ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
神々へ祈りを捧げ、その力の一端を借りるための行為。
求められるのは信心深さであったり、助力を願う動機であったり、祈祷するに相応しい実力であったりと実に様々。
神の強さとは、人々の中でどれだけ記憶に残り、祈りを捧げられるかで決まる。
メジャーな神であればあるほど、得られる力は大きい。
だが、祈祷をしていて力を借りられるのは一度に一人。祈ったタイミングが誰かと被れば、誰かがその間は助力を得られない(一部例外もあり)。
かといってマイナーな神であれば、得られる力も正直期待薄。
その代わりでもないが、探索者が祈った時は割と反応が早かったりする。
ゆえに、一長一短。
自分の推す神の知名度が高まれば、他の探索者にも祈祷の対象となってしまうし、かといって無名の神の及ぼす力などたかが知れているのだ。
有名でない神を推す探索者の気分は、さながら新人アイドルの黎明期のファンみたいなものである。
ちなみにインドあたりの神々は恩恵がでかいが、怒らせるとまず助からない。
だが、知名度もあるので祈祷する探索者は少なくない。犠牲になった探索者も少なくない。
ククリヒメ。
正式な名称は、菊理媛尊という。
日本の神であるとされるが、知名度は決して高くない。
当然であろう。
古事記*1には一切の記述もなく、日本書紀*2の異伝にほんの一度登場しただけといわれているのだから。
ククリヒメを題材とした作品や、モデルにしたキャラクターが登場したりもするので、まったくの無名でもないのだが。
何をした神かといえば、端的にいえば縁結びの神であるとされる。
古事記では有名といってもいい、国産みの神である伊邪那美命(以降イザナミと略称する)と、伊邪那岐命(こちらも、以降イザナギと略称する)が黄泉比良坂で夫婦喧嘩*3をした時、その仲裁をしたらしい。
だが、この時ククリヒメがなんといったのか、そもそもどこから現れたのか、何一つとして分からないともされている。
この出来事が事実であるなら、重要な役割を果たした神であろう。
しかし、記述があまりにも少なく、謎も多い。
前置きが長くなってしまったが。
姫華は、このククリヒメを祈祷する神として選んでいた。
メジャーではないゆえに他の探索者と祈りが被りにくく、それでいてまったく無名でもないため、そこそこの神力を持つからという身も蓋もない理由であった。
なにより、
「ククリヒメっ、聴こえてるー?」
『はぁーい。聴こえてま~す』
天(といっても迷宮内の天井であるが)に向かって声を上げる姫華に対し、どこからか女性の声。
ほんわかとした口調のそれを聞き取れているのは姫華だけである。
周囲からすれば、一人で空に向かって声を発するおかしな人に映っている事だろう。
「ククリ、ごめん」
『んんー? どうしたのぉー』
「やっぱ私単体の力じゃ勝てそうもなくてね。力、貸してもらえる?」
『ヒメちゃんが?
なんというか、ノリが軽い。
神を愛称ないし略称で呼んで許されるあたりは、関係性の証左であろうが。
友達同士のやりとりだといわれても、納得できるかもしれない内容だ。
もしも、姫華以外にこの声を聴覚に捉えられたなら、本当に神の声であるのか疑問を抱いたであろう。
だが、その力は本物だ。
そうでなくては、姫華とて祈祷などしない。
『あ、なんか来てるよー』
「おっと、危ない」
咄嗟に屈む姫華。
そのまま、地面に向けて掌を当て、爆破を引き起こす。
「よっと」
言った直後、姫華は空いた穴へと身を潜め、その上を《三尾の翼竜》が通過していった。
飛来滑空をする都度、尻尾が、あるいは尻尾に巻き込まれた遊具が床を叩きつけ、轟音が一帯に響き渡る。
ドーン、ドーンという音がいつまでも止まないのは、床が砕け、遊具が壊れて散乱しているからだろう。
『セ~~フ』
「だね」
姫華も、ククリヒメも、どちらも暢気そのものである。
とはいえ、姫華の方は口調ほどに余裕とはいかない。
万が一に直撃すれば即死、掠めただけでも重傷待ったなしなのだから。
豪風が過ぎるのを確認すると、姫華は穴から姿を見せ、再び第五階層の床に立つ。
『今回も、それに力宿すの~? 確か、ライトセー……』
「フォースセーバーだよ、ククリ」
やや食い気味に姫華が答える。
姫華の手に握られた銀色の柄を、探索者達は《フォースセーバー》と呼ぶ。
元々は、有名な海外映画の《ギャラクシーウォーズ》にて登場する人物たちが振るう武器……を模した玩具とまるっきり同じ形のレアアイテムである。
これに魔力を込める事で、先端から尖剣状に光が形成されるのだ。
「あぁ、そうだっけー。じゃあ、そのフォースなんとかに、集めていくよ~」
「うん」
姫華の握るフォースセーバーの先端より、ブォン……という音と共に、深紅色の尖剣が伸びていく。
両手で握り、頭上へ掲げた光剣へと、いくつもの色彩を伴った光の粒が集い、輝いていく。
光はどんどん密度が増し、目に見えて眩しいくらいに輝きが鮮明に、鮮烈となっていく。
その剣の長さは、天へと向かって伸びていき、放っておけば天井さえも貫きそうな速度で伸びていった。
対する翼竜は、向こうから姫華目掛けて飛来し、強襲せんと迫ってきている。
真っすぐではなく曲線を描きつつあるのは、おそらく、というか確実に姫華の手元や周囲からおびただしい数の光の粒子が発生しているからだろう。
何をしているのか、何を繰り出してくるのか分からぬゆえに、警戒をしつつ、動作を見切りながらの攻撃を繰り出すつもりなのだ。
階層ボスの名は伊達ではない。
いくらダンジョン自体に再生力があるといっても、それを上回るレベルで翼竜が破壊を続けている。放っておけば、いずれは辺り一帯が焼野原さながら、無残極まる焼け跡と化していく事だろう。
まだ姫華に肉薄するほどの距離でもないのに、暴風が彼女の栗色の髪を揺らし、圧力で身体が、足がその場に留まっているのも辛いほどだ。
姫華の身体の何十倍もの面積や重量があるはずの遊具が、いとも容易く砕かれ壊され、宙を舞う光景は、傍から見ていてさえも恐怖でしかないはずだ。
だが、姫華の表情に、瞳にそうした色はみられない。
あるのは、これから起きる事への不変の信頼と、勝利への確信であった。
結果に至っていない以上、慢心とも、驕心とも受け取れるが、揺らがぬ自信が彼女の強さに繋がっていたのは事実であろう。
「うん、流石はククリ。良い仕事をしてくれる」
『でっしょ~? もっと褒めるがよいぞぉ。崇めるといいぞぉ~。これで私のファン獲得じゃ~』
「それは……どうだろうね」
『えぇ~!? ヒメちゃん、もっと私の広報活動してよぉ~! 知名度アップはさ、私の実力アップに繋がるわけで。そうなったらヒメちゃんに貸せるパワーもアップなワケで。つーまーり、お互いにウィンウィンなわけなのだぁ~? お分かりアンダステェ~ン?』
姿は見えないが、おそらくは胸を張って鼻高々であろうククリヒメの声には誇らしさが感じられた。
姫華とのやり取りの中では、馴れ馴れしさも微妙にうっとうしさも見せるが、このあたりの気安さも姫華にとって推しとする理由の一つかもしれない。
和の神のくせに、海外にかぶれやがって等と言ってはならない。
神々も自身の生存戦略のためには、手段を選んでいられないのだ。
話を戻すとして。
姫華が褒めた、何が良い仕事であるかというと、姫華の手にしている深紅色の光剣にいくつもの光が集っているところに理由があった。
この光の一つひとつが精霊達なのである。
火、水、雷、風、土、闇、光……といったオーソドックスな属性の精霊達を中心に、いくつも、いくつも集ってくる。
その数を詳細に数えるのは困難であろう。
数百が数千に、数千が数万に、数万が数十万にと増えていき、あまりに膨大な数そのものが武器なのだ。
繰り返しになるが、ククリヒメの持つ力は《縁を結ぶ》事である。
国産みの神々であるイザナミとイザナギ夫妻の喧嘩を仲裁した事で知られる(というか、それしか記述がないのだが)だけに、日本各地の神社で祀られる彼女は縁結びのご利益があるとされているのだ。
その伝承由来を示すかのように、彼女は精霊同士で繋ぎ、協力させる力を持っていた。
普段、自分のやりたいように、自分の思うままに振舞う精霊達であるが、お互いの相性は決して友好的といえなかった。
姫華が水の魔法と雷の魔法を用いて攻撃した事を覚えておいでの方はいるだろうか(第5話参照または第10話を参照されたし)。
水魔法でシャボン玉を操り、そのシャボン玉が接触した際に雷魔法が流れるやつなのだが。
これも本来は、結構高等技術が必要となる複合魔法なのだ。
気分の浮き沈みが激しく扱いにくい水の精霊と、とにかくせっかちで短気な雷の精霊との相性はまぁよろしくない。
そこを姫華の尋常ならざる魔力だけで従わせているわけだが、ここから更に他の精霊ともなると、流石に、否、かなーり至難の業となる。
《精霊交渉術》のマイスター級ならそれも可能かもしれないが、並の探索者はもちろん、熟練した探索者であっても早々出来る事ではないのだ。
そんな扱いにくく、性格も決して褒められない、けれど切って捨てる事もできない精霊達をひとまとめに団結させる事こそが、ククリヒメの真骨頂なのだ。
相反する精霊達が集まるのはいいとして。
火と水で反発したりとか、闇と光で相反したりしないのか、だとぉ……?
巨大な渦の中で、小さな泡が多少弾けたところで影響はたかが知れているのだ。
要するに、集めに集めた数でゴリ押しをするという事だ。
「あぁ~! ヒーローである僕達の出番だぁ~~~~!! 最後のトドメにこそ、僕ら光の精霊の輝くに相応しいぃぃ~~!!」
「……」
数えるのも馬鹿らしいほどの精霊潮流の中で、自己主張の激しい光の精霊達の歓喜の声が聴こえてくるが、姫華は無視した。
戦いが終局化だとか、盛り上がる展開にならないとやる気の出ないという、使いどころに難のある光の精霊は、こんな場面になると途端にやる気になる。
逆にいえば、戦いが終盤に差し掛かっていたり、勝利が近い事が分かりやすくもあるのだが。
「…………当たれぇっ!! エクスカリバーぁッ!」
自分の背丈を遥かに超えた巨大な光剣を一気に振り下ろす。当たれと叫ぶが、これだけ巨大、かつ膨大であれば、当てない方が難しい。
この時、周囲に誰もおらず、また、離れている桃香達にも翼竜の暴れる音で聴こえていないのを良い事に、ここぞとばかりに姫華は格好つけ、技名すら叫んだ。
忘れてもらっては困るが、姫華はオタク気質なのだ。
もう28歳にもなるというのに、根が幼い。
でも、良い歳をしているものだから、多少は表に出さないように心がけているのである。
しかし、強敵が目前に迫り、手を出さねば死を待つのみという状況の中。
持ってる剣に集う精霊で迎え撃つ自分に、彼女は酔った。
その証左とでもいうべきか、社会人でアラサーの独身女が良い歳をこいて技名を口にしたのだ。
誰にも聞かれていない事を確認、および確信してから口にしたのはせめてもの理性だろう。
勢いのままに光剣を振るう。
それに追従するように、数多の精霊達が剣閃となって翼竜を襲う。
「――――――――」
悲鳴を上げる暇も、抗う暇も、理解をさせる瞬間さえも与えはしない不可避の一撃。
一見、上段からただ振り下ろそうとしただけに見えたかもしれない。
だが、その実、精霊達が軌道をカバーしているため、どこへかわそうとしたところで無意味なのだ。
これを破るのは、絶対的なまでの防御を行うか、正面からこれ以上の威力の攻撃を放つほかはない。
もしくは空間跳躍をしての回避だが、この翼竜にそのいずれもの選択はできなかった。
迫る光の剣閃が、頑強頑丈を誇り、近接攻撃にも魔法攻撃にも強いはずの翼竜を容易く裂く。
燃えるでも、感電するでもなく、痛みや苦しみを感じる暇さえもなく、その命を奪ってみせた。
姫華が一撃を放った後、遅れて弾ける爆音が一帯に響き渡り、次いで重い何かが床に落ちていく音と、その重みに耐えかねて割れる音が続いた。
それから数秒後、辺りは静寂に支配された。