ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
精霊の種類は実に様々。
オーソドックスな属性の精霊(火だの水だの)もいれば、木々の精霊や音の精霊、果てには命を持たぬ無機物にも精霊が宿っている。
魔法の詠唱について、言霊を宿すと表現する者もいる。
命なき無機物でさえも、探索者の命じるままに動く様をみれば、その表現も正しいのかもしれない。
何が言いたいのかというと、迷宮内ではあらゆる非現実的・非常識的な事象がまかり通ってしまうのだ。
イメージ先行、願ったもん勝ちなのだ。
常識に囚われてしまったり、理屈で考えてばかりだと、可能性が狭まるぞ!
身近に置かれた物品だって、迷宮では立派な魔法の媒体だ!
《ステラモールダンジョン》の第五階層。
そこはダンジョン化する前の、ステラモールの屋上遊園地そのものだった。
遊具が要所に置かれ、本来天井があるべき場所には澄み切った青空が、屋上の周囲にはかつての月見町の町並みが広がっている。
その第五階層の青空に亀裂が入った。
次いで小さな光が漏れたかと思えば、爆炎が弾け、爆音が轟く。
紅蓮と黄金に輝き煌めく爆炎は、天井材であったはずの空模様諸共包み込んでいき、塵さえも残さない。
目敏いものであれば、この時、小さな硝子玉が宙で燃え尽きたのを目視できたかもしれない。
《三尾の翼竜》も、この時ばかりは飛翔しながら炎を吐くのをやめた。
追い求めていた獲物を炙り出さんと、辺り一帯を燃やしながら飛んでいたのだ。
翼竜は穿たれた天井の穴を見据え、そこを中心にして旋回を繰り返す。
その数秒後に、小さな人影が三つ。
その中の一つが身動きしたのを翼竜が把握できていたか、定かではない。
だが、攻撃をされたと気づくのに時間は要さなかった。
いくつもの色を彩った何かが、流星さながら、尾をたなびかせるように輝き落ちていき。
それは迷う事もなく翼竜へ目掛けて流れ、続けざまに炸裂していったからだ。
弾ける爆炎は見事に翼竜を包み、轟音が追従するように響いていく。
この一撃で翼竜が倒されたのではと、桃香と霜月が思ったほどの威力であった。
「…………」
姫華はふわりとした浮遊感の中で視線を巡らせつつ、気配を探っていた。
まず視界の中でもっとも目を離してはならない相手だが。
爆炎と硝煙に覆われながらも、《三尾の翼竜》は翼をはためかせて払いのけている。
これまで遭遇した魔物達であれば問題なく倒せたが、流石に階層ボスともなれば簡単には倒せない。
この翼竜は物理的な攻撃にも強いだけでなく、魔法による攻撃にも耐性を持っていた。
特に火や炎に強く、副次的な意味でも爆破魔法にも耐性がある。
爆破魔法が一番得意である姫華との相性は最悪ともいえた。
もちろん、その程度は姫華にも分かっていた事だ。
何度も倒してきた相手であり、あくまでも威嚇と牽制、陽動の意味合いでの初撃に過ぎない。
気を引くという点では成功だろう。
翼竜の敵意と憎悪を込めた双眸は、迷いなく姫華を見据えているのだから。
眼下に視線を向ければ、姫華にとって見慣れた光景が広がっている。
もっとも、翼竜があちこちと炎のブレスを吐いて回っているからか、要所に焼け焦げた遊具や床、未だに燃え盛るブレスが残っているところもみられた。
しかし、こうした特定階層の再生力や再現力は高く、燃え尽きた遊具や床もほどなくして元に戻っていく。階層ボスが一定周期で復活するほどの魔素が充満しているゆえの恩恵というべきなのだろうか。
現に、突き破った天井でさえも既に修復が始まっており、じわじわと穴が埋まりつつあった。
とはいえ、燃え尽きた箇所からは煙も立ち上っており、騎士団の面々が隠れられる場所も限られているはずだ。
潜んでいる騎士団は流石にこの時見当たらなかったが。
気配の点では、些か探りにくい状況であったのは否めない。
まず、三尾の翼竜の重圧が強すぎて、探知魔法が十分に機能していなかった。
霜月の言ったように、確かに《白の騎士団》であろう人々の気配はあるが、位置が分からない。
静かな環境下で、かつ、接近する気配や敵意を察知するのは得意だが、戦闘中や乱戦時には機能しにくいのだ。
さらに、敵対するものが自分より強ければ強いほどに阻害もされやすい。
ましてや、階層ボスである翼竜が、このように縦横無尽に敵意を持って飛び回っていれば、よほどの探知魔法のエキスパートでもなければ探し当てるのは困難であった。
ともなれば。
「ビー玉達、ここに私達以外の人間がいるから捜してくれる?」
「ア、ハ、ハイ……ワタクシビーダマ、サガシ、イキマス」
掌に載せたビー玉へと囁くと、姫華はそれらをゆっくりと下へ放っていく。
放たれたビー玉達は片言で応じるとそれぞれに飛来し、第五階層内を巡っていった。
ポケットをまさぐれば、慣れた感触の硝子玉はもう無かった。
これが最後のビー玉である。
「モモ」
「はっ、はいっ! どうしましたか、姫先輩?」
姫華とビー玉とのやりとりを見ていた桃香は弾かれたように応答する。
「探知魔法をかけたビー玉達が白の騎士団を捜してくれるから、あとはよろしくね」
「合点ですよぉっ」
「霜月さんもお気をつけて」
「え、えぇ。如月さんもどうか、ご無事に」
それらを伝えると、桃香と霜月は一足先に下り立っていく。
霜月が先導し、二人は足早に中央にある複合遊具へと潜り込んでいった。
「よし……」
姫華の方も、遅れて遊具の上へと立つ。
なんという名前の遊具であるかは知らない。コンビネーション遊具という種類ではあるらしいが。
幼い頃にここで遊んでいた事をふと思い出し、感傷的になりつつも、彼女はシャボン玉作りの吹き具を取り出した。
「ちょっとだけ、時間を稼がせてもらおうか。どうせこのくらいじゃ倒せないでしょ」
七つの色彩に淡く輝くシャボン玉がふわり、ふわりと姫華の周囲に漂い始める。
あちこちで残り続けている炎の熱で上昇気流がみられてはいるが、シャボン玉は離れまいとしているのか、ぐるぐると回っていた。
健気、かつ、忠実なものであった。
これが発生させているのが姫華でなければ、別の魔力の低い探索者であったなら、彼(?)らは「熱い! 無理!」と言い出して、即座に離散霧散していっただろう。
そのシャボン玉が百近くまで増えたところで、姫華が仕掛けるよりも先に、翼竜が迫ってきていた。
噛みつこうとの接近、否、三本の尻尾を引きずっての滑空である。
床も椅子も遊具も関係なく、まとめて薙ぎ倒していく姿を見て、流石の姫華にも余裕ぶった姿はみられない。
彼女の魔力量は膨大であるが、身体能力そのものは、探索者の中では大したレベルではないのだ。
一般的な成人女性や成人男性にも劣らぬ能力は備えている。
だが、探索者としては貧弱、脆弱といわれても仕方ない程度のレベルでしかなかった。
ゆえに、翼竜の三尾に叩きつけられれば、間違いなく彼女は死ぬ。
それはもう、あっさりと死ぬはずだ。
「軽く、軽く。羽よりも柔らかに、風のように軽やかに」
なので回避に努める。
風の精霊達に向けて詠唱をしつつ、同時に、ポーチから銀時計を取り出す。
精緻な花々の装飾が施されたそれを開き、再び短く詠唱。
今度は、別の精霊に向けてである。
「私以外の時の流れは遅い。具体的には退屈な授業の時に時計を見つめている時ぐらいに遅い……」
なんとも締まらぬ節であったが、時を司る精霊達はしっかりと呼びかけに応じてくれたらしい。
目に見えて翼竜の動きが緩やかなものとなっていったからだ。
というより、姫華以外のあらゆるものの時の流れが遅くなっている。
近くで燃え続けている炎の揺らぎでさえもコマ送りのように、不自然な揺らめきをみせる。
姫華自身がその対象外となっているのは、詠唱者だからではない。
何の対策もせずに時の魔法を扱えば、唱えた自分自身でさえも例外なく巻き込まれるのである。
時の精霊達は大変に大雑把なのだ。細かく指定しても、よく分かっていないので結局巻き込まれる。時間を早くしろといったり、遅くしろと言われる内に、嫌気が差してしまい、このような性格に至ってのでは、という説もあるらしい。真偽は分からぬ。
ゆえに時魔法を扱う探索者達は、その大半がなんらかの対策を講じた上で探索に臨んでいる。
姫華が手にしていた銀時計もその一つであった。
一定の時を刻む効果を持ち、時の流れを緩やかにされようが、早められようとも、関係なく所有者は動いていられるのだ。
もちろん、ダンジョン探索中に運が良ければ手に入る類の道具である。
そのため、時魔法を戦術に組み込む探索者などは、まずこうした時間対策のアーティファクトを見つける事に苦心するのであった。
「纏わりついて、くっつき離れず」
シャボン玉達に囁き、姫華は翼竜から距離をとる。
接近戦に長けた探索者であれば、鞭さながらに乱れる尻尾をかわしつつカウンターを食らわせるといった手法も可能だ。
だが、彼女にそこまでの技能はないし、基本的に安全第一、無理はしないで動いているため、そうした事をしない。
確実に噛み付かれず、翼に巻き込まれず、尻尾に叩きつけられない位置へと動き、屈み、窺った。
「時間は戻る、みんなで同じ時を過ごなくちゃ」
時の魔法は辺り一帯を巻き込む広範囲のものである。
それゆえ、やはりというべきか魔力消費も激しい。流石に使い続けるのは姫華にとっても得策ではない。
視界内に見えないが、桃香や霜月、白の騎士団達も巻き込んでいるから、突然の事象に驚いているだろうとも思われたからだ。
説明するのを忘れていた、と嘆きつつ、姫華は次の動きへと入る。
ちなみに、彼女は時間を緩やかにする魔法は使えても、早くする魔法は使えない。
学生時代、退屈な授業における時間の流れの遅さをイメージしやすかったからこそ、時間遅延の魔法を行使できるようになった経緯があるからだ。
その理屈でいえば、楽しかった授業などはあっという間に時間が過ぎ去ったはずだから、そちらもイメージしやすいはずなのだが、いつの間にか終わっているから逆にイメージできない、というのが彼女の理屈であった。
もっとも、自分の動きを早くしようとしても、銀時計がそれを阻害するので無意味ではあったが。
差しあたっては、迫る危機が遅くなるだけでも十分なのである。
「雷よ、流れ貫け。ちょうど、綺麗に光ってるシャボン玉と、流れやすい図体のがいるでしょう」
「え……僕ら雷に打たれるんですかぁ? マジですかぁ、ありえないですよ」
「今からでも入れる保険って……あっ」
シャボン玉が抗議や嘆願の声(?)を上げようとしたところで、雷の精霊達が翼竜目掛けて突っ込んでいった。
何やら悲鳴らしきものが聴こえるのは、翼竜からなのか、シャボン玉達からなのか、姫華には分からぬ。
ちなみに精霊言語に長けた探索者であれば、この悲鳴や怨嗟、絶望の声はちゃんと聴こえるらしい。
こんな事をしているものだから、姫華と水の精霊の相性が悪かったりする。
所詮、圧倒的な魔力量で言うことを聞かせているにすぎないのだ。
むごい扱いではあるかもしれないが、このあたり、精霊達も魔力が低い探索者は徹底的に見くびり侮って憚らないので、どっちもどっちかもしれない。
話は戻り。
電気電流を通すという点では、シャボン玉達では不十分であるが、そのあたりは姫華によるイメージでのゴリ押しである。
彼女はあまり学があると言い難いが、代わりに魔力だけは膨大なのだ。
雷に打たれた翼竜は幾らか身体を痙攣させ、身体のあちこちから煙が上がっている。
だが、瀕死とは言い難い。まだまだ戦闘が可能であると、唸り声をあげ、翼をはためかせる。
そこへ、姫華が畳みかける。
「弾けて爆ぜちゃえっ!」
ダメ押しとばかりに爆破魔法を仕掛けた。
媒介となっていたビー玉は使い切っているから、あくまでもイメージ先行での魔法行使だ。
確かに翼竜の頭部や翼、胴体、尻尾のあちこちでそれらは弾ける。
だが、威力に関してはビー玉を介した時のそれよりも、明らかに一段、二段ほど劣っている。
翼竜は小さく唸るが、それは痛み云々への怒りより、煩わしいという感情が強いと思われた。
無から爆発を起こすのは、さしもの姫華にも無理があるのでは……と躊躇いを起こさせるからだろう。
ゆえに、彼女は突貫する。翼竜の懐へ入っての接近戦であった。
先に、耳を保護するための赤と黒のカラーリングのヘッドフォンもつけて。
「おらぁっ!」
繰り出されたのは正拳突きのような乱打。
もっとも、空手をしていた者からすればその構えや姿勢など、あちこちに指摘すべき点が目白押しである。
あくまでも、なんちゃって空手のようなそれでしかない。
だが、それでも傍目からはそれらしく映る。
彼女が持つ技能の《体術技能》による効果だ。
今までなんとはなしに見てきた漫画だのゲームだの映画といった媒体から、彼女が実際に繰り出しやすい形へと情報を変換してくれるのだ。
「私が突き出す拳は爆破を伴う!」
言った先から、姫華が繰り出した拳と共に、爆破の精霊達が弾けていく。
炸裂する爆炎は、姫華を正確無比によけつつ翼竜の鱗や甲殻を剥がし、皮膚を焦がし、内部をも焼いていく。
間近で轟く轟音は、聴覚保護をしている姫華の鼓膜を破るには至らないが、それでも空気は震え、熱は風となり、必然姫華の皮膚にもそれらは伝わってくる。
「――――――ッ!!」
至近距離での熱量、圧力は流石に頑強頑丈な翼竜にとってもたまったものではなく、声にならぬ声を上げ、慌てたように距離を取る。
羽ばたきの際の突風で、思わず姫華もその風圧に押されてしまい、ヘッドフォンも耳元から外れてしまう。
その時だった。
「姫先輩!」
「モモっ?」
聞きなれた後輩の声に、姫華は声の方へと視線を向ける。
第五階層の端、上層へと続く階段付近で桃香や霜月、それに白の騎士団であろう面々が集っているのが見えた。
どうやら、無事に見つけ、安全確保に成功したようだった。
「よし、それじゃあ遠慮なくいきますか……」
コートの懐より、一本の銀色の筒を取り出す。
全長30センチメートルほどのそれを握りしめ、彼女は目を瞑る。
距離を取って離れていた翼竜が、再び滑空を仕掛けてきている中、目を閉じるとは無謀な行為でしかない。
「結局、これに頼らないと倒しきれないあたり、まだまだ未熟だけど……ククリヒメッ!!」
喝と、目を見開く。
彼女にしては珍しく、声を高らかに上げる。
それから数瞬後、銀色の筒の柄より先端から深紅色の輝きが放たれた。
それは尖剣状に伸びていき、伸びたそれは天をも仰がんとするほどに高く長大なものへと変化していった。
NEW GAIN!!!
※正確には手に入れたわけじゃないけど、気にしない!
【止まらぬ銀時計】
レアリティ:★★★☆☆☆☆☆☆☆
入手先:時を操る魔物を撃破時に低確率で入手、または時計塔ダンジョンで時々出現
花模様の装飾が施された銀時計。
電池などを要さずに針は動き続け、止まらない。
所有者は如何なる時の流れの中でも、変わらず一定のリズムで時間が流れる。
その効果は、時の魔法による影響を防いだり、時間停止のトラップなどを無効化するといったもの。
時魔法を扱う探索者にとっては、必須級のアイテム。
【フォースセーバー】
レアリティ:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
入手先:玩具ショップエリアが形成された際、時々出現。
大人気映画《ギャラクシーウォーズ》に出てくる武器の玩具……と似たような形状をしているが、魔力を込める事で剣状に光が形成されるレアアイテム。
魔力がある限り、何度でも刃を作り出せ、接近戦も可能で便利。
元玩具店のダンジョンでは割とよく出てくるので、レアリティは低め。
ただ、形成される色には種類があり、中でも虹色は極めて出現は稀であり、他にも入手しにくい色がいくつもあるとか。