ガタンガタンと体が揺れる。真夜中の現在、俺と理は電車に乗っていた。流れる景色は徐々に海だけになっていた。
真っ暗な窓には俺らの姿がくっきりと映されていた。
「こんな時間になっちゃったな」
「そうだね」
携帯を開け時間を確認する。本来ならこんなに遅くはならなかった。なんとも今日に限ってポイントの故障が起き、ダイヤが大幅に遅れたのだとか。
「もうすぐ巌戸台かぁ…」
理は片方にイヤホンをして揺れる電車に身を任せていた。夜の23:54、乗っている人もほとんどいない。
俺たちは次の家になる巌戸台分寮へとすでに荷物を移し、ほとんど手ぶら状態だった。持っているのはせいぜい携帯やバッグか、彼のオーディオプレーヤーくらいだろう。最新式のだけあって、非常にクールな見た目のプレーヤーだ。
「いいなぁ、俺もほしい」
「買えばいいじゃん」
「でも音楽あんま聞かないし」
「じゃあ買っても意味ないよ」
「そっか。そうだな」
などと意味の生まない会話をして電車のアナウンスに耳を傾ける。
「間もなく巌戸台」
目的地の駅名をきき、やや意識を起こし降りるためドア付近へと移動する。電車が止まると、俺たちは近代的な駅構内に目を奪われていた。
「とても奇麗な作りだな」
「そうだね」
そう感じるのは、駅の作りが良く見えるからである。遮る人が、どこにもいないのだ。一瞬不気味に思いつつも、俺らは改札出口に向かう階段へ足を運ぶ。
その途中、理が口を開いた。
「どうして周りをそんなに見てるの?」
「え?だって…」
改札前、周りを見ても人っ子一人いない。ただ、しんとした静かな空気が立ち込めて非常に薄気味悪い。たとえ人が居なくても、多少の物音などがしてもおかしくはないだろう。
「人がいなさすぎると思わない?あまりにも…」
「零時だし、居なくても不思議じゃない」
「そ、そうか?」
相変わらず理の無関心ぷりには驚かされる、と思いつつ俺は歩き出した彼の後ろを焦るように追い改札を通る。
00:00
一日が始まる時である。
辺り一帯が薄暗くなった。なにもかもが止まったかのように、音が無になったようだ。天井のガラスの先にある月がより一層輝きを増し、駅構内を照らしていた。
見慣れない現象に俺たちは足を止め、また周りを見た。
「…?」
理は身に着けていたプレーヤーを手に取る。
「…なんだ?なんか暗くないか?」
「プレーヤーが止まった」
「え?」
ちらっと彼の持つプレーヤーを見るとディスプレイには何も映っていない。確かに止まってしまったようだ。
不意にでる冷たい汗がじわりと出るのを感じつつ理に語り掛ける。
「…本当に不気味な雰囲気になったな」
「…とりあえず寮に行こう」
「うん、行こうか」
改札を通り抜け下へ向かうエスカレーターへ足を置く。落ち着かないまま俺は辺りを見ることが止まらず、不安げに理に言う。
「あまりにも静かすぎないか?ここもう街の中だよな」
「確かに。…?」
エスカレーターで下に降りて俺たちが見たのは、不可思議な景色だった。
文字通りの無人。そして下を見ると赤い液体が床に広がっている。そしてその液体はほかの場所やガードレールにまで滴っている。
「…おかしくないか。これ」
「…急ごう」
「あ、あぁ。方向は?」
「こっち」
彼の後ろをついていくように歩き始める。周りに響くのは俺たちの足音のみ。人がいないため余計に響くその音が嫌になる。相変わらず暗い景色で、上の月がしつこく明るい。
周りを警戒する俺に対し彼はいつも通りにポケットに手を入れて歩き続ける。そして数分後、たどり着いたのは商店街だった。
「なっ…」
「…」
目の前に広がるのは赤い液体と、その場に静かに佇む黒い物体だった。
「これ…一体…」
「わからない」
その黒い物体は棺のような形を模しており、赤くオーラをまとっている。訝し気に俺らは数歩近づきよく見るが、見ても見ても謎の物体だ。
「いろんなところに置いてあるな…」
他の場所にもこれは置かれており、どれも同じ形である。
「置かれた?設置したようには見えないけど」
「言われてみれば確かに…でもそしたらなんでこんなものがそこら中に…」
俺はそれらを見ることに夢中で足元を見ていなかった。ぴちゃり、足元で音がする。
「うわっ、踏んじゃったよこの赤い…何か」
踏んだのはさっきから地面に広がる赤い液体だった。気味悪く足をどかし、地面に擦るようにそれを拭う。靴の裏を確認して理に向き直る。
「はぁ…靴が。とりあえず寮に行こう」
「そうだね」
俺らはそのまま寮へと足先を向け再び歩き始める。道行く先に見つかるのは赤い液体と黒い棺。当たり前のように映る世界に徐々に慣れてきてしまっていた。並ぶ棺を横目に俺は話す。
「もしかしてもうずっとこの景色のまんまとか?」
「そんなの想像したくない」
「俺もだよ」
そう言っていると目的地へとたどり着いた。俺らの目先に聳え立つのは立派な洋風の建物だ。見た感じ古そうな感じであり、最近建てられたものではなさそうだ。だが見た目は非常に豪華である。
「巌戸台分寮…て書いてあるな。よし、入るか」
「うん」
入口への小さな階段を上り、大きな扉の取っ手をつかみ力強く引く。彼が入れるように開けたまま彼を通し、俺も寮へと入ってった。
入口から入ったその中は、非常に静かだった。今日俺らが来るということは向こうも承知だろうと、誰かいるかと思っていたが、そうでもなかった。
「はー結構綺麗な感じだな」
俺らは中を見て、受付の前をと通ろうとする時だった。
「ようこそ」
「っ!」
「…」
声の方へ振り向くと、その受付にはだれもいない。
「長い間、待ってたよ」
再び同じ声が聞こえたのは前の方からだった。振り向くと、その声の主が立っていた。その正体は、青い髪に青い瞳を持つ少年だった。
「この先へ進みたいなら、ここに署名をして。
彼の手の指す先は、受付の上に置かれていた一つのメモパッド。さっきまでおかれていなかったはずの、気品のあるものだ。
俺は再び少年を見やる。見た目は小さく、服は白黒のボーダー一色だ。
「ん?どうしたの?別に警戒する必要もないよ」
少年は署名書を見ながら言う。
「これは、この先の選択に責任を持ってもらうっていうだけだから。当然のことさ」
突然の展開に動揺を隠せずにいるが、理は迷うことなくいつの間にか現れた羽ペンを手に取った。
そしてそこに彼は署名をした。結城理と。
「さ、あとは君だよ」
「え?俺も?」
「当然だよ」
困惑しながらも、俺は理が持つ羽ペンを受け取り署名の欄を見る。確かに、この署名には俺と理の二人分の欄があった。今一度少年を見て、署名に目を戻し俺は流れるように自身の名前を署名した。長山晴翔と。
羽ペンをあった場所へ戻し、目の前のメモパッドを持つ。静かにそれを閉じ、少年に手渡した。
「…確かに」
大事そうに抱えると、俺ら二人を見て言葉を続けた。
「時は誰にでも結末を運んでくるよ」
そう言いながらそのメモパッドは消滅し、少年の体は途端に黒い靄に覆われる。
「はじまるよ」
その靄は少年を覆いきると、もうそこには誰もいなかった。俺らは互いに目を合わせると、今の出来事に圧倒されていた。
「何だったんだろうな、今の…」
「さぁ…」
苦笑いしかできない状況に、ふと知らない女性の声が聞こえた。
「誰っ!?」
またも知らない人の声の方向に俺らは向き直る。そこには警戒態勢をしている一人の女性がいた。
「
その女性は即座に右手を太ももに身に着けたガンホルダーに伸ばす。きらりと光るそれは、本物なのかはわからないが麻酔銃なのかもしれないと俺らも警戒する。
「待て」
その瞬間、またもや女性の声がラウンジに響く。暗かったここが、照明により明るく照らされた。ずっと暗い視界だったためひさびさの人工的な光に安堵する。
声の主は目の前の女性のさらに奥にいた。鋭い目つきに赤いロングヘア―。対して構えを解いた女性は茶髪で短髪の女性だ。
この空気の中、切り開いたのは赤髪の女性だった。
「到着が遅れたようだな。自己紹介をしよう。私は桐条美鶴、こちらは岳羽ゆかり。私も彼女も、この寮に住んでいる」
今度はそちらの番だと言わんばかりに目線を向けるので、俺は理を一度見てこほんと咳払いし声を出した。
「自分は長山晴翔、こちらは結城理です。今日からここでお世話になる…んだよね?」
「そうだよ」
理に確認を取りながら自己紹介を終える。
「今日から…?そんな話、ありましたっけ先輩」
「彼らは急にこの寮への転入が決まってね。いずれ正式に男子寮への割り当てがされるだろう」
「なる…ほど…。えーっと…岳羽です」
改めて名乗った彼女に対し、俺らは返答する。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「こちらこそ、よろしく…」
ぎこちない会話の中、桐条美鶴という人はこちらを向いた。
「今日はもう遅い。結城、君の部屋は二階の奥にある。岳羽に案内してもらってくれ」
理は頷くと、岳羽についていって二階へと向かっていった。後ろ姿を見送ると、俺の部屋はどこだろうと美鶴さんに目を向ける。
「あぁ、長山。君の…部屋なんだが…」
「?」
「こっちだ」
俺は美鶴さんについていくと、まさかの階段の方ではなく受付の方へと方向転換した。思わず、「え?」と声を漏らしたが、美鶴は構わず受付裏に入った。
受付裏はパソコンが置いてあり、その壁には扉があった。
「ここなんだ」
「こ、ここ?」
美鶴さんは申し訳なさそうにそう言った。いや、ここ受付すぐなんだけど。
「すまない、どうも理事長が君をここに当てるようにと、な。ここはただの物置だったんだが、君の入寮が決まってすぐに掃除したんだ。大丈夫だ、部屋は綺麗だし家具も一式揃っている。他の部屋と大差ない」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「それじゃ、今日のところは早めに休め。明日から登校だ」
「あ、はい、おやすみなさい」
「あぁ、お休み」
そう言い終わり、彼女は会談の方へ歩み始めた。俺は静まったラウンジを見てドアノブに手をかける。部屋に入ると前の寮と変わりない部屋だった。
バッグを床に置き、家具を見る。ベッド、ラジエーター、机、テレビ、タンス、棚、カレンダーなどだ。
「…いろんな寮を見たなぁ」
複雑な心境でベッドに座り、カレンダーを見る。今日は4月6日だ。ここでは何か月持つんだろうか、とマイナス思考のままベッドへと横たわる。
今日は色々あった。電車の遅れ、そして真っ暗な世界。変な棺や赤い液体。薄気味悪い真夜中の街を闊歩したのなんてほとんどなかったので内心怖かった。おまけにさっきの少年も不思議な存在だった。
「どっと疲れた…えっと…制服は…明日でいいか」
ベッドの上で伸びた俺はそのまま布団の暖かさで眠りに誘われた。また新たな学校での生活に内心別にウキウキするわけでもなく、普通にすぐにまた引っ越すのだろうなという気持ちで目を閉じた。