レッドドラゴンの巨体を前にすると、今からコイツの腹を掻っ捌いて特定の人物を取り出すことすら億劫に感じてしまう。
だが一応、ライオスとの契約は彼女の救出迄となっていたので俺が手伝わないわけにはいかない。
炎竜との戦闘で負傷したチルチャックとセンシはマルシルの回復魔法によって回復し、先ほどまで副作用とも呼べる回復痛でのたうち回っていたが、既に回復している。全員疲労困憊だが、動くことには問題ない。
「さて……始めようか」
まずはこの炎竜の皮を剥がなければいけない。そこでライオスが取り出したのはセンシの愛用する包丁だ。どうやらミスリル製とのことで――――
ちょっと待て!ミスリル製だと?アダマンタイトよりも希少なあの!?なんでそんなものが包丁に!?
よくナマリが黙ってたな………え?殺されそうだったから黙ってたって?あぁ、その方がいいよ。
「しかし、その包丁よりお前さんの剣の方が解体しやすいのではないか?」
センシが俺の背負った大剣を指さす。確かに俺の大剣の方が効率がいいだろうけど。
「いや、炎竜の燃料袋に引火すれば全員吹き飛んでしまう」
俺の剣が炎を纏う性質なものだからね。すみませんね。だから炎竜から離れた場所に装備を外して置いている。
「マルシル、明かりを」
ライオスの指示を受けてマルシルの放った光を頼りに炎竜の内部へと入る。竜の体温がまだ暖かく、血の匂いも相まってサウナ状態だ。息をするのも苦しくなる。
「炭鉱で働いていた時代を思い出すな………」
確かにこれは炭鉱に近い。自分も鉱石を取る為に火山地帯に赴いた苦い記憶を思い出す。
「このまま進めば肋骨にぶち当たる。少し迂回して進もう」
こういった時、かつてのドラゴン解体経験が役に立つ。分厚い内臓脂肪を突破して内臓に到達。人すら入りそうな腸をかき分けて胃袋を掴み、外へと引っ張り出す。
………軽い。
以前、ワーグの詰まった胃袋を取り出した時はもっと重かった。あの時と比べるとやはり………
「そんな………!」
案の定、ライオスの剣で切り裂いた胃袋の中は若干の胃液が浮かぶ程度。念を押して腸の部分も切り裂いたが、人の痕跡は見つからない。
ライオスにこの竜で間違いないかと聞けば、傷の位置が一緒だから間違いないと言う。縄張り意識の強い雄である事も踏まえると、やはりそうなのだろう。
特にこの炎竜は通常の活動期間を超えてずっと活動していたのだ。それだけ栄養を消費し、消化も随分進んでいた筈だ。
分かっていたとはいえ、現実に直面すると応えるものが有るな………マルシルが一縷の望みをかけて糞を探そうとするのをチルチャックが必死に宥めている。
「そうか…………」
ふと、ライオスが新たに炎竜の内臓を引っ張り出して掻っ捌く。中から黒いものが飛び出し、腐臭が立ち込めて思わず顔を逸らす。
「獲物を丸のみにする動物は消化できないものをまとめて吐き出す習性がある。炎竜はそれを炎の息の燃料にするんだ」
「そうか………」
その中にファリンがいないという話は無い。表面をさらうと黒い毛が混じっていて、何匹かのワーグも捕食していたようだ。
「これは………」
その中にキラリと光るものが見えた。ライオスと同じ髪色の、丁度女性の髪程の長さ………みんなの中で憶測が確信へと変わっていき、各々中身を解して判別していく。
俺に割り当てられたものの中に、明らかにワーグと違う骨があった。ワーグの骨と比べて長く真っすぐな骨………これは大腿骨か。他にも彼女が持っていたロッドが見つかり。
「ファリン…………?」
俺はようやく―――――完全に消化されて骸骨ではあるが、ライオス達が救おうとここまでやって来た女性と対面した。
皆、呆然とライオスが手にする頭蓋骨を見て呆然としている。
センシが呟く。
「あ……あの状態から生き返るのか………?」
「前例が無いわけじゃないが…………」
そう、一応前例はあるのだ。
例え消化され、バラバラにされたとしても、肉体と魂は魔術によって強固な結びつきが生まれている。色々と条件はあるが、それらを確かめる為に古代人は様々な検体―――妊婦すら利用して検証し、文献として残している。
「蘇生所に連れていく」
一縷の望みをかけて、ライオスが周囲の骨をかき集め始める。ワーグのも混じってしまうが、今は見分けがつかないので致し方ない。
だが、それをマルシルが静止する。
「待って!肉体と魂のつながりが脆くなってる。ここから動かすのは危険だよ」
蘇生に失敗する原因は魂と肉体の繋がりが離れるか、器となる肉体の修復が不完全な場合が多い。ファリンの場合、その双方に当てはまってしまう。
残された手は蘇生術師を連れてきてここで蘇生する。その条件は修復の為に新鮮な血肉を要する事だが、地表からこの地下五階まで運ぶには、道中で腐ってしまう。
………一応、新鮮な血肉はあるにはあるが。
「今なら新鮮な血肉はある――――ここに」
マルシルが指すのは、今そこで倒れている炎竜だ。確かにこいつの肉ならばファリンの肉体の修復に消費してもおつりがくる量がある。
残る問題は、彼女をよみがえらせる蘇生術を会得した魔術師が要るかだが、その答えは他でもないマルシルが出した。
「私の専門は現代では禁忌とされる古代魔術の研究なの」
それを使った蘇生しか、今ファリンをよみがえらせる方法は無い。
「黒魔術か!止めろ縁起でもない」
センシが止めるのは、黒魔術によってその術者が悲惨な末路を迎えたという逸話を耳にしていたからだろう。ただでさえ現代で古代魔術の使用が発覚すれば、西方からエルフの集団がやって来て罪に問われる。それだけのリスクを承知の上で、彼女は提案しているのだ。
「―――頼むマルシル。ファリンを生き返らせてくれ」
彼女の告白と提案を受けてライオスが出した答えは、この旅の原点そのものであった。
信じられないという顔をするチルチャックの肩を叩く。
「俺が言うのもなんだが、竜の素材を使ったとしても呪いにはかからないよ」
「お前の場合呪い以上のものを背負ってるだろうが………!」
否定はしない。
早速方針が決まれば、行動は早かった。マルシルは魔法陣の準備とファリンの身体を完全に修復する為にライオスと共に全ての骨の選別に入る。
「お前は手伝わないのか?」
「俺は分かりやすい骨しか分からないし、二人でやった方が効率良さそうだしな」
手の余った三人は、二人の作業が順調にいくのを見守るしかない。
「………なぁ」
ふと、チルチャックが此方を見て問う。
「やっぱりあの炎竜から、作るのか?武器とか防具とか」
「何を当たり前の事を………」
そんなの当然じゃないか。何故か俺の返答が気に入らないのか、チルチャックは頭を抱えてしまう。
「いや、分かってたけどあたらめて言われると来るものがあるんだよ」
そういうものか。俺としては何故皆は竜から素材を取って装備を造らないか疑問だが。
「だが竜の鱗は鉄以上の高度と軽さを備えてるんだぞ?武器や装備にするには最高の素材じゃないか」
「あのな、普通の人間にゃそんなもの身に纏ったら死んだ竜の呪いとか祟りに呪い殺されるって怖がるのが普通なんだよ。お前よくそれで無事で来れたな」
「いや、普通に滞在した村人全員に焼き討ちにあったりしたけど………そうか、そういった心理的な要因だったのかああれは」
「お前よく生きてたな!?」
いやーガルクがいなかったら僕もう死んでたよ。
「わしは少し興味がある。お前さんの武器や防具は、街で売っていたものと比べてかなり上等そうだからな」
ダンジョンに暮らすセンシとしては、魔物の食料以外の利用価値に興味があるようだ。
「とはいっても、無敵じゃない。この鎧は火は防ぐけど雷に弱いんだ」
「何と」
恐らく、魔物時代の弱点がそのまま残っているのだろう。だから相対する魔物に合わせて装備を変える必要がある。
そういった試行錯誤も、慣れると楽しいものだけど
「楯としてなら普通の鉄の楯よりも強靭なものになる。チルチャックはいるか?」
「いや、重量が重くなると罠を誤って発動しやすくなるから俺は遠慮しておくよ」
チルチャックは鍵師としての活動に支障をきたすらしく、今の状態で十分と断られてしまった。対してセンシはレッドドラゴンからはぎ取った素材を分けてほしいと申し出があった。
「必要なら武器の作り方を教えようか?」
「助かる。丁度斧が先の戦いで粉々になってしまったからな」
このダンジョンにも武器に仕えそうな魔物はいる。これからセンシは試行錯誤で自分の武器を創り上げていくだろう。チルチャックは同じ想像をして苦い顔をする。更にセンシが変人になってしまう。
そうしている間に、ファリンの骨格が完成した。とても綺麗に消化されており、丈夫そうな骨だ。
「じゃ………始めるね」
マルシルが魔法陣の真ん中に立ち、杖を突き立てる。詠唱が始まった途端に不気味な気配と寒気が全身に広がり、感じ取ったガルクがおびえた様子で俺の傍に寄ってくる。
炎竜から漏れ出した血肉が生きているように魔法陣に引き寄せられてファリンの骨格に張り付いていく。それが徐々に人の形を成していき、不格好な赤色の人形が出来上がるとマルシルの身体が崩れ落ちる。
ライオスが駆け寄って無事を確かめると、詠唱の終了と共に気絶したようだ。恐る恐る血を纏ったそれに近づくと、目が開いて息を吸おうと口を開いた途端に血が噴き出してしまう。
「気道に血が溜まっていたんだ。落ち着いて吐き出すんだ」
ライオスの声が届いたのか、ファリンは呻きながらも溜まっていた血を口から少しずつ吐き出していく。広がる血の海と響く咳が聞くだけで息苦しくなってしまうが、やがて落ち着き始めて荒い呼吸が始まる。
「に………さ…………」
蘇生が失敗した時に生じる自失の症状は無い。兄を認識したのを見て、ライオスは彼女の身体を抱きしめる。
「良かったぁ………!」
安堵の声と共に、今更彼女が何も纏っていない事に気づいたライオスは急いで近くの民家からシーツを持ち出して彼女の身体に巻き付け、優しく血をふき取っていく。
その間、俺はファリンに背を向けていた。流石に未婚の女性の裸を見るのは忍びないし、罪悪感が強いからだ。ガルクも習って背筋をピンと伸ばして一緒の方向を見ている。
「うわああああん!よかったああああっ!」
目覚めたマルシルも無事に彼女が蘇生した事実を涙を流して喜び、力いっぱい彼女を抱きしめた。
「そうだ。紹介する。コイツらはセンシと――――だ。色々と助けになってくれた」
チルチャックの紹介を受けて、彼女の前に一歩歩み出す。
「初めましてファリン。会えてうれしい」
「右に同じだ。会えてよかったよファリン」
ライオスと同じ瞳の色をした視線がセンシとこちらとガルクに移る。
「セン………――――」
ぐうううううううううううっ
響き渡ったのは、ファリンの腹の音だった。気恥ずかしさに頬を赤らめたファリンに、その場にいた全員が顔を合わせ笑みを浮かべる。
「食事の支度を始めるとするか!」
何がともあれ、祝杯を始めよう。食材は此処にたんまりあるんだ。
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