ダンジョン武器   作:たか高菜

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バロメッツ

洞穴の中での休息の後、イヅツミには元々ナマリの服であったものがあてがわれた。いくら獣人である彼女でもこの寒さは応えるようだ。

 

その道中、センシがマンドレイクの甘露煮を携帯食として手渡してきたものに関してひと悶着あった。イヅツミが食べることを拒否したのだ。

 

「魔物なんか食べたら変な病気に掛かって魔物になるんだ。だから嫌だ!」

「魔物を食べるだけで魔物になれたら苦労しないんだが」

 

俺達はもう数日間魔物ばかり食べているから、そういった感覚は新鮮に感じる。

まぁ、ダンジョンの外ではこれが普通なのだ。ダンジョンは一攫千金を求める人々がい行きかい、嫌でもその近場は流通が盛んになって数年も経てば街へと発展する。

だが、迷宮や魔物とかかわることなく普通に生きて暮らしている人間には魔物一匹でさえ重大な事態だ。魔物という未知の存在を忌避し、それはやがて信仰になる。

だが、そういった悪いものを取り込む気分になるという感性は馬鹿にできるものではない。

魔物と動物の違いは、活力の多くを魔力で補い、その副作用として過剰な攻撃性を獲得してしまう事だ。濃すぎる魔力は動物には毒であり、それは人も同じこと。

人と近しい生物から新しい病気も発生する事もあるのだが………

 

「これ美味しいね」

 

魔物を食べながらそれを言っても、説得力ないと思うぞマルシル。

観れば、チルチャックが憐れむような表情で彼女を見ている。魔物を食べることを拒否していた彼女がいつの間にかそれを受け入れてる現状に憂いを抱いたのかは定かではない。

休憩の後の道中も、やはり安易なものではなかった。進むたびに降り積もった雪がゆく手を阻み、吹雪の激しさが増して近くの洞窟への非難を余儀なくされたしまう。

シェイプシフターの毛皮は、そんな中でも防寒用具としてかなりの効果を発揮してくれた。道中仲間が見失いかけることが幾たびかあったが、この寒さのおかげで微かな脂と肉が腐敗する事もなく、寒さから守ってくれている。

本当ならすぐにでもなめし液につけてやりたいのだが、贅沢は言っていられない。

 

「今日はこの当たりで野営をするか」

 

吹雪の中の進行で、センシも疲弊していたのか洞窟で座り込むとすぐに眠ってしまった。流石に起こすのもアレなので、自分たちで作るしかない。

残っている材料は夢魔とマンドレイクに卵と茸………見知らぬ材料だが、何とかなるだろう。

だが、そこで不満を持った者がいた。

 

「嫌だ!私は食べたいものしか食べない!」

 

魔物以外の食材もあるだろうと問い詰めるイヅツミを、ライオスは説き伏せようと試みる。

魔物を食べて自身が魔物になる事は無い。

ヒツジや豚を食べた人間がヒツジや豚に変わる事もない。植物しか食べない牛が植物になる事は無い。

動物は食べたものを消化して、栄養に変換できる特別な力があるのだ。それは、魔物にも同じこと。

 

「だから人は苦労して試行錯誤してるんだよ」

「うるさい!うるさい!!じゃアレは何だよ!?」

 

アレ?

たった今入って来た入り口の反対側………彼女の指す方を見れば巨大な空間があり、そこに背丈の高い樹の上に羊が生っていた。

いや、本当にそう形容するしかないのだこの姿は。

 

「バロメッツだ………何もこんなタイミングで現れなくても」

 

アレはそう言った植物なのだが、イヅツミから見ればただの羊でしかない。御託は沢山だと言わんばかりに、彼女はあの羊を捕まえようと洞窟から飛び出していく。

 

「バロメッツって魔物なの?」

「魔力を養分とするのは間違いないが、あれ自体には害は無いよ……けど」

 

アレを目当てに肉食の獣が集まるのだ。うかつに近づけば鉢合わせることになる。ライオスと共に広間へと降りて慎重に近づく。だが周囲には無数の穴があり、どこから出てくるのか全く分からない。

だが、

「マズイ、ダイアウルフだ!」

 

剣を構えるライオス。狩人も大剣を構えるが、イヅツミが戦線に加わる様子はない。むしろ、戦闘が開始すると近くの洞穴に向かって足早に立ち去ろうとするものだから、狩人は腰からはぎ取りナイフを取り出してそれをイヅツミの足元に投げつける。

 

「なっ………!」

「動くな」

 

―――――動けば、殺す―――――

 

イヅツミは狩人が向ける殺気に全身の毛が逆立つのを感じた。

この男は、本当にやるという直感が、イヅツミにこの場を離れるという選択肢を失わせる。本能的に逃げ出したくなる衝動を一握りの理性で堪え、イヅツミは静かに双剣を構える。

 

「俺が盾になる。援護してくれ」

 

ライオスが頷き、俺の右に構える。イヅツミは舌打ちをした後に左翼に構え、後方にマルシルが後方から魔法による援護を行う。

盾を構えた俺に襲い掛かろうとした一匹に、視覚からイヅツミが首を掻っ切って視覚から襲い掛かるダイアウルフをライオスが牽制する。

 

 

「あっ………!」

 

だが、イヅツミが思わず反応を起こしてしまう。彼女の視線の先にあるのは、自分が狙っていたバロメッツの生体をダイアウルフの一匹が持ち去ろうとした現場だった。

それをみて、イヅツミがカッとなる。

 

「私の獲物だ!」

「待て!」

 

狩人の静止も振り切る俊敏な動きで離れ、その盗人の首を掻っ切ろうとしたイヅツミであったが、その刃は届くよりも先にウルフの後方の暗闇から二匹の個体が襲い掛かる。

 

「つっ…………!」

 

イヅツミに誤算だったのは、その洞窟の穴が丁度風下に位置し匂いが届かなかった事で感知が遅れたことだ。一匹の攻撃は避けたが、もう一匹の攻撃は避け切れずに腕に噛みつかれて地面を転がる。

 

「イヅツミ!」

 

遠くからでも骨が軋む音が響き、ウルフの首と共に彼女の腕が強引に振り回される。もう既に折れているのかもしれないが………

 

「腕を押し込め!それで離れる!」

 

イヌ科の動物は、引く力は強いが急に押し込まれると条件反射でえずいて口を話すこともある。案の定、腕を押し込まれてえずいたダイアウルフに、駆け付けたマルシルが叫ぶ。

 

「目を瞑って!」

 

途端、閃光がダイアウルフの視界を白く塗りつぶし、悲鳴を上げる。その隙をついて組み付いたイヅツミは残った手に握っていた双剣を首元に突き立て、狼の巨体は力を失って倒れてしまう。

気が付けば、他のダイアウルフも撤退していた。目当てのバロメッツを持ち帰った為か、それともこれ以上戦うのは不利と判断した戦略的なモノかは定かではないが、危機は脱した。

 

ダイアウルフが去った後、互いが負傷していないかを確認し合った後に元来た道を戻ってようやく息をつくことが出来た。

イヅツミはやはり腕を折っていた。マルシルが元の位置に戻しながら回復魔法をかけたおかげでイヅツミは猫らしい悲鳴を上げたが、直ぐに良くなることだろう。

だが、バロメッツの成体を奪われしまったのは痛かった。残ったバロメッツもほとんどがまだ未成熟で、致し方なくその一つを頂戴しているものの、食べられるのだろうか。

巨大な赤い木の実の形をしているが、これが成熟するとあの羊になるとは信じられない。

 

「調理してみるか」

 

いつの間にか起きていたセンシが中身を開くと、中身はまるで羊の胎児を収めた子宮の断面図の様になっていた。中身から赤い果汁があふれ出て、少々グロテスクな見た目をしている。

 

「うえっ」

「あっ無理、今までとは違う方向で倫理的に無理!」

 

チルチャックが吐き気を催しマルシルが悲鳴にも似た拒否を主張するが、食材がこれ位しかないのだから仕方ない。

 

「俺が捌こう」

 

幼体を捌くことになったはいいが、普通の羊とは構造がまるで違っていて本当に難儀した。どこが可食部なのか判別がつかないのだ。かろうじて肋骨に肉のようなものが付いていたので、それを切り取ってセンシに手渡す。

 

出来上がった料理は、バロメッツのバロットだ。バロメッツの肉と果実をワインとニンニクで煮込んだものだが、その味はカニそのものなので不思議だ。

 

「お前、私を殺そうとしただろ」

 

食事中、先程のアレを根に持っているのか、イヅツミは此方を睨みつける。

失礼な。足元に剥ぎ取りナイフを投げつけただけで、殺す気なら首を狙っていたさ。

 

「お前を引き留めたのは、あのまま離れればお前にとっても不利益になると思ったからだ」

 

誰か一人でも負傷すれば、これからの迷宮攻略に支障をきたすことになる。イヅツミがあの場を離れようとしたのは魔物としての本能か気まぐれかは定かではないが、戦力が分断されて互いに危険になることだけは防ぎたかった。

共に戦線を張れば、運よくダイアウルフを撃退してバロメッツの成体を獲得できるという打算もあったわけだが。

 

「結局、バロメッツの成体は奪われてしまったが」

 

まぁ、イヅツミの負傷以外は皆無傷でダイアウルフを切り抜けられたのだから良しとせねば。

 

「今回の件で分かっただろうが、迷宮での勝手な行動は止めた方がいい。死にたくなければな」

「……………」

 

ここは迷宮だ。幾重にも仕掛けられた罠が待ち、強力な魔物が立ちはだかる。

どれだけ気を張っていても一瞬の出来事や条件によって無情にも冒険者の命は刈り取られる。飯を食べなければ飢えで弱り、モンスターに殺されるだろう。そうならない為にも、例え魔物だろうが食べて糧にしなければいけない。

リスクの少ない選択を選びつつ、無事に狂乱の魔術師の元にたどり着かなければライオスやイヅツミの願いはかなえられない。

全てがイヅツミの思い通りというワケにはいかないのだ。

そこに、マルシルが割って入る。

 

「あのねイヅツミ、ずっと考えていたんだけど………私達には目標や目的がいくつかある。そこにたどり着く為にも嫌いなものを食べなきゃいけないとか、一緒に動かなきゃいけないとか、色々と嫌な事にぶつかると思う。けど、そんな嫌な事全部から逃げても、きっとたどり着けないし、遠回りになると思うの」

 

 

マルシルはファリンを救いたいという念願の他に、とある目的を叶える手段としてより高度な魔術を習得したいという願いがある。それらを叶える為に、何としても狂乱の魔術師と再び相まみえなければいけない。イヅツミも、迷宮でさ迷うよりは俺達と共に確実に迷宮を進み、自分に掛けられた呪いを解けるかもしれない狂乱の魔術師と出会う目的がある。

 

「だから、多少の近道は覚悟しなきゃね」

「…………ふんっ」

 

イヅツミがそっぽを向いて、バロットの骨の髄まで味わい尽くそうとする。

ついさっきまで食べるのが嫌で仕方なかった魔物だが、こんなにおいしいものだとは知らなかった。

 

こんなに美味いものが存在するなんて……

 

ふと、イヅツミの脳裏にシュローとの記憶がよみがえる。

同じ屋敷で暮らしていたタデというオーガの少女……彼女はイヅツミの代わりに割り当てられた仕事を自分から率先してやるような女だった。

 

『アセビちゃん。少しの面倒に負けて迷子にならないでね』

 

あの時は彼女の言葉があまり分からなかったが、今になって分かる気がする。

 

嫌な事をやることになっても、怪我をして痛い思いをするがたまに美味しい思いをするって事か………

 

まぁ、今回は致し方ない。他に道がなかったから食べただけだ。

今後はマズイ野菜や魔物は食べないけど。




バロメッツは実在する植物がモデルとしてタカワラビやワタが挙げられていますが、カニの味の由来は明確になっていかと……一説ではタカワラビの根元にある柔らかい繊維質がカニの肉に酷似している為、味もそうなのだろうという考えが定着したともあるそうですが、まったく未知の植物に関する伝聞が生み出す面白い話で興味深いですね
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