「残り1分、5点差―!!」
「
マーくんが追い出された。
残り時間を考えて
疲労のピークはとっくに越えていた。マーくんが攻撃で取り返してくれていたから意識していなかったけれど、その支えを失ったことでそれがついに表に出て来た。ボクを含む全員の表情が苦しそうに歪んでいた。
その中でも最も苦しそうにしているのは水澄先輩だった。
水澄先輩が特攻しに行こうとしているのは隣にいる都合上すぐに分かった。けれどフォローに行くことができなかった。宵越くんの特攻に合わせる為だとか2試合目による疲労だとか支援が出来なかった原因はあるがそれは言い訳にすぎない。
マーくんが触られた直接の原因は水澄先輩の特攻失敗や伴の部長を守る意識の欠如だが、2人だけの問題では無いのは間違いない。
けれど、事実その通りであっても本人がそれを受け入れられる訳ではない。
『気にしないでください!』 『ボク達全員の失敗ですから!』
安直に励ました所で今の水澄先輩が立ち直れるとは思えなかった。むしろ、気を遣わせたと更に気にしてしまう懸念がある。こういう時は時間が解決するというのは分かっている。が、残り時間が限られている今はそれすら惜しかった。
今コート内にいる隣の伊達先輩も水澄先輩を気にしているみたいだけど、先輩もどう声を掛けるべきか悩んでいるみたいだった。コート内にいるボク等も外にいる皆の誰も水澄先輩に声を掛けることが出来ないでいた。
ただ1人を除いて。
ブンッ
「6番特攻、攻撃手。行ってくる」
そこには右足をブンッと蹴り上げる攻撃前いつものルーティンを行う、既に攻撃へと切り替えた宵越くんがいた。
……本当にこういう所だよね。宵越くんのスポーツマンたる所以というかなんというか。『後悔して立ち止まるくらいなら、すぐに立ち上がれ』と言葉ではなく背中で魅せる所が。
それに魅せられたのはどうやらボクだけではなかったみたいだ。下を見るだけだった澄先輩も気付けばもう顔を上げていた。
「カバディ…!!」
後半開始以降はずっとマーくんが攻撃に出ていたから、宵越くんが攻撃に出るのは最後に倒されて
「ここ倒すぞ!!」 「おおう!!」
ヒロちゃん先輩の指示が走る。が、この試合状況で《《その指示を出した》ことから先輩の狙いが分かった。
残り時間1分で5点差。1攻撃が最大30秒程と考えれば、お互い1回しか攻撃が出来ない計算。負けている
ヒロちゃん先輩の狙いは時間稼ぎ。カバディ初心者の宵越くんに慎重に時間を使わせた攻撃を行わせることでこの守備を適当にいなした後、サクラン先輩の攻撃で試合終了させるのが先輩のビジョンかな。
マーくんをサクラン先輩が追い出した直後にこの計画をすぐに思いついて指示を周りに出す辺り流石だと思う。センバツの頃もよくあったなと懐かしくなる。
だけど、1つヒロちゃん先輩のこの作戦の欠陥をあげるとすれば。
ドッ
「カバディ…!!」
「うわっ!!突っ込んだ!!」 「7人守備だぞ!!?」
宵越くんはカバディ初心者ではあるけれど、
サッカーという競技はカバディ以上に1点が重い競技であること。
時間を潰す事が技術の1つとして在る事をここにいる誰よりも知っているであろうこと。
小学校の数年しかやっていないボクでも知っているんだ。『不倒』と呼ばれる程やりこんでいた宵越くんが知らない訳がない。
宵越くんのダッシュに紅葉の誰も反応出来ないでいた。経験者の2人以外の5人はここで宵越くんが突っ込んでくるとは微塵も思っていなかったらしい。この狭いコート上では意識の外を突かれた動きにはどうしても反応が遅れてしまう。
「時間はいい!!すぐ押し返せ!!」 「え!?」
慌てて大量失点を恐れたヒロちゃん先輩が指示を改めたが、ついさっきの指示と正反対の内容に慌てる
「押し返せェ!!」
「カバディ!!」
が、1点じゃ全然足りない。5点差あるのもそうだけどサクラン先輩が未だ健在なのも大きい。次の守備のことを考えれば1点だけじゃ今いる3人+1人じゃ全然足りない。ここで先輩を追い出せれば言うことは無いけれど…
「おおッ!!」
「よォし!!そのまま押せ!!」
すでに
それまで抵抗していた宵越くんが急に抵抗を止めて重心を横にズラすことで
「カバディ…!!」
「避けろォ!!」
「倒せる…」
「カバディ!!」
立ち上がる隙すら惜しんだ宵越くんは這いながらも帰陣の為に動く。それを防ごうと既に接触済みの2人以外の紅葉メンバーも倒しに動く。
「能京2点獲得――!!!」
「おおおお3点差――!!」
37対40
「紅葉押し返しに来てたよな!?」 「それで2点もとるか!?」
「すげぇ…!!」
コート外では宵越くんの攻撃に賞賛の声が上がる。が、肝心の宵越くんの顔は浮かない。
当然だ。いつもの宵越くんなら最後の帰陣でもっと余裕で帰ることが出来た。それをしなかった理由なんて1つしかない。
「…欲しかったよな。もう2点」
倒す為に支援に来ていた
……あぁ、もう。そりゃ分かるよね先輩なら。
そう。今コートにいるのは3人。そして宵越くんの攻撃成功によって戻るのは2人。触られ順の関係で慶さんと水澄先輩だけ。『もう2点』とはマーくんが戻るために必要な点数だった。
だけどもうこの試合、マーくんが攻撃に出るチャンスは無くなってしまった。
「く……!!!」
悔しがりながらポジションに着く宵越くんに声を掛けようとしたが、顔を上げた宵越くんは既に守備に切り替えていた。
ボクも宵越くんに倣う。
大きく息を吐いたサクラン先輩が深呼吸をする。「…頼んだ」と告げるヒロちゃん先輩の檄にニコリと返す先輩の姿はもうこれまで気圧されてばかりだったサクラン先輩とはもはや別人だった。
「カバディ…」
点差による余裕が先輩側にあるのは当然。なんなら倒されるリスクを負わずに無得点で帰っても3点差で勝っているからだ。
だけど、サクラン先輩の顔にそういった慢心は全く無かった。むしろ
この試合
「カバディ…」
ボク狙いか…!
1回目のタッチを避ける。よし、だいぶ疲れてきているけどまだ
が、2回目3回目と繰り返すに連れてキレがどんどん増してきていることに驚く。
ここまでの積極的な動きから考えて、奏和戦みたいな時間切れは狙っていないはず。ボクを狙う意図からして攻撃手を追い出そうとしているんだろう。宵越くんじゃなくてボクを狙うのは宵越くんよりもボクの方を脅威と思っているから…?それとも…
これまでのタッチは腕だったが、今度は脚でボクの右足を狙ってきた。
来た…脚…!!
キレがいくら良くなろうと
ここで掴む…!!
「姫沢…!!」
ドッ
…え?
キャッチに動こうと前傾体勢になるよりも先に左腕を誰かに掴まれたのと同時に聞こえた声。位置的にボクの左にいるのは宵越くんしかいないから宵越くんで間違いないだろう。きっとボクが避けられないと思って咄嗟に庇ってくれたのかな。
だけど、問題なのはその次だ。
庇うために繋がったボクと宵越くんの腕。その繋がった所に痛みが走った。
残り24秒…ボクと宵越くんを同時に触られた…このまま帰られたら攻撃手がいない上に5点差に…
負け…
ドウッ
【佐倉side】
姫沢と宵越君を追い出す為に考えた策だ。
目が良いからか反射神経が良いからか、標的にしてタッチする難易度は高い。英峰との試合を見ていたがその場面は1度も無かったぐらいだ。
だけど、付け入る隙が無い訳ではない。
後半が始まって5番がいた所に姫沢が入った。この合宿中姫沢と宵越君がコンビを組んでいる所を見ていないがある程度守備の形にはなっていた。
が、それも注意して見てみれば宵越君の動きに姫沢が
それに姫沢は経験者であっても宵越君はそうじゃない。初めて数ヶ月とは思えない程
タッチした直後2人が同時に動いた。2人とも2試合目の最終局面だというのに俊敏な動き。疲労なんて知らないとばかりだった。
だけど、それは僕も同じだ。
躱して後ろへ。2人の険しい顔がちらりと見えた。
負けられない。僕は負けられない。
この合宿でいろんな強さを学んだ。
自分の弱さを知った。
やるべき事を思い出した。
僕はエース。僕の力でチームを…!!
勝たせる!!
「カバディ…」
3番が来ていた。支援がここまで来ていたことに今まで気付かなかったことに驚いたが、ただ腕を僕の前に出しただけというキャッチとしては浅い動きに戸惑いながらも払う。
前の時と同じじゃないか…何が狙いだ!?
と思ったがその答えはすぐに分かった。
3番以外の4人の守備がすぐ近くまで来ていた。
そうかブロッキング…水澄くんは時間稼ぎだったのか…。
「カバディ…!」
「おおお!!」
井浦さんが僕の腰に飛びついてきた。僕が王城さんみたいに非力だったら止められていたかもしれない。
だけど
「カバディ!!」
僕は王城さんと違って
「
井浦さんが叫んだ。
蹴り上げた右足の踵にピシッとなにかが触れた感触がした。その後左ふくらはぎを掴まれた。位置的に1人目が姫沢で2人目が宵越君かな。
「カバディ…」
だけどそんなのは些細なことだ。仮に右足も掴まれていたとしてもそんな取り乱すこともしなかった。
カバディを初めて何年もずっと、数え切れない程の
この試合中にも繰り返した…学習した。
混戦中に避けるべきは4番のパワー。試合序盤の攻撃失敗は苦い思い出だ。
故に、怖い相手は井浦さんを盾にすることで既に封じていた。
あの4番を封じたならば何人に掴まれていようと回転で振り払える…!!
いつ回転しようかとタイミングを計っているともう1度3番が突っ込んできた。位置的に
この人は折れない…
以前までの僕ならあの守備失敗からこの短時間で立ち直れなかったと思うから尚更。
…立ち向かおう。
右足に力を入れる。もういつでも行ける。3番がこちらに突っ込んできている以上回転すれば今掴んでる2人と一緒に巻き込める。
もう僕は恐れない。全力の回転で、
「カバディ…!!」
キミごと振り払う!!
ギュルッ
【水澄side】
『
『フツーだろ。ケンカ相手なんざ大体、年もガタイも変わんねー。負けるワケねーよ。この俺が』
思い出すのは中学の頃。
怖いモンなんかねぇ。ツレはいたケド1人でも無敵だった。ツレがいなきゃ何もできねーと思われんのもシャクだからな。
路地裏でごろつきとケンカしたりゲーセンでザコを蹴散らしたりカラオケで1晩明かしたり。朝から晩までだらけた生活を送っても誰にも負ける気はしなかった。
『今日学校どうする?』
『メンドクセー。サボっちまおうぜ』
カラオケで1晩明かして帰っている途中、同じダセー格好でダセー髪型をしている奴らが点呼している所を眺めていた。
『あーねむ…どうした?』
『朝からゴクローな連中だな、と思って』
『毎日やってんだろ?頭おかしくなんぜ』
『住む世界が
ツレも同じ意見らしい。あそこにいる俺の姿はあの頃は全然思い浮かべなかった。
『必死こいてまぁ…何が楽しいんだ?意味わかんねーな…』
『新入部員の
『チッ…』
高校に入って入らされたカバディ部。当初は全然やる気のやの字も無かった。
(くだらねー…つーか、部員これだけかよ…ジャージバラバラだし)
でもまぁ、中学の頃に見たヤツ等みてーにガチッとしていない、俺を見てザワザワと騒ぐことしかできないヤツ等相手なら負ける気はしなかった。
ヤツ等と一緒なのは死んでもゴメンだったが、こいつら相手ならまぁ許容してやっても良いと思った。
『よろしく』
『ああ?なんだガリガキ。かまうな!俺は機嫌が
その時に声を掛けてきたのが部長だ。シャツがよろよろでぼけーっとしていて俺よりも小さい身体を見て『ガリガキ』と呼んだが、今考えると冷や汗しか出てこねーな。
『とりあえず練習しよっか』
それから、俺の地獄の日々が始まった。
ぜー…はー…ぜー…
不健康な生活を続けてばかりの俺の身体は練習前のジョギングだけで息を上げていた。
下に見ていたただのガリガキと思っていた部長や他のヤツ等は平然とこなしているのを見て俺の認識は180度変わった。
ずっとやってきてる人間…すげー…と。
そして迎えた最初の大会、ただコートの外と中を行き来しただけだった。
『すげーな京ちゃん!』
ツレからあの頃いつも言われていた言葉が俺には受け入れられない言葉に変わってしまった。
どこが…?
『昔から打ち込んでいたものが1つでもあるのか?』
大会の後アイツから言われた言葉。
…ねーよ。
あの時手を出してしまったのはただ図星を突かれたからだ。
そして新年度。
『今年はいいチームになる。経験者の叶こそ今いねーが。パワーとセンスのある
『……いやぁ…嬉しいっすねぇ…』
俺が入った時にいた
だけど、嫉妬するなんてダセーことだけはしたくなかった。
俺はスポーツをやってきてねーんだ。もっと…もっと練習しねーと…と部活外の時間も自主的にトレーニングをするようになった。
が、
『ドボン♪』
初めての練習試合。俺と同じ2年で高校から始めたというのに、高谷との間にある高い壁に打ちのめされてしまった。負けこそしなかったがそれも部長や井浦サン、姫沢や宵越の活躍のおかげで俺の活躍は全然無かった。
『8月の大会…全国制覇に向けて…自分の1番を手に入れてくれ』
『全国に向けての作戦会議』
『本物の1番を取る…』
全国…日本一…1番…って先輩や姫沢は言うけど…どんな世界なんだろうな…
自室で筋トレをしながら…してはいけない雑念を浮かべながら。
俺でもわかるのは、1度も負けちゃいけねーって事ぐらいだ。
高校に入って合宿で会ったヤツ等までを思いだす。
だから…どいつも…一切の手抜きはしねぇんだろう。
どうやって続けてきた人間に勝てるのか?
こんなダセーままの俺が、ずっと続けてきた人間に勝ってもいいんだろうか。
でも今、
俺の身体が
佐倉を倒しにいける、この状況になったのは…
…マグレなんかじゃないって、
…思ってもいいかなぁ…
「おぉオオオ!!」
ただ、ガムシャラだった。
回転が終わって宙に浮いたままの佐倉は俺のタックルに逆らうことは出来なかったが、最後力を振り絞って左手を自陣まで伸ばしていた。
だけど、何故俺があの時その手を掴むことができたのか俺自身わからなかった。
そして佐倉の左手を封じて佐倉の身体を押さえた時にやっと現実に頭が追いついた。
「紅葉攻撃失敗!能京1点獲得―!」
英峰の八代サンが示すハンドサインは俺の活躍によってのもの…!今まで手に入れることが出来なかった結果が今俺の目の前にあった。
気付けば両手を握り込んでいた。
見たか!!スポーツマン共…!!
「おらあぁあッ!!!」
「と…止めたあぁあ―ッ!!!」
「キャッチのタイミングをずらした…のか?」
「危機を察知して
「ナメんなコラぁ!!」
「水澄!やったな!!」
「よくやった、水澄!!」
「水澄先輩!ナイスアンティです!!」
真、井浦サン、姫沢が近寄って口々に賞賛してくる。紅白戦の時もあったが、こういうのは何回あっても良いものだと思えた。こみ上げてくる感情をただ表に出すことに嬉しさを感じたのは生まれて初めてだった。
「…もう
そうしていたからか、最後の声が俺の耳に入ることはなかった。
「…俺たちの番だ」
残り15秒、38対40。紅葉2点リード
守備:紅葉4名 攻撃:能京・……
※ラストレイドも入れようと思いましたが、文字数もあり次回に送ります。次回紅葉戦決着。
※「ここ倒すぞ!!」(実は時間稼ぎ)の()内を他のメンバーにあの時周知していたのかいなかったのかどっちなんですかね?
やろうと思えばハンドサインとかで教えられますし。ヒロだったら星海の冴木みたいに口頭とは違う内容の指示を実は出していても、大山律心みたいに情報を周りに制限していてもおかしくないから悩ましい。
自分としては後者だと思っています。前者派の人はコメント等で教えて頂けると幸いです(コメント乞食)。