ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
精霊の性格は基本的に悪い。
魔力の弱い探索者はとことんに見下すし、馬鹿にするし、虚仮にする。
魔力の強い探索者には優しいし、媚びるし、協力的。
そんな精霊の力を借りないという選択はもちろん可能。
でも、新米探索者の魔力なんてたかが知れている。
独力で魔法を使っていれば、ものの数発で魔力切れだ。
腹立たしくとも精霊に助力を乞うのか、それとも自分の力のみで押し切るのか、選択は探索者の自由。
だが、悲しいかな。
将来性があったり、魔力のある探索者には、放っておいても奴ら(精霊)は擦り寄ってくるのだ。
白石率いる第七部隊が《ステラモール》へと突入したのは、2020年11月20日金曜日の事。
時刻は午前8時30分。
星屑市役所で集合し、探索用の武装や道具が揃っているか、不具合はないかなどチェックを行い、メンバーに体調不良はいないか確認も行ってからの出発だった。
ダンジョン調査および探索を主とする《白の騎士団》には、専用の公用車*1を使用する権限が与えられている。
余談になるが、一般的な探索者達には公用車などは存在しない。各々が自家用車でダンジョン近くまで向かっている。
《ステラモール》へと向かう道中、車内では雑談に花を咲かせ……なんて事はなく、今回の作戦内容をあらためて復唱しながら、様々なケースにおけるそれぞれの役割分担を再確認していた。
この六人には楽観的だとか、楽天的だとか、呑気や気楽といった類の言葉とは無縁である。
元々がこうだったのか、それとも不安に不安を重ねた挙句、石橋を片っ端から叩き続けては割ってホッとする白石の性格に影響されてしまったのか、それは今となっては分からない。
ともかくも、六人はダンジョンへと踏み込んでいく。
この探索における目的は二つ。
一つは、本来第五階層で待ち構えているはずの《三尾の翼竜》が、本当に第四階層まで活動範囲を広げているのか確認する事。
もう一つは、ダンジョン内で活動している探索者達への注意喚起である。
第四階層までは周囲への警戒をしつつ、探索者を発見した場合に件の《三尾の翼竜》について説明し、注意喚起を呼び掛けていった。
もっとも、大半の探索者は安全に稼げる事を目的としており、第一階層や第二階層あたりをウロウロとしているだけだ。
忠告だの注意などするまでもなく、一通り稼いだら出ていくという回答が返ってくる。
深層まで進む探索者は元々、そう多くはないのだ。
一度きりの人生である以上、誰だって無理せず稼ぎたいのが主流であろう。
白石達六人は、真っ先に危険を察知する霜月を中心とした、防御陣形を組みながら移動していた。
霜月が反応しても、迫る危機が早ければ、迎撃の構えをせねばならない。
先頭に白石が立ち、左に接近戦を得意とする長月がいつでも抜刀できるように腰に差した刀*2の柄に手を添えている。
右には水魔法を攻撃や防御にも転じられる水橋が立ち、霜月の後ろには囮となる魔法人形の使い手である出古井と、白煙魔法を扱う真白の二人が並ぶ。
第四階層へ赴くまでに遭遇した魔物などは、ほとんど戦闘にさえ発展しなかった。
件の目標(三尾の翼竜)以外で、彼らが恐れる存在はほとんどいないといっていい。
なんやかんや、何年も探索してきたベテラン達なのだから。
「あっ」
霜月が声を上げると、周囲の五人も警戒と緊張を滲ませ、いつでも臨戦できる態勢に入った。
彼女が声を発する時は、基本的になんらかの敵の接近や、罠の存在を感知した時だからだ。
場所は第四階層。
元となったステラモールの四階は、広大なフロアがいくつかあり、それらは営業していた頃は多目的ホールとして使用され、演劇やコンサート、ライブに何らかの展示会を催していた。
迷宮化した今は、複雑に入り組んだ構造となっており、第一階層や第二階層などに比べるとダンジョンらしい雰囲気も発している。
床や天井、照明に装飾といったものは辛うじて残っているものの、それに似つかわしくないファンタジーめいた石畳や石壁、石柱なども見えてくるのだ。
天井に空いた穴のあちこちから、木々や蔓、植物なども見え隠れしている。
「魔物来ます! 数は五、六……七匹!」
目を瞑りながら(といっても、霜月の目は細く、開けていても他人には区別がつかない)集中し、霜月は瞼の裏に浮かぶぼんやりとした光に意識を集中させる。
それらはこちらへ向かって走るように接近しつつある。
シルエットは小さく、160cm程度の霜月の胸元にも届かないと思われた。
そこまで分かれば、大体の想像は付いてくる。
「小さく素早いのがこちらへ真っすぐ来ています! おそらくゴブリン!」
「よし、防御を展開するよ。皆、迎撃準備よろしく!」
「はいっ!」
霜月の報告に頷くと、白石が声を上げる。
同時に、騎士団が着用する真っ白の制服、その内側ポケットから着火ライターあるいは点火棒と呼ばれる物体を取り出す。
レバーを引けば先端から火が出る便利な日用雑貨のそれを、白石は右手でレバーを引いて火を起こし、左手で火をゆっくりと引っ張るように引いていき、それから両手で包むように火を浮かべる。
「炎よ。集いて我らを囲い、迫る脅威から我らを守り給えかし。我らと炎は古きからの友であり、今も共に戦う友であり、この先も友であらん」
白石が詠唱を続けていると、小さな火だったそれが地面に落ち、人型を形成。
小人のような火の精霊達が踊るように円を描き、そのあとを追うように炎が燃え広がっていく。
ちょうど、霜月を中心点となるがごとく、六人を囲むようにして炎の円陣が完成した。
彼自身が炎は友だと主張するように、この炎は彼らが触れたり、踏んでも影響が及ばない。
原理は分からぬ。
白石にも分からぬのだから、他の五人にも分からぬ。
おそらくは、白石が炎に対しての忌避を強く抱いたりはしない限り、炎の防壁は味方してくれるだろう。
以前、如月姫華が詠唱した際に触れた事だが、ダンジョン内において探索者達が精霊や神々に祈る際は、口からはそれっぽい詠唱内容を発するが、実際は超高速で祈りを捧げたり、呪文らしき節を詠んでいるのだ。
対象となるのは大体精霊だの神々だが、別に協力さえしてくれるのなら、無生物だろうが物理現象だろうが何でもいい。
あらゆるすべての存在に対し、祈りを捧げ、詠唱し、願いを申し出る。
それらが届いた時、恩恵として魔法の威力が増大したり、範囲が広がったり、魔力の消費量が少なくなったりとする。
ゆえに、傍目にはそれらしい節に聞こえるが、実際には超高速で白石は火の精霊達に祈っている。
「火の精霊さん、僕は心の底から君たちと友誼を図りたいと思っている。本当だよ。思えば子供の頃から君たちとは馴染みが深かった。あれは小学校の時、キャンプファイアーに憧れて校庭で木の枝をかき集めて組んで、当時気になってた女の子を誘った時……」
自分の思い出話を具体的な友好のエピソードとして火の精霊達に語り、それを理由に友好関係の継続を主張する白石であった。
それが功を奏したのは、先ほどの燃え広がる炎の円陣が証明している。
火の精霊というのは情熱を含んだ節を好む他、恋バナだとか、青春っぽい話が好きなのだ。
大真面目に白石は詠唱をしていたし、その間、周囲の面々も真面目くさった顔で視界に収めていた。
他のメンバーにしても、魔法行使の際には至って真剣に詠唱をしているし、真剣に詠唱の為のフレーズ集も読んで練習している。
詠唱技術を高める事、それすなわち、戦闘を有利に進めるために必要な知識や技術との考えをそれぞれに抱いているからだ。
ちなみに、《白の騎士団》の管理している書庫にそうした文献や参考資料の数々*3が多数保管されている。
もちろん経費で落ちる。
名目は新聞図書費や研修費、あるいは雑費だったり福利厚生費でも何でもありだ。
「あ、見えてきましたっ」
さて、接近が察知されているゴブリン達もほどなく現れる。
最初に目視したのは、やはり霜月である。
彼女は視力も優れているのだ。開いているのか分かりづらいが。
ゴブリン達は多少知恵を巡らせているのか、いくつも並ぶ石柱の陰から飛び出し、強襲を開始した。
手に持っているのは鉄パイプ。
ステラモールの名残が混じっているゆえに、落ちていたそれを拾って武器としているのだろうが、如何せん違和感が強い。
持っている小鬼達は大真面目だが。
「ギャッ!?」
近接武器しか持たぬゴブリン達は、一匹が白石達に近づいた途端に小さく悲鳴をあげた。
朱と金に燃え続ける炎の円陣へ近づいた瞬間、小さな人型の――火の精霊達が襲い掛かったのである。
精霊達はキャッキャッとはしゃいでいるように見えるが、やってる事は無慈悲で残酷極まる。
絶叫する小鬼達の身体に纏わりつき、瞬く間に全身を焼き尽くし、離れない。
皮膚を焦がし、骨まで焼いても、精霊達は無邪気に燃やし続けていく。
「ギャアッ」
別のゴブリンからも呻く声。
白石達六人の中で、唯一接近戦を得意とする長月が、手にしていた日本刀で斬り捨てていた。
長月は返り血を払うと、次の獲物といわんばかりに疾走。
戸惑って立ち止まっていたゴブリンへと迫り、刀を上段に構える。
そこから繰り出す攻撃は限られるが、ゴブリンは回避するか防御するか、動作へ移る以前に判断が追いつかない。
それでも辛うじて鉄パイプを構え、防御に転じたのは見事だったかもしれない。
しかし、上段から振り下ろされる刀は、流れるように鉄パイプを裂き、そのまま緑色の頭部へと叩きこまれ、そこから一刀両断。
斬られたゴブリンは、何がどうなったか、訳も分からなかっただろう。
左右に分かれたそれには目もくれず、長月は次なる獲物を探した。
「ゴブリンではない別の何か、来ます!」
霜月の危機察知を報告する声に、一番気持ちが昂っているのが長月であった。
彼女は日本刀を振るっている時が一番生き生きとしている。
新たな哀れな獲物を求め、続く声を待つ。
「これは……スケルトン! 数はおそらく三体で、それぞれ別の方角から向かってきています!」
「歓喜歓迎」
長月が興奮のあまり、声を洩らす。
かの自立歩行する骸骨達は、大体が武器を持っており、それは大体刃物類だ。
西洋風の剣がほとんどで、しかも錆びついているそれを叩きつけるのがメインだから、純粋な斬り合いなど望むべくもないが、武器を振るう速度には目を見張るものがある。
長月は魔法を行使するのが得意ではないし、好きでもなかった。
純粋な武器の振り合いこそが戦いだと、彼女は主張する。
その点、剣を振るうスケルトンは、好敵手だった。
とはいえ、他のメンバーの安否確認も忘れない。戦うのは好きだが、それによって同僚兼仲間の事を放置するほど愚かではなかった。
支援型がほとんどの第七調査部隊で、純粋に接近戦が可能なのは長月くらいだ。
隊長たる白石も火属性の魔法を用いて武器に火を纏ったりして戦うが、それでも接近戦が得意なわけではない。
水魔法が得意な水橋などは、遠距離攻撃がメインである。
一応近接での戦いにも転じられるが、「接近戦無理、マジ無理。怖い怖い。ホント無理。許して」と日頃から涙目で訴える彼女に前へ出ろとは誰も言わない。言えない。
あとはほとんど戦えない、霜月に真白と出古井が並ぶ。
その気になれば、霜月は剣術を少しは齧っているので戦えなくもないが、彼女に求められているのは危機察知や人物探知といった補助に、誰かが負傷した時の回復魔法が本命だ。
性格的にも戦いに不向きで、傷つけるのが苦手なあまり、攻撃魔法が一切使えないくらいなのだから。
白煙魔法で目くらましを行う真白と、囮となる魔法人形を出せる出古井なども同様で、前に出して戦う性質の能力は持たない。
第七調査部隊とあるように、元々戦闘メインのチームではないのだから、当然といえば当然なのだ。
ともなれば。
この構成である以上、やはり長月が積極的に近接戦闘をしていく必要がある。
七匹いたゴブリンの内、五匹目を斬り捨てて、長月は続くスケルトンを待ち受ける。
残りの二匹は、白石の展開した炎の防壁から飛び出してきた火の精霊に一匹が焼き尽くされ、もう一匹は水橋の放った水の槍によって貫かれて絶命していた。
無傷でゴブリン七匹を倒すのはそこらの新米やそれより強い程度の探索者では難しい。
このあたり、戦闘は本領でないとしつつも《白の騎士団》の戦闘水準が、そこらの探索者よりも高い事を示唆しているといえる。
「あとはスケルトンだけど……長月さん、引き続き頼めるかい。出古井さんは魔法人形で別のスケルトンを引きつけてもらえるかな」
「合点。委細承知」
「了解!」
それぞれの返事と共に、長月は正面からやってくるスケルトンへと突貫。
出古井は腰のポーチからデッサン人形を取り出すと、それを床に置き、目を閉じて祈りを捧げるように手を合わせた。
すると、デッサン人形に黒いモヤのような物体が集まっていき、やがてそれは彼と瓜二つの魔法人形となった。
「あの歩いてくる骸骨がいるだろ。アイツがこっちに来ないように距離を取って逃げてくれ」
「任せろやゲロカスぅ!」
「なにそれひどい」
出古井が自分そっくりの人形へ指示を出すと、彼と同じ容姿の人形が、彼とは裏腹の口調で罵倒気味に答える。
魔法人形は指示に忠実なのだが、元となる人物の仕草や性格、口調などには忠実に真似してくれないのだ。
とはいえ、指示には従ってくれる。
偽の出古井が綺麗なフォーム(元となる本人が人生で一度もしたことがないくらいに)で走り出し、スケルトンの攻撃範囲に入らない距離スレスレを通過していき、駆け回る。
一番距離の近い人間を狙う習性を持つスケルトンは、素直にそちらへと足を進めていく。
「…………!」
その間に長月が一体のスケルトンと刀と剣の刃を切り結んでいた。
刃を重ねる都度、長月が優勢に進めているのは素人目にも明らかで、刀を振るえば振るうほどに長月の剣速は増していく。彼女の瞳の輝きも妖しさを強めていく。
袈裟斬り、右切上、一文字斬りとあらゆる角度からの斬撃は、スケルトンの剥き出しとなる骨を裂いていき、両手首を断った時、勝敗は決した。
「成仏っ」
抗う手段をなくし、立ち尽くすスケルトンの中央へと彼女は突きを放ち、赤い球体を貫いた。
一体のスケルトンは崩れ、勝利の余韻に浸る暇もなく、彼女は続く二体目へと迫る。
出古井が二体のスケルトンを引きつけているため、その内の一体へと狙いを定め、後方より追い縋る。
疾走する彼女に対し、気付いたスケルトンが剣を構えた時にはもう遅い。
二体目がコアを真横一文字に断ち切られる。
最後の一体は、今も駆け回る偽出古井を追うのをやめ、同族を斬り捨てていく長月へと身体を向けた。
窪んで真っ黒な眼窩が、彼女を見据えたのかは定かでないが、敵手と認めた可能性は高い。
が、迎撃の構えをとった時には、目の前に長月。
「御免っ」
一刀目で剣を握っていた右手を断ち、続く二刀目でコアを斬る。
まさしく早業である。
息を切らす事もなく、長月は愛刀に刃毀れがないか確認してから、鞘へと納めていく。
「お疲れ、長月さん」
「……」
にこやかに駆け寄り、労う白石に対し、長月は頷きを返す。
他のメンバー達も怪我もない事を確認すると、倒したゴブリンやスケルトンの遺骸(遺骨)はダンジョン内の片隅へと寄せていく。
そこで白石が火の魔法を用い、まとめて焼いていく。
別に、このまま放っておいても、ダンジョン自体が変動する都度、死んでいった探索者や魔物も吸収していくのだが、そこはなんとなく、白石の気分である。
探索者であれば、ゴブリンの身体の一部や、スケルトンの骨や持っていた剣を回収していくが、《白の騎士団》には素材の買い取りなどがない。
ゆえに持って帰っても収入にはならないし、嵩張るだけだ。
迷宮内の異変などがあって、その原因となる物質だの魔物の素材であれば、報告用に持ってはいくが、逆にいえばそのくらいでしか、彼ら彼女らは素材を持っていかないのだ。
それから少しの休憩を経て、第七調査部隊は調査を再開する。
「さて、第四階層で動いてた魔物もほとんど倒したと思うけど……」
白石達六人は、その後も苦戦もなく魔物達を蹴散らしていき、第四階層をくまなく探索および調査していった。
結果としては、第五階層へつながる階段に至るまで、件の翼竜は発見できずにいる。
「いないですよね。翼竜……」
真白が不安そうな面持ちをしつつも、どこか安堵した声で応じる。
実際、見つけたら即座に撤退の作戦といえ、緊張するものは緊張する。
戦闘メインのチームでないのだし、自分達に任せないでほしいというのが彼女の本音である。
とはいえ、《白の騎士団》の制服には探索中作動するカメラが備わっている。迂闊に本音をこぼし、あとでチェックされた時に怒られでもしたら面倒だ。
ゆえに声には出さない。
「じゃあ、あとは第五階層に下りてみて、姿の確認ができればおしまいだね」
白石の言葉に、一同がそれぞれに頷いて応じる。
この第四階層のどこかにいるだろうと考え、警戒していた目標がおらず、安心した気持ちがあったのだろう。
一瞬、緊張が弛緩していた。
ずっとあたりを警戒し、気配察知に集中していた霜月でさえも、ホッと息をついてしまった。
そこを、ずっと待っていたものがいた。
「えっ? あれっ?」
「どうしたの霜月さん」
「どこ!? 下、やっ、上っ!!」
霜月が急に身体を震わせ、次いで周囲を見渡し、最後に上を見た瞬間。
わずかに遅れて残りの五人も頭上を見上げる。
そこにはあちこちに穴が開き、謎の植物の葉や枝、蔓がはみ出す天井があるのみ、だった。
だが、その天井に亀裂が入り、数瞬も置かずして、貫かれた。
銀色の鱗と甲殻に覆われた巨体、広がる翼、誰が見ても竜と思しき頭部。
開かれた口には鋭い牙が無数に並び、その奥からは黄金色とも、真紅色とも映る輝きが揺らぐ。
「三尾の翼竜!! 火の精霊よっ!」
白石が声を張り上げる。
六人の視界には、崩れ落ちてくる天井と、降下する翼竜、そして燃え広がるブレスが迫っていた。