(case41:さん)
目の前の子供姿の鬼、累から放たれる圧力が膨大なものになった。
「ねえ、おまえ、いま、なんて言ったの? もう一度聞かせてよ」
「いや、だから君には家族なんていないだろ。いるわけが無い。何で人の話をちゃんと聞いてないんだ」
炭治郎は、仕方のない奴だ、と言わんばかりの困り顔で答える。
危機感ないのか。累が半ばぶちキレてるのが炭治郎にはわからない。
「……全身をズタズタにしてから刻んであげるよ。でも、取り消すなら苦しまない様にすぐ殺してあげるけど?」
「(・ω・)???」
何を取り消せばいいかわからないらしい。人の心が無いのか、こいつ。
「なんで怒ってるんだ。自分でも家族は偽物って言ってたじゃないか? この山に君を大切に思ってる奴なんて1人もいない。あるのは君への嫌悪と恐怖の匂いだけだった。お互いを大切に思う家族の絆なんて存在しない」
「はぁ…。もういいよ。おまえとは話が合わない。すぐに殺してあげるから黙ってなよ」
累の指先から垂れる糸が殺意に煌めいた。
炭治郎も腰の日輪刀を抜き放ち、身構える。
「…っ」
炭治郎の立ち姿に何かを感じたのか、累の表情に苛立ちと侮り以外のもの、警戒が微かに浮かぶ。
緊張が高まり、どちらかが仕掛けんとした、その時
「お、丁度いい感じの鬼がいるじゃないか」
脇の茂みから、へらへらと軽薄な態度の鬼殺隊士が現れた。
サイコロステーキ先輩! 原作で謎の人気を博したサイコロステーキ先輩じゃないですか!
「俺の隊はほとんど全滅し…」
「むーッ!」
ボウッ 「ほわああああー!?」
あ。いきなり燃やされた。
先輩のウザさと、この後の惨劇を予見したのか、禰豆子が有無を言わさず爆血したのだ。酷い。
ミディアムレアステーキ先輩はこんがり姿で倒れ伏した。生きてるだけでも十分美味しい。ステーキだけに。
ちなみに禰豆子の爆血。鬼や血鬼術だけを燃やす炎と思われたが、極め突き詰めると、その本質は鬼に限らず『燃やしたい物だけを燃やす』ことにあるらしい。
下手をすると継国縁壱に並びかねない公式チートじゃなかろうか。
「炎…? さっき母さんを焼いたのはおまえが…? いや、それよりもその女、鬼か?」
さすがの累も禰豆子の所業には呆気に取られ、
「隙ありぃーッ!」
炭治郎がとんでもない速さで、すかさず斬りかかった。
どうでもいいが、この兄妹、躊躇なさすぎない?
(ち…ッ、速い!)
「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!」
炭治郎の刃が累の首に迫る。そのまま首を斬り落とす! …かに思えた。
だが、相手の動きが想定よりも速かったのは、累だけでなく、炭治郎にとっても同じ事だった。
つまり、炭治郎は初めてまともに戦う十二鬼月の強さを、若干見誤ったのだ。
累の糸さばきは、炭治郎の想像を超えた速さで剣に追いつき、水面斬りを受け止めて、
ばぎんッ!
悲鳴の様な音を立て、炭治郎の日輪刀は半分ほどの長さを残して割れてしまった。
「っ!」
「むぅぅうーッ!?」
即座に飛び下がる炭治郎だったが、追撃の糸を避け切れず、胸から額までを浅く斬られて鮮血が舞った。
禰豆子の元まで退がり、たたらを踏む。
そう。刀は斬られたのでも、折られたのでもなく、負荷に耐え切れず、へし割れてしまったのだ。
今までヒノカミ神楽の呼吸で、無理矢理に水の型を繰り出し続けたツケ。これまでにない強敵との遭遇で、ついに限界を迎えてしまった。
信じられない思いで、半分になってしまった刃を見る炭治郎。
察しの悪いこのお馬鹿でも、剣が砕けた瞬間の手応えから、自分がこの日輪刀に何を強要してしまったのか、ようやく気付いた。
「脆い剣だ。何の手応えも無かった。そのナマクラを打った刀鍛治はよほどのヘボだったんだね。文句を言っておくといい。ああ、でもここで死ぬから無理か」
「違うっ! 鋼鐵塚さんは凄い刀鍛冶だ! これは俺の使い方が下手くそだったんだ!」
ほんとそれ。珍しく正解。でも手遅れ。
気付くのが遅い! と鱗滝にビンタして欲しいところである。
炭治郎は折れてしまった刀を痛ましげに見る。
ずっと浮気に耐え続けてきた健気な彼女が、とうとう耐え切れずに折れてしまったかの様な、その痛々しい姿に、炭治郎は自分の罪を知った。
『ごめんなさい。もっとあなたと一緒にいたかったけど、私はここまでみたい…』
『そんな事を言うな! 君は悪くない! 俺が…俺がもっと君を気遣っていれば……っ!』
『私の次の、新しい子には、どうか優しくしてあげて…。さようなら、炭治郎。負けないでね』
『待てっ! 行かないでくれ!!』
おまえ…何と話してるの?
イマジナリーな何かと会話しだした炭治郎は、地に四つ這いになって泣いた。
「日輪刀ぉーッ!!」
ええ……。仮にも十二鬼月の目の前なんだけど…。
あまりの頭の悪さに、累が困惑してるからやめてあげるんだ。
「ふざけた奴だ。もう死ねよ、おまえ」
「しまっ…!」
累が無造作に放った糸が、無防備をさらした馬鹿たれに迫る。
一丁前に「しまった」言う資格無いぞ、おまえ。
「むぅううーッ!」
斬り裂かれる禰豆子。炭治郎を庇おうと飛び出して、代わりに全ての糸をまともに受けてしまった。
「禰豆子ーッ!」
炭治郎は禰豆子を連れ、距離を取るが
「傷が深い…! 手足が千切れそうだ…っ。禰豆子は人間を食べないから、再生力が弱いんだ…! くそっ、何をやってるんだ、俺は!」
うん、そうね。
「鬼が人をかばった…っ? おまえ、その女は何だ! 家族か!?」
「妹だ! それがどうした!」
「妹…っ。鬼になっても妹を連れ、妹は兄を庇った…! 本物の絆だ! 欲しいっ!!」
炭治郎の額に青筋が浮かぶ。
「それは禰豆子を嫁にくれという事か!? ふざけるな! 俺は認めない! 俺の家族も認めない!」
「違うよ。今からその子は僕の妹になるんだ」
「義妹…!? じゃあ俺と結婚したいのか! 人を喰らう鬼と結婚は出来ない! 俺の家族も認めない!」
「……君とは本当に話が合わないね」
そうですね。
「人には役目がある。おまえの役目は何だ? それは僕に妹を差し出して消える事だ。そら、もう取ったぞ」
炭治郎が振り返ると、禰豆子の姿が消え、頭上から大量の血が降り注ぐ。
仰ぎ見ると、樹上に禰豆子が縛られ、その糸がさらに禰豆子を斬り刻んでいた。
「禰豆子っ!? 禰豆子を放せぇー!!」
「大きな声で喚くなよ。このくらいじゃ死にはしない。鬼なんだから」
ギリっと歯軋りし、炭治郎は折れて半分の長さになってしまった日輪刀を握る。
「頼む、あと一度だけ頑張ってくれ…っ」
水の呼吸で最強の威力を誇る、拾ノ型の構え。
呼吸は赤い呼気を伴う、ヒノカミ神楽の呼吸。
おまえ、どうやったら懲りてくれるのっ!?
日の呼吸では水の型をスムーズに回せない。
水の型では日の呼吸の力を乗せ切れない。
互いが互いを損い合って、半分の力も発揮できない。
水にしろ日にしろ、呼吸と型を合わせていれば、この累を瞬殺することだって可能だったというのに。
炭治郎は反省した。ちゃんと心の底から反省した。
でも30秒たったから忘れてしまった。
目だけは真っ直ぐな男、竈門炭治郎。頭の悪さにブレがない。
お馬鹿を相手に長話を仕掛けた累の、巧妙なる作戦勝ちだった。これが十二鬼月の実力。
「折れたナマクラで何をする気だい? おいでよ。そのナマクラと一緒にバラバラにしてやる」
「水の呼吸 拾ノ型 生生流転!!」
はたして。回転しながら突進する炭治郎は、先程は剣を砕かれた糸を斬り捌きながら累に迫った。
(糸が斬られたっ? 回転するごとに威力を上げているのか!)
飛び退がって距離を稼ぐ累。が、炭治郎との距離は広がるどころか詰められる。
(それに、やはり動きだけは異様に速い。いや、速すぎる。少し、厄介だな)
累は自身の血を乗せ、糸を赤く染める。
「ねえ、糸の硬さはそれが限界だと思ってた?」
「っ!?」
糸が生生流転を弾くようになった。
「血鬼術 刻糸牢。じゃあね、そこそこがんばったんじゃない?」
蜘蛛の巣状の糸が炭治郎を包囲し、斬り刻まんと迫る。
(駄目だっ! この糸は斬れない! まだ回転が足りない!)
ならば! と、炭治郎は突進の勢いを、まるでフィギュアスケートの様な、その場での回転加速に切り替える。
大好きな『陸ノ型 ねじれ渦』と『拾ノ型 生生流転』の合わせ技。
「ねじれ生生流転っ!!」
累の血鬼術、赤い蜘蛛の巣を斬り払ってしまった。
おまえっ、そこはっ、走馬灯見て、型を切り替えろよ!
ヒノカミ神楽の型で戦いたくない理由でもあるのかっ!?
炭治郎が咄嗟に放ったそれは、冨岡がいなければ拾壱ノ型を名付けても良さそうな冴えがあった。
これだからフィジカルゴリラはっ。
累も「馬鹿な…」と絶句してる。
しかし、代償も大きかった。
日輪刀の刃が根本辺りを残して、更に折れてしまった。
累は苛立ちに顔を歪める。
「足掻くなよ。クズのくせに」
赤い糸がより狭く、炭治郎を閉じ込める籠状に編まれる。
「血鬼術 殺目篭」
狭く、細かく。敵を確実に仕留める為の技。これを籠の内側から破るのは極めて困難。
ましてや、ナイフ程の長さも残っていない刀ではなおさら。
いかに炭治郎と言えども一応は人間、もはや万策尽きたと言う他なかった。
1人きりだったならば。
「水の呼吸 捌ノ型 滝壷」
その死の赤い籠は、外からの斬撃によって斬り払われた。
そして、その剣士は素早く炭治郎を抱えて飛び退がる。
「あ、あなたは!」
鬼殺隊、水柱…
「富田さん!」
「冨岡だ」
「トミー岡田…さんっ」
「冨岡、だ」
誰なんだ、トミー岡田。
助けて貰っておいて、なんて炭治郎な奴だ。
「俺が駆けつけるまで、よく持ち堪えた。後は任せろ」
悠然と累に向かう冨岡。
その強者の貫禄、まさに柱の風格と言えた。どこかの炭治郎にも見習って頂きたい。
「はぁ…。次から次へと虫ケラがわいてくる。いい加減うんざりだよ」
炭治郎に放ったものよりも、更に殺意と硬度を増した赤糸が、竜巻の様な渦を巻いて冨岡に襲い掛かる。
対して冨岡は静かに構える。
炭治郎は冨岡を中心に、波1つ立たない凪いだ水面を幻視した。
「水の呼吸 拾壱ノ型」
「拾壱ノ型っ!?」
炭治郎は鱗滝から教わっていない技に目を見開く。
「拾壱ノ型がなんだっ。血鬼術 刻糸輪転!」
「凪」
赤い糸の竜巻が、静かな水面へと降り注ぎ、
水を激しく波立たせ、ズタズタに斬り飛ばした。
「ーッ!?」
冨岡は動揺しながらも身をかわし、それでも全身を大小数限りなく斬り刻まれた。
「がっ…は!」
冨岡が動いた跡に、おびただしい血の道筋が出来る。
「冨岡さんっ!!」
冨岡はすぐに呼吸を整えて止血を試みる。幸い致命傷は避けたが、止血の呼吸をやめてしまえば、すぐに失血死してしまうほどの重症だった。
当然ながら、戦闘不能。
「蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞ッ!」
超速で累に向かって駆ける、もう1人の柱。
本当は冨岡が十二鬼月を斬ったのを見届けて、悠々現れるつもりだった胡蝶しのぶ。
しかし、冨岡が鮮血に塗れ倒れるのを見て、思考を最大加速の一撃に切り替えた。
「 百足蛇腹ッ!!」
地面を踏み砕く程の脚力で、累の糸すら置き去りにする速さで肉薄する。
交差は一瞬。そして再び鮮血が舞う。
「く……っ」
膝をつくしのぶ。
「速いね。僕が知る鬼狩りの中では、一番かもしれない。誇っていいよ。糸をくぐり抜け、僕に爪を使わせたんだから」
赤い血に塗れた累の右手。
「でも、その足じゃもう走れない」
しのぶの右脚が血に染まっていた。
足の切断をかわし、腱をも守ったのはさすがの反応速度だったが、こちらもまた、回復の呼吸を絶やす事が出来ない深手だった。
柱2人が、それぞれ一撃で倒されてしまった。
いくら十二鬼月だからといっても強すぎる。
それに、あの癸の少年はこんな奴と、今まで1人で戦っていたのか。
「そんな、馬鹿な……」
しのぶは様々な思いに、半ば混乱しながら累と炭治郎を見る。
「何がそんなに不思議なんだい? ああ、もしかして……」
累は酷薄に嗤いながら髪を掻き上げ、その眼を露わにする。
柱達はその刻まれた数字に絶句した。
『上弦』 『参』
「もしかして、勝てる気だったのかなぁ? 上弦の参である、この僕に!」
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無惨「よし、よし、よし! よくやった累!! 勝利は目前だぞ!」
原作の猗窩座<累
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