(case42:毒を食らわば)
「上弦の…参……っ!?」
しのぶは背筋に冷たいものを感じる。
柱と言えども、十二鬼月の下弦ですら遭遇する事は多くない。
まして上弦に至っては、この100年以上の間、具体的な報告がほとんど無かった。
上弦に出会った、ほとんどの柱が殺されたからだ。
しのぶの姉、花柱の胡蝶カナエもその1人。
上弦の鬼は柱3人が命を捨てて挑んで、ようやく互角。そんな噂があった。
相性にもよるだろうが、いくら何でも誇張され過ぎた眉唾物の話だと、しのぶは思っていた。
(誇張じゃ…なかった……っ)
胡蝶だけに、なんて軽口も出やしない。
まだ姉の仇の影すら見えないのに、ここが自分の死に場所だと、しのぶは静かに悟った。
刀を失った炭治郎。満身創痍の冨岡義勇。
何だかよくわからない癸の子はもちろん、水柱ですら、もはや戦力にはならない。
しのぶは毒以外に、あの上弦を倒す方法が思いつかなかった。
しかし、足に深手を負ったしのぶもまた刀で毒を打ち込む事は出来そうにない。
ならば、やる事はただ1つ。
自身に仕込んだ、致死量の700倍に達する藤の花の毒。それをこの身を以って喰らわせるのだ。
本来なら、姉の仇に敢えて喰われる事で道連れにする為の用意だったが、それを今使う。
願わくは妹分でもある己の継子が、この遺志を継いでカナエの仇を討ってくれんことを。
問題は、女を喰う事に意地汚い執着を見せたらしい姉の仇と違い、確実にしのぶを喰ってくれるとは限らない累に、どうやって喰う気にさせるかだ。
「ギラギラとした嫌な目だ。どうせ何をしても無駄なのに、まだ諦めてないのかな?」
「おやおや、もう勝った気でいるんですか? お子様はすぐに調子に乗る。私は鬼殺隊の柱です。柱たる者、どんなに死に体に見えても、切り札の1つや2つは持っているのですよ」
内心に反して陽気に応えるしのぶ。
累は、ふん、と鼻で笑い両腕を広げて、無防備をさらす。
「いいよ、その切り札とやらをやってごらん。待っててあげるから」
「いえいえ、子供相手にそんな大人気ないことは出来ません。お姉さんが受け止めてあげるから、坊やの方からどうぞ」
目に見えて苛つく累。幼稚な精神性。
しのぶは分の悪くない賭けであると感じた。
「さあさあ、遠慮なさらずにどうぞどうぞ。でも先に謝っておきますね? 坊やには柱を喰う事なんて決して出来ません。何故なら私が坊やを殺してしまうからです」
「ああ、可哀想」とわざとらしく泣き真似してみせる。
「…よせ、胡蝶っ」
出血に耐えながら呻く冨岡。しのぶは死ぬつもりだと理解していた。
また庇われて生き残る事に、冨岡は耐えられない。
「(・ω・)???」
そして、当然ながら炭治郎は何も理解していない。もはや安心感すらある頭の悪さだった。
一方、累の苛立ちも相当なものになっていた。
柱を喰う、と言うのは割と最近の腹立ちポイントだったからだ。
累が新たに上弦となった際、鬼舞辻無惨の命により、無限城に集められた全ての上弦の鬼と、下弦から昇格した累とによる入れ替わりの血戦が行われた。
上弦の陸から順に戦っていき、勝ち抜いた席までの数字を貰う。
ここで上弦の陸の堕姫が、累に対し猛反発した。
下弦如きが調子に乗るな。陸で感謝しろ。柱を喰った事はあるか。下弦じゃ無理だろ。私達は合わせて22人も喰った。
大体この様な内容で口汚く罵ってきた。
あまりにも癇に障ったから、堕姫を彼女の中から生えてきた兄共々、一瞬でバラバラに刻んでやったのだ。口程にもなさ過ぎて失笑した。
それで溜飲は下がったが、累が柱を喰った経験に乏しいのも事実。
なら、この柱の女を殺して喰ってやろうか。
何か企んでいるようだが、どうせたかが知れている。
そうと決めると食欲がわいてくる。運動して腹が減った。
累はニヤリと嗤い、右手に付着したしのぶの血を味見とばかりに舐め取り、
「…………」
べッ! 吐き捨てた。
顔を強張らせるしのぶ。
「不味い。この苦味、匂い……薬、いや毒か」
「そん…な…」
あり得ない。何故気付かれた。
匂いや味で気取られないように、細心の調整をしていたのに。
鬼が体内に取り込んでから、取り返しのつかない致死の威力を発揮するよう、やや遅すぎるぐらいの遅効性。
だが、その分だけ抜群の隠蔽が施せていた。
血のひと舐めで気付かれるはずないのに。
一言で言うと、しのぶには運が無かった。相手が悪かったのだ。
もし仮に、ここに居たのが姉の仇、上弦の弍の童磨であったなら確実に刺し違える事が出来ていた。
「何故気付けたんだろう。僕は人間の頃、頻繁に薬でも飲んでいたのかな? 人の味覚なんて残ってないのに不思議だ」
だとすれば、毎日毎日、日常的に薬を飲み続けなければ生きていられないほど、薬を手放せない人間だったのだろう。
その時の経験が、いま累の命を救った事まで含めて、我が子に生きて欲しいと願った両親の愛情の賜物だと言える。
だが、鬼として強くなり過ぎてしまった累にはもうわからない。
「それにしても、これが君の言う切り札かい? くくっ、恐れ入ったよ。まさか体内を毒塗れにし、鬼に喰わせて一服盛ろうだなんて。危うく一杯食わされるところだった」
どう言う事だ、と視線で訴えてくる冨岡をしのぶは努めて無視した。
累は余裕を失ったしのぶに、心底軽蔑した目を向けて言う。
「みっともない。なりふり構わなすぎだね。やはり、あのお方の仰る通り鬼狩りは異常者だ」
ハッとする炭治郎。
「あのお方? こぶつきのことか!?」
「きぶ……ッ、ごほっ、ごほん! いま僕が話してるんだ。口を挟むなよ」
「(・ω・)???」
惜しい。でも真面目な話をしてるんだから、いきなり自滅の刃を振るうんじゃない。
「他の鬼達にも教えてあげなきゃね。柱の女は不味いから喰うなって。……童磨はそれでも女なら喰いそうだけど」
「それは…っ!? その鬼はまさかっ!?」
「なに? 興味あるの? いいよ、教えてあげる。十二鬼月には変わった鬼がいるんだ。女を絶対に喰わない猗窩座と、反対に女しか喰わない童磨。仲、悪いんだよね」
「童磨……もしかして、そいつが姉さんを…」
折れかけたしのぶの心に殺意が甦える。累の目が残酷な愉悦に歪んだ。
「ああ、僕が教える必要はないか。あのお方はここの様子も、僕を通じてご覧になっているんだ。だから、もう十二鬼月でおまえを喰おうとする奴なんていないよ。さすがの童磨もあのお方の命令なら聞くだろう」
「え……?」
「それに、どうせ僕が殺すんだ。身体を毒漬けにまでしたのに何の意味も無かったね。無駄な努力、ご苦労様」
しのぶの腕から力が抜け、刀が滑り落ちた。
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炭治郎「(・ω・)???」
炭治郎は難しい話についていけない!
禰豆子「( ˘ω˘ )ZZZ」
禰豆子は暇なので眠ってしまった!
アナウンスします
胡蝶しのぶの被捕食フラグが消滅しました。
竈門炭治郎が童磨の名前を記憶しました。
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(case43:パワハラガチャ)
つい最近まで下弦の伍であった累。
それが突如、異常な強さを身につけ、階級を一気に7つも飛び越えて上弦の参となったのには、偶然も含めたいくつかの理由がある。
だが、何か1つに絞るなら、こう言う他ない。
炭治郎が上弦の壱を倒したせいである。
事は炭治郎の介錯により継国巌勝が腹を切った時にまで遡る。
上弦の壱 黒死牟の敗北は、鬼舞辻無惨に数百年ぶりの大きな衝撃を与えた。
無惨は発狂し、散々に喚き散らし、暴れに暴れ、やがて怒りも収まらぬまま、残る全ての十二鬼月を5体の上弦と6体の下弦に分けて、それぞれ無限城に呼び出した。
無惨の急務は黒死牟の抜けた穴を埋める、新たな上弦の鬼を作り出し戦力補充すること。
ならば、手っ取り早く上弦級の鬼を誕生させるにはどうすればいいか。
平伏して待つ6体の下弦の鬼の前に姿を現した無惨は開催を宣言した。
悪名高きパワハラ会議ならぬ、パワハラ昇級試験の開催を。
「この中から、新たに上弦の鬼を選び出す。その為におまえ達に私の血をふんだんに与えてやろう」
下弦達が喜び感謝したのは最初だけだった。
何故なら無惨には、与える血を下弦達が耐えられる量に抑えるつもりなどなかったのだから。
一番手の下弦の壱 魘夢が、血反吐を吐いてのたうち回りながらもギリギリ耐えられそうだったのが、他の下弦達の不幸だった。
「駄目だな。この程度では上弦の域にはほど遠い。もっと多く与える」
何回かに分けて、段階的に強くさせるという発想は、鬼舞辻無惨には無かった。
「え、ちょっ…!」
何か不味い、と腰の引けた下弦の弍 轆轤(ろくろ)は頭部が真っ赤な飛沫となって弾け飛んだ。
「ハズレか。次」
まるでソシャゲのガチャを回しているかの様な風情だった。
「お、お待ちを! どうかお待ち下さい、無惨様!」
半泣きになりながら平伏する下弦の参 病葉(わくらば)を冷たく見遣る無惨。
「何を待つ。何故私が待つ。何故おまえの都合を私に押し付ける。思い違いも甚だしい」
「むざーッ!」
ぼしゅん! と体中の穴から血を噴射して息絶えた。
「またハズレか」
無惨の額にピキリピキリと血管が浮く。
自分の期待に応えない下弦達への、失望と激しい怒りを込めて次の鬼を見る。
下弦の肆 零余子(むかご)は歯の根をカチカチ鳴らし、恐怖に震えながら必死に自分を励ます。
「大丈夫、私は大丈夫っ。きっと耐えられる、絶対に耐えるっ。私は私は私はわたーっ」
全身が爆散し肉片となって消し飛んだ。
「うわああああああああああああああッ!!」
下弦の陸 釜鵺(かまぬえ)は恐怖に耐えかね、順番を待たずに逃げ出し、
「血を与える価値も無い」
無惨が放った肉の化け物に捕らわれ、喰い殺された。
そして、未だ血反吐を吐き続ける下弦の壱と、平伏したまま汗まみれになり震える累だけが残された。
「1人は力不足の失敗作。他はハズレ。累、どうせおまえもそうなのだろう。何故おまえ達は私の期待を裏切る。何故下弦はこうも弱い」
だから、やり方。
戦力を整えたいんじゃなかったの?
子供の様な癇癪を起こし、十二鬼月と言う大戦力をブッ殺しまくるクソ上司の姿がそこにあった。
「もういい。時間の無駄だった。魘夢を上弦の陸とし、下弦は今日を以って解体する。累、おまえには血を与えるまでもない」
ここで、いくつかあった偶然の1つが立ち上がる。
1つ。もう覚えていないが累にとって、かつて両親を殺した罪の重さから逃げる為に縋った無惨の言葉は、神の言葉に等しかった事。
無惨に対する唯一の正解は、どんな理不尽パワハラ糞発言でも、全て肯定し従い大賛成し、その上で無惨が満足する結果を示すことである。
「……無惨様。貴方様の仰る事は全てが正しい。貴方様は何も間違えないのだから。下弦達の不甲斐なさを償う為、僕が処刑されるのは当然の事でございます」
「ほう?」
「ただ、僕を処刑するのであれば、他の下弦達と同じ様に、貴方様の血によって殺して下さい。そうすれば僕は、貴方様の期待は間違いじゃなかったという、もう1つの正しさを証明してご覧にいれます」
累は頭を垂れたまま動かない。
無惨はそんな累を、ジッと見て。
「気に入った」
放たれた管が、累の首に突き刺さる。
第2の偶然。無惨が累を『気に入った』のはいまこの時に限った話ではないこと。
無惨と累は共通項が多い。
まず生い立ちからして、累は無惨と同じく生まれながらに体が弱かった。
さらに2人とも普段は冷静沈着な性格だが、少しでも気に入らない事があると、頭に血が昇り、周りが見えなくなる癇癪持ちである。
極めつけに、累が家族と称する部下達への手酷い虐待やパワハラ行為は、無惨に通ずるものがある。
こいつら実は親子じゃないだろうな?
無論、それを理由に無惨が累に愛情を抱くようなことは無い。無惨が愛するのは無惨のみだ。
だが自己愛の一環として、自分と似ている累に対する無意識の贔屓はあった。
第3の偶然。贔屓故に、無惨は他の下弦とは比較にならない、大量の血を累に与えた。そして、累のポテンシャルは無惨が想像していた以上のものだった。
鬼舞辻無惨は十二鬼月ガチャで大当たりを引き当てたのだ。
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下弦の弍の墓「 」
下弦の参の墓「 」
下弦の肆の墓「 」
下弦の陸の墓「 」
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