やってきたのは、極彩色の巨大蛾怪獣。
二頭の美人姉妹怪獣だ。
片方は、赤と白を主体とする華やかな翅と青い瞳が特徴的な巨大蛾。ほんわかとした体毛を蓄えた白い体つきに穏やかそうな雰囲気が特徴的だが、丸いながらも切れ長の目つきには確かな意志と風格が感じられ、ともすれば女王のような気高さや気品すら醸し出されているようだ。
もう片方はというとこちらも巨大蛾、だが前者とは雰囲気がまったく異なる。刺々しく黒い体に、翅の模様は刺々しい黒と赤、そして黄色の鮮烈な稲妻模様。目つきは赤く鋭く、額には立派な一本角、さらに全身にはクリスタル状の棘を生やしており、まさに攻撃的な性格が現れているかのよう。
そんな二頭を前にして俺様、つぶやきを一言。
「……なんでぇ、おまえらかよ」
実はこの二頭の巨大蛾怪獣姉妹、俺様とは昔からの顔なじみである。まあ別に仲は良くねえし、こうして顔を付き合わせて会うのも久しぶりなのだが、とはいえ粗略にしても良いことはないので挨拶くらいはしてやらねばならん。
俺様、二頭の姉妹怪獣を丁重に出迎える。
「よお久しいな、モスラとバトラ。元気してたかね?」
如何にも性格がユルそうな方が姉の守護神怪獣〈モスラ〉、そして如何にも性格がキツそうなのは妹の戦闘破壊獣〈バトルモスラ:バトラ〉という。
俺様の声かけに、まずモスラがおっとりと答えた。
「ご無沙汰しています、ラドン。あなたの方こそ息災そうで何より」
続いてバトラの方が、いかにも不承不承とばかりにツンケン口を開く。
「……ふん。あなたと会うのは『怪獣大戦争』ぶりでしたか、ラドン。相変わらず不真面目に生きているようですね」
……ちっ、バトラの奴、澄まし顔でイッチョマエに皮肉なんざァ垂れやがって。
この戦闘破壊獣バトラ、俺様こと空の大怪獣ラドンとはかつての『怪獣大戦争』で同じ陣営にいた元仲間ではあるのだが、さっきも言ったとおり決して仲が良いわけじゃない。むしろバトラときたら昔から愛想の無い、実に可愛くねえメスガキなのである。
「バトラさんよぉ、そういうおまえさんは、相変わらずクソ真面目過ぎて融通が利かねえみてぇだな。ちったあ、愛嬌ってもんを身に着けた方が良いと俺様は思うぜ~?」
目には目を歯には歯を、そして皮肉には皮肉で返すのが作法だぜ。そんな俺様の不遜な態度に、バトラの奴もカチンときたようで、
「あなたみたいに、融通が利きすぎるのも如何なものかと思いますが。巷では何と呼ばれてましたか、えっと、ゴマすりクソバードでしたっけ?」
……ふん、なかなか言ってくれるじゃねーか。
だがな、融通がどうのと言うならおまえもだぜバトラ。俺様も負けじと言い返す。
「おまえこそ『怪獣大戦争』じゃあキングギドラ陣営の中核、元は悪の女幹部だったくせにいつのまにかちゃっかり寝返りやがって。これも大概“融通が利きすぎる”んじゃあねーのかい?」
「……ッ!!」
俺様が“黒歴史”に触れた途端、バトラは自慢の角を逆立てた。真っ赤な両目に静かな怒りを灯し、クリスタル状のトゲをビカビカ光らせながら厳かに応える。
「……そのことにわざわざ触れてくるとは、どうやら死にたいようですね。そんなに殺されたいというならお望み通り、プリズム光線で焼き殺してあげますが?」
……おー
とはいえ、こちらにも体面ってもんがあらァね。すかさず俺様、挑発には挑発で応じた。
「おまえがやろうってんなら、今ここで大怪獣頂上決戦と洒落込んでもいいんだがな? こちとら空の大怪獣ラドン様だぜ、おまえごとき小娘怪獣のヘナチョコなプリズム光線なんざ屁でもねえや」
「オーケー死刑確定ですっ、今すぐブチ殺してあげます!!」
「おう、やんのかコラァ!?」
「どーぞ、そちらこそ来なさいよ!!」
ラドンVSバトラ、一触即発。大怪獣同士のプライドを賭けた、ひりついた空気になりかける。
「まあ、まあ」
そんなところで今度はバトラの姉、平和主義者な怪獣モスラが割り込んできた。
「ラドン、バトラちゃんのことをあんまり
……モスラの奴、口調こそ穏やかだが目つきがまったく笑ってないでやんの。
そんなモスラに宥められた俺様、すぐに我へと返り素直に引き下がる。バトラの方も、姉に言われてようやく矛を収めるのだった。
「……へいへい」
「……はい、わかりました、姉さん」
ラドン、バトラと並ぶこの面子では一番の穏健派であるモスラ。しかしその実力は折り紙付き、その気になればあのゴジラでさえ下すことのできる最強の一角だ。
そして、俺様たち怪獣の世界は実力主義。この世界におけるモスラの序列は文字通りのクイーンオブモンスター、俺様ラドンはおろか、破壊に特化した妹のバトラでさえ比べ物にならん。何を隠そう、この中で怒らせたら一番おっかねえのは他ならぬモスラなのである。閑話休題。
まあそんな守護神モスラと破壊獣バトラなので、俺様ラドンの棲むアドノア島へわざわざ茶をしばきに来るわけもなく。まずは俺様から水を向けてやることにした。
「……で、美人姉妹怪獣が雁首そろえて何の用でい? デートのお誘いかい?」
「するわけないでしょうが、あなたみたいなチンピラとデートなんて……まあ、それはともかく」
話を切り出したのはバトラからだった。
「最近、この島に流れ着いたものがあるでしょう?」
流れ着いたもの? いやあ、何の話だかちっともさっぱり全くもってわからんなあ。
俺様としては後ろ暗いところなんて欠片もない実に誠実な回答をしてやったつもりなのだが、バトラは鋭い目つきをますます鋭くして追及してきやがるのだった。
「とぼけないでください。先日の台風で、このアドノア島に『ゴジラ=ザウルスの卵』が漂着しているのは調べがついてるんです。それに気づかないあなたではないはずです」
「ゴジラの卵? 知らねえよ、そんなん」
俺様は出来るかぎり嘘偽りなく正直かつ公明正大に答えてやったのだが、バトラの奴はなおも不服らしい。
「まったく、往生際の悪い……こちらとしては、この島まるごと根こそぎ
……ふん、出すもの出せって言われてもな。こちとら空の大怪獣ラドン様だぜ、バトラみてえな可愛らしい小娘にメンチ切られた程度のことでビビってたら、空の大怪獣の称号を返上せにゃならんだろがい。
小癪にも脅しをかけてきやがったバトラに俺様、臆することなく答える。
「そうは言われても身に覚えなんか全然ねえし、出てくるとしてもこちとら鳥のフンくらいしか出ねえが、それでもいいなら家捜しでもなんでもしてみろや」
ただし、と俺様は付け加える。
「それで何も出なかったら
……当たり前の話だよな。守護神だか破壊獣だかナニサマのつもりなんだか知らねえが、他人様の、ましてや空の大怪獣であるこの俺様ラドンのプライバシーを侵害しようとしやがって。ただで済むと思ってんじゃあねーぞコラ。
「ほほう、また大きく出ましたね、ラドン」
いくら脅しをかけてもちっとも怯まない、そんな俺様の不遜な態度をバトラの奴は『挑発』と捉えたらしい。自慢の角をまたしてもスパークさせて、バチバチの臨戦態勢を取りながらバトラは不敵に言った。
「本当にいいんですか? 本当にしますよ、家宅捜索。それで出るものが出たら……」
「くどいぜ。ガサ入れでもなんでも気が済むまでやりゃあいいだろうが」
売り言葉に買い言葉で言い合いを繰り広げていた、まさにそのときのことだった。
「……ラドンおじさん?」
不意にかかった声に振り返る一同、そこには茂みの奥から這い出してきたベビーゴジラの姿があった。
……ったく、これだからガキはイヤなんだ。ベビーゴジラの奴、隠れてろって言ったのに俺様がなかなか戻らないので不安になって出てきてしまったらしい。
「……なにか、申し開きすることはありますか、ラドン?」
そう言われて振り返ると、うっわ、うゼェドヤ顔しやがって。バトラの奴ときたら、何やら勝ち誇ったような表情でこちらを見てやがる。バトラからすれば論より証拠、勝ち確、王手、まさに鬼の首を取ったようなもんであろう。
勝利を確信したバトラは、俺様を不敵に睨みつけて畳みかけてきた。
「この子、ゴジラ=ザウルスの子供ですよね? しかも知り合いのように見えますが? 先程『身に覚えがない』と言ってましたが、いったいどういうことなんです?」
そして、駄目押しとばかりにズイと前のめり。
「これは立派な未成年略取、もうこれ以上、誤魔化しは効きませんからね……っ!」
あーもー、めんどくせえなあオイ!
とはいえ、こちらも百戦錬磨、頭脳明晰な空の大怪獣である。モスラがいる以上ここで素直に認めちまう方が本当はいいのかもしれんが、バトラごとき小娘に言い負かされるのも癪だしな。
「ああ、こいつか。こいつはな……」
と、少し考えてから俺様は答えた。
「こいつは、俺様の甥だ」
「……は?」
バトラの奴、先ほどまでの勝ち誇りぶりはどこへやら、呆気にとられた顔してやがる。このメスガキ破壊獣、どうやら俺様が言った意味を理解できなかったらしい。
まあ、そこは親切な俺様だから? 俺様は、この間抜けな小娘怪獣に改めて説明してやることにした。
「聞こえなかったか? このベビーゴジラは俺様の甥だ。文句あっか」
そうやって堂々と答える俺様。バトラの奴は最初鼻白んでいたが、やがて冷静さを取り戻してすぐ言い返してきた。
「ふ、ふざけないでくださいっ! 何処の世界に、ラドンの甥でゴジラ=ザウルスがいるっていうんですかっ!?」
「何処の世界にって……此処にいるだろ。なあ、ベビー?」
俺様がそうやって呼び掛けると、ベビーゴジラの方も素直に元気よく答えてくれた。
「うん、ラドンおじさん!」
「ほらな。ベビーゴジラ当人も言ってるだろ、“ラドン
論より証拠、ベビーゴジラ本人が“おじさん”と呼んでいる姿を見せつけてやった俺様。にもかかわらず、バトラの奴は何が気に喰わんのか益々噛みついてきやがるのだった。
「そんなの、あなたが無理矢理に言わせているだけでしょうが! こんないたいけな子供つかまえて、今度はいったい何を企んでるんです!? 正直に白状なさい!」
な、なんだとゥー!? これはちょいと聞き捨てならねえなァ~?
あんまりなバトラの言い様に、日頃は器の大きい俺様もとうとう反論してやることにした。
「いーや、わからねえぜ? たとえばポケモンじゃあピッピとピカチュウが
「何の話ですかっ!?」
「それに知ってるかバトラ、あの大怪獣バランだってその昔、爬虫類ゴジラ属ラドン科バラノポーダって分類だったんだぜ」
「知りませんよっ、人間が勝手に決めた分類なんか! だいたいそれは昔の話でしょう!?」
「とにかく、ラドンの甥っ子にゴジラ=ザウルスがいたって良いだろうが」
「いや、良いわけないでしょ!……」
侃々諤々、あーだのこーだの、ぎゃいぎゃい言い合う俺様ラドンと破壊獣バトラ。屁理屈に屁理屈をぶつけ合うような有様である。
互いに埒が明かなくなった頃合いで、場を静観していたモスラがようやく口を挟んできた。
「……たしかに」
そしてモスラの奴は、驚くべきことを口にしたのだ。
「案外、ラドンの言うとおりかもしれないわ」
……!
「も、モスラ姉さん、何を言って……?」
「だってそうでしょう、バトラちゃん。ゴジラ=ザウルスは托卵する生き物、だからベビーゴジラがラドンの甥というのも、『絶対に有り得ないとは言い切れない』んじゃない?」
……これはまさかの超展開である。あのイイコチャンで身内びいきの守護神怪獣モスラが、クソ真面目な妹バトラではなく、自他共に認める札付きの不良怪獣ラドンの味方をするとは。
バトラの方を見ればやはり向こうも予想外だったのだろう、バトラの奴、あのイケ好かねえクソ真面目態度を愕然と崩しながらこんなことを言い出しやがった。
「モスラ姉さんは信用できるんですか、ラドンのことを!?」
ったく、失礼極まりねえなコイツ。
泡を喰った様子で、なおも悪足掻きをしようとするバトラ。そんな生真面目すぎる妹を、姉のモスラは穏やかに、だが毅然と言い諭すのだった。
「ねえバトラちゃん、どんな御家庭にだってそれぞれ特別な事情があったりするものよ? いくらラドンがセコくて狡くて信用ならない卑劣なゴマすりクソバードだからって、部外者であるわたしたちが土足で踏み込んだ挙句、勝手に悪者だと決めつけてしまうのは良くないことじゃあなくって?」
「し、しかし……」
「多様性の尊重が叫ばれている昨今、わたしたち怪獣も多様な御家庭の有り様を尊重しなくては。そうでしょう、バトラちゃん?」
「う、ぐぐ……」
そうだそうだ、もっと言ったれモスラ姐さん!
……まぁ、こんなイケメンな空の大怪獣をつかまえて『セコくて狡くて信用ならない卑劣なゴマすりクソバード』呼ばわりするのはいただけねえがな。というかちと待て、バトラよりモスラの方が酷いこと言ってないかコレ……?
とにもかくにも、そんなこんなで話がまとまったところで。
「さて、事情もわかったことだし、帰りましょバトラちゃん」
「ちょ、ちょっと、モスラ姉さん……」
何をどう納得したんだか知らねえが、とにかく得心した様子のモスラは早々にアドノアから立ち去ることにしたようだった。バトラの方はというとこっちは言いたいことがまだまだありそうだったが、姉のモスラがこんな調子なので素直に引き下がるしかないらしい。
……おっと、いけねえ。帰ろうとするモスラたちを前に俺様、ベビーゴジラを呼んでやった。
「ほらベビー、美人姉妹怪獣のオネーサンたちが帰るみてえだぜ。おまえも挨拶してやんな」
「うん、わかった!」
俺様に促され、ベビーゴジラも礼儀正しく別れの挨拶を告げる。別に厳しくする気もねえが、子供の頃のしつけってのは大事だ。それに相手はモスラとバトラだしな、この手の挨拶の練習台にはちょうどいいだろう。
「また来てくださいね、モスラねえさん、バトラ
「はーい、またね~、ベビーゴジラ~」
「お、おばっ……!?」
……子供ってショージキだよなー。ウプププ。
姉のことを差し置いて『おばさん』呼ばわりされたバトラ。しかし流石の戦闘破壊獣サンも、悪気のない子供の言葉にまでマジギレするわけにはいかないらしい。
憤懣やるかたないバトラに対し、さらにモスラが宥めに入る。
「まあ、まあ、バトラちゃん。子供の言うことなのだから」
「! そ、そうですよね! どうせ子供の言うことですしねっ!! ……わたし、そんなに年増に見えるんですかね、ぶつぶつ……」
「まあ、まあ、気にしない気にしない……」
こうしてモスラとバトラ、美人姉妹怪獣のコンビはアドノア島から去っていったのだった。
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