ダンジョン武器   作:たか高菜

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キメラ

その場にいた誰もが、そのキメラを見て呆然とするか戦意を喪失してしまっていた。

 

「リン、ホルム!戦闘準備!」

 

唯一ファリンを知らないパーティーのカブルーのみが迎撃態勢を取る。だが、他のパーティーの指揮系統が働かなければ意味がない。通常炎竜のような巨大な魔物には複数のパーティーによる連携が定石だが、一部が機能しなければ一瞬で瓦解してしまう。

 

「ファリン!私の事が分かる!?ファリン!」

 

動揺したマルシルが駆け寄ろうとしたところをチルチャックが抑えるが、ライオスもシュローも異形の彼女を前にして反応が遅れている。それを見て、俺も瞬時に判断を迫られてしまう。

 

「全員!扇型の包囲陣形を取れ!殺す気で掛かれよ!?」

「狩人!?」

 

俺が前に出て威嚇するように大剣の切っ先をファリンに向ける。

直感で分かる。生け捕りなんて甘い事を考えていれば、やられるのはこっちだ。今のライオス達にその判断は出来ないだろう。

そうしている間にも、ファリンの巨体が屋根から飛び出して着地する。前足で掴んでいたマイヅルが地面に叩きつけられて血のシミが出来上がる中で、より鮮明に観察できるファリンの姿を捉え、愕然となる。

今の動きだけでも炎竜よりも身軽で小柄だと分かる。という事は、あの時と比べでかなり俊敏に動けるという事だ。正直、今の装備ではきついがやるしかない。

 

「掛かれ!」

 

掛け声とともに、カブルーのパーティーにいたコボルドとドワーフが両翼から仕掛ける。攻撃を受けて悲鳴を上げる彼女に向かって、此方は正面からオーガと接近戦を仕掛ける。

 

「頭部を狙え!」

「あいあい!」

 

オーガの巨体ならば、ファリンの本体を狙う事が出来る。棍棒を振りかぶって狙いを定めようとする彼女と共に接近する。ガルクがかく乱してくれるおかげで、彼女の狙いは此方に来ていない。一撃さえ見舞えれば後で蘇生なりでどうとでもなる。

 

「ま、待て!」

「えっ………!?」

 

だが、オーガはシュローの静止が届いてしまい攻撃の手を止めてしまう。それはつまりファリンの目の前で無防備になってしまうことと同義だ。

 

「バッ……!」

 

何やってんだ!?

 

ファリンの鋭い敵意がオーガを射抜き、直感的に姿勢を低くすると頭上を掠める様に下半身をひねって鞭のようにしなった炎竜部分の尻尾が鞭のようにオーガの身体を捉えて吹き飛ばす。

 

「くっ………!」

 

頭上ではファリンが切りつけたドワーフを持ち上げている。彼女の斧によって出来た傷に重ねる様に大剣を叩きつけると、肉にめり込む感覚と共に悲鳴が上がるが、傷口が燃える事は無い。やがり炎竜の体質がそのまま反映されているのだ。

頭上ではゴキリという音と共に、ドワーフの身体が力を失って地面に落ちる。一度距離を取るとどこからか現れた水の塊が刃となってファリンの羽を傷つけたおかげで、狙われる事は無かった。ノームあたりが召喚したウンディーネか?

 

「や、止めて!彼女は混乱しているだけなの!」

 

始まってしまった戦闘を目撃して、マルシルがなんとか場を収めようとするがそれは無理な相談だ。

 

「いい加減にしろよ。アレはただの――――魔物だ!」

 

カブルーの怒りに満ちた言葉に、ライオスの身体が強張る。正面切って大事な家族を魔物と認識された事へのショックか、今は判断しようがない。

この間にも、ファリンの手が光に包まれたかと思えばその手をウンディーネに突っ込み、一瞬の内に蒸発して消え去ってしまう。

魔法も使えるのかよ。もう何でもありだな。

もう一度仕掛けようにも、前衛を担う数が少なくなってしまっている。使えそうなコボルドもファリンに捉えられ、炎竜の前足に叩き潰されてしまう。

 

「少しだけ時間をください。僕に策があります」

 

鎧を脱ぎ捨てたカブルーが背後からそう言うのなら、俺としても信じで行動するしかない。敵意をこちらに向けるファリンとの距離をじりじりと測りながら、カブルーの魔術師の詠唱が終わるのを待つ。

 

「離れて!」

 

黒髪の魔術師が呪文を唱えた刹那、眩い閃光がファリンの身体に叩きつけられる。電撃魔法をまともに喰らったファリンの身体が崩れ落ち、それを狙って大剣を振り下ろそうとする。

 

「…………つっ!」

 

だが、視界に白い羽が広がって大剣の一撃は羽に当たり致命傷には至らなかった。ファリンが羽を使って防御したと認識すると同時に、襲い掛かる前足の爪から逃れようとして姿勢が崩れる。

結果的に、俺はファリンの目の前で防御姿勢もなしに無防備を晒すことになる。

 

だが、これでいい。俺の役割はファリンの注意をこちらに向けることにある。

 

「ファ………ファリーン!」

 

ライオスかシュローの悲鳴が上がる。

背後に回り込んだカブルーがファリンの首をナイフで掻っ切り、休む暇もなく肺、心臓と腎臓に刃を突き刺していく。人にとって急所となる部位を的確に狙うそれは、幾度となく行われたように思える。

血を噴き出して沈黙するファリン――――このまま終わるかと思ったが、ファリンは背後にいたカブルーを掴むと背面から回して彼を地面に叩きつける。

 

「チっ!」

 

やはりキメラという事もあり、臓器を複数所持しているようだ。人間の方の臓器を潰しても、竜のものが補填する。

 

地面に横たわったカブルーに羽の指を叩きつけようとするファリンを、ライオスが剣を炎竜の前足に力いっぱい突き立て止めた間に、彼の身体を引きずって安全圏に退避させる。

相手が相手だから戦意を喪失したと思っていたが……やるじゃないか

 

「すまない………」

「謝罪はいいから、何か策くれ!」

 

ファリンの攻撃を避けながら、ライオスに要求する。

正直限界に近い俺よりも、魔物に関する知識が深いライオスなら、機転が利くのではないかという期待があった。

 

「ファリンの魂は今は迷宮の主の支配下なんだと思う。今彼女を殺せば、また彼が現れるかも」

 

そうライオスが告げた途端、ファリンの前足の叩きつけによって彼との距離が空く。

もしもその仮説が正しければ状況は絶望的だ。ファリンとの戦闘で疲弊した俺達の元に狂乱の魔術師だと?ふざけやがって。

殺してでも彼女を止めることが最善かと思っていたが、初手から誤っていたとは俺もヤキが回ったな。

 

「――――撤退しよう!魔物ならば、結界まで追ってこない!」

「………シュロー達と怪我人を結界迄運んでくれ!」

 

遺体は動かさない方がいい。新鮮な血肉がない現状では残る血の一滴も、蘇生の際に無駄には出来ない

俺は、ここでライオス達が怪我人を撤退させるまでファリンを足止めする。

 

「それは駄目だ!」

 

シュローのパーティーを一蹴した程の力を持つファリンに一騎打ちを仕掛けるなど、自殺行為だとライオスは反論するがファリンの尻尾が振り下ろされて更に距離が空く。

 

「邪魔なんだよ!とっとと行け!」

 

ここで言い争っていても時間の無駄だ。ライオスは苦渋の表情をしたかと思えば踵を返してシュローの許へと引き返す。

ライオスが消えた事で、ファリンの標的が俺へと集中する。共に並び立つガルクが唸り、俺も大剣を握りしめる。

思えばライオス達と出会う前はこうして戦っていたのだ。今更それが戻ったとしてもどうという事は無い。

 

「さぁて、久々のソロハントだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ファリンが恐ろしい姿で襲い掛かった現実に呆然としていたシュローを叩き起こして怪我人を結界内に押し込んだライオスは、急いでファリンと戦っている狩人の許へと向かっていた。

 

「ライオス。あれは―――――」

「説明は後だ!すぐにでも応援に向かわないと!」

 

あのファリンと一騎打ちで戦うなんて無茶だ。炎竜の装備とそれを造れるだけの戦闘経験をもってしても苦戦は必須だ。

動けるメンバーを率いてたどり着いたライオスが見たものは

 

「な――――」

 

たった一人でキメラと戦う狩人の姿だった。

襲い掛かる前足を楯替わりにした大剣で軌道を逸らし、地面に叩きつけられたそれに大剣を振り下ろす。動きの遅い大剣の隙をガルクが埋め、ファリンから繰り出される攻撃を避けつつも大きな隙が見えるとすかさず攻撃を積み重ねる。ファリンとの体格差も力も大きい筈なのに、互角に渡り合えている。

ガルクと狩人の連携は、まるで言葉を交わさずとも意志が通じ合っているように見える。そうでなければこうも炎竜の身体を持つ彼女と戦えない。

 

目の当たりにして初めて分かる。彼は幾度となくこんな死地を一人で切り抜けてきたのだと、そこに自分が付け入る隙が無いという事も。援護をしようにも、今この戦いに入れば邪魔になるだけだと分かる。

だが、こんな戦いを続けていて身体が持つとも思えなかった。

 

「――――ハハッ」

 

え?

 

最初は聞き間違えだと思っていたそれは、次第に通路に響く声に確信へと変わっていく。

嗤っているのだ。彼は………自分が今にも死ぬかもしれないこの状況下で、ファリンと命の競り合いをして、この戦いを愉しんでいるのだ。この狂気的な戦いを。

 

「はははははははははははっ!」

 

仮面の下にある顔に狂気的な笑みが張り付いていた事は、ライオスも彼自身も知らぬことだ。全身にピリピリと伝わる殺気も襲い掛かる一撃必殺の攻撃を一つ一つ避ける緊迫感も、自分が生きようとする興奮剤に変わって更に動きが鋭さを増す。

 

これだ、この感覚だ。

 

この装備の元となったワイバーンと戦った時もそうだ。敵意に満ちた目を向けてくる生命として圧倒的上位の存在。それに立ち向かう興奮と恐怖が、一緒くたになって血のめぐりと共に全身を駆け回っている。

こんな危機的状況、もう笑うしかないじゃないか。

幾度となく振り下ろされた大剣の最後の一撃によって炎竜の前足の指が千切れ、悲鳴が上がる。手負いにはしたが、流石にもう限界だ。大剣を振り下ろすのも指で数えるほどの力しか残っていない。

 

 

「――――」

 

口から血を垂らすファリンの口が呪文を紡ぐ。

 

「あの術――――みんなは私の傍に!」

 

マルシルが告げると同時に、ファリンの魔法が発動する。地中から現れた無数の刺が襲い掛かり、真正面から巨大な刺が身体を貫かんとしたものを大剣で受け止める。

 

「――――っ!」

 

だが、襲い掛かったそれの勢いを殺すことが出来ずに身体が吹き飛ばされて宙を舞う。浮遊感と共に地面に叩きつけられ、痛みに呻きながらも立ち上がろうとするが身体に力が入らない。

 

「くっ…………」

 

流石に無茶をした。痛む体を引きずってファリンを見れば、未だ彼女の視線は此方を捉えて離さない……

 

あぁ、そういう目だ。

 

殺気に満ちた敵意をむき出しにしたそれは、幾度となく対面し戦ってきた魔物が向けて来た目と同じものだ。これまでもそれらと向き合って戦って、生き抜いてきた。

彼女の目も、生きようと足掻こうとしている目だ。けど同時に、それは人間の目ではない。

 

もう、食卓を囲んで笑い合い、俺の鎧に目を輝かせていた彼女はいないのだ。

 

此方はもう立てそうもないが、ファリンの巨体はふらついている。今までの激戦とさっきの広範囲の強力な魔法のおかげで、疲労が蓄積しているのだ。

流石に分が悪いと感じたのか、ファリンは踵を返して屋根へと駆け上がり、ハーピーと共に屋根の向こうへと姿を消していった。

マルシルの防御人で無事であったライオスが大丈夫かと駆けよって来るけど、それに応える気力もなく気絶するように寝落ちしてしまう。チルチャック用の双剣とか夜通しで作っていた所為もあるだろう。

 

 

「――――だ、大丈夫か!?」

 

駆け寄ってきたライオスに応えるとこも出来ずに、意識はそのまま落ちていった。




始めてティガレックス討伐した時は心臓バクバクでした
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