(case22:三匹がゆく!)
炭治郎と善逸が鬼の潜む家にたどり着いた時、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
山向こうまで追いかけっこしたり、炭治郎が鬼を追い出す為の豆を求めて寄り道したせいである。
「だ、誰…っ?」
「え?」
「炭治郎、あそこだ! 子供がいる!」
家の近く、木に隠れる様にして、兄妹だろう幼い男の子と女の子が寄り添い合っていた。
「どうしたんだ? ここは君達の」
炭治郎は聞こうとして、兄妹が酷く怯えている事に気付き、近くを飛んでいた自分の鎹鴉をガッと掴んだ。
「カ、カァっ!?」
「ほーらご覧。世にも珍しい喋る鴉だ」
「カッ、ガァー! ヤ、ヤメ! 炭治郎、ヤメテー!」
「いくら何でも酷くない!? ほら、子供達が余計に怯えてるよ!」
「タ、助ケテ、善逸! 助ケテーッ! カァ!!」
「でも、他に珍しい物なんてないし…」
おまえが一番珍しいよ。善逸は心の底から思った。
くすっ、と女の子の方が小さく笑い、子供達の様子が軟化する。
炭治郎はにっこり笑い、
「よーし、さらにこの鴉を」
「炭治郎、おまえ少し黙れ」
「あ、うん」
炭治郎はお口チャックさせられた。強い。
鎹鴉は善逸を潤んだ瞳で見つめる。ただし雄である。
「えーと、それでここは君達の家なのかな?」
「ち、違う。に、兄ちゃんが化け物に拐われたんだ。そ、それを追って…。血の跡を辿ったんだ! 兄ちゃん、怪我してたから!」
「えぇッ? それで2人だけでここまで!? 危ないよ! 怖くないの!?」
「で、でも! あの化け物、兄ちゃんのこと稀血って呼んで、食べるって!!」
話してる内に興奮してきたのか、男の子はポロポロと涙をこぼす。
「大丈夫だよ」
炭治郎は安心させる様に力強く笑った。
「俺達はその化け物を追い出す為に来たんだ」
「いや、倒す為だろ」
「君達のお兄ちゃん、稀血君も必ず助けるよ」
「いえ、兄ちゃんの名前は清です。稀血じゃありません」
さてはこの炭治郎、また話についてこれてないな。
「そうだ、まだ名前も言ってませんでした。僕は正一、妹はてる子といいます」
「自分で名前を言えるんだな! まだ小さいのにえらい! こちらも名乗らなくちゃ。俺は炭治郎、こっちは全滅だ」
「善逸だよッ! 俺のせいでみんな死んだみたいに言うなよッ!!」
「(・ω・)???」
駄目だ、わかってない。
その時。突然の破砕音と共に家の壁が吹き飛び、何かが4人の前に飛び出して来た。
1つ、2つ、3つ。眼前に着地する。
「ひっ」
正一とてる子はそれを見て身を竦ませた。
体中に鼓が生えた鬼、響凱。長い舌を持つ鬼。最も大きな巨躯の鬼。3体の鬼が炭治郎達を見据えている。
「ぎゃああー! 出たぁー! 炭治郎、出たぁ!! 3体もいるよー! 何で出てくるのッ!? 家の中にいるって言ったじゃない!? 何でいきなり出てくるの!? 来るなら来るって言ってよ! 心の準備出来てないんだからさァー!!」
ここまでに時間をかけ過ぎたせいだった。もうすっかり陽は落ち、辺りは夜の帳が下りている。
そして、夜は鬼の時間。夜の闇はあまりにも鬼に味方する。鬼舞辻無惨が言うところの、神仏が鬼の存在を許しているかの様に。
夜目の効かない人間を狩るのに、家の中にするか外にするか。その選択の自由は、常に鬼側が握るのである。
わかりやすく取り乱す善逸をよそに、炭治郎は怯える正一とてる子の前に立ち、そっと小さく声をかけた。
「どれが君達のお兄ちゃんだい?」
「「どれも違います」」
緊張感が、お亡くなりになった。
あれほど怯えていた兄妹が、スン、と平静に戻る。
死の恐怖よりも、目の前の頭の悪いお兄さんに感じる困りが上回ったのだ。
ある意味、すごく勇気づけている。
「……耳飾り」
ぽつり、と。鬼の1体、響凱が呟く。
よく見ると鬼達の様子がおかしい事に善逸は気付いた。普通、獲物の人間を前にした鬼は、嗜虐的に嗤ったり見下してくる。だが、3体の表情は緊張し強張っていた。
(鬼の音は独特で分かりづらいけど、こいつら怯えてる?)
「間違いない! あの餓鬼だ!」
舌の鬼が炭治郎を指差して叫ぶ。
「あいつが無惨様が言っていた鬼狩りだっ! あいつを殺せば、俺が十二鬼月だ!!」
「「あ」」
他の2体が舌の鬼を見る。舌の鬼も遅れて「あ」と。
「お、お待ち下さい、無惨様! 今のなし! 今のなしでっ、お願いしオフはぼぼボァァアアア!?」
舌の鬼の口の中から突如太い腕が飛び出してくる。そして、許しを乞う舌の鬼を叩き潰して地面の染みに変えた。
迂闊にも鬼舞辻無惨の名を口にした為、呪いによって処理されたのだ。
「な、なんだよ…あれ。いきなり勝手に死んだんだけど。お、俺まだあんまり鬼を知らないんだけど、鬼ってあんな風になるもんなの?」
「ああ」
戸惑う善逸に炭治郎は険しく表情を歪めて即答する。
「あれは、食当たりだ」
しょくあたり……。
「何の罪もない人達をたくさん殺して喰ったんだろう。腹の中で犠牲者の怒りや恨み、怨念が呪いになって逆流した。当然の報いだ」
「そっか…食当たり…そんな事があるんだな」
ないよ?
何で自信満々に知ったかぶるの?
確かに呪いは呪いだけど、真実にニアミスしてる分、余計に質が悪かった。
「や、やっばり無理だ…上弦の壱を倒す様な奴に勝てる訳が……はっ!?」
巨漢の鬼が狼狽えながら振り向くと、なんと響凱はとっくに背を向けて走り去っていた。
はなから奇襲ではなく、闇に乗じて逃げるつもりで飛び出して来たのだった。
「ま、待て! 待ってくれッ! 置いていかないでくれぇ!!」
止める間も斬り掛かる間もなかった。かっ飛んで行く2体の鬼。
「にげた…」
「にげちゃった…」
「逃げてったな…」
善逸と子供達が呆然としつつ安堵の息を吐く。
しかし、無言で背負った箱を降ろす炭治郎の顔を見て、善逸はぎょっとした。
「た、炭治郎? おまえ、何でそんな般若みたいな顔してんの?」
「……善逸、この箱を頼む。俺はあいつらを追う。追い出さなきゃ」
「いや、もう追い出したじゃん! むしろ自ら出て行ったじゃん! もうこれ以上いいだろっ? 帰ろうよぉ!」
止める善逸に対し、炭治郎は家の壁に開いた穴を指差す。
「もの凄い血の匂いだ。あいつら、ここで何人も殺して喰ってる。この世から追い出さなきゃ」
「あ、うん、そうだね…」
鬼より炭治郎の方が怖い。善逸は気圧された。
炭治郎は腰の日輪刀を抜き放つ。
「待っててくれ。稀血君の仇を取ってくる」
「清ですッ! うわぁぁあああん!!」
「まだわかんないだろッ!? 何でそういうこと言うの!?」
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響凱「小生はまだ死ねない! 小生は! 小生はまだ!!」
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(case23:もう1つの戦い)
「猪突猛進! 猪突猛進!」
家の中を疾走する嘴平伊之助。だが
ポンッ!
どこからか鳴る鼓の音。伊之助のいた部屋は全く別の場所に変わってしまう。
そのせいで自分が今どこにいるのか把握出来ない。
「まただ! ああぁぁああッ、イライラするぜ! イライラするぜ!!」
ずっとこの調子で、先程からはとうとう鬼の気配も感じられなくなってしまった。
強くなる為に鬼を斬りに来たのに、まだ何も出来ていない。伊之助のストレスは限界だった。
「決めた。まずはこの鼓を叩いてる奴をぶっ殺す!」
叫んで、手近な襖を開けた。
「あ」
「あ?」
見つめ合う清と猪。
「おまえかぁぁああ! はははは! 猪突猛進!!」
「ぎゃああああああッ!!?」
ポンッ!
ギリ間に合った。
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伊之助「見つけたぜぇ! 猪突猛進!!」