「ぐぅ…」
4月7日、次の日になった。昨日までとは打って変わって外は賑やかさを取り戻している。活気ある人の声と学生の談笑、車のエンジン音や店の音など。
だがそんなものと無縁の今の俺はベッドの中で最高な睡眠時間を体験している。
「…」
「…」
俺の部屋のドアを開けて、理と岳羽さん二人が突っ立って俺を呆れた目で見ていた。もちろん俺は気づかず普通に寝ている。すでに制服姿でカバンも手にしている二人と俺との圧倒的な雰囲気の差が、同じ寮の中なのに別世界のようだ。
数秒後、理は後ろを振り返った。
「置いていこう」
「いやダメでしょ!」
・・・・・・・・・・
ガタンガタンと朝のモノレールに乗っていた。海が綺麗に澄んで見える外とは反対に、車内はかなりの人で混んでいた。昨日は人がほとんどいなかったためこの差に少々戸惑った。
「起こしてくれてありがとな、岳羽さんと理」
「彼は起こさなかったけどね」
「やっぱりそうか、そうだと思った」
「悪いのは晴翔でしょ」
「そりゃそうだけど…」
吊革につかまった俺ら三人はまだ脳が活性化していない会話で時間をつぶしていた。とは言え学校までの距離はとても近く非常に便利な設計の人工島だ。それが辰巳ポートアイランド。俺らの学校が置かれた場所である。
「あ、見えてきたよ」
岳羽さんが外の景色を見て言った。視界には広い海とその上を行くモノレールの線路、そしてその中央に設営された島、辰巳ポートアイランド。その上にある月月光館学園。
「まもなく、辰巳ポートアイランド、辰巳ポートアイランド。終点です」
・・・・・・・・・・
校門に伸びる大きな道の端に規則正しく植えられた木々には桜が満開だ。花びらが綺麗に舞い、その道を俺らは歩いている。時折岳羽さんが生徒と挨拶を交わしているのを目撃し、しっかり1年からここにいたんだろうと思わされる。
すると岳羽さんがそそくさと前に走り、バッグを両手で持ってこちらに振り返る。月光館学園をバックに笑顔で言った。
「ここが、月光館学園高等部。よろしくね」
風と共に
出来れば卒業までここで居たいな、と願いつつ歩みながら下駄箱へと進む。靴を変え、ついに中に入った。改めて真新しい世界に緊張とワクワクを毎度のこと感じつつ岳羽さんについていく。
「よし、ここまで来れば大丈夫だよね。左に職員室があるから、そこで諸々済ませて。あとは先生が言ってくれると思うから」
「ありがとう、岳羽さん」
「どういたしまして。あと、岳羽さんじゃなくて岳羽でいいよ」
そう言い彼女は奥の階段で上へと上がっていった。その階段の前には人だかりが出来ており、多くの学生が掲示板を見ていた。多分クラス表だろうと思い俺は足を運ばせる。
「理、俺らのクラスどこだろう」
「今捜してる」
多くの学生の名前が
「あった。俺はF組。理は…理もF組だぞ」
「同じか」
どんな人がクラスにいるのか名前を色々確認してみる。とはいえ名前だけ見ても全く誰か想像つかないが…そう思っていると馴染みある名前を発見した。
「あ、岳羽ゆかり…同じクラスだな」
「ん…確かに」
ある程度確認を済まし、俺らは岳羽が言っていた職員室へ向かうことにした。下駄箱前のここは多くの学生が居て大変賑わっており、また近くには購買も置かれてある。典型的な購買のおばちゃんだった。道行く際、兜を被った先生とその人と話す金髪の外国人も居た。兜を被っている…とはなかなか難しいファッションセンスだった。
「ここか」
「うん、入ろう」
職員室の扉を横に開けた。多くの先生が、始業式もあってかバタバタと慌ただしく動いていた。こちらのことなど気にする間もない感じだったので、多少声を上げて用事を伝える。
「すみません、今日から転校した長山と結城です」
「あぁ、君たちね」
「ん?」
左から女性の声が、俺たちに呼応してくれた。先生の一人であるその人は椅子から立ち上がり、名簿を手に持っていた。
「ええっと、『結城理』と『長山晴翔』くんよね。二年生…で、へぇ結構転々としてんのね。ご両親は…あっ…」
どうやら俺らの両親についてまだ読んでいなかったようで初見の反応を示していた。
「10年前…ご、ごめんなさいね、ちゃんと読んでなかったのよ。二人は私が担任するF組ね。鳥海よ」
ペコっとお辞儀し、鳥海先生はちらっと掛けてある時計を見てハッとしてこの後の予定を話してくれた。
「このあとすぐに始業式だから、まず講堂に案内するわね。その後、教室に行くから」
「はい」
俺らはその後先生の後に着いていき、講堂へと向かった。
その後は先生の話していた通りで、始業式が行われクラスへと向かった。クラスでは特に授業などはやらずある程度の自己紹介とこれからの予定など軽めな説明などで終わった。
・・・・・・・・・・
放課後。
帽子を被った一人の男が、俺らに声をかけてきた。
「よっ!転校生諸君!」
少し顎に髭は生えて、襟の高いシャツを着ていた。また首にはきれいなドッグタグ。第一印象からかなり友好的な人だった。
「お前ら、今日からだろ?だったら案内が必要なんじゃって思ってさ。俺は伊織順平、よろしくな」
「あぁ、よろしく。長山晴翔、こっちは結城理」
「おぉ?話がわかるやつ?良かったぜー内気な感じだとどうしようかと」
へへへ、と笑い頭をかく順平。
すると彼の目先が俺らの後ろに向いた。誰を見ているのだろうと後ろをチラ見すると、岳羽がきていた。
「お、ゆかりッチじゃん。またおんなじクラスになれるとは思わなかったぜ」
「相変わらずだね、順平は」
「君ら二人、何かと噂になってんよ?転校生でありながら、あのゆかりッチと朝登校したんだし」
順平の笑いが混じった小さな噂を岳羽が聞くと、少し眉をぴくりとさせた。
「あの、ただ寮が一緒なだけなんだけど」
「ふーんそうなのねェー」
二人のなれ合いを見るに、かなり仲良さげな感じだ。会話から察するに最低でも去年から互いに知り合っていたことになる。
岳羽さんはこちらに向き、昨日のことを話した。
「その…二人とも。昨日の
「ん?うん、一応。なんとも、ないかな」
「なら良かった」
と、あの景色のことは伏せて会話しているのを伊織はポカンとした顔で見ていた。
「じゃ、私は
岳羽はカバンを持って教室を出て行った。聞かずにはいられず、順平は会話のことを蒸し返した。
「昨日のことって…何だ?」
「別になんでもない」
理はそう言ってカバンを持つ。俺もカバンを持って苦笑いで順平に答える。
「別に、本当になんでもないんだ。それより、是非学校を案内してほしい」
「お?そうか?ならついてきてくれよ」
嘘をついていることに少々負い目を感じてしまうが、彼女が言うなっていうのであればそれを信じよう。とはいえたとえ言ったとしても信じてはもらえない内容ではあるだろうけど。
「そんじゃ、出発ー!」
・・・・・・・・・・
「紹介はこれくらいかなと。どうだ?ある程度掴めたろ?」
俺たちは校門までやってきており、その前を運動部が列をつくって走って横切っていった。
「運動部かー。そういや二人は何の部活に入るか決めた?」
「いや、特に」
否定した理に続いて俺も横に首を振った。
「ま、初日だしな。部活勧誘も数日後だし、いろいろと部活知っておくのもいいんじゃね?何なら掛け持ちも考えてみるのもありだしな」
部活に真面目に入ったのは中学の時だけで、それ以降は特に入ってこなかった。だがこの際また打ち込めるものに入ってもいいだろう。
「確かに。何か入ってみようかな」
「お、いいねぇ。理は入らねーの?」
「考えておく」
「入っとけよー?青春、無駄にしないようにな」
そして俺たちは歩き出し、駅で別れた。
その後俺たちは巌戸台へ向かう電車に乗っていた。そこでは珍しく理から言葉がでた。
「晴翔」
「ん?」
「昨日、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。そっちは?」
「何ともない。ていうよりも…」
理は言葉が上手く見つからないのか、口を閉じた。だが、言葉を見つけたかこちらを見た。
「むしろ、違和感があまりないというか…」
俺は理のその言葉に驚くことはなく、何なら賛成していた。
「わかる。何だろう…確かに不気味ではあったけど、
「うん。何だろうね」
「不思議な感覚だったよなぁ…」
俺は窓の景色を見ながら言った。夕焼けで煌めく海はとても綺麗で、心が洗われるようだった。昨日についての話題は尽きなかった。俺は思い出しながら言葉を続ける。
「そういやあの少年も気になるな」
「あぁ、確かに。でも岳羽さんに聞いても、そんな子はいなかったって」
俺は驚き窓から目を移し彼を見た。
「え?本当に?じ、じゃあ俺たちしか見てない…ていうことか?」
「そうみたい」
「それじゃあまるで幽霊みたいだな」
笑える話なのかわからなくなって反応に困っているとアナウンスが流れた。巌戸台につくため、背もたれから離れ電車を降りた。
「少年、契約がどうとか言っていたな」
「そうだね」
「俺ちゃんと契約内容見てないんだけど大丈夫かな?」
「そういうのちゃんと見ないといずれ詐欺にあうよ晴翔」
「そ、そうだな。ちなみになんて書いてあったっけ」
「いや、別に。少年の言った通りの内容だったよ」
「そっか。うーん…」
俺は改札への階段を上がりながら頭を抱える。
「どうしたの」
「いや、何かな…こういうシチュエーション初めてじゃない気がするんだよなぁ」
頭がズキっと痛む。何か忘れている気がすると思うもそれ自体が曖昧なため無いのかもしれない。
「そう?俺は初めてだったけど」
理は改札を抜け、俺も改札を抜ける。エスカレーターに乗り、俺はようやく考えるのをやめた。
「そうだな、そうに違いないや」
エスカレーターから降り、駅前につく。昨日の景色と比較してると、やはりあの現象は信じられないものである。しかし、なぜか違和感が不思議と無いのもまた事実。
「昨日のこと、本当に信じられないな」
理にそう言って、俺らは寮へ目指す。見回す限り、普通に買い物してる人や車が通っており、学生などがガヤガヤ楽しんでいる。黒い棺や赤い液体はどこにも見当たらない。正直あまりにも現実味がないため、夢だったんじゃないかなどとも思っていたが、岳羽は誰にも言わないようにと言っていた。ということは本当に起こった現象だ。
「理、岳羽がああ言っていたってことは、彼女ももしかしたらあの
「そうなるね。でも俺らには関係ないことだし」
「ま、他言無用ってことなら下手に触れない方がいいか」
今日はずっとこの話題で頭がいっぱいであり、もう考えるのはやめようと切り替えたときにはすでに寮の前にきていた。
ラウンジに入り俺らを迎えたのは昨日以来の桐条さんだった。
「帰ったか。初日はどうだった?」
「はい、何ともありませんでした」
「自分もです」
「そうか、それなら良かった。もうクタクタだろう?部屋で休むといい」
桐条さんはその後上へと上がっていった。改めてあの人の寛容さに驚かされる。噂によるとあの人は生徒会長になるらしいとか。それだけでも忙しいはずなのに俺ら二人に対してあのように目配せしていると考えるとすごい人だ。
「桐条さん優しいな」
「そうだね」
「そんじゃ、今日はお疲れ理。また明日な」
「うん、お疲れ」
俺は受付裏へ行きパソコンを避け自室へと入っていった。来ていたジャケットをタンスにしまい、疲れた体のままベッドに腰かけた。
そのまま倒れ、右手を額に当てた。
「契約…契約…かぁ」
どうもデジャヴ感が拭えない自身の記憶に対し、何度も思い出そうとするが決して思い出せない。
ふぅ、とため息一つ。携帯を開き、今の時間を確認する。五時過ぎだった。夜ご飯までには時間があるし、せっかくならここにきて初めての外食でもするか、とベッドを立つ。
最低限の荷物だけを持ち、俺は寮を出た。