ポケモン フィクション 〜虫とり少年と反逆神〜 作:くまっくす
なんという外皮硬度。
特性「げきりゅう」で強化された水技も、特性「こんじょう」による「からげんき」を越えた「くまげんき」すら意に介さぬ圧倒的硬度。
目の前にいる巨大なアーボックは化物だ。
満身創痍のポケモンたちで勝てるビジョンが見えない。
だが、ここで俺が負けたら誰がコトネに加勢してやれる?
負けるわけにはいかない。
だが──
「アーボック。 『へびにらみ』だ」
アーボックの腹の顔のような模様が歪み、より凶悪な顔面模様に変化する。
それを見た瞬間に俺も、ポケモンたちも動けなくなってしまう。
「う、動けねぇ!」
ヒメグマが額の血管を浮かび上がらせるほど力をいれるが、ビクともしない。
「私のアーボックの「へびにらみ」は特別だ。 麻痺どころではない。 動きを完全に止められる。 特にレベル差のある相手はな」
嘲笑われるが、それに腹を立てる余裕もない。
このままじゃマズイっ!!
「そこで指を加えて見ていろ。 貴様のポケモンが無様に殺されるところをな」
「シャアアアアアアアアア」
そしてアーボックは腹の模様の目のような部分を真っ赤に染め上げる。
「アーボックは腹模様を変化させることで自らのステータスを強化することができる」
アーボックが口から毒針を無数に放出する。
「ぐあぁああああああああっ!」
その毒針は動けないゼニガメの甲羅ごと貫き、虫の針刺し標本の如く、床に打ちつけられる。
「ゼニガメ!!」
「クックック!
この腹模様は攻撃力強化だ」
夥しい量の出血をし、苦悶の表情を浮かべるゼニガメ。
直視できない程の惨たらしい光景が目の前で行われる。
これはもうポケモンバトルではない。
一方的な殺戮である。
「次はあの子熊だ。 アーボック」
アーボックはゆっくりと体をくねらせながら今度はヒメグマに近づき、大きな口を広げる。
「くっ!」
動けないヒメグマに大蛇の牙が迫る。
「や、やめろ!! アーボック!!!」
「やれ」
俺の絶叫をかき消すような冷酷な一言が告げられる。
アーボックの巨大な顎はヒメグマの胴体を捉える。
グチャッ!!
ヒメグマの皮膚を毒牙が貫く嫌な音が響く。
「ぐぅっ……!!」
そしてアーボックはヒメグマの小さな身体を加えたまま、振り回した。
まるで大型犬が小さなくまの人形と戯れているようなそんな光景。
ゴミのような扱いで放り投げられたヒメグマは俺の足元に転がってくる。
ヒメグマの血が流れ……俺の靴に触れる。
ヒメグマ……
ゼニガメ……
目の前が真っ暗になる。
だが、これはゲームではない。
負けたらポケモンセンターにいつの間に運ばれているなんてことはない。
赤い鮮血に染まり、黒い絶望に世界は包まれる。
そして絶望は続く。
「さて、次は貴様だ。 小僧」
アーボックが舌なめずりをしている。
また俺は死ぬらしい。
今度は蛇に噛み殺されるのかぁ。
「待て、アーボック」
アーボックの巨大な顔が目と鼻の先に来たところでアテナがアーボックを制した。
「正直言って私は貴様のポケモントレーナーとしての資質を買っている。 ここで殺すのは惜しい。
とうだ? ロケット団の一員となって私の部下になるのなら命は助けてやっても良い。 そうすればそこに転がっている2匹も助けてやってもいい」
実に魅力的な提案だ。
死ぬのは嫌だ。
ポケモンたちが殺されるのはもっと御免だ。
何とかここは生き延びて、チャンスを伺ってこの場をやり過ごすという打算的な考えも頭に浮かぶ。
だが、それと同時にどういうわけか腹立つ小娘の顔も脳裏に浮かんだ。
「はは」
乾いた笑い声が喉から漏れる。
「ありがたい申し出ではあるんだが、それにイエスと答えたらどこかの馬鹿ガキに何を言われるか分かったもんじゃない。 それにヒメグマもゼニガメも怒るだろう。
お断りする」
「そうか。 なら死ね」
アーボックが飛びかかってくる。
助けてくれるポケモンもいない。
ここで死ぬ。
「シャァア??」
アーボックの牙は何故か俺には届かなかった。
俺から発せられる黒いモヤが攻撃を防いでいる。
ヌルイ ヨワイ
ダガ
オマエニシナレテハコマル
そんな声が脳内に響く。
ドン!!
俺を中心にニビシティの時のように強烈な衝撃波が発せられる。
アーボックも警戒し、距離を置く。
コノママダトシヌ
ナラ カケヲシテミルカ?
コゾウ
「ははは……! クソ。 頭痛が酷い。
で、何いってるんだ、お前?」
チカラヲカシテヤル
化物のその言葉と同時に全身が裂けるような強烈な痛みに襲われる!
死死
ぬ?
無限に感じられるような時間。
だが、時間にして30秒くらいだっただろう。
痛みは収まった。
そして、全身には力がみなぎる。
「何だ……、貴様。 何をした」
アテナが初めて露骨な狼狽の色を示す。
だが、それは違う。
俺はまだ何もしていない。
するのはこれからだ。
不思議と自分ができることは分かっていた。
「ヒメグマ、ゼニガメ。
ちょっと無理をしてもらうけど良いか?」
アーボックの巨大な毒針に貫かれているゼニガメは震える腕を持ち上げ、親指を立てる。
ヒメグマは血反吐を吐きながら立ち上がり、
「あったり前だろっ! さっさとこの蛇倒して、コトネを助けに行くんだ!」
と、叫んだ。
俺も覚悟を決める。
体の中に湧き出る不思議な力を全開にして、ヒメグマとゼニガメに注ぎ込む。
俺から発せられた黒いモヤがヒメグマたちを包み込む。
自分の身体から発せられる黒いモヤが増えるにつれて、俺の意識も段々と薄らいでいく。
「小僧っ!! 何をしている!!」
アテナが何か嫌な感覚を持ったんだろう。
目を血走らせ、叫ぶ。
「このモヤの中はこの世界の一切の常識は通用しない。
不思議と俺の口からはよく分からない言葉がつらつらと溢れてくる。
「ちっ! 妙な真似をしおってぇ! アーボック!」
アーボックの口から再び毒針が飛ばされる。
攻撃はゼニガメに飛んでいく!
ゼニガメを包んでいた黒いモヤが……晴れる。
そこから出てきたのは一回り大きくなった甲羅。
甲羅は高速回転をし、毒針を全てはじき飛ばす。
「効くかぁあああああああああ!!」
そして、甲羅から全身を出したゼニガメが叫んだ。
否──カメールが叫んだ。
「馬鹿なっ!! 進化しただと?!」
「クク。 上出来だ」
俺は口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべる。
更にヒメグマを包んでいたモヤも晴れる。
出てきたのは60センチの可愛いこぐまポケモン……ではなかった。
体長180センチの巨大なくまポケモン──リングマである。
「時間がねぇ! 手を貸せ、カメール!」
低い声になったリングマが叫び、カメールが答える。
「わかってる!」
カメールは両足を甲羅に引っ込め、その穴から大量の水のジェット噴射で加速!
そのカメールの甲羅を掴んだリングマがカメールに引っ張られる形で、速度を上げた。
向かう先はもちろんアーボックだ。
リングマは腕の力でカメールの前に飛び出て、そこをカメールの口からの「ハイドロポンプ」に押し出される形で、更に超加速で空を飛ぶ。
「アーボック! 鉄壁模様で攻撃を受け止めろっ!」
アーボックの腹模様が変化。
模様を紫色に変容させる。
あれがアーボックの外皮硬度を最大にする腹模様なのだろう。
ただでさえこちらの攻撃が全く通らなかった鉄壁の体を打ち破れるか?
リングマが右腕を後方に引き、全力攻撃の準備を行う。
「いっくぜぇええええ!!
リン・くまパンチ!!!」
リングマの拳がアーボックの鋼鉄の腹模様とぶつかり合う。
爆音が鳴り響くが如く、激しい衝撃音が轟く。
ミシミシミシミシ
大木が軋むような音。
そして──
振り抜かれたリングマの拳はアーボックを殴り飛ばし、建物の外にまでぶっ飛ばした。
***
女は恐怖をその顔面に貼り付け、俺を見ていた。
「な、何者だ貴様は。
一体貴様のポケモンに何をしたのだ」
「我が世界を貴様らの常識で測るな、愚か者が。
傷などなかった。ここでの1秒が1ヶ月だった──それだけだ」
「ふ、ふざけおってぇ……!」
「やかましい」
強めた『プレッシャー』により女は口から泡を吐いて崩れ落ちる。
「さて」
我が眷属たちはあろうことか主人の俺から距離を取り、臨戦態勢を取っている。
「くくく。 パートナーのポケモンを殺るのも一興か」
「おい!! バナナ! 目を覚ませ!」
クマが喚くが、無駄だ。
「ん?」
細い腕を見る。
肉体が耐えきれず、ぷるぷると情けなく震えている。
つまらんなぁ。
この体はもう限界のようだ。
全身から力が抜けていく。
「最後だけは少し愉しめたぞ、小僧」
視界が闇に染まった。