迷宮の魔術師を倒す為に下層へと向かう事を決意した途端、迷宮は誘うように下層へと続く道を開いた。
「嫌な感じだ」
目の前に広がる下層へと続く階段……そこに続く血の跡は恐らくファリンのものだろう。彼女もここを降りて下層に姿を消したようだ。
この第六階層に関する情報は地上でも少なくばらつきもあったので信憑性が薄い。
ライオスから話を聞く話によれば、精神攻撃に長けた魔物が多く生息するというが………
「うッ」
古代ドワーフが創り出した坑道を利用した地下通路は街の足元全体に張り巡らされていて、迷い込むと迷路にハマる事になる。
かつては物流の要として使われていたそこは、吹雪と見まごう程の冷気と雪が駆け巡っていた。
「おかしいな、六階層はもっと蒸し暑い筈なんだけど」
ライオスが疑問を抱くが、チルチャックにはこの道は見覚えがあった。この道の先で、炎竜と遭遇して全滅しかけた苦い思い出がよみがえる。
なにせ壁や道が動く迷宮だ。突然気温が変化してもおかしい話ではない。だがこうも足元に雪が積もっていると、ファリンが遺した血の跡が無くなって追跡は不可能だ。
とりあえず、彼らが全滅しかけた場所まで行くことが決定された。運よくダンジョンクリーナーの餌食になっていなければ、荷物の回収も期待できる。
「それで、あんな張ったりかました以上策はあるんだろうな?」
策というのは、先ほどライオスがシュローに向けて放った言葉………狂乱の魔術師を倒すという決意表明に関してだ。
この迷宮をつかさどる彼に対抗するには、生半可な装備や策では通用しない。問われたライオスは、一つの見解を述べ始める。
ファリンはデルガルという人物を探していて、それは炎竜が元々受けていた命令が蘇生の際炎竜の肉体を使った為に起こったのではないかと。
デルガルという人物には聞き覚えがある。一閃前に滅びた黄金の都……その最後の王だ。この迷宮にはその彼を湛える言葉や記録があちこちに刻まれている。
だが、彼はこの迷宮が発見された際、とある言葉を残してチリとなって消えたはずだ。
「じゃあ、狂乱の魔術師はとっくに消失した国王を探して竜を使わせたり迷宮を改造したりしているのか」
「魔術師は……過去に先王を目の前で殺されて以来、息子のデルガルが同じ目に遭う事を怖れている。それで俺達を暗殺者ではないかと疑い、攻撃してきた」
…………なんだ?妄想の話か?
かつての黄金の国の記録の殆どは残っていない。だがライオスのいい様は、まるでその現場を目撃したかのような確信的なものが有った。
「いや、実は行ける絵画の中で狂乱の魔術師にあったんだけど……そこで知った!」
………はぁ!?生ける絵画!?嘘だろ!?
あの取り込まれたら二度と戻れない魔物から逃げおおせたって言いうのか!?
仲間も知らなかったらしく、そんな重要な事を言わなかったライオスに怒りのままに雪玉を投げつけている。
「何で生ける絵画の中に入ったんだ?」
「いや、絵画の中で、飯を食べれば空腹を満たせるんじゃないかと………」
結局飯かい!お前の関心本当に飯か魔物にしかないんだな!?
だがこれで、重要な事実が分かった。少なくとも狂乱の魔術師には目的がある。もう二度と果たされないであろう目的がだ。
「ともかく、王の敵だと思って俺達に襲い掛かってきたのなら、対話で誤解が溶けるかもしれない」
「どうかな」
その希望的観測には、正直言って同意しかねる。
「迷宮の主がキメラを作り出し始めたのは、精神汚染が引き返せないレベルまで進んだ証拠だ。おそらくデルガルの失踪が起因している」
あの魔術師には、もう炎竜の肉体から蘇生されたファリンと炎竜を同一視しているように見える。だから、完全な炎竜ではなくファリンのキメラを作り出したのだろう。
唯一の精神的な支えを失った彼は、バランスを失って一気に狂気へと傾倒していく。そんな奴がまともに話し合いをするとは思えない。
「あのファリンには、これまで出会った魔物のような生物的な合理性が全く見受けられなかった」
それを証明するように、あのファリンは生物的な欠点がいくつもある。ライオスも気づいているのか表情は固く、マルシルは苦悶の表情で杖を強く握る。
「対話を試みるにしても、それはまず彼を無力化しなければ始まらないだろう」
「………詳しいんだな」
利き手に回っていたチルチャックが問う。
チルチャックも冒険者としての経験は長い方だが、狩人の見解はどれも初めて聞くものばかりだ。特に狂乱の魔術師に関する見解は、どれも説得力がある。
まるで、これまでも迷宮の主と対峙してきたかのように
「ここに来るまで、色々とあったのさ」
そう、色々とね
とはいうものの、やはり狂乱の魔術師に会うにしてもこの迷宮を無事に攻略しなければいけないのは事実だ。
そんな俺達の行く手をはばむかのように吹雪が襲い、目も開けない状態の中を抜けて牢獄跡に到達したかと思えば、俺達はそれぞれ5人に増えていた。
「「「「「えっ!?」」」」」
一瞬どこからか幻術魔法をかけられたと思ったが、ライオスが冷静にこの状況の原因を推察してみせた。
シェイプシフター………深い霧や吹雪の中を歩くと同行者が増いつの間にか増え、本物に気づかないままに眠ると、本物を食べてすり替わってしまうという。
それを聞いてみんな慌てて休憩する暇もなく本物探しだ。
どうやら造られた偽物は対象の身近なものから思考を読んで偽物を作り出しているそうだ。つまりここにいる偽物たちは、全員の各々の視点から見た自分達であり、人によって受ける印象の差異がある。
ライオスの偽物は、直ぐに魔物に関する知識を披露した者以外は偽物と断定され、速攻牢屋にぶち込まれた。マルシル達も一見して分かる偽物……顔立ちや装備品の杜撰なものを除いてしまえばいい。
マルシルは魔術書、チルチャックはピッキングツール、センシは調理器具……書くいう俺は大剣から判別してもらい、互いに二人まで絞られた。
だが、ここからが問題だ。
「よし、食事にしよう」
「この状況で!?」
「視覚での判断はもう無理だよ。何時もの行動を見て判断するしかない」
唯一一人残ったライオスが、その様子を観察して偽物と本物を判別するという。
………不安だ。
はっきり言ってライオスは、他人への関心がない。それはつまり他人に対して意識を割かない為、記憶力が曖昧という事を意味する。
根拠はある。俺の偽物の中に鎧に関して細部まで再現された個体があったのだが……いざ兜を脱ぐと不細工な人形のような顔が出てきたのだ。
アレはライオスの記憶に違いない。そんな奴の観察眼をどうして信用できる?
ライオスからすれば仲間からの信頼を取り戻す機会だと思っているのかもしれないが……
「アイツの事だ。偽者の方に魅力を感じる可能性もある」
……ありうる。
それから言われるがままに調理を開始すると、ライオスは各々の行動の差異を注視し始めた。
分けられた材料から各々料理を作る事になり、俺も一人で調理する事になる。与えられたのは茸とハーピーの卵、と調味料少々………さて
「あれかな」
素材回収用の空瓶に調味料と食材を一緒くたにしてかきまぜたものを詰め込む。自前の鍋に薄く水を張って瓶を置き、蓋をして加熱……しばらく待つ。
その間は手持ち無沙汰になるので、武器の手入れをし始める。対して偽物は調理の具合を注視していて、ライオスはそんな俺達を観察した後次のペアへと向かっていった。
やがて各々が調理を追えてごちそうが並ぶと、さっきまで考え込んでいたライオスが口を開く。
「ではみんな食べながら聞いてくれ……俺が本物だと思ったのは」
チルチャックA!
マルシルB!
センシA!
狩人A!
「――――というワケで、偽物のみなさんは速やかに檻の中へ………」
「ちょっと待ったー!」
「これが本物ってどういう判断だ!」
足りない。明らかに説明が足りない。これでは本物であろうが偽者であろうが異議を唱えるだろうし、ライオスへの信頼も失われてしまう。
「ライオス。一ついいか」
臨戦態勢に入りかけた皆を制して、ライオスに問いかける。
「お前が確信を持って判別したのならいいが。その判断基準を俺達にも説明してくれ」
ライオスが判断を下した以上、そこには何かしらの理由がある。それを話さないのは彼の性格によるものだろうが、正直言って欠点としか言いようがない。
「お前ひとりが納得しても、他人の信頼は得られないぞ」
言われ、自分の言葉足らずの自覚が来たのか、ライオスは視線を宙に泳がせてから静かに皆を見渡した。
「俺が着目したのは、魔物との距離だ」
まず木箱にチルチャックが座った事。ああいう場所はミミックやテンタクルスの絶好の隠れ家だが、それを全く気にしない様子が気になった。
センシは発言の中に卵をあるだけ集めたという生態系のバランスを重んじる人間にしては配慮に欠ける言動があった事。
最後にマルシルがゆで汁を杜撰に捨てた事……ウンディーネを警戒するならばあの行動はうかつだが、それが逆に本物らしいと思った。
狩人は、偽物の方が武器を背中につけたまま壁に寄りかかっていた事だ。戦闘のプロフェッショナルである彼が武器を振るえない状態にあるのは違和感を感じたそうだ。
「………成程」
言われてみれば、確かに説得力がある見解だ。しかしそんな明確な理由があるのならもう少し早く言えばいいものを………
各々も納得したのか、互いに力を合わせて最後の偽者たちを牢屋に押し込むことに成功した。
「それで?本体はどうするよ」
偽者を全員捕らえたとはいえ、本体のシェイプシフターは未だ健在だ。当初の健闘が外れた今、その魔物がどのような行動を取るのかは見当もつかない。ガルクがいれば匂いで分かるのだが………
ライオスの方も、索敵の要である剣はこの寒さで活動を停止しているようだし
「…………久々にやるか、アレを」
言うと、ライオスは突如四つん這いになって風下の方を向き―――――
「――――ワン!」
え?
皆が驚く中で、彼は風下に向かって吠え続ける。その姿や声、仕草はまんま犬………ガルクにも似通った特徴があった。
うまい。普通に………実家で犬を飼っていたとは聞いていたが、まさかここまでうまいとは思わなかった。
「あっ!幻が………!」
偽者が消えるのと同時に巨大な尻尾をいくつも束ねた白い狼が姿を現す。そのまま役に入り込みすぎたライオスが四つん這いでとびかかろうとした所をマルシルが爆破魔法で狼の頭部を吹き飛ばして事なきを得た。
「なんでとびかかったよ」
「ちょっと役に入り込みすぎて…………」
うん。見ててて思ったよ。
シェイプシフターの本体がやられた事で幻も消え去り、作っていた料理も未完成のままだったので作り直している間、倒れたシェイプシフターを見て一つ思いつく。
この毛皮を外套に出来れば、これからの深層の寒さにも耐えれるだろう。一応剥ぎ取っておくとしよう。
狩人はシェイプシフターの毛皮を入手した
作業が終わると、既に他の面々の調理も完了していたので席について飯にありつくことになる。
「茶でも入れるか」
マイヅルから頂いた食材の中に茶葉があったことを思い出したセンシが袋に手を伸ばすが空を切る。食糧袋が姿を消し、米が足跡の様に独房の一室に続くのを見た俺達は警戒しながら中を確認するがそこには何もない。
これは―――――しまった。
「キャッ!」
マルシルの悲鳴が上がり、振り向けば黒頭巾を被った人間がマルシルを組み伏せていた。
やられた。人員を分散して一番手っ取り早い人間を人質にするなんて安い手に掛かるなんて。
「武器を捨てて動くな―――――平和的に話し合おうじゃないか」
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