「しかし、お前たちは何故ここに?」
二人の処置を終えたリドが改めて問うてくる。そりゃこれだけの大人数がいきなり現れれば気になるだろう。
炎竜を討伐してからの出来事を語ると、エルフの魔術師を話題にし出すと彼女の顔つきが変わる。
褐色肌に銀髪の彼はオークがここに住む以前から存在しており、迷宮を支配しているという。外から来たものが必要以上に迷宮に干渉すると現れ、本を駆使して迷宮とそこに住む魔物の全てを操り、過度に干渉する人間を排除するという。
「俺達、狂乱の魔術師に目を付けられたって事か?冗談じゃない!」
恐怖に彩られた顔のチルチャックが悲鳴にも似た叫びをあげる。
心当たりがあるとすれば、あの炎竜か。オーク達が手を出さない所を見ると、彼らオークは狂乱の魔術師が直接使役する魔物に危害を加えるとあのエルフを怒らせる羽目になると分かっていたのだ。
部外者である俺達が炎竜を倒せば、居住区は取り戻せるし俺達は狂乱の魔術師が勝手に排除してくれるというワケだ。族長は随分と立ち回りが上手い。
標的の一人となったチルチャックは、どうやってこの状況を切り抜けるか必死になって考えている。
「二人が目を覚ませば絶対にファリンを探したがるが………何としても諦めさせないと」
「どうやってだ?この二人が諦めるような奴らか?」
「何でもいい。杖を燃やすとか、ファリンが地上へ向かうのを見たとか」
「………二人を欺けと?」
兜の奥のセンシの顔がしかめっ面になる。共に迷宮を下って来た仲間を騙すことに乗り気ではないようだが、必死になったチルチャックが構う様子はない。
これ以上迷宮の深部へ行けば確実に殺されてしまう事を分かっているからだ。
「アイツらに付き合って死ぬのはまっぴらだ」
………チルチャックの判断は正しい。
無事に荷物を回収できたとしても、これ以上進むには物資が残り少ない。無理に行こうとしても、強力な魔物に阻まれるか最悪死だ。
チルチャックはその後残してきた荷物の回収の為にリドに案内を頼むが、彼の臆病な言動に嫌気が差したリドは断ってしまう。
「腐った根性の匂いが移りそうだ」
オークは人種を問わず勇敢な者を称える。チルチャックのような考えの人間とは基本的に合い入れないのだ。
「そこを折れてくれ。彼一人だけではあまりにも危険だ」
「わしからも頼む。臆病だが悪い奴ではないのだ」
炎竜を倒した一行でもある俺とセンシの頼みが効いたのか、リドは仕方ないという顔をして一応の了承をしてくれた。
「お、お前らは行かないのかよ!?」
「二人の傍に残る者も必要だろう」
「俺は色々と目立つから…………」
赤色の鎧なんて、狂乱の魔術師が使役する使い魔に簡単に見つかってしまう。チルチャックは渋ったが、ガルクを護衛に着けると説得した。いざとなればガルクの背に乗って逃げればいいのだ。流石にチルチャックとリドだけでは残した荷物は手に余るので、荷物持ちにもなるだろうし。
「………チルチャックの言う通り、ライオス達をどう説得するかは考えないとな」
そう言うと、センシは顔を伏せて考えるそぶりをする。
実際、難しいだろう。彼らはファリンの為に随分と無理な迷宮攻略をやってのけたのだ。
「正直、狂乱の魔術師を相手にするには俺は相性が悪すぎる」
情報で炎竜がいると聞いて対策として大剣を背負ってきたが、人型にはあまりにも動きが遅く捉えきれない。装備を変えるにしても、一度地上に戻る必要がある。
ファリンや狂乱の魔術師がどこへ行ったのかも分からない現状、一度体制を立て直さなければ全滅するだけだ。
「センシも現状であの男と対決するには無理があると思ってるんじゃないか?」
「…………」
沈黙が答えとなった。
そもそもあの魔術師がどのような魔物を使役しているのかすら分からないのだ。敵の手札も分からずに動けば、此方がやられるのが目に見えている。
せめて手持ちの何かでライオスやセンシの装備が強化できればいいが。
一度地上に戻る方向に話がむき出した所で、今まで死人の様に横たわっていたライオスががバット起き上がる。
「ファリン」
血走った目で呟き、そのまま立ち上がって外に出ようとする彼をセンシと二人掛かりで止めようとする。
トールマンとドワーフの力で抑えようとしているのに、構わずライオスは外に出ようとしている。無理もない、やっと救えた妹が再び零れ落ちたのだから。
「何やってんだ!まだ安静にしてろって!」
戻って来たチルチャックも合わせてようやく彼を座らせると、チルチャックは話をしようとした俺を制する。
「まず俺から話をさせてくれ」
先程迄と表情が違う。どうやら荷物を回収する過程で自分の考えに整理が付いたのだろう。
ライオスに向き合うように彼は座り込む。
「ライオス、お前の心中は察するに余りあるがこれ以上の探索は………無理だ。必ずだれか死ぬ」
ライオスの顔から険が取れる。必ず妹を助け出そうという意思の中に、自分たちの置かれた状況が彼の思考にゆっくりと浸透していく。
冷静さを取り戻せば、彼自身も分かっているのだ。これ以上進めば危険だということを。
「ここは耐えて地上に戻ってくれ、頼むライオス!」
チルチャックの真摯な言葉が続く。
「俺はお前達を失いたくない!お前の妹を思う気持ちには負けるだろうが、こっちは4人と一匹分だ!」
妹の命と仲間五人分の命、それを天秤にかけてなお進むべきか?
ライオスの中でもう答えは出ている。だがそれを、感情が拒んでいるのだ。
「準備があればもっと早く、もっと余裕を持ってこの階層に到達できる………だから頼む。引き返そうライオス………」
ライオスは何も言えなかった。自分の望みが仲間をこれ以上ない死地へと追いやるものだと、分かっていたからだ。
そこに、センシが現実的な問題を提示する。
「実はな、調味料などの食材も心もとない。ファリンにちゃんと美味い飯を食べさせるためにも、街に戻って物資を補充するべきだ」
え?料理の問題か?いや………地上に戻るという点は同じだからいいのかこれは
「炎竜が倒れた今、我々も元の暮らしへと戻る。お前たちが再びこの階層に戻ってくれば、出来る限りの協力をしよう」
そして、リドが次回の探索で協力してくれるという意思を見せた。これで探索において厄介だったオーク達との協力体制が出来たわけだ。
ふと、ライオスの視線が此方に向く。まるで俺の意志を問いかける様に。
この迷宮での経験は乏しい新参者に意見を求めても仕方ないと思うが、俺も一応メンバーであるのでしっかりと意志を示す。
「誰かを喪ってファリンと共に地上に戻るか。遠回りをしてファリンと一緒に地上に戻るか。好きな方を選べ」
我ながらいやらしい問いかけだ。だがこうでも聞かなければ、ライオスの中で結論は出せんかったかもしれない。
「………分かった」
調合薬の所為か、それとも負傷の所為か青い顔をしたライオスが続ける。
「心配かけてすまなかった。一度引き返そう」
その間、マルシルはずっと汚い色の泡を吹いて倒れていた。
ライオス達が地上に戻る決断をする少し前。
ダンジョンの探索を行う青年、カブルーをリーダーとするパーティーの一団、地下三階と四階でライオス達と死体として遭遇した彼らは再び蘇生され食料を喪失した為に街へ戻ろうとしたところを別の一団……第三層でカブルー達を蘇生し、あわよくばライオス達と殺し合いをさせようとした死体回収屋達に襲撃された所を撃退。彼らを処理した後に持っていた食料だけを頂き、安全な場所で食事を取っていた。
死体回収屋達を生かすことも出来たが、カブルーはその選択をしなかった。島からの補助金を利用して肢体回収屋として意図的に死体を増やして他人から金品を奪い取り、日銭を稼ぐような下劣な輩は純粋に迷宮の呪いを解き、魔物の根絶を願うカブルーや彼のパーティーにとっては許せない輩だったからだ。
迷宮によって故郷を失い、家族を失ったカブルーはその元凶たる迷宮の呪いを解くことを一心に行動していており、その信念に同調した仲間が集まっている。
「それにしてもトールマンにドワーフ、ハーフフットにエルフか………」
「何の話だ?」
「俺達に魔よけの術を施してくれたパーティーだよ」
カブルーが応えると、ハーフフットのミックとコボルトのクロの表情が歪む。魔除けの術をかけてくれた礼はあっても、彼らにとっては忌むべき食料泥棒でしかないのだ。
エルフがいるパーティーが多くない。少し絞れば特定できるという期待がカブルーの中にはあった。知り合いではフィオニルがいるが、彼女は三階に来るまでの実力がないから排除される。
四人組という少人数である事も気がかりだ。普通ならばあと二人を加えた六人編成で迷宮を探索するものだから。
「リン、この魔よけの術を見て何か分かることは?」
「まだそれ付けてるの!?」
黒髪の魔術師、リンが信じられないという顔をする。一応証拠品だからと理由を付けて彼女の鑑定を受けると、新たな情報がもたらされる。
施された術はエルフが書いたであろう教科書通りの記述で優等生気質―――――彼女の見立てでは、魔術学校の出であるかもしれないという。
それらの情報をすり合わせて整理すると、カブルーの中でとある人物が浮かんでいた。
ライオスとファリン………トーデン兄妹を中心とするパーティーだ。
「確か、妹が魔術学校の出だったはず」
「でも霊避けをかけたのはエルフでしょ?」
「そのパーティーのエルフが妹と親しげでね。多分同郷……もしくは同じ学校の出身じゃないかってね」
魔術学校を出た人間なんてここでは少ない。ましてやエルフだとその数はかなり限られる。
だが、もう一つ懸念がある。コボルドのクロによればトールマンの匂いは一つ分しかなかった事だ。兄妹のパーティーなら、二つ分無ければ数が合わない。
だが、ここに一つの仮定を加えれば、少人数での探索にも説明がつく。
「兄か妹のどちらかを救出するかでひと悶着あり、少数での探索を余儀なくされた」
そう考えるのには、先ほど自分達を蘇生してくれたパーティーの中にライオスのパーティーにいたドワーフがいたからだ。以前から目的や収入に関してもめていた現場を、カブルーは目撃している。弱いが根拠の一つにはなる。クロがかぎ分けたドワーフの匂いは、その後釜だろう。
件のパーティーがトーデン兄妹だと仮定すると、二人の片方とメンバーであった剣士のシュローとナマリが抜けて、新しいドワーフが加入している事になる。
ここまでカブルーがトーデン兄妹に固執するのは、理由があった。
「俺はずっと前から、アイツらの化けの皮がはがれる瞬間を待ってたんだ」
自分が何かされたわけじゃないが、かつてあの兄妹は金剥ぎの一団に所属し、病気などを理由に離脱した仲間に稼ぎの大半を渡していた事がある。
だが、その仲間は既に完治していても金銭を受け取り、それを元に密造品を売りさばいている始末。
結果、街の治安を悪化させて二人は大損を喰う事になったが、彼らがそれを気にした様子はない。他人が何をしようとも興味が無いのだ。
もし、そんな二人の手に迷宮の神秘が渡るようなことがあれば、ロクでもない人間に譲渡する可能性がある。秩序を第一としたいカブルーにとって、それは避けたい状況であった。何か理由を付けて彼らを追放できればと、カブルーはその機会をうかがっていた。
それに、もう一つ不安要素がある。
地上で探索に必要なものを調達している中で、とある噂を彼は耳にしていたのだ。
赤色の竜の鱗で作った鎧をまとった大剣を背負う男が、狼を引き連れて迷宮の探索を開始したという。
赤い竜の鱗とくれば、まず想像するのは炎竜だ。その鎧を戦利品を誇示するように身に纏っていると来れば、よほどの実力を持った冒険者であるに違いない。
現に、地下三階の掃き溜めで焼死体がいくつか確認している。そのどれもが大きな刃物で切られた跡があり、その件の冒険者であると推察できる。魔物だけでなく、対人にも長けた人間であることは間違いない。
心底魔物を嫌うカブルーからすれば、どんな利点があろうとも魔物から得た素材で装備を造る人間と関わるのは願い下げだ。第一なんで魔物なのだ。気が狂っているとしか思えない。
だが、迷宮攻略において利用価値があるのなら話は別だ。自分たちの実力をもってしても全滅してしまう階層でも軽々と超え、単独でこれだけ深く潜れるその実力を活用しない手はない。
「そもそも話が通じるかも分からないんだよ?」
「もしもこっちを襲う気でも、人間なら対処できるさ」
人である限り急所は同じだ。魔物ならとにかく、人であるならば対処できるという自信がカブルーにはあった。
それぞれ違った思惑で動く人間のバラバラな行動がかみ合って、多くの人間を巻き込んだ歴史的な出来事になる。
そんな面白い事が起こる予感が、静かにカブルーの中で育っていたのだ。
「すごく楽しみだ」
これから、どんな出来事が自分を待っているのだろう。
早くライオス達に魔物から造ったもの装備させたいけど如何せん特定のイベントが先になってしまうので先に謝らせてください