ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索   作:Yunoko

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第20話 《姫華の準備期間①》

 アラームの音がする。

 いつもの警報音じみたアラームの音は、朝か昼か分からないが、とにかく起きろと持ち主に促している。

 いつまでも起きてこない持ち主に業を煮やしたり、諦めて黙るでもなく、とにかく鳴らし続けている姿には健気さすら感じるかもしれない。

 

 だが、持ち主の方も眠気と本能に従うままに音の方向へと手を伸ばし、5分おきにセットされたアラーム音がけたたましく鳴り響く都度、無情にも黙らされる。

 スマートフォンと姫華との熾烈で無益な争いは、大体30分ほど続いた。

 

 まだ眠気を残し、瞼が半分閉じつつあるが姫華は目を覚ました。

 柔らかな栗色の髪が、顔を起こすのに合わせて揺れる。

 

「…………朝? 昼?」

 

 室内のカーテンの隙間から射し込む光は、まるで木漏れ日を思わせる。

 半覚醒のまま目を覚ました姫華は、スマートフォンのホーム画面を確認する。

 アラームを何時にセットしたのか、それさえも彼女は記憶が曖昧なのだった。

 

 覗き込んだスマートフォンのホーム画面には、《2020年11月21日(土)》《08:28》《起きたら、まずはConnectコネクトのメッセージ確認と、返信忘れず!》《七課の皆の安否確認も忘れない事!》などなどの数字や文字が表示されている。

 記憶力の無さに定評のある姫華が、自分自身のために残したメモ機能である。

 

「そうだ……メッセージ……でもその前に……」

 

 起きた姫華はノロノロとしながらもロフトから下りていき、まずはテレビを点ける。

 

『さぁ、今日も御子ちゃん占いのお時間がやってまいりました! テレビの前の皆さん! よそ見厳禁、わき見厳禁です!』

「よし、間に合った」

 

 いつも朝方に見ているチャンネルの占いコーナーに、いつもの御子みこちゃんという名のお姉さん*1がいつものように笑顔で話しており、その隣にはトラ柄のシャツを着込んだ、いつもの気怠そうな顔の相方が立っている。

 それだけの事だが、いつもと同じ事、変わらない部分に対し、姫華はいくつもの理由から安心する。

 

『第1位はみずがめ座の貴方! 今日は活動的で開放的になってもいいんじゃないでしょうか!? 土曜日のお休みオーラが、貴方のエネルギッシュを三割増しで高めてくれるかも!? そんなみずがめ座のラッキーアイテムはマーライオン型のミルクパン! 名前の通りにミルクをホットにしちゃうのか、はてさてランチやディナーにスープでも作ったらいいのか、私には分かりません! だって幸運を手に入れるのは貴方ですからぁ~』

『そんな曖昧な理由でオススメされる視聴者さんよ』

 

 ミルクパン自体はマニアックとはいえないが、マーライオン型のそれは姫華も知らないし、見た事もなかった。

 シンガポールあたりで売ってるのだろうか。

 

「1位かぁ……寝てようと思ったけど、今日は出かけようかな?」

 

 休みの日の姫華は、平日で仕事がある日のそれに比べ、幾分か表情も気分も穏やかさが見えた。

 さらに占いで1位となった喜びから、活動する事への意欲も芽生え始めている。

 基本的に根が素直というか、単純なのが彼女だった。

 

『さぁ、続きましてそこそこラッキーボゥ~イ&ガァ~ルな第2位から第5位まで! 今日は土曜日! さっさと終わらせて、私もフリータイム!』

『自由な表現がこの番組のウリです』

『第3位はてんびん座の貴方! 勇気を出してみるといいかも!? 千里の道も一歩から! 踏み出さなきゃ、前には進まない! そんなてんびん座の貴方のラッキーアイテムは刀型の持ち歩き携帯傘! 持ち歩くときは職質に注意しましょ~!』

『職質された日にゃアンラッキーデイじゃないすかね』

 

 姫華が今日の一日に思いを馳せる中、テレビの中では尚も占いが続く。

 

『第5位はかに座の貴方! 堅実に、けれど確実に物事をこなしていくといいかも!? ベストよりベター! ナンバーワンよりオンリーワン! さぁ、かに座の貴方を後押しするラッキーアイテムは堅物豆腐シリーズ! 生涯が常在戦場、不動不屈の堅豆腐が貴方を質実剛健に導いてくれるかも!? 尚、この豆腐は食べる隙も与えちゃくれません!』

『作ったメーカーさんは、どういった調理過程を経てご家庭の人達に食べてもらうつもりなんでしょうね?』

 

 気分が良くなった姫華には、そのあとの占いコーナーの結果は音声が流れている事を聴覚が認識しつつも、脳内には入ってこなかった。

 とりあえず、スマートフォンを手にし、忘れない内に昨夜来ていた《Connect(コネクト)》のメッセージを確認して、返信していく。

 

 まずは《幼馴染みぃ(4)》。

 こちらは姫華に、海江田夏美うみえだなつみ鹿野心絵しかのここえ遊佐廸子ゆさゆずこの4人の幼馴染みによるグループチャットだ。

 

 内容は『昨日もお疲れー!』だの、『今度の休み、どっか行こー!』と夏美からのメッセージが流れ、それに対し、心絵が『お疲れ!』『OK!』のスタンプで返信してあった。

 姫華もそれに倣い、スタンプで返信しておく。

 

 次に《モモ♪》。

 こちらはもちろん、第七課の白百合桃香しらゆりももかとの個別チャットである。

 『昨日は一緒に探索ありがとうございました!』『ご飯も結局奢ってもらっちゃって感謝~! ほんっとーにありがとうございます! 姫先輩最高!』等々と、感謝の言葉とスタンプが続く。

 

「モモこそお疲れ……土日はゆっくり休んで、また来週から頑張ろう……っと」

 

 続くは《私が宝月さんだぞ》に《御巫神楽》。

 こちらは《財宝鑑定部》の宝月由希ほうづきゆきに《技術開発部》の御巫神楽みかなぎかぐらの両名で、片方は先日の《ステラモール》探索の成果についての鑑定が今日中には終了するとハイテンションに伝えてきて、もう片方は……。

 

「《ブレード》が修理終わったんだ……それと《シールド》のテスト……ふぅん?」

 

 探索者の生存率を高めるための新作が、実用段階に到達しているので一度相談したいという内容だった。

 他にもいくつか試作したアイテムのテスターになってほしいとの依頼に、姫華は興味を引いた。

 

 どちらも月曜日には顔を出しておこうと、さっそく手帳に書き込んでいく。

 それと忘れずに返信もしていった。

 

 《ブラック迷宮企業被害者の会(20)》。

 こちらは各迷宮企業に所属する、探索者達のグループチャットである。

 迷宮企業なんてどこもブラックが常なので、所属する条件などあってないようなものであろう。

 もっとも、ここのグループチャットに所属しているのはいずれも長い探索歴であったり、相当の探索者ランクを持つ者ばかりだ。

 誰だったかが、エリート社畜奴隷の集いと言及した時、それを誰も否定できなかったあたりが物悲しい。

 

「来年の春頃に《寝台列車スターダスト》の乗車券、寝台券の入手チャンスがあるかも……かぁ」

 

 全メンバーに向けたイベントの周知なので、返信はしない。

 発信者もそんなものは期待していないだろう。既読スルー上等なのだ。

 

 姫華の呟く声に抑揚はさほど感じられないが、表情には些かばかりの変化が生じている。

 端的にいえば嬉しそうだった。

 微かに頬が緩んでいるのだが、本当に微かなので、普段からよく見ていないと気づかない程度だが。

 

「絶対に忘れないようにしないと……」

 

 手帳に書き込もうと、バッグから取り出したところで今年の手帳もそろそろ終わる事に気付き、来年の手帳も買わねばと考えていた事も思い出した。

 服とかも欲しいし、化粧品の類も買っておきたいし、自宅のノートパソコンもそろそろ買い換えたい。

 やるべき事、しておきたい事なんてものはいつだって山積みなのだ。

 とりあえず、今日は忘れぬ内に手帳くらい買っておきたい。

 

 そう思い、昨日最後にメッセージを送ってくれていた《長月響》という名前に着目する。

 聞き覚えのない名前だと思ったが、微かな記憶を辿り、誰であったかと思い返す。

 

『こんばんは! 遅くにメッセージを送ってしまってごめんなさい。今日ステラモールで助けていただきました、長月です。如月さんと白百合さんのお二人に助けていただいたおかげで、同僚の皆と無事に帰れました。本当に本当にありがとうございました! お礼を何度申し上げても足りません。もし、嫌でなければ今後もメッセージのやりとりとか、時々一緒に探索とかできたら嬉しいです!! あまり魔法とか得意じゃないですが、接近戦だったら多少お役に立てると思います! 何かお役に立てる事がありましたら、ぜひぜひ声をかけてください!』

 

 メッセージを見れば思い出せるかと思ったが、どうにもピンとこない。

 昨日の《ステラモール》で助けてもらったとあるから、《白の騎士団》の一人であるのは疑いようがない。

 文面的に女性だろうし、確か4人くらいいたなぁと姫華は乏しい記憶力をフル回転させる。

 

「霜月さんは……違うか」

 

 当たり前である。

 発信者の名前に長月と書いてある。

 

 恐ろしい事に、昨日助けたばかりの面々を姫華は個々に識別が出来ていないのだ。

 記憶能力のなさを自嘲するのもむべなるかな。

 騎士団の中で一番接した霜月は流石に覚えていたが、あとはなんとなくでしか記憶できていない。

 

 霜月以外の女性達も結構話しかけてきていた気がする。

 怖がりながらも一生懸命話しかけてきた人、フレンドリーに話しかけてきた人、言葉短めに話す静かな人……だったはずだと自信なさげに振り返る。

 この中だと、一番最後の静かな人は除外してもいいかもと姫華は思った。

 となれば、残りの候補は二択なのだが、まったく見当がつかない。

 

 隊長だとかいう白石の事も少し記憶にあるが、なんとなく姫華の中での印象はあまりよろしくない。

 別に悪い人ではないと思うのだが……。自分でもそこまで悪い印象を抱く意味が分からずにいる。

 

「ダメだ、思い出せない……誰だろ……長月さん……??」

 

 結局、思い出せなかった。

 なので、無難な返答をしておき、やりとりする内に思い出せるだろうと一抹の望みをかける事にした。

 人はそれを結論を先延ばしにすると言う。

 

「ん?」

 

 その時、インターホンの音に姫華は顔を上げる。

 リビングのモニターで確認すると、そこには見慣れた顔の女性がカメラを覗いていた。

 

「ひ~め~ちゃ~~ん。あ~そ~ぼ~っ!」

「遊佐ちゃん?」

 

 モニター越しには、第三課の課長である遊佐柚子ゆさゆずこが悪戯めいた笑みを浮かべ、インターホンのカメラレンズを覗きこんでいるのが見えた。

 彼女は遊びに来たのだ。

 この時、時刻は午前9時を過ぎたところである。

 

「おっじゃましまぁ~す」

「いらっしゃい遊佐ちゃん。どうしたの? パチンコ……の帰りじゃないね。まだ時間早いもの」

「んー、今日はギャンブルの気分じゃないのさ。最近は姫ちゃんと遊んでなかったから、今日は構ってもらいに来た! 私を可愛がっていいからね、姫ちゃん!」

「じゃあ、たまには遊佐ちゃんと過ごそうかな」

「良い心掛けだよ! 持つべきは可愛い妹分だね!!」

 

 齢36歳と思えぬ発言であるが、彼女らしいと姫華は思った。

 夏美や心絵と似たような色合いの金髪をふわりと揺らしながら、遊佐は人懐っこい笑みを浮かべる。

 姫華はこの笑顔が()()()好きだ。

 

『ん? 初めまして。私は遊佐だよ。君には特別に遊佐ちゃんと呼ばせてあげる。君は姫華ちゃんっていうの? じゃ、姫ちゃんだ』

 

 姫華がまだ物心ついたか、ついていない頃から世話を焼いてくれたのが遊佐だった。

 彼女は大人びているようにみえて、性格は子供らしさを残したような人であったと覚えている。

 化粧だとか身だしなみにこだわる一方で、虫取りだの魚釣りに夢中になるような、そんなアンバランスな性格。

 激しい運動なんてしないような容姿であるのに、いざスポーツとなれば男顔負けの気迫と勢いで突っ込む彼女は姫華にとって憧れの存在だった。

 

『姫ちゃん、付いてきちゃったの? 嬉しいけどさ、この道はロクなもんじゃないよ……もし、嫌になって辞めたくなったらいつでも言うんだよ?』

 

 気持ちが乗じて探索者となった姫華に対し、遊佐は確かこんな事を言っていたと姫華は思い出す。

 この時の彼女は、いつになく真剣な顔をしていた気がする。

 今なら、どうしてこう言ったのか姫華にもよく分かる。

 

『姫ちゃん、嫌な事があった時は逃げればいいんだよ。人生は一度きりなんだから、楽しい事を知らずに死ぬなんてもったいないよ。死にたくなったり辛くなったらいつでも言いな。一緒に逃げてあげる』

 

 いつだったか、そんな事を話していたのを姫華は深く心に刻んでいた。

 記憶力の弱さに定評のある姫華だが、このフレーズを忘れた事はない。

 どのような場面でこれを言われたのか、そのシチュエーションは思い出せなかったが。

 

 遊佐との付き合いは彼是20年以上にも及ぶ。

 下手せずとも家族以上の年月を共にしてきた姫華にとって、遊佐は姉のような存在だ。

 気さくで朗らかで無邪気で、大人びたようにみえて幼いところもあって、仕事は逃げるし、ギャンブルにハマって借金だらけだし、ニコチン中毒にアルコール中毒と健康も疎かにしてたりと、中々目を離せない彼女であるが、それでも姫華にとっては大切な存在だと胸を張っていえる。

 

「姫ちゃん、今日は何か予定あったん?」

「ううん、特には。でも、今日は出かけようとは思ってた。御子ちゃんの占いが良い結果だったから」

「ほほ~、なるほどねぇ。じゃあ、私と一緒にデートすっか!」

「うん。いいよ」

「そうこなっくちゃぁ!」

 

 にこり、と遊佐が笑って指を鳴らそうとして失敗した。

 

 それから出かける前の準備にと、姫華が軽くスキンケアとメイクなどを行い、軽く着替えてチェスターコートを身に纏う。

 その間、遊佐はリビングに置かれたソファーの上でくつろいだり、指をパチンと鳴らす練習をしたり、持参してきたのであろうジュースを飲んだり、窓際で風を浴びたりしている。

 勝手知ったる人の家であろう。

 姫華の方も遊佐の好きなように過ごさせている。

 

「お待たせ、遊佐ちゃん」

「へへ、私も今くつろいでたところだぜぇ」

「ふふ……」

 

 二人は玄関を出ていき、姫華の赤い車へと乗り込んでいく。

 運転席にはもちろん姫華が座り、助手席に慣れた動作で遊佐が座る。

 

「ふふ……」

「んん? どうしたん、姫ちゃん?」

 

 エンジンをかけた姫華がくすりと笑い、遊佐が問いかける。

 

「ううん。今日は1位だって占いで言ってたけど、当たってるなって」

「なんだいなんだい、私とデートできて嬉しいのぉ? 可愛いやつめぇ」

「そうだよ」

「まぁ……」

 

 遊佐が黙り込んだので、思わず姫華が隣へ視線を向ける。

 助手席に座る彼女は、顎先に手をやりながら姫華を見つめ返していた。

 

「どうしたの?」

「ホントに可愛い妹分だよ、姫ちゃんは」

 

 遊佐が穏やかな双眸を向ける。

 その視線には色んな意味が込められていたのだが、この時点で姫華にはそれが何なのか分からなかった。

 

「じゃあ、どこから行こうか?」

「まずはこのあたりをぶらつこうぜ! ドライブがてら、お昼に何食べるか考えよー!」

 

 

*1
便宜上お姉さんと表記しているが、実際は姫華の方が年上の可能性もある。その場合はお嬢ちゃんか?




 次のダンジョンパートまで、以下のスケジュールに沿って動く感じです。
 準備期間②で遊佐コミュ、
 準備期間③で23日のイベントをこなす予定。
 そこから会議が続き、次のダンジョンに繋がっていく感じかと。

 山もなけりゃ、谷もなく、平坦に進んでおりますが、引き続ぎお読みくださると幸いでございます。


【姫華のスケジュール】

11月21日(土)
 遊佐廸子と遊ぶ(突発) 

11月23日(月)
 部長辺りに呼び出し食らう(予定)
 財宝鑑定部に寄る
 技術開発部に寄る

11月25日(水)
 探索課全体会議
 探索課主任会議

11月26日(木)
 第七課ユニット会議

11月28日(土)
 ダンジョン探索 事前打ち合わせ

12月 1日(火)
 天空旅館ダンジョンへ

12月18日(金)
 探索課全体会議
 探索課新年会(予定)
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