ポケモン フィクション 〜虫とり少年と反逆神〜 作:くまっくす
アローラ大戦
青い空に青い海。
アローラ地方、メレメレ島のビーチは今日も水着を着た観光客で溢れかえっている。
毎日見ている光景なので、海でキャッキャウフフすることの正直何が面白いのかボクには分からない。
朝のホームルーム前。
トレーナースクールの教室から見えるビーチをぼぉーっと眺めながらボクはため息をついた。
前髪をおろしたボブに頭頂部が花の形をした赤いニットキャップ、花柄カットソー、緑色のホットパンツ、黒と赤のトレッキングシューズの姿の11歳の女子──それがミヅキことボクのプロフィールである。
「よぉー! 落ちこぼれぇ! 今日もなにしにポケモンスクール通ってんだぁ?」
暇人のクラスメイトであるヒマオ(仮称)が今日も無駄に突っかかってくる。
「本当にキミは暇なんだな。 ボクに構うよりやるべきことはあるんじゃないのかい?」
「はは! そうだな! 確かに俺は来月からの島めぐりの為の準備とかやるべきことはたくさんあるなぁ!!
誰かさんとは違って!」
そう言うとクラスの大部分の連中がガハハと下品な笑い声をあげる。
「はいはい。 邪魔だからあっち行ってくれるかな?」
付き合ってられないよ、全く。
「ミヅキも分かってるでしょ? あいつあんたのこと好きなんだよ」
前の席のヒロミが言うけど冗談じゃない。
「ボク、子供には興味がないんだよね」
「ほんっとー! あんたって可愛くないよね」
ヒロミは呆れて、前を向いてしまった。
しまった。
またやってしまった。
これは反省。
「はい! みなさん! 騒いでいないで、席についてくださいね」
担任の先生が教室に入り、生徒たちもバタバタと慌てて自席に着く。
「いよいよ、今月でみなさんは卒業です。 今週中にはしまキングからポケモンをもらっておいてくださいね。 来月からはいよいよ島めぐりですから」
島めぐり。
この島の伝統であり、個人的には悪しき慣習以外のなにものでもない嫌なイベントだ。
子供が一人前に成長するために存在する伝統儀式であり、誰でも11歳になれば挑戦できるようになる。
しまめぐりを達成するには、アローラ地方に4つある島のそれぞれで、キャプテンから課せられる試練を達成する必要があり、試練達成者は毎年数えるくらいしか出ないわけだが、このアローラ地方において、島めぐりに成功した人と失敗した人とではその先の人生において大きな差が生まれる。
ま、残念ながらボクには関係のない話だ。
落ちこぼれの落第者への道は確定なのだから。
放課後。
クラスメイトが元気に教室を飛び出ていくのを見送った後、ボクもノロノロと帰宅の準備を進める。
家への帰り道。
海岸を歩いて、思案する。
このままで良いのか?
皆に馬鹿にされるだけの無様な人生。
──良いはずがない。
数時間はたったのだろうか。
辺りはすっかり暗くなってしまった。
大分悩んだけど覚悟を決めた。
家に帰らずにボクはリリィタウンに足を向けた。
ハラさんの家を訪れる。
いつもはたくさんの訪問客などで賑わっているハラさんの家も夕ご飯時のためか、静かでハラさんとご家族しか家にはいなかった。
「誰ですかな? おや、ミヅキですか。
どうしたのですか、こんな夜遅くに」
「しまキング」
「うん」
「ボクも……ポケモントレーナーになりたいです」
「ちょっと外へ行きますかな」
ハラさんは柔らかく微笑むと、ボクの肩に優しく手を置く。
それから少し歩き、街の少し離れの広場に行く。
「ハラさん。 ボクのことは知ってますよね?」
「この島の子どもたちのことはみんな知ってますとも」
「じゃあ、ボクがポケモンを捕まえられないことも?」
「……話には聞いてますな」
そう。
ボクはポケモンが捕まえられない。
ボールを投げてもポケモンに絶対に当たらないのだ。
これはノーコンとかそういうレベルの話ではない。
どんなに近くで投げても絶対に当たらない。
不思議なチカラによりボールが逸れてしまう。
「ポケモンをボクは何故か捕まえられないし、人からポケモンを譲り受けることもどうしてかできない。
それでも……!」
目から涙がこぼれ落ちる。
羨ましかった。
ポケモンを持っているクラスメイトたちが。
悔しかった。
ポケモンを捕まえられずに、落ちこぼれ扱いされることが。
それを隠すように斜に構えてたけど!
「ボクはポケモントレーナーになりたい!!」
これまでの経験上、駄目かもしれない。
それでもこのチャンスを逃したら、ボクは二度とポケモンと一緒に冒険に出られない──そんな予感がしていた。
「ミヅキ。
このモンスターボールの中にはポケモンが入っています。
このボールを受け取ることができますかな?」
ハラさんに差し出されたモンスターボールにおそるおそる手を伸ばす。
だけど──!
伸ばしたボクの右手がボールに触れるその瞬間に電気が起きるような衝撃が生まれ、はじき飛ばされる!
どうしても触れることができない。
「なるほど! 噂以上の事態ですな」
「ハラさん……。やっぱりボクは」
「1つ。 提案があります」
「え?」
「このボールにはとあるポケモンがはいっています。
島めぐりに挑戦しようとする子どもたちにあげる為に用意していたポケモンだったのですが、この子は誰とも冒険に出ようとしない。
ですが、とても強くなる可能性を感じています。
このポケモンをあなたに差し上げたい」
「誰にも捕まろうとしないポケモンをボクが捕まえられるはずないじゃないですか!?」
「そうかもしれませんな。
でも、そうじゃないかもしれませんぞ」
そう言うとハラさんはモンスターボールを放り、中からポケモンを出す。
出てきたのはモクローだった。
気だるそうな目をしているモクロー。
モクローはじっとボクを……いや! ボクの斜め右頭上を見ている。
そして、翼を広げ、緑色の刃を無数に放つ!
これは勉強だけはしているから知っている。
草タイプの技、『このは』だ!
モクローの攻撃はボクをすり抜け、ボクの斜め後ろに突き進む。
だが、『このは』は突如空中で粉々に砕け散る。
「モックロォー!」
モクローが翼を広げ威嚇する。
「なるほど……。
これがあなたの呪いの正体だったわけですな」
ボクは四本脚でジタバタと必死に逃げ出し、モクローの後ろに隠れる。
モクローの視線の先の朧な靄のようなものが徐々にはっきりした形を作っていく。
「ヨノワール!!」
2.2メートルもある巨大なゴーストタイプのポケモン。
頭の赤い眼球がぐるぐると周り、お腹の大きな口は開いたり閉まったりしている。
戦う意思はないのか、そのまま闇の中にその姿を消していった。
静寂が闇夜を包み込む。
「あ、ありがとう。 モクロー」
モクローは目を細め、満足げ。
ボクはゆっくりとモクローの頭を撫でた。
「もしかすると、モクローはずっと待っていたのかもしれませんな。 自分の助けを必要とするパートナーとなる存在を」
再びボクの頬を涙がつたった。
だけど、その涙はとても温かった。
***
その後、ハラさんから正式にモクローを譲り受けたボクはルンルン気分で家に帰った。
柄でもなく浮かれていたボクに両親も少し引いていたが、そんなこと気にしない!
長年ボクを苦しめていた呪いが解け、また遂にボクはポケモントレーナーになったのだから!
「フンフフフフーン♪」
ご飯を食べ、次は鼻歌を歌いながら、お風呂に入る。
ニコニコ笑顔を貼り付かせたまま、湯船に浸かり、そのままゆっくりと伸びをする。
「うーん! 今日は最高の1日!!」
パリン
目の前の空間にヒビが入った。
理解が追いつかない。
そして、そのヒビは更に大きく広がり──
パーン!
ヒビ割れた世界の向こうから1人と一匹がボクに向かって飛び込んでくる!
バッシャーン!
お風呂に大きな水しぶきがあがる。
目の前には水浸しになった麦わら帽子の男の子とヒメグマがいた。
「はぁー! 全く、この移動の仕方なんとかなんねぇーかなぁ!」
「文句言うな。 俺だってやりたくてやっているわけじゃない」
ヒメグマが文句を言って、男の子がそれに答える。
なんでヒメグマが喋っているんだろう? とかそういうことを思うけど、多分そこじゃない。
「あぁ、えぇーと」
少年がこちらをちらりと横見したあと、すぐに壁の方に視線を移す。
(え? 嘘。 見られた??)
少年は慌ててガラス窓を開けると、「しつれいしましたぁ」と言って外へと出ていった。
ちなみにボクは笑顔で身体を伸ばした状態で固まってしまっている。
多分、今のは悪い夢だ。
そう思い込んで、その日は眠ることにした。
***
翌日。
今日も晴れて気持ちの良い朝。
枕元においたモンスターボールがまだあることを確認する。
良かった!
これは夢じゃない。
ボクは内心ドキドキしながら、自室でモンスターボールを投げた。
床に落ちた衝撃がトリガーとなり、ボールが開く。
そして、ボールの中からは──
「モックロォー」
モクローが元気よく飛び出した。
嬉しくて思わず、グッとハグをしてしまう。
嬉しい!
ボクのポケモン!
さてさて、ただモクローがそばにいるということは昨日のあれやこれやも全部現実ということになる。
『今のヨノワールは本体というよりも、ヨノワールが作り出した強力なのろいエネルギーが具現化したもの、と言っても良いでしょうな』
昨晩のハラさんの言葉だ。
でも思い返してもヨノワールから呪われた覚えなんてボクにはない。
これまでボクがポケモンを捕まえられなかったのは別の理由が原因になっていると思っていた。
ボクが他の人と大きく違うこと。
お父さんにもお母さんにも打ち明けたことのないボクだけのヒミツのことだ。
ただ昨日の出来事で、捕まえられなかったのはヨノワールの呪いの所為だということが分かったけど。
それはそれで何故、どこでボクは呪われたのかが疑問にはなるよね。
結果として呪いは解けたけど、やや不安は残る。
そして、昨日のお風呂事件だ。
あれこそ意味が分からない。
見られた?
……うん、見られたはずだ。
二度と会わないことを願おう。
朝ご飯を食べて、家を飛び出す。
モクローが一緒に行きたそうにしていたので、帽子の上に乗せて、ポケモンスクールに向かう。
***
「おやおやおやおやおやおやぁ!?」
校庭を歩いていると運悪くヒマオに出くわす。
いつもみたいにお供の連中を連れて、賑やかなことだ。
「もしかしてお前の頭の上にいるのはポケモンかぁ?
はっはっあ! 良かったなぁ、落ちこぼれぇ!
これでお前もポケモントレーナーになれたわけだ」
「そうだよ。 なにか文句でも?」
「べっつにぃ~?!
ただ、流石は落ちこぼれのポケモンなだけあって、間抜けな面してると思っただけだ!」
「なにそれ。 取り消してよ」
「なんだぁ?! 落ちこぼれのくせに文句でもあんのか」
ボクのことはいくらだって馬鹿されても良い。
我慢できる。
でも、モクローのことを馬鹿にされても何も文句を言わないような弱いトレーナーにはなりたくない!
「いい度胸じゃねーか。
ただポケモントレーナーならポケモントレーナーらしくポケモンバトルで話をつけようじゃねぇーか」
「学校内での個人バトルは禁じられているはずだよ」
「そりゃあ、バトルの話だろ。
安心しろ、バトルにはならねぇ。
一方的なリンチになるだけだ」
ヒマオはボクの静止を聞き入れず、ボールを投げる。
出てきたのはヒマオの背丈を大きく越える巨大な虫ポケモン──オニシズクモ。
「こいつは前に兄ちゃんからもらったポケモンさ!
さ、そのチビとバトルさせようぜ」
「馬鹿馬鹿しい。 誰がそんな挑発にのるもん……あっ! ちょっと!」
モクローが勝手に帽子から飛び立ち、オニシズクモの前に立ち塞がる。
「だめだよ、モクロー!」
モクローはバカにされたボクのために戦おうとしている。
昨日、もらったばかりのポケモンで勝てるわけがないのに。
「両者準備オッケー! バトルスタート!」
取り巻きのガリオ(仮称)が一方的な開始宣言を行う。
「やれぇ! オニシズクモ! そのチビを叩き潰せ!」
オニシズクモがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
かなり大きい虫ポケモンなだけあって、正直怖い。
対してモクローの大きさは30センチ程度。
お話にならない。
オニシズクモは前足を大きく振りかぶり、振り下ろす。
思わず目を逸らしたくなった。
だけど、その攻撃がモクローに当たることはなかった。
モクローより少し大きい何かがオニシズクモの攻撃を受け止めていたんだ。
「おいおい。
流石にこんなバトル見てられねーよ」
「な、なんだよ! このヒメグマ!
どっから入ってきやがった」
オニシズクモの攻撃を片腕で受け止めていたのはなんと昨日お風呂に現れたヒメグマだった。
「悪いな。 ポケモンバトルに乱入するつもりはなかったんだが、勝手にヒメグマが飛び出してたんだ」
ボクの背後からはヒメグマのトレーナーと思しき昨日突如現れた謎の少年がやってくる。
麦わら帽子に白いランニングシャツ、青の短パンを履いている。
青いリュックサックと背中の間には黄金に輝く虫とり網が挟まれていた。
「キミ……虫とり少年?」
「まぁ、見た目はな。
使うポケモンにむしタイプのポケモンは1体しかいないけど。 俺の相棒はヒメグマだよ」
そのヒメグマと言えばオニシズクモの攻撃を受け止めながら、左手にミツがついているのかペロペロ舐めている。
「さて! オニシズクモ。 俺と続きを戦るか?」
ひとしきり舐め終わるとヒメグマはオニシズクモを睨みつける。
オニシズクモはそれに気圧されてのか、後方に自ら距離をとる。
「おい! オニシズクモなにやってんだ!
さっさとそのちびポケモンを2匹片付けてこい!」
オニシズクモはヒマオの指示にやや戸惑いを見せるが、やれやれとした様子でヒメグマに対して攻撃態勢をとった。
「ちょっと! キミ。 止めさせたほうがいいよ。
ヒマオはあんな奴だけど、このポケモンスクールで一番の実力者なんだ。
庇ってくれるのは嬉しいけど、降参した方がいい!」
ヒマオの家系はアローラ地方では有名なトレーナー一家である。
トレーナーとしてのエリート街道を歩んでいるヒマオは悔しいけど、かなり強い。
「そうか。
だけど、俺のヒメグマもかなり強いから大丈夫だと思うぞ」
少年は穏やかに言った。
一方、ヒマオのオニシズクモは全身と大気から生み出す水エネルギーを頭部の水泡に集中させる。
そして、ヘッドバットのような一撃をヒメグマに繰り出す!
『アクアブレイク』だ。
攻撃はぶつかる寸前だが、当のヒメグマは余裕そうな表情。
『アクアブレイク』をさらっと躱すと、オニシズクモのお腹部分にアッパーパンチをぶち当てる。
オニシズクモの巨体が宙に舞い、校庭に叩きつけられた。
「ば、馬鹿な!? 何が起きた?」
ヒマオはややパニック状態だ。
動けなくなったオニシズクモが何かをヒメグマに話している。
「ああ、分かってるって」
ヒメグマは頷きながら聞いている。
「お前の本当の実力がこんなもんじゃないことぐらいわかっている。
そこのポンコツがトレーナーじゃあ、本気も出せないよな」
「なんだと! このチビィ!!」
キンコーンカンコーン
ホームルームの始業を告げるチャイムが鳴り響く。
「ちっ! くそ! 行くぞお前ら。 覚えてろよ!!」
見事に三下ワードを残してヒマオたちは教室に慌てて走っていった。
ボクも行かないとマズイけどちょっと色々と聞きたいことがある。
「ありがとう、助けてくれて。 でも、キミたち何者なの? この島の子供じゃないよね」
麦わら帽子の少年は少し悩んでから言った。
「ウルトラビーストに会いに来たんだ。
あと、正直言うと君にも会いたかった」
「ウルトラビースト……、えっ!? ボク?」
「おい! お前ら何をしている! 授業が始まるぞ! 早く教室に入りなさい!」
教育指導の先生が昇降口から出てくる。
「まあ、あとで話すよ。 いいからミヅキは早く教室に行ったほうがいいんじゃないか?」
ボクは頷いて、昇降口まで走る。
あれ?
そう言えば名乗ったっけ?
どうしてボクの名前を知っているんだろう。
***
その後はいつも通りの時間が穏やかに流れた。
昼食を食べ、午後の授業が始まる。
お腹いっぱいで眠くなり、どうしてもウトウトしてしまう。
ん?
教室の真ん中で立っている少年がいた。
ヒマオである。
ボクが寝ぼけているだけかと思って目を擦るけど、夢ではないみたいだ。
ヒマオは感情のない虚ろな表情でどこか虚空を見つめている。
授業中なのに。
どうしたのだろう。
先生も急に立ち上がったヒマオに困惑しているようでどう声をかけようか躊躇している感じだ。
教室が声にならない声でざわめき始める。
異様な雰囲気が流れてしまっている。
「おい! 見ろよ、あれ!」
誰かが叫び、窓を指差す。
ここは3階だ。
だけど、そいつはふわふわと綿毛のように浮かんでいる。
「……ウツロイド」
そう、ヒマオは虚ろな視線は外にいるウツロイドに向けられていた。
ウツロイドは寄生ポケモン!
そうなるとヒマオが危ない。
ヒマオは当然スイッチが入ったかのように窓に向かって走り出す。
無表情なのでホラー映画のワンシーンのよう。
そして、窓を突き破り、外にダイブした。
「何やってんだーっ!!」
そう叫んで何故かボクも外に向かってダイブしていた。
理由は分からない。
体が勝手に動いていた。
ボクもヒマオも地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
地面がすぐそこにまで迫る!
「ああああああああああああ!!」
「おいおい、世話やかすなよな」
ボクとヒマオは柔らかいネットのようなもので包まれ、落下の勢いは抑えられる。
そして、そのまま地面に不時着のような形で落下。
ゴロゴロと校庭を転がる。
「アイタタ! なにこれ?」
「俺の虫とり網は特別製でな。 自由に伸び縮みするスグレモノなんだ」
そこにいたのはまたもや麦わら帽子の虫とり少年だ。
そして──不気味に揺れるウツロイドも10メートル前方に移動している。
「何で、いきなりウツロイドが!?」
「悪い。 多分それは俺のせいかも。
ある意味俺とウルトラビーストは似たもの同士だからな。
呼び寄せてしまったんだろう」
ジェルルップゥー!!
突如、ウツロイドが耳障りな鳴き声を発する。
思わず耳を覆ってしまう。
鳴き声に呼び寄せられたように校庭のなにもない空間に白い異世界の穴──ウルトラホールが3つ生まれ、そこからデンジュモク、ズガドーン、マッシブーンが現れる。
「……増えた」
ポケモンなのか、生き物なのか。
その得体のしれない気持ち悪さと発する圧倒的なプレッシャーにボクは立っていられなくなる。
「ミヅキ下がっていろ」
虫とり少年はそう言うとモンスターボールをウルトラビーストたちに向けて放つ。
出てきたのはカメックス!
「いょっしゃああああ!! やったるでー」
喋る陽気なポケモン。
なんなの、この子のポケモンってみんな喋るの?
「来るぞ! カメックス」
虫とり少年が云うやいなや、ウツロイド、デンジュモク、ズガドーンが襲ってくる。
カメックスは両足を引っ込めたかと思えば、その両足の穴から水を噴射し、ロケットのように上空に発射する。
ジェット機のように上空に飛ぶカメックス。
まるで鉄腕アトムだ。
ウツロイドは細かい瞬間移動をしながら、デンジュモクは全身を電気エネルギーに変えて光速のスピードで、ズガドーンは自身の頭を爆発させた勢いで──カメックスを追っていく。
逃げるカメックスを3匹のウルトラビーストが追う形となる。
「お前の相手は俺だな」
ムキムキマッチョポーズを決めるマッシブーンにヒメグマが宣戦布告。
ポケモンスクール校庭上空では4匹の空中戦が繰り広げられる。
カメックスはジェット噴射で高速飛行しながら、両肩のキャノン砲からのガトリングのような水弾を放ち、一定の距離を保ちながらウルトラビーストからの攻撃を躱していく。
だけど──
「危ない!!」
校舎の窓からは生徒たちの悲鳴が飛び出る。
徐々にではあるが、ウルトラビーストたちの攻撃がカメックスを捉え始める。
「流石に1対3では分が悪いな」
虫とり少年は腰のボールに手を伸ばす。
「援護してやれ! サケブシッポ!」
繰り出されたのは古代パラドックスポケモンであるサケブシッポ。
プリンのような可愛い見た目だが、1メートル以上ある大きさが不気味さを醸し出している。
「あらぁ~、カメックスゥ。 もしかしてアタシの助けが必要なのぉ?」
「お前の助けなんざ、いらねーよ!」
当然のように人語を喋るサケブシッポと、戦闘中に会話をするカメックス。
「ちよっとぉー、あいつあんなこと言ってるけどぉ?」
「いいから、援護してやれ」
「わかったわよぉ」
サケブシッポはそう言うと大きく息を吸って──
「『ばくおんぱ』っ!!」
サケブシッポが発したのは強力な音の衝撃波。
校舎の窓がガタガタと軋み、樹木が幹ごと揺れる。
カメックスを追っていたウツロイド、デンジュモク、ズガドーンの動きが止まる。
「今だ! カメックス!!」
「ああ!」
虫とり少年が叫び、カメックスが応える。
全身を甲羅の中に入れると、頭、両手両足、しっぽ、背中の砲台、6つの穴からハイドロポンプを噴射しながら高速回転を始める。
全方位への攻撃を繰り出しながら、攻撃は巨大な水流の竜巻を作り出す。
サケブシッポの攻撃により、逃げるのが遅れたウルトラビーストたちは空中に発生した渦潮に巻き込まれていく。
「『ハイドロタイフーン!!』」
激流渦巻く、渦潮に飲まれたウルトラビーストたちはしばらく洗濯機の中のタオルのようにグルグルと回転した後、空高く打ち上げられた。
「おっしゃああああ! どんなもんだぁ!!」
カメックスが雄叫びを上げ、
「アタシが援助してあげたからでしょー」
サケブシッポがやれやれとため息をつく。
「あれは……ウルトラホール⁉」
打ち上げられたウルトラビーストたちはまるで何者かに回収されるかのごとく、突如発生したウルトラホールに吸い込まれ、消えてしまった。
「逃げられたか。 よくやったぞ。カメックス、サケブシッポ!」
虫とり少年はポケモンたちをボールに戻す。
これで校庭にいるポケモンはヒメグマとマッシブーンだけになった。
仲間がやられにも関わらず、マッシブーンの顔からはどんな表情も読み取れない。
ゆっくりとヒメグマに向かって歩いていく。
ヒメグマも腕をグルグル回して、肩慣らしをしながらマッシブーンに近づいていく。
2匹の距離はついに3メートルほどになった。
マッシブーンは大きく腕を振りかぶる。
ヒメグマも右腕、右足を後方に下げ、迎撃体制を取る。
侍同士の決闘のワンシーンのようである。
そして──同時に攻撃は繰り出される。
金属と金属がぶつかったような激しい衝撃音と衝撃波が生まれる。
思わず側にいたボクは尻もちをついてしまう。
拳と拳のぶつかり合い!
制したのは──マッシブーン。
ヒメグマは弾丸のように吹き飛ばされる。
校舎の窓を突き破り、1階にある教室の中まで飛ばされてしまった。
「あああああ」
ボクの喉から声にならない声が洩れる。
ボクのモクローをオニシズクモから助けてくれたヒメグマがやられてしまった。
あんな吹っ飛び方をしたのだ。
絶対に無事じゃ済まない。
下手したら死んでしまったかもしれない。
「大丈夫だ。 安心しろ」
「え?」
「俺のヒメグマは強いんだ」
虫とり少年がそう言うとヒメグマが消えていった教室から眩い黄色い光が溢れ出てくる。
そして、教室を破壊して現れたのは。
「ガチグマ?」
「そう。 俺のヒメグマは戦闘中に進化できる」
小さいこぐまポケモンだったヒメグマは4倍の大きさの巨大熊──でいたんポケモン、ガチグマに進化していた。
その姿を見るやいなや、マッシブーンはものすごい勢いでガチグマに向かって走り出す。
まるで陸上競技選手のような美しいフォームだ。
四本脚となったガチグマも走り出す。
「ババァルクウッ!!」
マッシブーンは何かを叫ぶ。
「そうだな! ポケモンバトルは楽しいよなぁ!!」
ガチグマは微笑み、マッシブーンもどこか嬉しそうだ。
先程よりも助走のついた本気のぶつかり合いである。
「いくぞ!! 『ぶ・ち・か・ま・し』ぃぃ!!」
ダイナマイトが爆発したような衝撃音と立っていられないほどの地震が発生する。
ガチグマとマッシブーンがぶつかり合った場所は砂埃で覆われ、様子が分からない
「どっちが勝ったの?」
砂埃が晴れる。
立っているのは──
「俺の勝ちだぁあああ!!!」
2本足で立ち、空に向かって咆哮するガチグマだ。
一方のマッシブーンは漫画のようにマッシブーンの形で地面にめり込み、地中深くまで叩き落されたようである。
これで全てのウルトラビーストを撃退できた。
とりあえず一安心かな。
「お、おい! 空を見ろミヅキ!」
ようやく正気を取り戻し、目を覚ましたヒマオが上空を指差す。
「なに?」
ボクは空を見た。
そして絶句した。
校庭の上空には無数のウルトラホールが浮かんでいた。
そしてウルトラホールからはアクジキングやテッカグヤが上半身を覗かせている。
キミは想像できる?
9.2メートルのテッカグヤと5.5メートルのアクジキングが上空に100匹くらいいる光景が。
彼らが現れたからだろうか。
辺りは突然暗くなり、まるで夜のようになる。
白く光るウルトラホールと不気味に紫色の閃光を全身から発するテッカグヤとアクジキングだけが闇夜を照らしている。
この世の終わりのような光景である。
隣りにいるヒマオも全身が恐怖でガタガタと震えている。
テッカグヤは筒状のロケットエンジンのような両腕から炎のようなエネルギーを貯め始め、アクジキングは全てを飲み込みそうな巨大なお腹の口に漆黒のエネルギー弾を貯め始める。
100匹全員がである。
「この学校ごと吹き飛ばすつもりか?」
そう言う虫とり少年はどこか余裕そう。
この地獄のような光景を見てよくそんな表情ができるものだと関心すらする。
「言ったろ? 安心しろって。
こいつらはちゃんと追い払う。
その為に俺たちは来たんだ」
のっしのっしやってきたガチグマがニヤリと笑う。
「あちらさんがやる気だからな。
俺も全力で応えてやらないとな」
ガチグマは二本足で立ち、目を閉じる。
額の大きな月輪が黄色から赤く染まっていく。
そして、ガチグマもその体も変化させる。
左目は黒く染まり、目つきも凶悪なものへと変わる。
「ガチグマ! アカツキの姿!!」
思わず叫んでしまう。
「おー! さすが異世界転生者。 よく知ってるな」
え? 今なんて。
「来るぞ。 ガチグマ!」
虫とり少年が身構える。
100匹のアクジキングとテッカグヤの一斉砲撃。
上空から放たれるレーザー攻撃が雨のようにボクたち目掛けて降り注ぐ。
そして、ガチグマは大きな目と口を開き、額の赤い月模様を輝かせ、上空に向けて攻撃を放った。
「いっくぜぇええ!! 『ブラッドムーン』!!」
ガチグマは赤いレーザー光線を天に弧を描くように放出し、その攻撃はウルトラビーストの技を全て打ち消していく。
今まで見たことのない規模のポケモンバトルにボクは腰を抜かしてしまう。
ウルトラビーストたちにまで攻撃は届かなかったようだが、流石の彼らも動揺しているようである。
そして──
ウルトラビーストたちはウルトラホールで元いた世界に戻っていった。
空は何事も起こらなかったかのように静まり、嘘のようなキレイな青空に戻る。
そしてガチグマはプシュ~と白い蒸気を発するとヒメグマに戻ってしまった。
「た、助かった」
腰が抜けて動けない。
それでも聞かなきゃいけないことがある
「ボクはミヅキ! キミが言う通り異世界からこのポケモン世界にやって来た!
それでキミは何者なの?」
「俺の名前はバナナ。 俺も異世界転生者だ。
そして、ここアローラでは残念だけどこのままだと戦争が起きる」
「は?」
「それを俺は止めにきたんだ」
***
ボクは元々ポケモンのいない別世界の人間だった。
そこで色々あった結果死んで……アローラでミヅキとして転生することになった。
転生者なんてボクしかいないと思っていた。
でもウルトラホールがあって、確かにこの世界にも異世界はあったんだ。
そう──ここはもうボクらが知っているアローラではない。
誰かが創って、そして壊れようとしているフィクションのポケモン世界だ。
ボクら以外にも異世界転生者はいるのだろうか。
一体この世界で何が起きようとしているのだろうか。
このバナナという少年は何を見てきたのだろう。
彼のことが少し知りたくなった。