ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索   作:Yunoko

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【Tips】ダンジョンについて・5

 ダンジョンの最深層部には、迷宮核ダンジョンコアと呼ばれるクリスタル形状の物質が存在する。
 文字通り、ダンジョンにおける根幹となる部分であり、これが存在する限りダンジョンも成長しつづける。

 成長しつづけると、階層が増えたり、エリアが拡大されたり、魔物が強化されるなど、探索者側にとって概ね望ましくない結果につながる……ばかりでもない。
 ダンジョンが成長するにつれ、得られる資源や財宝もグレードアップするからだ。
 腕に覚えのある探索者ほど、この恩恵は大きいため、あえてコアを破壊しないという選択肢を選ぶ傾向にある。

 もっとも、これは探索者の属する企業側の意向というのも大きい。
 というのも、コアが破壊されると、それ以上のダンジョン成長が見込めないばかりか、ダンジョン内での資源の生産速度なども低下するためだ。

 貴重な資源や財宝が得られるダンジョンなどでは、コアの破壊は半ば禁止されており、探索者が最深層部へ入り込まないように監視する者もいるとか、いないとか。

 とはいえ、コアの前には、深層ディープボスが待ち受けている。そこらの凡百な探索者が束でかかっても、まず勝てないのだ。

…………そんな重要なダンジョンコアを破壊してまわった主人公がいるらしい。



第15話 《ダンジョンコア》

 《ステラモールダンジョン》の第六階層。

 先ほどの屋上遊園地から階段を下りていくと、そこは奇妙な空間であった。

 異次元と言い換えてもいいかもしれない。

 

「エスカレーター……ですよね」

「ちゃんと動くんだぁ……」

 

 恐る恐るといった様子で何人かが下を覗く。

 幾つもの階段、幾つものエスカレーターが上に下にと続いており、それらを支える柱なども途中で途切れている。

 一番真下であろう場所はただただ白色であった。底がどこなのかも分からない。

 果たして、底が存在するのかさえも。

 

 物理法則もへったくれもなかった。

 なんなら、エスカレーターがなぜ可動しているのか、動力源はどうなっているのか、そのあたりも分からない。

 ダンジョンに常識は通じないのだ。

 

 俯瞰的に見れば、円型の空間となっている事が分かる。

 周囲では円を描くようにグルグルと、石板のような物体が浮遊し、回り続けていた。

 その中で底も見えぬまま、階段とエスカレーターだけが不規則に連なる場所。

 それが第六階層。

 

 階段やエスカレーターには手すりが備えられているものの、それらを繋ぐ躍場おどりばには何の支えも存在していない。

 落ちた先に何があるのか、それは落ちた者にしか分からないだろう。

 好奇心があったとて、確かめてみたいと思う者はいない。

 

「下り続けた先が最深部の第七階層……ですか?」

「そうですね。それなりに道が続きます。行くのであれば、くれぐれも落ちないように気をつけてください」

「魔物は出るのでしょうか? 今のところ、姿は見えませんが」

「ここで出てきたのは見た事がありません。ただ、一応注意はしておいた方が良いかと思います」

 

 白石からの問いかけに対し、姫華が答えていく。

 このあたりのダンジョンについて精通している彼女の知識は、何よりもの財産ともいえた。

 今後の調査でも決して無為にはならぬであろう。

 

「階段とかエスカレーターって、崩れたりとか罠の可能性はありますかぁ……?」

 

 真白がおずおずと質問をし、それに対し水橋などが頷く。

 支えとなる支柱が途中で途切れていたり、どこまで伸びているのかも定かでない中、不思議な力で浮いているといわれても不安でしかないだろう。

 そうした疑問や不安は姫華にも理解できたし、予測もできていた。

 

「絶対とは言い切れませんが、ここを下りて階段が崩れたとか、そういった事はないですよ」

「そうなんですねっ! はぁ~、良かったぁ……」

「いざとなったら出古井君の魔法人形に先進んでもらえばいいんだよ。ねっ、出古井君」

 

 水橋の提案はもっともで、出古井も「っすねぇ」等と頷きつつ、己と瓜二つの偽出古井へ視線を送る。

 

「よし。もう一人の僕、ここは先頭を歩いてもらえるか」

「任せろヘタレぇ!! 俺がお前に代わって先駆者になったる!」

「勇ましいけど、僕に対する敬意とか欠片もないよねキミ」

 

 偽の出古井が先頭を進む事になり、各々がその後に続く。

 意気揚々と階段を下りていく偽出古井、その次に姫華と桃香が続き、そのあとに霜月や真白、水橋、長月といった騎士団の女性陣が、最後に白石と出古井が最後尾を歩く形である。

 魔物が出ない可能性が高いとはいえ、一応各々が警戒をしつつ、それでいてどこか弛緩した雰囲気が漂う。

 それは進んでいくにつれて顕著となる。

 

「ねぇねぇ、如月さん。さっきの翼竜と戦ってる時の必殺技? ってどーやったんですか?」

「如月さんの火魔法ですが……あ、爆破魔法っていうんですか? それってどういった精霊と交渉を?」

「途中で時間の流れがなんかおかしな感じになりましたけど、あれも如月さんの魔法でしょうか?」

「あのっ、あのっ、精霊さんとの交渉を教えてほしいんですけど……」

 

 姫華は《白の騎士団》の面々から質問攻めに遭っていた。

 翼竜撃破後、互いに自己紹介をしてからそう長い時間も経っていないのだが、女性陣達は積極的に話しかけてくる。

 数が多いと言い切れない女性探索者達の中、第一線で活躍し続けている姫華に対し、聞きたい事が山のようにあるらしい。

 

 姫華の方も答えられる内容については、包み隠さず答えていく。

 出会ったばかりとはいえ、人柄の良い面々達であり、《白の騎士団》といえばどこまでも事務的なイメージの強い中、真面目で誠心揃いの彼女達(彼らも含む)が死んでほしくないという思いも芽生えはじめていた。

 さて、姫華が次々と質問攻めに遭う中で桃香がどう思っているかというと。

 

「ねぇねぇ、白百合さんって探索して何年になるんですか?」

「まだ若いですよねぇ。でも、さっきの隠密、あ、秘匿の魔法でしたっけ? まとめて見えなくするの凄かったですよ!」

「その若さで如月さんと一緒に探索できるくらいですから、モモさんは将来有望だと思いますよ」

「探索しててそのっ、あのっ、怖くとか……無かったですかぁ?」

 

 こちらも同じく質問攻めであった。姫華を取られて憤る暇さえもなかった。

 戸惑いつつ、桃香も答えているのだが、そこまで嫌がっている風には見えない。

 

 騎士団の女性陣は普段、白石の極端なまでの慎重さに影響を強く受けている。

 元々彼女達が真面目な性質というのもあるが、両者が組み合わさると慎重かつ堅実で、どこか悲観的で悪い方向に想像しがちとなるのだった。

 それが、単独で魔物をなぎ倒す姫華という存在が現れ、この時はやや楽観的に傾いた。

 

 あくまで、一時的なものである。

 しかし、噂に聞く存在が実物として現れた事、しかも事実強かったゆえに、『この人がいれば安心!』という気持ちが強く出てきてしまった。

 端的にいえば、安心してしまった。だから口数も多くなる。

 表情や雰囲気も明るくなり、それは悪い事でもないのだが、油断に繋がらないか不安を感じなくもない姫華であった。

 

(まあ、私自身がここに魔物が出ないって言っちゃったし……もしも万が一に現れるなら、絶対に倒すしかない)

 

 この空気を作った一因に自分の発言があったと姫華は考える。

 嘘を言った覚えはないが、元々ここで出現していた深層ボスを撃破したから出ないのであって、もしもコアが復活していたなら、例外が発生する可能性もあるのだ。

 軽率な発言だったと、道中反省するのであった。

 

「御免」

「はい?」

 

 ふと物思いに耽りそうだった姫華だが、スッと隣にやってきた人物に意識を戻す。

 誰だったかとつい先刻の記憶を探っていると、「こっ、この人は長月さんです。言葉がその、短めな方ですけど、悪い人じゃ……全然ないですよ」と真白が説明と補足をしてくれた。

 

「えっと、何でしょう」

「剣術、体術、関心?」

「……えーっと」

 

 助けを求めるように姫華が視線を向けると、真白が嬉しそうな顔を浮かべる。

 自分の出番が来たといわんばかりの様子だった。

 小柄な彼女は、どことなく桃香と雰囲気が似ている。

 

「え、えっとですね。如月さんは剣術とか体術に興味関心はありますか、と聞きたいみたいです」

「なるほど」

 

 どうやら真白という人は、この長月の少なすぎる言葉を解読もとい翻訳してくれるようだ。

 彼女が話す時はビクビクとしているのだが、長月の言葉を代弁する時はどこか自信を感じさせる。

 

「あまり接近戦は得意じゃないのですが、少しだけ興味は」

「僥倖。以後交流希望。剣術得意。休日探索同行可」

「…………」

 

 長月は表情を変えないが、どことなく声色が嬉しそうなものになっている。

 単語の羅列が続き、姫華は内心で普通に話せそうだけど等と思いながら耳を傾ける。

 

「んん……今後、機会があれば交流しませんか。剣術は得意なので、休日の空いている時なら探索にも同行できますと」

「なるほど」

 

 なぜか真白の方は少し拗ねたような顔立ちで代弁してくれている。

 姫華には微妙な違いは感じられたが、その理由は分からない。

 姫華の隣で話を聞いていた桃香には、その理由はなんとなく分かる。

 

(真白さんって人は、長月さんに懐いてるんだろうなぁ。姫先輩に取られるかと思って、ちょっと嫉妬してるんだ)

 

 なんとなく、真白に共感を覚える桃香である。

 とはいえ、平日が仕事の公務員である《白の騎士団》と、土日は休ませたいと考える姫華達《迷宮探索第七課》でのスケジュールは合わないであろうとも思ったが。

 

 そうこうと、どこか和気あいあいとした雰囲気の中、八名達は下へ下へと進んでいく。

 結論からいえば、結局この階層で魔物と遭遇する事はなかった。特にめぼしい資源なども見つからなかったが、安全な道中であっただろう。

 そして、最深層部へと到達する。

 


第15話

《ダンジョンコア》


 

「ここが……」

 

 それは誰の声だっただろう。

 姫華以外の誰かであったのは確かだ。

 

 最深層部は狭い空間であった。

 外縁部には傷んで風化したレンガが壁となって覆っており、亀裂が入ったり苔の生えた床には、よく分からない文様が刻まれている。

 中心部には様々な花の植えられた花壇があり、それを囲むように水路があり、透き通った水が流れる。

 

 花壇の中央に厳かな装飾の施された台座があり、その上に結晶体が浮かぶ。

 結晶体の形状は正十二面体で、色彩は翡翠を思わせるエメラルドグリーン。

 

 見上げればステンドグラスのような天井が広がる。

 この空間にあるのは以上だ。

 率直にいって、統一感のない空間であった。

 これをデザインした者は、間違いなく駄目な意味でのセンスの持ち主だろう。

 

「もしかしてですが」

 

 これは白石の声である。

 視線の先には、中央に座する結晶体。

 その輝きは宝石を思わせるが、先ほどの姫華の話を聞いていた以上、純粋に綺麗だとか言ってはいられない。

 

 これこそが、ダンジョンコアなのだろう。

 騎士団の面々とて、コアについての知識はあるものの、こうして実物を見るのは初めてだ。

 この結晶体がダンジョンを成長させるとは、中々に想像がつかなかった。

 

「……そうですね。深層ボスは復活していないようですが、コアはどうやら復活してますね」

 

 姫華の双眸が鋭いものとなっている事に、この時誰も気づけなかった。

 見据える先はもちろんダンジョンコア。

 見覚えのある結晶へと近づき、姫華はコアに手を当てた。

 

「白石さん、いえ、白の騎士団の皆さんにお伝えしておきますね」

「はいっ、何でしょうか」

「皆さんの制服に備え付けているカメラに映っているでしょうから、隠さずにいきますが、今からコアを破壊します」

「…………んんっ!?」

 

 姫華が言った言葉の意味を理解するよりも早く、コアが弾け飛んだ。

 硝子を割ったような音というより、氷が砕けた時のような音が流れるように聴覚を刺激する。

 粉々になって砕け散ったコアが空中で塵となって消えていく。

 

 あっさりと。

 ダンジョンの核となる結晶が砕かれ消えた。

 最深層部へ到達してから、僅か数分にも満たぬ出来事に周囲の理解が追いつかない。

 

「ひ、姫先輩」

「うん」

「壊しちゃって良かったんですか? あの、ダンジョンコアって」

「そうだね。多分、いや、間違いなく怒られるだろう」

「そうだねって……」

 

 なんともないように答える姫華。

 むしろそれを見ていた桃香の方が焦り慌てており、声が上擦っていた。

 

 ダンジョンコアは、ダンジョンが成長していく上で欠かせぬ存在である。

 放っておけば、このステラモールは再び成長していき、階層を広げていっただろう。

 そうすれば、魔物も強くなったり、ギミックなどが増える可能性もある。

 だが同時に、得られる素材や資源、財宝といったもののグレードも高くなる可能性もあった。

 

 つまりは。

 

「如月さんの属する企業……《黒井商会》さんでしたか。迷宮産業というのは、ダンジョンコアの破壊を禁じているところも多いと聞きますが……」

「えぇ。よほど緊急性でもない限りは、発見したら報告するようにと言われています。特に私は過去に何度もコアを壊してまわった常習犯ですから」

 

 白石の懸念する声に対しても、姫華はあまり気にした様子を見せない。

 

「騎士団の方でも……コアの破壊は認められていませんか?」

「我々は……そうですね。推奨はされていないのは確かです。一度上に報告して、市役所と企業とで協議を行う流れが主流でしょう」

「ですよね。本来、それが正しい対応なのでしょう」

「分かった上でどうして……」

「すみません。理由はお伝えできません」

 

 首を振る姫華。

 瞳には強い色が篭もっており、どうあっても理由を言うつもりがないのは伝わる。

 

「ただ、カメラの内容などはそのままお見せしていただいて問題ありません。黒井の如月が壊してしまったと、そのままお伝えしてもらって構いません」

「……分かりました。そのままお伝えしましょう」

「白石さん!?」

「……」

 

 命を助けてくれた姫華を突き出すような真似をするのか。

 そうした非難めいた声を出す水橋や真白だったが、白石が小さく首を振って頷くのを見て、意図を察した。

 

 姫華が何らかの目的があり、ダンジョンコアを破壊したのは確かだ。

 それを企業側にも、市役所側にも知られたくないのも確かなのだろう。

 となれば、ここでの会話が録音されている以上、何を言っても藪蛇でしかない。

 

 だから、これ以上は追及をしない。

 そうすべきなのだと、白石は無言の内に伝えているのだと分かった。

 

「では、帰りましょうか。これ以上ここに居ても、何も起きないでしょうから……」

 

 姫華の言葉に反論する者はいなかった。

 

 帰りはどこかぎこちない空気の中、上へ上へと進み、戻っていった。

 姫華の纏う空気はどこか他者を寄せ付けないものがあり、騎士団の面々としては何を言い出しても姫華の立場を損ねる気がしてしまい、当たり障りのない会話をするにとどまった。

 そんな状況であるから、桃香としても姫華と話はするが、なんだか気まずい気分であった。

 

(私って、まだまだ全然、姫先輩の事分かってない……)

 

 どうして、ダンジョンコアを破壊するのだろう? セブンテイルズの英雄という異名を嫌うのだろう?

 センシティブな内面に踏み込めるほど、自分は姫華に信頼してもらえているのか……。

 嫌われてまで、知ろうと思うほど、勇気を出せないのであった。

 

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