ゴマすりクソバードの幸せ生活   作:よよよーよ・だーだだ

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4、姉妹百合の間に挟まろうとする俺様

 アドノア島を離れたあと、わたしはモスラ姉さんを問い詰めた。

 

「良いんですか、姉さん」

「良いんですか、ってどうかしたのバトラちゃん」

 

 ……まったく白々しい、そんなの決まってるじゃあないですか。並んで空を飛ぶモスラ姉さんに、わたしは詰め寄った。

 

「ラドンとベビーゴジラのことですっ。あのゴマすり野郎、あいつは『怪獣大戦争』におけるキングギドラ陣営の元ナンバー2ですよ!? よりにもよってそんな輩にゴジラの子供なんて任せたら、一体どんなことになるか……!」

 

 そう懸念するわたしだけれど、モスラ姉さんは「あら、そんなこと?」と事も無げだ。

 

「大丈夫よ、バトラちゃん。それにキングギドラ陣営の元メンバーというなら、バトラちゃんこそ元幹部でしょう?」

「ぐっ、そ、それは……!」

 

 それを言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 今はもう思い出すことさえ恥ずかしい黒歴史なのだが、さきほどラドン、そしてモスラ姉さんからも言われたとおりわたしこと戦闘破壊獣バトラは『怪獣大戦争』においてキングギドラ陣営に与していた時期がある。

 ……あの頃、『怪獣大戦争』が起こるまでの人間どもときたら、それはもう目も当てられないほど酷かった。果てしなく汚されて破壊される自然環境、性懲りもなく繰り返される愚劣な争い、そしてその中で食い物にされる沢山の命たち、その行き着いた果てに引き起こされたのが『怪獣黙示録』だ。そんな人間どもの専横が我慢ならなかったわたしは、「人間どもを滅ぼして自然の調和を取り戻そう!」などとのたまうキングギドラの甘言に乗ってしまった。

 ……ふん、自然の調和、だと? 今にして思えば、宇宙からの侵略者であるキングギドラごときが『自然の調和』なんてものを気に掛ける道理などあるはずがないのだけれど、当時のわたしはそんなことにも気づけないほどに思い詰めてしまっていたのだ……まぁ、最終的にはその詐術に気づいてモスラ姉さんとも和解できたのだから、過ぎたことでもあるのだけれど。

 そんな話はさておき、モスラ姉さんの説話は続いた。

 

「それにねバトラちゃん、わたしは付き合いが長いから知っているのだけれど、ラドンはああ見えて思慮深くて情も深いのよ」

「どこがですか!」

 

 わたしは即座に反駁した。

 

「あんなの、ただのチンピラじゃあないですか」

 

 火の悪魔、メキシコのイキリ翼竜、そしてゴマすりクソバード……キングギドラ陣営の元ナンバー2ということを差し引いても、ラドンについてはとにかく碌な噂が無い。

 空の大怪獣ラドン、たしかにゴジラに次ぐ有力な怪獣であるのだが、性格に関しては最低最悪、卑怯、卑劣、強きに(おもね)るその場しのぎの利己主義者な怪獣貴族。実力はともかく人格面の問題があまりに大きすぎて、周りからはまったくもって人望が無い。まさに不逞の輩、チンピラそのものと言ってもいい。

 そう憤慨するわたしに、モスラ姉さんは「ねえ、バトラちゃん」と言って聞かせるのだった。

 

「ラドンはね、ああ見えて結構苦労してるのよ」

 

 ……ふ、ふんっ! そうやって情に訴えようとしたってそうはいきませんよっ。

 怪獣、侵略者、そして人間ども。三者三様、互いに互いの覇権を巡って生存競争を繰り広げる『怪獣黙示録』の御時世、苦労していない者など一人もいない。ちょっとやそっとの苦労話ごときで絆されるわけが……

 

「ラドンって、まだ子供の時分に親兄弟と幼い頃に死に別れたんですって。ゴジラと同じよね、ゴジラも育ての親とは早々に死別しているし」

 

 そう言われてみて、わたしは考え直す。

 たとえばわたし、バトラとてモスラ姉さんという家族がいた。モスラ姉さんとは『怪獣大戦争』でいっとき仲違いしたこともあったけれど、なんだかんだで元鞘に収まっている。

 けれど、ラドンはそうではなかったのだという。あの翼竜野郎は、たったひとりであの苛酷な『怪獣黙示録』を生き抜いてきたのだという。その前提を踏まえた上で見てみると、強きにゴマすり媚びへつらうあの卑劣な性格も、『苦労した末に身についてしまったもの』という風に見えないこともない。

 そう思い至ったわたしに、モスラ姉さんは「だからね、」と続けた。

 

「ラドンはきっと『家族が恋しい』んじゃないかしら。そんなラドンが、あのベビーゴジラに酷いことをするはずがないでしょう?」

 

 い、言われてみれば……。

 わたしたちが訪れたときの様子を思い返してみれば、あのときのラドンは後ろめたさからくる自らの保身というよりも、どこかベビーゴジラを庇っているような素振りもあったような気がする。あの鳥野郎も、あいつなりにベビーゴジラを大切に想っているのかもしれない。

 

「それに、ああ見えてラドンって気遣い屋なのよ。小狡く動いているように見えるかもしれないけれど、裏を返せば『ちゃんと周りを見ている』ということでもある。いつだって周りの状況を鑑みて、その時点で最善になるように立ち回っている」

「……そうなんですか?」

 

 モスラ姉さんによる意外なほどの高評価。しかし、わたしはそれでも疑念を拭いきれない。

 

「単に自分に都合が良いように、勝手気儘に立ち回っているだけのように見えますが……?」

「そう見えるくらい、ラドンの振る舞いがさりげないということじゃない? たとえば、ゴジラとギドラの最終決戦後の事後処理のことを思い出してごらんなさい……」

 

 言われて、わたしも思い起こしてみる。

 怪獣大戦争の最終決戦、その末にキングギドラを叩き出して怪獣王の座を死守したゴジラ。そんなゴジラに真っ先に白旗をあげたのは、キングギドラ陣営のナンバー2だったはずのラドンだった。あのとき、勝者ゴジラを前にしたラドンのみっともない幇間ぶりと言ったら未だに語り草で、あの一件以来ラドンは『ゴマすりクソバード』なんて悪名で呼ばれるようになっている。

 けれど、モスラ姉さんはあの一件をこのように解釈していた。

 

「……たしかにラドンは巷じゃあ『ゴマすりクソバード』なんて呼ばれているけれど、見方を変えれば、あのときラドンが一番最初に降参してくれたからこそ、無難に事が収まったとも言えるでしょう? ラドンは、皆を代表してゴジラと和解できる道を示してくれたのかもしれないよね」

 

 ……たしかに、そう言われてみれば、そういう風に見えないこともない。

 大戦のあとキングギドラが地球を去り、さらにナンバー2だったラドン、そして陣営の中核だったわたしバトラがゴジラ陣営に寝返ったことで、あれだけの権勢を振るったキングギドラ陣営はいともあっさり瓦解した。

 しかし、キングギドラが去ったはいいものの、実際のところはかなり危うかったのもまた事実だ。キングギドラ陣営にはムートーを筆頭とする反ゴジラ派の怪獣も多かったし、他にも各地でキングギドラ陣営の残党が活動していた。あのときもしもラドンがゴジラへ抵抗する意思を見せていたら、あるいはもしもラドンが次のリーダーに立候補でもしていたら、そのときは今度はゴジラとラドンの覇権争いに移行して怪獣大戦争は続行、あの激しい戦乱はきっと未だに終わっていなかったろう。

 

「そしてなにより、」

 

 と、モスラ姉さんは付け加える。

 

「わたしとバトラちゃんが仲直りできたのだって、『ラドンのおかげ』でしょう?」

 

 そんなことは……と、言い返そうとしてわたしも思い出した。

 あれは怪獣大戦争の末期、わたしがまだモスラ姉さんと仲違いしていた頃の話である。

 

 

 

 

 ゴジラとキングギドラの覇権争いに端を発した、怪獣大戦争。

 ゴジラとキングギドラが最後の一騎打ちを繰り広げる一方で、わたしたちモスラ同士の決戦もまた始まっていた。戦場は地球の裏側、キングギドラが引き起こした天変地異の暗雲の中。

 繰り広げられるはモスラVSバトルモスラ。極彩色の姉妹怪獣同士による、大怪獣空中決戦だ。

 

「バトラちゃん、待って! 話を……」

 

 そうやって大空を舞いながら、なおもわたしを説得しようと必死に語り掛けるモスラ姉さん。そんなモスラ姉さんに、わたしは容赦なく攻撃を仕掛けてゆく。

 

「姉さんこそ、わからず屋!」

 

 わたしは額の角を光らせエネルギーをチャージ、そして一気に放出する。

 轟く雷鳴、弾けるスパーク。紫電の稲妻、ゴジラだってノックダウンできる必殺のプリズム光線だ。

 そして、攻撃力はわたしの方が上。そんなわたしの繰り出すプリズム光線をまともに喰らえば、モスラ姉さんだってひとたまりもないだろう。

 けれど、わたしが撃ち放ったプリズムの稲妻は、モスラ姉さんには当たらなかった。

 

 ――バチィッ!!

 

 真っ直ぐ命中するはずのプリズム光線、それがモスラ姉さんの身体の前で軌道が折れ曲がり、無闇矢鱈と爆ぜて散った。

 そうやって跳ね返されたプリズム光線の流れ弾は、わたしたちの戦いの眼下に広がる人間の街へと降り注いだ。プリズムの跳弾は橋とビルと観覧車に命中、それらを丸ごと焼き払ってしまった。

 狙ったはずの相手に決して当たらないプリズム光線、その仕組みをわたしはすぐに察した。

 

「鱗粉かっ……!」

 

 そう、モスラ姉さんの周りに舞い散っているのはモスラ最後の武器、黄金の電磁鱗粉だ。ゴジラの放射熱線を完封し、わたしのプリズム光線だって跳ね返せる最強の盾。わたしが仕掛ける猛攻撃は、モスラ姉さんに決して届かない。

 モスラ姉さんはそうやって身を守りながら、わたしを説得するのをなおも諦めていないようだった。

 

「……ねえ、バトラちゃん、もう止めましょう。今までの行きがかりはさっぱり忘れて……」

 

 停戦勧告、どこまでも反撃してこないモスラ姉さん。平和主義を信条とする、実にモスラ姉さんらしいやり方だ。

 ……けれど、その甘さがわたしは心底気に入らないのだった。わたしは怒りのままに吼えた。

 

「姉さんこそ、どうしてわからない!?」

 

 ……姉さんはいつもそうだ。

 その気になればわたしはもちろん、ゴジラやキングギドラにだって引けを取らない最高のクイーンオブモンスター、それがモスラ姉さんだ。

 そんな素晴らしい力を持っているのに、モスラ姉さんは自分より弱い何かを守ることにしか使わない。モスラ姉さんはいつもそうやって、周りの狡くて弱い奴らから好い様に利用されてばかりいる。本当に悪い奴らは目の前にいるはずなのに、モスラ姉さんはそいつらを懲らしめるためには決して力を使わない。

 今回の『怪獣大戦争』だってそうだ。

 

「ああそうとも、モスラこそ大馬鹿さ!」

 

 憤るわたしの耳元で悪のはぐれ小美人、〈黒のベノヴェラ〉が呪うような声を張り上げる。

 

「人間なんかの言いなりになりやがって、怪獣界隈のとんだ恥さらしめ……っ!」

 

 そう、黒い小美人の言うとおりだ。モスラ姉さんがキングギドラに、そしてわたしに立ち向かっているのは、単に『人間どもから頼まれたから』に過ぎない。『人間とは友達』ですって? 馬鹿な。『歌って踊ってお祈りされたら飛んで助けに来てくれる』、そんな友達いるものか。

 そしてモスラ姉さんこそ、人間どもから都合よく利用されて散々痛い目を見てきたはずじゃないか。ハッピー興行社、マルトモ商事、環境破壊、そして戦争。人間どもなんてどいつもこいつも下劣で薄汚いクズか、そんな奴らをのさばらせるカスどもばかりだ。人間どもこそわたしたちの大切なこの星、地球生命を食いつぶす害虫そのもの。生かしておく価値などない。

 

「なのにどうして、モスラ姉さんは人間の味方なんかするんですか!? どうして、モスラ姉さんは“本当に悪い奴ら”へ立ち向かおうとしない!? どうして、どうして……!」

 

 わたしとモスラ姉さんの戦いは、泥仕合の様相を見せていた。

 当然だ。わたしがいくらプリズム光線を撃ちまくって追い立てても、電磁鱗粉で身を守ることのできるモスラ姉さんには届かない。モスラ姉さんの方も防戦一方で、わたしに対して反撃してくる気配はない。

 自然、わたしたちの戦いは光線技では決着が着かず接近戦、肉弾によるインファイトへと発展していった。格闘も得意とするわたしはモスラ姉さんへ組みつき、爪でひっかき、牙で食らいついた。わたしが次々と繰り出してゆく苛烈な攻撃で、モスラ姉さんの柔肌に生々しい傷が増えてゆく。

 

「ぐっ……!」

 

 だけどモスラ姉さんは、それでも決して抵抗してこない。追いすがるわたしを懸命に振り解いたモスラ姉さんは、満身創痍の姿ですぐさまふわりと宙を舞う。

 わたしはすかさず角を光らせ、プリズム光線を放出。プリズムの鋭い閃光が、如何にも無防備そうなモスラ姉さんの翅をかすめた。

 

「きゃあっ!?」

 

 破壊力抜群のわたしのプリズム光線、その直撃で翅を痛めたモスラ姉さんは呆気なく力を失って、地表へよろよろと墜落してゆく。

 その光景を見た黒い小美人が勝ち誇りながら、わたしを煽り立てる。

 

「やっちゃいな、バトラ!」

 

 ええ、了解ですっ。鱗粉を撒き散らす余裕すら失ったモスラ姉さんを、わたしはプリズム光線の乱打で打ちのめそうとする。

 

 

 だが、これはモスラ姉さんによる“罠”だった。

 

 

 わたしがプリズム光線を撃とうとした途端、わたしの全身を紫電の激烈な迸りが貫いた。

 

 ――バチィィッ!!

「ぐあぁっ!?」

 

 今度は、わたしが地表に墜落する番だった。焼け焦げた翅は揚力を失いビル街へヒラヒラと墜落、崩れた瓦礫の山に埋もれてしまう。

 モスラ姉さんはというと、痛めた翅を庇いながらゆっくり頭上へ舞い上がってゆく。

 そんなモスラ姉さんめがけて、わたしは瓦礫を吹き飛ばしながらプリズム光線を撃とうとする。

 

「姉さん、一体何をし……ぐぅっ!?」

 

 ――バチバチッ、バチッ!!

 放とうとしたその途端、またしても夥しいスパークと激痛がわたしの身体を焼いた。まるでわたしのプリズム光線が、わたし自身を攻撃しているかのようだ。

 いったい、何が起きている。そのわけは、黒い小美人ヴェノベラの言葉ですぐにわかった。

 

「まさかモスラの奴、“封じ込め”かっ……!?」

 

 ……モスラ姉さんはかつて、ゴジラと戦ったときに引き分けに持ち込んだことがある。

 そのときモスラ姉さんがとった戦術は、電磁鱗粉による“封じ込め”だった。ゴジラの放射熱線を電磁鱗粉で完封し、ゴジラ自身の体内電磁波を攪乱して自滅に追い込む。

 それと同じ手を、モスラ姉さんはわたしに使ったのだ。モスラ姉さんが鱗粉を撒くのを辞めたのは、わたしを鱗粉の結界へ誘い込むためだったのである。

 

「小癪なマネをっ……!」

 

 こうなれば力任せだ。電磁鱗粉の結界を突破しようと、わたしは地上からプリズム光線を撃ちまくろうとした。

 

 ――バチバチッ、バチィィッ!!

 

「ぐあああっっ!!」

 

 けれど、すべて無駄だ。

 まさに自縄自縛、撃てば撃つほどわたしの放ったプリズム光線はわたし自身へと跳ね返ってきてしまう。当然だ、ゴジラの放射熱線だって封じ込める電磁鱗粉、わたしのプリズム光線ごときで破れる防御力ではない。

 しかもおまけに、モスラ姉さんの電磁鱗粉の影響でわたしは翅の揚力までも攪乱されてしまい、もはや地表から飛び立つことすら出来なくなってしまった。

 翅をもがれたムシケラのように地べたで藻掻くしかないわたしを見下ろしながら、モスラ姉さんははっきりと言い放つのだった。

 

「……ねえ、バトラちゃん、もう止めましょう。今からでも遅くない、姉妹同士戦うのは……」

 

 だけど、わたしがその続きを聞くことはなかった。

 

 

 

「イーヤッハァーッ!!」

 

 

 

 わたしたちの戦いの只中に、“燃える翼”が滑り込んできたからだ。

 分厚い黒雲を焼き払いながら飛び込んできたのは、キングギドラ陣営のナンバー2にして空の大怪獣、火の悪魔ラドンだ。

 燃える翼から猛火を散らしながら、ラドンはわたしたちの戦いに割り込んできた。

 

「Orale, ViVa La RaZa、『ラクしてズルしていただきかしら』ってなア! ヒャッハーァ!!」

 

 そう勝鬨を挙げながら、ラドンはモスラ姉さんへと思いきり躍りかかった。対するモスラ姉さんは、電磁鱗粉を撒いてラドンを追い払おうとする。

 

「電磁鱗粉……」

「そんな金粉ショーが効くかボケエ!」

 

 けれど、無駄だ。モスラ姉さんの電磁鱗粉は可燃性、銑鉄のような灼熱体温を帯びたラドンとは相性最悪だ。おまけにすべてを焼き尽くすラドンの爆熱ジェット噴射、その火炎放射が巻き起こす炎の海を前にモスラ姉さんの電磁鱗粉も十分な防御力を発揮してくれない。

 

「モスラ、lo coseguire(ゲットだぜ)!」

「ぐっ……!?」

 

 そうこうしているうちに、ラドンのカギ爪がモスラ姉さんを捕らえた。そしてそのままモスラ姉さんの華奢な体を高層ビル群へ叩きつけ、徹底的に打ちのめす。モスラ姉さんは振り解こうと藻掻いているけれど、ラドンの握力はあまりに強固で、まるで焼き付いたかのように振り解けない。

 このままだと、姉さんが。

 そう思い至った途端、わたしは勝手に体が動いていた。電磁鱗粉の結界はラドンの振りまいた火の粉で散り散りに焼かれており、わたしの翅は傷つきながらも飛び立つ力をまだ残していた。

 ……姉さん!

 わたしは残った力を振り絞ってその場から舞い上がり、そしてラドンへ呼びかける。

 

「いいですかラドン、姉さ……モスラはわたしの獲物です、いくらナンバー2でも横取りは許しませんよっ! キングギドラの奴ともそういう約定を……」

「はぁ?」

 

 そうやって割って入るわたしだったけれど、ラドンはモスラ姉さんへの攻撃の手を緩めないまま、すかさず言い返した。

 

「何言ってやがるバトラ。俺様は、おまえが手ぬるいから手伝ってやってるんだぜ」

 

 手伝って、やってる? 驚くわたしを横目で見ながら、ラドンはこんなことを言い出した。

 

「地球生命の意志とやらに殉じるんだろ? その地球生命さんは、肉親の一人や二人平然とブッ殺せって仰せになられてんだよな? まったく大した地球生命さんだこって、なァ?」

「……!!」

 

 ……たしかに、ラドンの言うとおりだ。

 地球環境に害を成すもの、人間を滅ぼすのが地球生命の意志で、そのための障害となるものを排除するのが地球環境の守護者にして戦闘破壊獣であるわたし:バトルモスラとしての使命。これでモスラ姉さんが降参してくれなかったら、そのときわたしは、姉さんを。

 けれどわたしは、ほんの、ほんのわずかに、逡巡してしまった。

 

「ち、ちがう、そんなことは……」

「……ふん。どーせ、そんなこったろうと思ってたぜ」

 

 咄嗟に言い繕おうとしてしまうわたし、けれどその姑息な弱さをラドンは目敏く見抜いていた。

 

「バトラ、おまえ、ちいっとばかし“覚悟”って奴が足りてねえんじゃあねーか?」

「…………!」

 

 続けて、ラドンは冷たく鼻で嘲笑う。

 

「姉妹で別れて戦いを始めた時点で、“こう”なるのは最初からわかってたろうが。それとも『大切で大好きなお姉ちゃんだったら、ちゃんと話せばきっとわかってくれる』なんてヌルいこと考えてたんじゃあねーよな? 姉妹の癖に、モスラがそういう奴じゃあないことぐらいわからなかったか? 自然の調和、地球生命の『大義』だァ? 正義のヒロイン気取りで御大層なことをぬかしてたくせに、随分と甘ちゃんだなァ、えぇ?」

「それは……っ」

 

 ……図星だった。

 そうだ。そうだった。そのとおりだ。なにもかもラドンの言うとおりじゃないか。

 わたしたち、モスラとバトルモスラは、姉妹同士で別れて戦いながらそれでも互いにどこかで『それでもきっといつか、わかってくれるはず』と思っている節があった。いいや、それどころか、モスラ姉さんの言うことに耳を貸さなかったのはわたしの方じゃないか。モスラ姉さんの方はずっと、わたしへ対話するように求めていたのに。

 そんなわたしの甘さを、ラドンは断罪する。

 

「おまえが殺れねえなら、俺様がやってやる」

 

 そしてラドンは、弱ったモスラ姉さんを捕まえたまま、手近なビルの最上階へと陣取った。そしてモスラ姉さんを片足でしっかり踏み躙りながら、もう片方のカギ爪をぎらつかせる。

 その先端で真っ赤に滾っているのは灼熱のカギ爪、ヒートクロー。刃先がぎらつくその様はまさに地獄の断頭台、ラドンのカギ爪が帯びている高熱は焼けた銑鉄並み。ラドンはモスラ姉さんの首を刎ねてトドメを刺すつもりなのだ。

 他方、モスラ姉さんには為す術がない。

 

「くっ、は、放しなさいっ……!」

「やなこった。捕らえた獲物をわざわざ逃がすバカがどこにいやがる」

 

 モスラ姉さんは、ラドンが造り出した猛火の海で総身を炙られ、翅も黒焦げでその場から飛び立つことができない。そしてモスラ姉さんの小柄な体躯でいくら藻掻いても、倍近い重さがあるラドンの巨体を押しのけることさえできなかった。

 そんな無力なモスラ姉さんを捕らえたまま、ラドンはこれ見よがしにわたしへ言い放つ。

 

「いいか見てろよバトラ、おまえのその何もかもをナメた在り様がいったい何を引き起こすか」

 

 待て、待って、ねえ、だめ。こんな土壇場になってようやく、わたしは声を出すことが出来た。

 けれど、ラドンは気にも留めない。奴は、本気でモスラ姉さんを手に掛ける気だ。

 

「そしてHasta la vista(サヨナラだ)、モスラ。平和主義者の甘ちゃんの分際で、俺様たちキングギドラ陣営に歯向かったことを地獄で後悔するがいいぜ……!」

「くっ……!」

 

 そしてラドンが真っ赤なカギ爪を振り下ろした刹那、わたしは気がつくとその場から翔び立っていた。猛る炎に翅を焼かれ、焦げた熱風が呼吸器を燻ったけれど、もはや気にならなかった。音よりも速く、稲妻よりも強く。

 わたしが飛び掛かった先はモスラ姉さん、そして姉さんを殺そうとしている空の大怪獣ラドンだ。

 

「姉さん……ッ!!」

 

 不意に突っ込んできたわたしに対し、ラドンは咄嗟に反応できなかった。わたしの最高速度マッハ2を超える猛スピード、その突進をラドンは躱し切れない。

 

「どわっ!?」

 

 いくら小柄なバトルモスラのわたしとはいえ1万トンの巨体、はばたく風圧だけで街を吹き飛ばしビルを突き崩すことができる。そんなわたしの強襲を不意に喰らったラドンは、その場で引っ繰り返ってしまう。

 けれど、わたしに出来たのはそこまでだった。

 

「バトラッ、てめー、裏切る気かっ!?」

 

 ラドンはすぐさま起き上がり、今度は標的をわたし:バトラへと変えた。

 ラドンは翼のジェット噴射を点火、鋭いカギ爪を構えた猛烈な勢いでわたしへと飛び掛かり、胸ぐらを掴んで真上から抑えつけた。

 

「はなしてください……っ!」

「うるせえ、裏切り者が!」

 

 わたしは力一杯に暴れるけれど、やっぱり真正面からの力比べでは体躯で勝るラドンの方が上だ、押し返せない。

 そして激昂したラドンはわたし目掛けて、真っ赤に灼けたカギ爪を振りかざす。

 

「だいたいバトラよぉ、てめーのこたぁ前々から気に入らなかったんだ! 好い機会だ、今ここでブッ殺してやr……!」

 

 わたしが死を覚悟した、まさにその刹那。

 

 

「……バトラちゃんっっ!!」

 

 

 わたしを手にかけようとして、隙を見せたラドン。そこに生じたわずかな好機を、今度はモスラ姉さんが突く形になった。

 

「な、てめッ……!?」

 

 背後から奇襲を仕掛けてきたモスラ姉さんに対し、ラドンもまた即座に振り返り応戦しようとする。

 だがしかし、ほんの一手だけ、ラドンは間に合わない。

 

 姉さんが繰り出したのは、毒針の一刺し。

 

 モスラとしての『最後の武器』が電磁鱗粉なら、尾に仕込んだこの毒針はまさに『奥の手』とでも言うべきものだ。普段誰かを傷つけることを厭うモスラ姉さんが隠し持っている、数少ない自発的な攻撃手段。ゴジラの頑強な岩肌さえ貫通する毒針攻撃が、ラドンの肩へと吸い込まれてゆく。

 ぐさり。鋭い一撃が皮膚を破り、肉を穿った。

 

「ギャアアアっ!?」

 

 辺り一帯に、ラドンの絶叫が響き渡った。

 ラドンの肩に突き刺さったモスラ姉さんの毒針、その一刺しから注入されたのは強い神経毒だ。もちろんモスラ姉さんのことだから命を奪うことは無いだろうが、そのダメージは耐えがたいほどの激痛になっていることだろう。

 

「痛ってええええええええええよおおおおおおおっっ……!!」

 

 毒がもたらす苦痛のあまり、悲鳴を上げながらビルの最上階から転げ落ちてゆくラドン。そんなラドンを押しのけながら、わたしは力なく身を横たえているモスラ姉さんのもとへと駆け寄った。

 

「姉さん、姉さん……っ!」

 

 必死に呼びかけ続けるわたしに、モスラ姉さんは弱々しげに、けれどたしかに応えてくれた。

 

「バトラちゃん……」

 

 よかった、まだ息がある。

 自慢の美しい翅はボロボロ、猛火に炙られて全身火傷だらけだけれど、いずれも致命傷ではない。故郷のインファント島に帰って聖なる泉にじっくり浸かれば、癒すことが出来るだろう。

 わたしがモスラ姉さんの無事を確かめたとき、モスラ姉さんが言った。

 

「……ごめんね、バトラちゃん」

 

 ……なんで、姉さんが謝るの。モスラ姉さんは、何も悪いことなんかしていないのに。わたしこそわからず屋で、馬鹿だったのが悪いのに。

 そんなわたしに、モスラ姉さんはこんなことを言うのだった。

 

「ごめんね、そんなふうに追い詰めさせちゃって……バトラちゃんがとても一生懸命で優しい子なの、知ってたはずなのに……本当にごめんね……」

「姉さん……!」

 

 わたしが姉さんは互いに身を寄せ合い、そして互いの無事を確かめ合った。

 ……まったくわたしたちときたら、なんて馬鹿げた争いをしていたのだろう。守護神と破壊獣、単に役目が違うだけで大切なものは同じはずだったのに。

 そしてわたしときたら、なんて愚かだったのだろう。使命なんかより、大義なんかより、姉さんのことがこんなに大切だったのに。

 いがみ合っていたバトラとモスラが今、ようやく分かり合えた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、姉さん……!」

「ごめん、本当にごめんね、バトラちゃん……」

 

 そうやってわたしたちモスラの双子姉妹が、心の底から反省し合っていたときだった。

 

 

「……やい、コラ」

 

 

 わたしたちが振り返るとそこには、

 

「てめえら、自分たちだけの世界で百合百合イチャイチャするのはいいがな、俺様を忘れてんじゃあねーよ」

 

 痛めた翼を不格好に羽ばたかせてホバリングしながら、ラドンが不満げに毒づいていた。きっとモスラ姉さんの毒のせいだろう、毒針で刺されたラドンの肩は痛々しく腫れ上がっていたが、これでも飛ぶのに支障はないらしい。

 

「あ、まだいたんですか」

「『まだいたんですか』じゃあねーよっ! なんだその扱いの軽さ!! 俺様、おまえらにどつかれた挙句思いきり刺されてんだけど!?」

 

 そうやってラドンは不機嫌そうにわたしたちを睨みつけていたのだけれど、やがて呆れたように溜息をついてからこんなことを言い出したのだった。

 

「……ったくよ、せっかく同じ卵から生まれた双子の姉妹なんだから仲良くしてりゃアいいものを、くだらねー喧嘩なんざしやがって。これじゃあまるで、俺様の方こそ『百合の間に挟まろうとするクソ野郎』じゃあねーか」

「……!」

 

 そのぼやきの真意はわたしにはわからなかったけれど、モスラ姉さんは何か勘づくものがあったらしい。傷だらけの身を起こし、ラドンの方へと向き直る。

 

「ラドン、まさかあなた……」

「あーあー、興が醒めた、興覚めだよクソが! 俺様、もう帰る、帰るもんね!」

 

 モスラ姉さんの問い掛けに、ラドンは答えなかった。まるで聞こえなかったかのように身を翻し、そっぽを向いて彼方へ飛び立つ。

 

「てめえらみてえな百合の間なんかに二度と挟まるもんか! せいぜい姉妹仲良く末永く百合百合してろや、バーカバーカ!!」

 

 じゃーなっ、あーばよっ!

 そうやってどこか大仰な捨て台詞を吐きながらよろよろと飛び去ってゆくラドンと、呆気にとられて見送るしかないわたしたちモスラの双子姉妹。

 ……かくしてモスラ同士の姉妹喧嘩は決着。その裏でゴジラとキングギドラの戦いもケリがつき、全世界を巻き込んだ怪獣大戦争は終戦を迎えることになったのだ。

 

 

 

 

「……ってことがあったじゃない? あれ、きっと、ラドンなりにわたしたちの仲を取り持ってくれたんだと思うのよね~」

 

 ……たしかに、結果論としてはモスラ姉さんの言う通りになるのだろう。あそこでラドンが割り込まなければ、わたしたちの姉妹対立はどちらかがどちらかを捻じ伏せて決着、その後もなんらかの禍根を残していたかもしれない。そういう意味では、まさに『ラドンなりにわたしたちの仲を取り持ってくれた』と言えるのかもしれない。

 けれど、ラドンの日頃の振る舞いを鑑みても、あの気儘な鳥野郎がそこまで計算していたとはとうてい思えないのである。

 

「単に、手柄を横取りしようとしてしくじった挙句、痛い目を見てトンズラこいただけのような気もしますが……」

 

 首を捻らざるを得ないわたしに、モスラ姉さんは「まあ、それはともかく、ベビーゴジラのことだけれど」と本題に戻った。

 

「無論、ゴジラはラドンとは違う生き物、だからあのベビーゴジラもいずれは別の生き方をすることになるでしょうね」

 

 たしかに。わたしもそれには首肯する。

 そして、モスラ姉さんは穏やかに続けた。

 

「けれどほんのひととき、ちょっとくらいのモラトリアムは許してあげてもいいのでは……と思うのだけれど、どうかしら? それに、本当に甥っ子なのかもしれないしね」

「いやそれはないと思いますが……それはともかくモスラ姉さんの考えはわかりました。しばらく見守ることにしましょう」

 

 それにこうして振り返って見ると、あのゴマすりクソバード野郎も本当は善い奴なのかもしれない。あの鳥野郎、これまではわたしと鳴き声が似てるのもあっていけ好かないクソ野郎だと思ってましたけど、今度会ったらそのときはもうちょっと優しくしてやります。

 わたしがそう感慨まじりに感想を述べると、なぜかモスラ姉さんは妙な顔をしていた。なんですか姉さん、その困ったような表情は。

 

「……うーん、バトラちゃんのそういう素直で感じ入りやすいところ、とっても可愛いと思うしわたしは大好きだけど、あまりにチョロすぎてお姉ちゃんとしてはちょっぴり心配だナァー……」

 

 はい?

 

「いいえー、なんでもー」

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