることに変わりはないんだから。

 

「カバディ…」

 

 サクラン先輩も英峰守備陣も決して隙を見せない。お互いに相手の隙を突こうとしているからだ。手を伸ばせば触れられる距離を保ちながら時間は刻一刻と経っていく。

 

 さっき、動かない攻撃手に隙が少ないと言ったがだからといって無敵ではない。そのような相手に守備がどのように動くべきかということもしっかり解明されているからだ。

 

 その答えは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘争開始(ストラグル)!!自陣から身体と意識が離れるその時のみだ。

 

 サクラン先輩の伸ばした右腕がいっくんに触れた途端いっくんを含む7人全員が動き出した。1人に触れた以上もう用は無いと後ろへ振り返るサクラン先輩だけど、それより先に若菜さんと田原さん()(チェーン)が行方を阻む。

 

 が、サクラン先輩にはパワーがある。生半可な(チェーン)だと逆に食いちぎられかねない。2人で食い止めている間に支援が間に合うかどうかかと思っていると、

 

「「上――!!!」」

 

 サクラン先輩はパワーではなく、駆け引きで勝負に出た。パワーで来るものだと思っていた2人は突如(チェーン)の上に登るサクラン先輩に対処できるはずがなかった。

 

「この期に及んで王城を気取るか」

 

 が、上に登る為に残していた左脚をいっくんに掴まれる。普通なら間に合わない距離だったが、いっくんの長身といっくん自身が前方へ飛びかかったことで空いた距離を埋めることに成功していた。

 

「カバ…」

 

 空中では踏ん張れない。……普通なら、

 

「ディ!!!」

 

「振り払っ…」 「空中で!!?」

 

「違う!!サクラン先輩はこうなることを読んでいた!!踏み切った時点でパワー勝負の為に備えていたんだ!!」

 

 回転でいっくんの足を払ったサクラン先輩。前半終了間際にも似たような展開があったが、前回は前方に支援が来ていたが今回は誰もいない。サクラン先輩は着地に備えて左手を構える。サクラン先輩の進路を阻む者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 …()()()()だけど。

 

 

 

ガッ

 

 

 

 若菜さんと共に後ろに回り込んでいた田原さん()が右脚に組み着く。が、たった1人ではサクラン先輩のパワーには敵わない。結局数秒こそ稼げたものの右脚をコートへ叩きつけられることでいっくん同様に振り払われてしまった。

 

 

 

 

 

 が、今度はその数秒で…

 

 

 

 

 

 若菜さんが残った左脚首を掴んで阻む。

 

 終わらない。途切れない。

 

 英峰の守備は個人の能力だけで見ればいっくんや八代さん、たっくんの3人と控えの薫がずば抜けている。単純にデカイ人はパワーもリーチもあることもあるけれど、対面する攻撃手にプレッシャーを大いにかけられるからだ。

 

 であれば、それ以外のメンバーは怖くないのか?

 

 そんな訳がない。

 

 秋山さん()が右側面から胴体へタックル。

 水野さん()が空いた右脚をこれ以上動かないよう抑える。

 田原さん()も振り払われた直後背中に乗りかかることでサクラン先輩の自由を奪った。

 

 昨日薫が言っていた、『練度が違う』と。たしかに身体能力(スペック)でも経験値でも薫の方が3人よりも上だ。スタミナが足りないとはいえ、その欠点を踏まえても薫がスタメンに選ばれていてもおかしくはないのかもしれない。

 

 が、それでも実際薫はベンチだ。スタメンではない。

 

 その理由は今の守備からして明らかだ。

 

 何度振り払われても決して諦めない。それを全員が共通の意志で高い水準で取り組めているからだ。

 

 入って早々の1年生()が出来なくて当然だ。仮にボクが英峰にいても薫と同様ベンチにいただろう。いくら身体能力(スペック)で優れていても経験値が長けていても才能があっても()()()()()()()()()は今コートにいる7人に決して勝てないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どれだけ才能に差があろうと…諦める人間など英峰にはいない」

 

 サクラン先輩の腕は中央線(ミッドライン)に届かなかった。

 

 

 

 

 

「紅葉攻撃失敗!!英峰1点獲得!!!」

 

「同時に試合終了――!!!!」

 

 18対17

 

 1点差。紙一重での勝利。連戦での疲労、途中いっくん(エース)の離脱と紅葉と比べて不利ともいえる条件が重なったがそれでも崩れることはなかった。

 

「結局…」 「全勝かよ…!!」

 

「…強かった…。これが英峰なんだね」

 

 本当に感服するしかない。常に上を見ているが決して油断もしない。そういった姿勢に1つでも綻びがあれば今日の試合結果にはならないだろうことは火を見るよりもたしかだった。

 

「…ドンマイ佐倉!!気にすんなよ?俺らがもっと守備でとるべきだったんだから…」

 

「…うん…」

 

 盛り上がる英峰とは反対にあと少しで勝ちを逃した紅葉の空気は重い。が、実際ヒロちゃん先輩が言った通りでもあるし、それをカバーしていたのがサクラン先輩である以上最後攻撃失敗したところで責めるような人は紅葉には誰もいなかった。

 

 心配することといえば、サクラン先輩本人が気にしすぎないことだけど…

 

「まだもう1試合あるし…」

 

「わかってる。大丈夫だよ」

 

「…佐倉…?」

 

 おや…?サクラン先輩の様子が…

 

「…なんだろうな…悔しいし…申し訳なく思ってる」

 

 サクラン先輩は顔を覆っていた右手を放したと思うとそれをじっと見つめて動かない。

 

「でも…気持ち良かったんだ」

 

 ……?

 

 なんだろう?今、サクラン先輩から()()が離れていったように見えた。

 

「ゴメン…負けたばかりなのに…」

 

 

 

 

 

「早く、闘いたい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英峰VS紅葉、結果は1点差で英峰が勝利を収める。

 

 そして――…

 

 能京VS紅葉

 

 合同合宿最終戦が始まる。

 

*1
守備に掴ませないでタッチする事

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