ポケモン フィクション 〜虫とり少年と反逆神〜 作:くまっくす
好きなポケモンと一緒に戦って強くなれたらいいよね、というお話です。
基本的なスタンスとしてはゲームの設定は大切にしつつ、それでもポケモンって語られていない妄想の余地がたくさんあるので、独自の解釈を交えながらポケモン世界のフィクションを楽しく作っていければと思います。
ヒメグマとバナナ
午後22時30分。
今日も今日とて残業で定時を余裕に越えた会社からの帰り道。
29歳独身、ブラック企業戦士の俺は静かな夜道を歩いていた。
野山を切り開いて作られたこの町は急勾配が多く、神奈川のそれなりに栄えた町ではあるが、街のハズレにはちょっとした森も多く残っている。
今歩いている場所も外灯はなく、ほとんど整備されていない。
まるで獣道のようだ。
こんなところを何故わざわざ通っているかというと単純に家までの近道だからだ。
1分1秒でも早く帰って、ゲームをする。
社畜の俺には自由な時間は夜しか残されていない。
「ん?」
細く視界も狭い闇夜の道。
その端にぼんやりと周囲の闇と異なる朧げな輪郭を纏った
幽霊の正体枯れ尾花、という言葉があるように大抵の場合、恐る恐る見たものの正体は取るに足らないものだったということが多いが、
思わず足を止めてしまう。
それがマズかった。
気づかれてしまった。
『オマエ……ミエテイルナ』
その声に反応して後退りしてしまったことで、事態は急変することになる。
闇に溶け込んでいたナニカはその輪郭をよりはっきりとさせ、姿もより大きく、禍々しいものに変容させていく。
全長5メートルはありそうな巨大な影の怪物がそこにいた。
気付いたら走っていた。
生き物としての生存本能が軟弱な俺にも残っていたのだろう。
ヤバイ! という全身からのSOSを受け、俺は走り出していた。
逃げる。
走る。
逃げる。
──逃げる!!
おかしい。
いくら運動不足の俺とは言え、この道は20秒も全力で走れば少し広い道に抜けられる程度の距離だ。
既に1分近く走っているのに、出口が見えない!
「うわっ!」
遂には木の幹に躓き、顔面から地面にダイブして、倒れ込んでしまう。
捕まったら殺されるということが本能的に理解していた為なのか、慌てて立ち上げり、後ろを振り返る。
後ろには誰もいなかった。
逃げ切れたのか……?
安堵し、前を見る。
そこにいたのは赤い目をした怪物だった。
指一本動かない。
目前で大きく開かれる口をただ見つめることしかできない。
丸呑みにされた。
俺はここで気を失う。
***
目覚めて最初に見たのは知らない天井だった。
白い清潔なシーツに布団。
上半身をゆっくりと起こす。
周囲のものは基本白で統一されている。
俺も患者服のようなものを着ているし、
おそらくは病院の一室だろうか。
周囲に人はおらず、状況が掴めない。
あの化物はいない。
助かったのか?
「よー! ようやく目を覚ましたか」
突如、小学生男子のような声が側から聞こえる。
どこだ?
姿が見えず、キョロキョロと周囲を見回すがそれでも姿は確認できない。
「ここだよっとぉ!!」
ベッドの脇からその声の主がジャンプし、
姿を見せる。
チョコンと俺の太ももらへんに飛び乗ってきたのは小熊だった。
「え?」
「ん?」
人ってのは本当に驚くと何も言葉が出ないんだな。
頭の中にはクエスチョンが無数に湧くが言葉にならない。
その小熊。
いや、俺はこいつがたたの熊じゃないことは分かってる。
額には大きな黄色い三日月型の模様、つぶらな瞳。
「ヒ、ヒメグマ?」
「そうとも! 俺はプリチーなこぐまポケモン、ヒメグマだぜ!」
そう言って親指立てて、グッとサムズアップ。
「えっとぉ……ヒメグマって喋るんだな……」
絞り出したのはそんな間抜けな言葉。
「いや、ポケモンは基本喋らねーよ。俺が特別なのさ」
えっへんと胸を張る。
口調は少年漫画の主人公だが、仕草はいちいち可愛い。
現実世界にヒメグマがいる。
訳が分からないよ。
とりあえず頭の中の疑問を整理しておこう。
クエスチョン①
ここはどこ?
クエスチョン②
なぜヒメグマがいる?
まず、この2点を把握しよう。
その他諸々は後でいい。
2つの疑問をヒメグマにぶつけてみた。
残念なことにその回答は俺をより混乱させることになった。
「ここはトキワシティのポケモンセンターの中だ。
俺はトキワの森の中で倒れていたお前を町に運んでやったってわけよ。
つまりは命の恩人な?
感謝しろよ」
そう言うとヒメグマは屈託なく笑うが、こっちは理解が追いつかない。
「ここはトキワシティ──そう言ってるのか?」
「そだけど?」
あれ?
ふと違和感を覚える。
違和感は自分の声。
そして、両手を広げる。
思わず目を見開く。
俺は飛び起きた。
衝撃でヒメグマがベッドから転がり落ち、何すんだコノヤローと叫ぶが知ったことか。
病室の洗面所に向かい、鏡を見る。
「マジか……」
衝撃度で言うとヒメグマを見たとき以上かもしれない。
鏡に写っていたのは10歳くらいの少年だった。
「なあ、ヒメグマ」
病室に置いてあるバナナを勝手に貪っているヒメグマに声をかける。
「ん」
「当たり前のことかもしれないことを聞くけど、ここにはお前以外にもポケモンがたくさんいて、それが普通のことなんだよな?」
「そりゃあそーだ。
大丈夫かー? やっぱり頭でも打ったのかよ」
ここはトキワシティ。
そして、ポケモンセンター。
目の前にはヒメグマがいる。
なるほどなるほど。
「あ、そーだ。頭で思い出したけどよ。お前にこれ返しておかないとな」
そう言ってサイドテーブルに置いてあった麦わら帽子を手渡してくれた。
「これは俺のものなのか?」
「違うのか? お前が被っていたし、てっきりお前のものかと思っていたよ。あと虫かごも転がっていたなぁ」
麦わら帽子に虫かごか。
つまりは俺は虫取り少年ってわけだ。
これは認めなければなるまい。
俺は影の化物に襲われ、おそらくそこで死んだ。
そして、ポケモンの世界に異世界転生してしまったということ。
そして、転生したのは何故か虫取り少年。
確かここ数年ゲームでも登場していない悲しき初期のモブキャラだ。
「んで、そろそろ教えてくれよ。お前の名前は何て言うんだ?」
名前ねぇ。
バナナを頬張るヒメグマも見て、ぼーっと考える。
本名を言ったところで以前の俺はもういない。
正直、何でもいい。
「バナナだよ。俺の名前はバナナだ」
「偽名にしてももう少しまともな名前をつけねぇか? 普通」
***
こうして俺は最初のパートナーとなるポケモン、ヒメグマと出会った。
ヒメグマってもっと評価されるべきだと思います。