何もない空間だった。
いや、何もない空間に『なっていた』。
晴れた日なら、バスケットゴールに陽の光が射し込む。
雨の日なら、優しい雨音が聞こえてくる。
しかし、今、目の前にある光景は、窓明かりもなく、外からの音も無い。
「お待ちしていました」
突然の少女の声に、身構える。
幼少の頃からの鍛錬に加え、部隊に入ってからの訓練で、気配を感じる感覚が研がれている自信はあった。
しかし―
「どうかされましたか?」
不思議そうに自分を見る少女は、こちらの意識の枠外から入ってきた。
最初からいたように。
ずっとそこにいたように。
気付いたら、そこにいたのだ。
「なぁなみん、今日も可愛いね」
「毎回、ナンパすな。だいたい、今朝の点呼でも会っただろうが」
「こ、これは!」
「嫉妬…やな」
「あらあら」
「まあ」
「その目をやめろぉーーーーー!」
いつも通りの先輩達を見て、少し落ち着く。
月歌が、さらに追い打ちをかける。
和泉が、ツッコむ。
國見が、ボケる。
逢川が、國見を褒める?
唐突にカレンちゃんが、現れる。
カレンちゃんに反応して、諜報員も現れる。
いつもの空気が漂いはじめる。
緊張が、解れていく。
過度な力が、抜けていく。
思考の硬直が、柔らぐ。
自然と笑みが、こぼれてくる。
「ゥ于もまぜτレまιレヽωτ″すレナー⊂″ぉ!」
「だから、何言ってったか分かんねえんだよぉーーーー!」
「…何をやってるの、あなた達」
手塚の鋭い声が貫く。
「はっ!後輩との親睦を深めていたであります!!」
さっと敬礼し、流れるように、月歌が誤魔化す。
その言葉に手塚は、ふっと息を吐く。
少し笑っているようにも見える。
「七瀬さん」
一瞬で表情を戻し、少女―七瀬に声をかける。
「はい、こちらをどうぞ」
七瀬が甕野にデンチョを差し出す。
「こ、これがウチの…ぁカゞゑωτ″すレナー⊂″ぉ!」
「日本語しゃべれぇーーーーーーー!」
「あかねっち、そういう時は、こう言うんだぜ?」
「「ギャイアグレイーイボドドドゥドオー!!」」
「何でそこは息ピッタリなんだよ!」
「フゥー!」
「ぁっカゞゑωτ″すレナー⊂″ぉ─!」
「アがるなぁーー!」
「…話を進めても、いいかしら?」
「はっ!大丈夫であります!」
「いつものことだが、おめーのその変わり身の速さはなんなんだ」
「甕野さん、あなたに渡した電子軍人手帳には、あなたのセラフィムコードが入力されているわ。戦闘時には、すぐセラフを呼べるよう、しっかり訓練しておきなさい」
「ッス!!」
「それでは、甕野さん、設定、個人情報からセラフィムコードを確認し、詠唱してください」
「ッス!えーっと…『ママはウチが守る』?」
甕野が口にした瞬間、頭上の空間が裂ける。
闇が渦巻き、光が走る。
光の筋が集まり、大きな光となる。
その光の中から、一つの影が降りてくる。
「何かしら、あれ」
「銃でも剣でもあらへんで?」
「マントでもありませんよ?」
「え?なになに?なんのこと言ってんのか、分かんないんですけどお!」
影がゆっくりと、甕野の元に降りてくる。
甕野は、手を差し出し、その影を受けとめる。
その手の中には、鈍く光る重厚な手甲があった。
「これが、ウチの…?」
「手甲…ガントレットね。甕野さん、嵌めてみてくれるかしら?」
「ッス!」
手塚の言葉に従い、装着しようと考えた瞬間、
「!?」
するり、と溶けるように両手に嵌る。
甕野は、不思議そうに見つめ、握る。
そのまま、腰を落とし、構える。
ゆっくり、ゆっくりと拳を突きだしていく。
ゆっくり、ゆっくり
ゆるゆる、ゆるゆる
するする、するする
ゆっくり、ゆるゆる
するする、ゆっくり
ゆるゆる、するする
ゆっくり、するする
するする、ゆっくり
遅いながらも、滑らかな動きに、全員が目を奪われる。
腕が伸び切り、拳がとまる。
また同じ速度で、拳を戻していく。
拳が戻ると、今度は、ゆるゆると脚が上がる。
ゆるゆる、ゆるゆる
するする、するする…
最高点まで到達すると、またゆるゆると降りていく。
やがて、脚は戻り、元の構えに戻る。
そのまま、すうっと息を吸う。
肺の中を酸素で、いっぱいにする。
いっぱいになった酸素を、ふっ、と吐き出す。
瞬間、
轟
と、空気が震える。
甕野の拳が、空を打った音だ。
いや、実際には音がした訳ではないが、その場にいた全員が、その衝撃音を聞いた。
「何だよ、これ…」
「エラいもんだしてきよったで…」
「でぃすいずびっくいんぱくと!」
「ねえ!今、凄っごい音しなかった?」
「と、鳥肌立っちゃった…」
「すげぇじゃん、あかねっち!」
「や…」
「や?」
「ゃレよ″レヽωτ″すレナー⊂″ぉ!」
「いやいやいやいや、おめーの方がヤベーわ!」
「あかねっち、そういう時は?」
「「≠″ャィ了勹″∠ィ─ィ朮″├″├″├″ゥ├″才─!!」」
「お前ら、何言ってっか分かんねえんだよー!」
「問題なさそうね」
「問題ありありだろ!何だよ、ガントレットって!見たことねえよ!」
「まあ、セラフだし」
「セラフだもんね」
「セラフやからな」
「セラフだもの」
「セラフですから」
「順応早えぇな、お前ら!」
「セラフに関しては、まだ解明されてない部分の方が多いわ。こういったレアケースもゼロではなちわ」
「え?そうなの?」
「おめーもレアケースだからな」
「?」
「不思議そうな顔してんじゃねえよ」
「まあ、そういことだから、あとで樋口さんに見てもらうことになると思うわ」
「珍し過ぎて、解剖されちゃうかもよ〜?」
「新人を脅かしてんじゃねえよ」
「それじゃあ、甕野さん、早速試してみましょうか。七瀬」
「それでは、エミュレーターを起動させます」
「よーし、みんなあ!気合い入れていくぜ!」
「ああ」
「おう!」
「はいです!」
「任せて!」
「ひーひゃっひゃっひゃ!」
「ぁっカゞゑωτ″すレナー⊂″ぉ─!」
「『あたしの伝説はこれから始まる』!」
どうも、社畜系底辺配信者となった夢枕悪です。
約2年ぶりの続きとなりました←
もうやめたんじゃないかと思った皆さん…
ハーメルンよ!私は帰ってきた!!
…と、言っておきます。
また皆さんが忘れた頃に帰ってくるとは思いますが、その時は、生暖かい目で読んであげてください。
それでは、新生活が始まるこの時期、体調に気をつけて、お過ごしください。