(case16:縁壱と巌勝)
黒死牟はとにかく話した。
飲み込みが悪い、を通り越して飲み込んでくれない炭治郎に、それこそ無惨に話した事もない胸の内まで。
もはや意地である。全ては後腐れなく炭治郎を叩き斬る為に。
自分がかつては縁壱の兄、継国巌勝であったこと。
鬼殺隊の剣士であったこと。
日の本一の侍を志していたこと。
その為に妻子も地位も捨て、剣に生きたこと。
縁壱の才能と強さ。縁壱への憎悪と嫉妬。
無惨の誘いに乗り、鬼殺隊を裏切って鬼となったこと。
全ては技を極める為。
そして、今なお彼を蝕む最大の屈辱。鬼にまで成り果て、衰えぬ体で60年の研鑽を積んでなお、老いて今際の際にある縁壱に勝てなかったこと。
『お労しや、兄上』
縁壱との最期の会話が、呪いの様にこびり付いて離れないのだ。
だから縁壱と少しでも関わるもの、日の呼吸に連なるものは、全てこの世から消さねばならない。
だから炭治郎を殺す。例え無惨の命令が無くとも、絶対に貴様を生かしてはおかない、と断言した。
話は終わった。黒死牟は血鬼術の産物である異形の刀を握る。
瞑目して静かに黒死牟の話を聞いていた炭治郎は、スッと目を開くと
「この大馬鹿者めぇぇえええーッ!!」
バッチィィイイイイイインッ!!!
いきなりのビンタ!
愈史郎は白目を剥いて倒れた。
珠世はすでに倒れている。
だが、愈史郎なら空中で10回転はしているビンタを受けても、黒死牟は座した姿勢から動かない。
首がちょっと変な形に曲がっていたけど、すぐ治った。
「……何の真似だ、小僧」
殴った事ではない。何故、剣を抜かなかったか、だ。
「弟が何を伝えたかったのかも分からないのか!? おまえはそれでも長男か! 馬鹿な奴だ! 情けない奴だ!!」
おい、待て。馬鹿のくせに人様を馬鹿と言ったか? 天が許しても地の文が許さんぞ。
当然、黒死牟だって許さない。
「縁壱が考えていたことなど分かっている…っ 大方、私を哀れんでいたか、鬼に身をやつしてまで弟を越えられぬ私を嘲笑っていたか…! いずれにせよ、許す事は出来ぬ」
『お労しや、兄上』
ああ、またあの声が耳の奥で響く。許さぬ、許さぬ、許さぬ。
「弟を捨てて、妻子を捨てて、家を捨てた。おまえは長男じゃない!」
人間を捨てた事はいいのか。
炭治郎の中では、人間<長男 らしい。
「俺も長男だ。長男失格のおまえよりも、ずっと凄い長男だ。だから、おまえには分からなかった事も、俺には分かる!」
「……言ったな、小僧」
黒死牟は異形の刀、虛哭神去(きょこくかむさり)の刃を、ヒタリと炭治郎の首に添える。
つまらぬ答えなら、その首を落とす。鋭い六つの眼光が語っていた。
炭治郎は真っ直ぐに見つめ返し、突き付けられた刃に手を添えて、そそっとどかした。
「いや、そこは受け入れろよッ!」
愈史郎は立ち上がって叫んだ。
炭治郎は何を言ってるんだろう、みたいに怪訝な顔をして
「だって喋りにくいから」
「そうかもッ! しれないけどさァ!!」
「(・ω・)???」
「その顔やめろ!」
「……構わん」
部屋の天井、壁、畳、至る所が一瞬で斬り裂かれる。
刀を振るった様子など全くなかった。
「月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦…。どこにいても私の間合いだ…。逃げられはしない」
ダメだ、これ。愈史郎は尻餅をつき、もうどうしようもない事を悟る。
「…小僧、貴様に縁壱の何が分かる。貴様に分かって私に分からなかった事とは何だ」
『お労しや、兄上』
あの日の言葉に真意があるのなら、自分が見落とした真実があるのなら。
「……答えろ、小僧」
炭治郎はひとつため息をついて、
「言葉通りだよ」
「……なに?」
「だから言葉通りなんだ。そこに哀れみとか嘲りなんてものはない。弟の言ったことを、ちゃんと思い出してみろ」
「……なにを、言っている…」
困惑する黒死牟。
『お労しや、兄上』
炭治郎が言っていることが分からない。あの言葉に他のどんな真意があるというのか。
炭治郎は黒死牟を悼ましげに見て、意を決し口を開く。
「おまえの弟はその日、『おいたわしい』と『老いた儂』をかけていたんだ」
「……………は?」
……………は?
「つまり、老いた儂や兄上、と言いたかったんだ」
本当になに言ってんのッ!?
「確かにっ、言葉通りだけどさァー!!」
愈史郎は堪らず地面を殴りつけた!
縁壱が人生の最期に遺した想いを、激うまギャグの様に…っ!
炭治郎の中で縁壱は、命を振りしぼって一発ギャグを披露しに来たじーさんになってしまったのか。
「…………縁、壱…」
だが、黒死牟には何かが刺さった様だった。嘘でしょ?
その時、黒死牟の脳裏に甦える存在しない記憶!
自分や兄上。
かたや見る影もなく老いさらばえ、かたや面影も怪しいほど鬼に堕ち。
もう、あの日の兄弟の姿はどこにもない。
だが、それでもここにいるのは自分と兄上だと、道を違え果てまで行き着いても、自分達は兄弟なのだと。
一抹の悔い。この様な姿になってまで力を求めるのが、かつて自分が目指した、この国一番の侍なのか。
だが縁壱は、そんな悔恨と後ろめたさまで見抜いて、それでも尚
「我らは兄弟だと、伝えに来てくれたというのか……っ」
いや、違うんじゃない!?
あれ? それとも一周回って逆に合ってる? わからない。もう正解がわからない…っ!
「それを……っ それを私は……!」
懐から取り出した小さな笛を握りしめ膝をつく黒死牟。
それはかつて自分が縁壱に贈り、弟の形見となってしまった、手作りの拙い笛だった。
「……無念だ…………すまない、縁壱…」
うな垂れ、搾り出す様なその声は、別人の様に弱々しく聞こえた。
あと、後方腕組みしてる炭治郎は、絶対に何もわかってない。
どれほど経ったか、黒死牟はゆらりと立ち上がる。
「……私は己に見切りをつけた。故に、小僧」
1つ頼みたい事がある。そう言う黒死牟に、炭治郎は強く頷いた。
その日、鎹鴉がもたらした情報が鬼殺隊本部、産屋敷邸に激震を走らせた。
「カァー! 階級癸、竈門炭治郎! 上弦ノ壱ヲ撃破! カァーッ 竈門炭治郎、上弦ノ壱ヲ撃破!! カァーッ!!」
「はァァァアアアアアアッッッ!!?(大吐血)」
「お、お館様ーっ!?」
上弦の壱 黒死牟、改め、継国巌勝。1人の侍として、切腹により果てる。彼の望みに応じて、炭治郎が介錯したのだった。
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縁壱「お労しや、兄上」
巌勝「……すまなかったな、縁壱」
アナウンスします
『時透無一郎の死亡フラグが消滅しました』
『不死川玄弥の死亡フラグが消滅しました』
『悲鳴嶼行冥の痣発現フラグが消滅しました』
『不死川実弥の痣発現フラグが消滅しました』
『鬼舞辻無惨が発狂しました』
『新たな上弦の鬼の誕生フラグが発生しました』