(case10:慈悲はない)
恥も外聞もなく猛ダッシュで逃げて行く無惨を、珠世は万感の思いを込めて見る。
「逃げるな、卑怯者ッ! 逃げるなァー!!」
炭治郎の叫びに心が奮える。
憎悪と歓喜、そして期待。
かつて継国縁壱が無惨を追い詰めたのを目の当たりにした時と同じに。
今だ。この時代だ。ついに鬼舞辻無惨を亡き者とする時代がやってきた。
根拠はない。しかし、不思議な確信が珠世にはあった。
「珠世様?」
傍らの愈史郎が声をかけても反応がない。
それ程までに珠世は目の前で起きた光景に心奪われていた。
愈史郎は小さな不満と嫉妬を込めて、無様にも無惨に逃げられた鬼狩りを睨みつけ様として
「あれ?」
いなかった。
「責任から逃げるなァァーッ!!」
「何で追いついてるんだよ、おまえはッ!?」
炭治郎は無惨に並走しながら怒鳴りつけていた。無惨は驚き過ぎて目が飛び出しそうになってる。
愈史郎は困惑した。
何で追いつけるの? 鬼の王の全力疾走ぞ?
「むーッ!!」
「だから何で追いついてるんだよッッ!?」
左には炭治郎。右には禰豆子。
無惨は竈門と竈門に挟まれた。無惨 in 竈門。よく燃えそう。
「むぅ!」
禰豆子が放った血鬼術の炎を天高く跳躍して回避する。
だが、眼下を視界に収めようと振り向いた無惨の目の前には炭治郎がおり、首には刃が迫っていた。
(こいつ…ッ)
何この超反応。こいつ柱より強くない?
そんな思考を最後に、いっそすり抜ける様な優しさで炭治郎の刃は振り抜かれていた。
「水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦!」
静かに。あまりにも静かに無惨の首が、ポロリと落ちる。
(なんだ? 斬られたのか? まるで痛くない。苦しくもない。優しい雨に打たれているかの様だ)
いやそれ、伍ノ型 干天の慈雨。
歴代水柱も、まさか鬼舞辻無惨を慈悲の剣でブった斬る馬鹿がいるなど、夢にも思わなかっただろう。
なお、無惨は首を斬られても死なない。
上空で無惨の首と体は千を超える肉片に爆散し、まんまと逃げおおせてしまった。
無惨流逃走術究極奥義『汚ねえ花火』。継国縁壱にしか使った事のない伝説の一発芸である。
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鱗滝「だから! 技はちゃんと覚えろとあれほど!!」
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(case:11月彦さんはもういない)
愛する夫が。大好きな父が。
突然ブッ飛ばされて。
見知らぬ少年少女にタコ殴りされ。
人とは思えぬ気持ち悪い動きをして。
火達磨にされ。
妻子を置き去りにして逃げ出した挙句。
首を斬られて。
空高く、肉片花火となって爆散した。
なんだこれ、酷い。酷過ぎて月彦さんとの幸せな日々の思い出がガラガラと崩れてゆく。
鬼舞辻無惨に、月彦さん生活終了のお知らせをお送りします。
今日一番可哀想な母娘は、お空の汚い花火をとっても煤けた目で見上げるのだった。
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母「たーまやー……」
娘「かーぎやー……」
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(case12:煽り耐性ストロングゼロ)
無惨は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の鬼狩りを除かなければならぬと決意した。無惨には誇りがわからぬ。けれども侮辱に対しては、人一倍に敏感であった。
要は精神年齢がひっくいのである。
そんな『むざんくん1000さい』を怒らせた結果、炭治郎は無惨自らの手で刺客を放たれる事になってしまった。
べべん
人気の無い路地裏に何処からともなく響く琵琶の音。
「遅い! 何故私を待たせる!」
「は。申し訳御座いませぬ」
割と理不尽な叱責に、現れた六つ目の侍は心得たもので、口答えもなく平伏する。
「花札の様な耳飾りを付けた鬼狩りを殺せ。今すぐだ!」
「…っ」
侍の瞳が微かに揺れた。
「日の呼吸の系譜は根絶やしにしたはずだったな。だと言うのにこれはどういうことだ!?」
「私の不手際です。申し訳御座いませぬ」
「私は貴様に失望している。これ以上の失態を見せるな!」
「は。ただちに成敗してご覧にいれます」
上弦の壱 黒死牟、出陣。
炭治郎が無惨のヘイトをカンストまで稼いだ結果。
煽り耐性ゼロとは、こういう事である。
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縁壱「お労しや、兄上」