ポケモン フィクション 〜虫とり少年と反逆神〜 作:くまっくす
追手に見つからないように細心の注意を払いながら、迷いの森を進んでいく。
ここを抜け、イッシュ最大の歓楽街であるライモンシティを目指す。
多くの人が入り乱れるあの大都市ライモンシティに紛れ込んでしまえば追手からしばらく身を隠すことができるかもしれない。
「バナナさんは生まれたときから虫取り少年だったんですか?」
黙って歩き続けるのも疲れるので、バナナに話しかける。
「生まれたとき? いや、なんて言うか……俺は気づいたらこの姿だったんだ。 この体で10歳になるまでどこにいたのか、何をしていたのか──俺は知らない」
現世で死んだ後、『メイ』として異世界に転生した私と同じだと思い込んでいたが、この少年は違う。
今の言葉を信じるなら転生ではなく、異世界憑依だろう。
「こっちの世界に来てからはどれくらい経ったんです?」
「どうだろうな。 まだ、半年くらいだと思う」
まだ半年。
それなのにあのヒメグマの強さ。
その後はしばらく黙って森を歩いた。
やがて、少し開けた空間に辿り着いた。
そこにいたものに私は驚きを禁じ得なかった。
純白の体と鬣に、翡翠のような緑色の宝石が埋め込まれた金色の装飾。
白馬や麒麟に似たその姿は神に相応しい存在感を放っている。
宇宙を生み出し全なる神──アルセウス。
「なんで……こんなところに」
アルセウスと会うのはこれで2回目。
転生前。
私が高校で無差別殺傷事件を起こした同級生に刺されて、死んだあの日。
『こんなところで死ぬのは悔しいでしょう。 あなたに新たな命を差し上げます』
血の水たまりで倒れていた私の前に現れたアルセウス。
気がついた時にはポケモンの世界に飛ばされていた。
それ以来11年間、今まで会ったことがなかったのに何故?
「いや──違ぇな」
ヒメグマの声。
「こいつはアルセウスじゃねぇ。
そうだろ? バナナ」
ヒメグマの問いに答えず、バナナは黙ってアルセウスを睨んでいる。
バナナの全身からは僅かに黒い靄が滲み出ているように見える。
「そうだな。 こいつはアルセウスではない。
やれ! ヒメグマ!」
「おぅよ!!」
バナナが攻撃を指示し、ヒメグマが一瞬でアルセウスとの距離を詰める。
「『くま・パンチ』!!」
ヒメグマの攻撃はアルセウスの顔面に当たる……いや、直撃はしていない。
紫のオーラがヒメグマの攻撃を防いでいる。
だが、その瞬間にアルセウスは紫色の悪タイプエネルギーに包まれる。
次の瞬間。
紫色の閃光とともに現れた黒いポケモンがヒメグマに襲いかかる。
ヒメグマはその攻撃を受け、後方に吹き飛ばされる。
「アルセウスじゃない! こいつはゾロアークだ!」
バナナがすぐさま腰のモンスターボールを掴み、次のポケモンを出そうとするが、ゾロアークはバックステップで距離取ると、素早く森の茂みにその姿を消してしまった。
「なっ!?」
追撃する間もなく、ゾロアークたちの気配は遠ざかってしまった。
「何だったんです?」
「分からない。 だが、本気でこちらに危害を加える意志は感じなかったな。 とりあえず様子を見に来た。
そんな感じだった」
「ちっくしょう! 『ふいうち』だけして逃げやがって!」
ヒメグマはカンカンに怒っているが無事そうではある。
とりあえず脅威は去ったが、一体今の出来事は何だったのか。
今のアルセウス……いや、ゾロアークは野生……なのか?
わざわざアルセウスに化ける理由が分からない。
脳裏に1つの可能性が浮かぶが、現時点では何も分からない。
やれやれ、状況がどんどん複雑になってきた。
一度、じっくり落ち着ける場所で考えを整理する必要があるな。
***
イッシュにおけるエンタメの中心地、ライモンシティ。
遊園地や、ミュージカルなどが立ち並ぶ巨大都市であり、多くの人が訪れるが、一方でアングラな部分もあり、光と闇が入り交じる場所でもある。
私はポケモンセンターでポケモンを回復させた後、ポケモンセンター内の宿泊施設に泊まるのではなく、バナナと共にあえて裏路地の古びたホテルに宿泊することにした。
「こんな治安の悪そうな場所に泊まる必要あるのか? プラズマ団の追手から逃れるなら繁華街のほうが人の目もあるし安心だと思うけど」
「プラズマ団から逃げるならそうでしょうね。
ですが、私が危惧しているのはプラズマ団よりもポケモンリーグです」
「どういうことだ?」
「イッシュのポケモンリーグ、ひいてはジムリーダーは警察として街の治安の維持に他地方よりも力を入れている傾向があるんです。
つまりプラズマ団のボス、ゲーチスが殺害されたという情報がもしポケモンリーグが手に入れた場合、重要参考人である私をジムリーダーが捕らえにくる──その可能性を危惧しています」
「なるほどね。
表通りを堂々と歩いてたらいきなり捕まる可能性があるってことね。
全くとんでもないことに巻き込んでくれたなぁ」
「それは本当に申し訳ないです」
「別にいいよ。 ただ、お前こそ……えっと大丈夫なのか? このホテルで」
バナナの言わんとすることは分かっている。
私だって転生前は恋愛経験ゼロだったけど女子高生だった。
こういう裏路地の薄汚れたホテルがどういう用途で使われているかくらい分かっている。
聞こえないふりはしているが、薄い壁の隣部屋からは男女の破廉恥な声が漏れ聞こえてくる。
「勿論、嫌ですけどね! こんな場所! でも仕方ないので仕方ないんです!!」
「まぁ、お前が良いならいいんだけど」
澄ました顔でバナナがこっちを見てくる。
こんなところで男女(見た目が10歳だろうが、この達観ぶりを見る限り、転生前は成年男性だった可能性が高いので、私にとってはオスにしか見えない)が2人。
駄目だ。
冷静でありたいが、こういう異性問題になると私の頭はフリーズする。
「バ、バ、バ、バナナさんっ!」
「お、おう! なんだ」
「やっぱり駄目そうです。
申し訳ないので、後ろ向いて頂けませんか?
私はヒメグマの顔を見ながらじゃないと喋れなさそうですっ」
もうまっすぐとバナナの顔を見ることができない。
私は火照った顔を両手で隠しながら懇願することしかできない。
「分かったよ! 後ろ向くから落ち着けよ」
こうしてバナナは背もたれのある椅子に私に背を向けた状態で座り、ベッドの中央に座る私の前にはヒメグマがちょこんと座っている。
「ったくよー。 俺だってオスだっつーの。 失礼しちゃうぜ」
「バナナさん、ヒメグマありがとうございます。
ポケモンは大丈夫なんです。 ご迷惑おかけします」
「わかったよ。 で? じゃあ、そろそろ本題に入ろうぜ。 バナナとメイもお互いに色々聞きたいことがあるんだろ?」
「そうですね。 時間も惜しいですし、始めましょう。
バナナさんからどうぞ。」
バナナは壁に向かってというシュールな形だが、話し始める。
「メイには知っていることを色々教えてほしいんだが、まずは俺が思うこの世界の解釈について話すから聞いてくれ。 違うなら教えて欲しい」
「分かりました」
「まず、この世界の基本ベースは俺達が転生する前の世界で遊んだポケットモンスターのゲームの世界觀だ。
登場人物やポケモンもほとんど原作ゲームやアニメ通りではある。 細かいディティールに関してはそもそも原作ゲーム自体があえて想像の余地を残す為なのか、細かく決められていないから、初めて知ったことも多いが、そこも含めてもほぼ原作通りと言っても差し支えないと考えている」
「概ね同意です」
「大きな違いが、ある意味ゲームにおける最もイレギュラーでランダム性のある登場人物──主人公だ。
ほぼ、間違いないと思っているが、この世界における主人公、更に言えば女の子主人公は元からこの世界の住人だったのではなく、全て異世界から来た転生者なんじゃないのか?
違うか?」
「そうです──と言いたいところですが、バナナさん。
あなた分かっていて言っていませんか?
私もこれまでそう考えていましたが、その定義は事実と矛盾するはずですよ」
「そうだな。 この仮説だと一番のイレギュラーな存在は──俺になる」