(case49:無惨)
(殺すっ、あの兄妹だけは絶対に殺す!)
炭治郎に斬られ首が落ちていく最中、累の胸中は限りない憎悪と怒りと呪詛に満ち満ちていた。
(兄妹…っ、兄妹…っ! きょ……!?)
そんな刹那の時間の中、何の奇跡か偶然か。あるいは2人の兄妹の絆に揺さぶられたのか。消えて久しかった人間だった頃の記憶が、怒涛の如く累の脳裏に甦った。
『丈夫な体に産んであげられなくて、ごめんね…』
『大丈夫だ、累。一緒に死んでやるからな』
(あ、あぁ、あ、あ、ああぁぁあああっ!?)
思い出してしまった。
人を殺した罪を背負って、一緒に死んでくれようとしていた両親を、この手で殺してしまった事を。
『おまえを受け入れなかった親が悪いのだ。己の強さを誇れ』
無惨の言葉に縋るしかなかった。でないと、自分のしてしまった事に耐えられなかったのだ。
けれど、本当は父と母が恋しくてたまらなかった。
自分で断ち切った絆を欲して、偽りの家族ごっこをしても虚しいばかりだった。
そう。本当は父に、母に、謝りたかったのだ。
全部、全部、自分が悪かったのだ。
(ごめんなさい。どうか許して欲しい…。でも山ほど人を殺した僕は、2人と同じ所へはいけないよね…)
累の首が地面に落ちる。体は力無く膝を付いた。灰に、なって逝く。
『そんな事はないよ、累』
聞こえてきた声に、累ははっとする。
『これからは、ずっと一緒よ、累』
『地獄にだって、一緒にいくよ』
父と母の、泣きたくなるような優しい声が、累の魂を人に戻していく。
(ごめんなさい! ごめんなさい! 僕が全部悪かったよ! ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめ……ッッ!?)
『何をやっている、累』
累を迎えに来た父と母が、消し飛ばされた。
(あがっ…!?)
累の体内で、どくん、とおぞましいドス黒さが熱く脈動する。
『おまえが強くなったのは何の為だ? 私の役に立つ為だ』
吐き気をともなって無惨の血が暴れ狂う。首の切断面が焼ける様に熱い。
『私に尽くせ。それを邪魔する鬼狩りを憎め』
短期間に血を貰い過ぎたのだ。累は鬼として、次のステージへと進化を始めてしまった。
即ち、首の弱点の克服。
正史において、そのおぞましさから上弦の鬼ですら拒んだもの。
無惨と同じ、浅ましい化け物への第一歩。
(いやだっ! 助けて、父さん! 母さんっ!)
『さあ、立て累。失敗は許さん』
(誰かっ、助けて! いやだ! いやだァアアアア!)
鬼舞辻無惨が作り出す鬼とは、無惨に汚染され、無惨の色に染め上げられてしまった、哀れな人間なのかもしれない。
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無惨「よし」
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(case50:真•禰豆子無双)
その異常に、最初に気付いたのは炭治郎だった。
僅かに残った刃も砕け、完全に死に絶えた日輪刀に対し黙祷していると。
「ッッ!?」
炭治郎は突然に吹き出してきた悪臭に、思わず跳び退がった。
匂いは、まさに灰になろうとしていた累の亡き骸から放出している。
炭治郎は累から、途方もなく大きな悲しみの匂いを感じていた。だが、それが今は鼻を突き刺す様な悪臭で塗りつぶされている。
むくり、と。
首を失った累の体が、何事もなかった様に立ち上がる。
更には、腕を無くした傷口から伸びた糸が、地に転がる累の首を拾い上げる。
「ばか……な…っ」
「嘘、でしょ……」
柱達が受けた衝撃が如何ほどだったか。
間違いなく、いま灰になろうとしていた。なのに。
首を斬っても死なない鬼。
首を斬っても復活する鬼。
鬼殺の根底を揺るがす現象だった。
一方で炭治郎は、その鼻によって累の身に何が起きたのか、ほぼ正確に理解していた。
憤激に顔を染め、声の限りに叫ぶ。
「むざわぁァアアアアーッ!!!!」
むざん、ね?
「僕に勝ったと思ったの? 可哀想に。哀れな妄想して幸せだった?」
赫刀の効果が消えたのか、両腕が瞬時に再生し、糸で引き寄せた首と胴体が繋がる。
「残念だったね。僕はたった今、首の弱点を克服した。あのお方の様に、より完璧な存在にウマれ変わっタんダ」
無惨にそっくりの邪悪な凶笑を浮かべる累に対して、炭治郎はただただ哀れみしか感じない。
累の相貌を流れる涙を、見逃す事が出来なかった。
「ごめん…。ごめんな…。俺には君を助けてあげる事は出来ない」
炭治郎は慚愧の念に耐えぬ、と拳を握る。
「俺に出来るのは、今から日の出まで休まずヒノカミ神楽を舞って、君を殴り続ける事だけだ」
冨岡としのぶが、ギョッとする。
「日の出までどれだけ時間があると思ってる…」
「冨岡さん、その間、技を出し続けられますか?」
「出来るわけがない。全集中常中は、そういうのじゃない」
マジか、こいつ…みたいな目で見ていた。
「絶対に逃がさない。君を殴って殴って日が昇るまで殴り続けて、日の光で確実に焼き殺す。その間、君がどんなに泣いて許しを乞うても君を殴り続ける。痛めつけ続ける。今すぐに君を助けてあげられない。こんな方法でしか君を助けられない俺を許してくれ」
おまえは鬼か。
「なラ、こういうノはどうだイ?」
累がいやらしく笑って腕を振るうと、満身創痍だった冨岡としのぶが素早く飛び起きた。
「ぐうッッ!?」
「ああッ!?」
当然、本意の行動ではない。
母鬼が使っていたものと同じ、血鬼術の操り糸だ。
家族鬼達の力は累から与えられたもの。当然、累の方がより強力に扱える。
体のダメージや負荷を無視した強引な動きに、2人の体は悲鳴を上げる。
「そんな事をしても無駄だっ! 殴って助ける!」
冨岡としのぶが、ギョッとする。
2人に対して拳を構え、今にもヒノカミファイトしようとする炭治郎。
おまえには人の心がないのか?
「待って、お兄ちゃん」
「禰豆子?」
禰豆子は炭治郎を抑え、2人に向けて手をかざす。
「血鬼術 爆血ッ!」
「っ!?」
「こ、これは…っ?」
ボウッ! たちまち冨岡としのぶは炎に包まれ、しかし、累が貼り付けた糸のみが焼き払われる。
炎は糸を伝って累にも迫るが、すぐさま糸を切ってかわされた。
「えらいぞ、禰豆子! 2人を助けてあげたんだな!」
「お兄ちゃん、少し反省しよ?」
「あ、はい」
禰豆子さん、目が笑ってない。
禰豆子も大概、炭治郎よりだが、禰豆子の炭治郎Lvを50とするなら、炭治郎は炭治郎Lv99の炭治郎なのだ。
まさに炭治郎の中の炭治郎。
要するに、禰豆子の方が少しだけ賢い。
2人の柱は禰豆子の姿に救いの神を見た。
「任せて、お兄ちゃん。ジョーゲンノさんは私が助けるから」
参だよ? さん付けじゃないよ?
賢いと言っても、所詮は少しだけだった。
禰豆子は両手を空に向けてかざし、大きく呼吸する。
「禰豆子なにをー」、と炭治郎が言おうとした瞬間、闇深い夜の山間が突然、真昼の如き明るさに照らし出された。
炭治郎も、柱も、鬼も、何事かと空を見上げて、驚愕のあまり大口を開けて固まった。
言葉もない。そこには太陽があった。
否、太陽ではない。太陽と見紛うばかりの、巨大な炎の塊が上空に浮かんでいたのだ。
「ね、禰豆子……さん?」
流石にうろたえる炭治郎。
「な…っ、ナ、な…な」
理解不能過ぎて動けなくなる累。
「……ッ、…ッ! ……ッッ!?」
口下手が悪化する冨岡。
「はわ、はわわっ、はわわわわっ」
腰を抜かして茫然自失とするしのぶ。
太陽はまだ完成していない。
禰豆子が呼吸を重ねる程に、大きく大きく膨張を続け、やがては那田蜘蛛山の全てを飲み尽くす規模にまで膨れ上がった。
山の中腹や麓にいる鬼殺隊士と隠達の混乱ぶりよ。
禰豆子の炎で直接救われた数人が「あっ」と何かを察する程度で、他はもう蜂の巣をつついた様な騒ぎ。
栗花落カナヲなど、空を見上げて「あ、終わった」と呟いた。
「出来たーッ」
上空の太陽の出来に満足し、視線を累に戻す禰豆子。
累は焦りも露わに止めようとするが…。
「まっー! ヤめ…っ!」
この星ごと消す気か、禰豆子ーッ!! と、どこかの世界線から謎の声が聞こえてきそうな光景だった。
「血鬼術……! ヒノカミ爆血ッッッ!!」
禰豆子が、ブン! と両腕を累に向かって振り下ろすと、太陽が重苦しく振動し。
この時、現場に立ち会った鬼殺隊士は、後にこう述懐する。
「太陽が落ちてきた」ーと。
那田蜘蛛山全域が巨大炎球に飲まれ、上弦の参 累が断末魔の声すら無く、一瞬で蒸発していく中、
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
炭治郎と禰豆子の耳に、感謝の声が3つ、確かに届いたのだった。
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無惨「アァーッ! 目がッ! 目がァーッ!?」
眩しさに目を焼かれて、何も覗き見出来なかった鬼の王がいるらしい…。
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(case51:お気を確かに、お館様)
その日、鎹鴉がもたらした情報が鬼殺隊本部、産屋敷邸にまた激震を走らせた。
「カァー! 鬼の妹、竈門禰豆子! 上弦ノ参ヲ撃破! カァーッ 鬼ノ禰豆子、上弦ノ参ヲ撃破!! カァーッ!!」
「はァァァアアアアアアッッッ!!?(大吐血)」
「お、お館様ーっ!?」
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禰豆子が山からログアウトするまでの犠牲者数 0人
アナウンスします
鬼舞辻無惨がまた発狂しました。
鬼舞辻無惨の脳が1つ壊れました。
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