ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索   作:Yunoko

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第21話 《姫華の準備期間②》

 

 姫華が車を走らせる。

 行先も特に決まらず、当所のないドライブ。

 もっとも、姫華の表情や心中は穏やかである。

 

「天川温泉あたり行ってもいい?」

「ど~こでも! 姫ちゃんの行くままにっ。あ、ガソリン代は出すから、いつでも給油していいからね」

「ん、ありがと」

 

 隣で笑顔の遊佐を乗せているからだ。

 彼女と一緒にいる時、姫華は自然体でいられた。

 張りつめている必要性がなかったのだ。

 

「あとね、来年の手帳とか買っておきたいし、《本箱》寄ってもいい? あと、《黒家薬局》も」

「もちろん! 確認しなくてもだいじょーぶ。好きなところで行こう。私はどこでも付いてくよ」

「うん」

 

 今、姫華の挙げた二つの店は、行先の道中に構えている。

 この近辺ではここにしかない書店の《本箱》に、最近日本全国のあちこちと展開中のドラッグストアの《黒家薬局》。

 

「遊佐ちゃん」

「んん?」

「この町も、少しずつだけど寂れてると思う?」

「そりゃ、ねぇ……」

 

 途中、窓の外に広がる町並みを横目に姫華が問いかける。

 それに遊佐は曖昧そうにしつつも、否定はしない。

 

 年々と人口減少が問題視され、ついには消滅可能性都市にも指定される可能性すら浮上しつつある星屑市。

 市民の利便性は向上の様子を見せず、代わりに増税などの負担は上がり目を見せており、控えめに言っても先行きが不安視されている。

 将来を見据え、よその都市へと出ていく若者達を、「星屑市を見捨てて……」「地元への愛や義理はないのか」と非難する者も実のところ少なくない。

 

 大学は一つもなく、働き口も限られていて、行政は市民の声を聴くより、有力者への媚びを売るのに夢中。

 そんなお先真っ暗の場所で居続ける理由もないし、地元愛もへったくれもなかった。

 と、いう話を姫華は親友の夏美や心絵から聞かされる事があった。

 

「アタシらのいた水咲だってそうだけどさ。漁業関係かスーパーで働くか、介護施設か個人経営のどこかで働くくらいしかねぇんだぜ? それか天川行って接待になるか、どっかの店に入り込むくらいしかねーんだもん。どうしろってんだか」

「結局、ここを出てもっと人のいる町に行くのが手っ取り早いし、確実なんだよな……」

「スタバだなんだの洒落た店が来たら地元にそぐわないとか言って追い出してるし、そら衰退もするわっての!!」

 

 夏美と一緒にいる時、その手の愚痴や不満はよく話題に挙がった。

 いつか、星屑市からずっと南下していった先にある中核都市の《金爛市》へ行って、そこに定住しよう……なんて話を数年前までよくしていたものだ。

 最近はそうした話題も聞かなくなって久しい。

 

「…………ん」

 

 そうこうと思いを巡らせている内に、《本箱》へと到着していた。

 こじんまりとした個人経営の書店。

 とはいえ、店主が営業努力しているのか、意外とトレンドに沿った新商品などを取り入れたり、客のリクエストに応じた発注などにも積極的だ。

 ここが潰れてしまえば、少なくとも星屑市周辺の人々は少なからず困ってしまうはずだ。

 姫華などは幼い頃から訪れている店なので、利便性云々を除いても、感傷的な面で潰れてほしくない思いがある。

 

「私、手帳とか買ってくるけど、遊佐ちゃんも行く?」

「うんにゃ。私は活字を三行以上見ると死ぬ呪いにかかってるからねぇ。そこの喫煙所にいるよん」

「ん、分かった。早めに買ってくるね」

 

 有言実行せんと、姫華は早々に手帳コーナーでいつも使っているシリーズの最新版を手にし、《新商品コーナー》でいくつか気になった文房具などを選ぶと、早々にレジへと向かう。

 

「いつもありがとね」

「いえ……」

 

 レジにいたのは姫華が幼い頃から知っている女性だ。

 店主の妻である老年の女性で、温和な笑みと年齢を感じさせないしゃきりと背筋の伸びた姿が印象的だった。

 

「お待たせ遊佐ちゃん」

「なーに、私も今吸い終わったところだぜぇ。じゃあな、皆っ」

「うっす!」

「遊佐サン、楽しんできてくだせぇ」

「如月サンも運転お気をつけて」

「えっと……うん、はい」

 

 姫華が買い物を終えて、そばの喫煙所に向かうと遊佐が吸い終えた吸い殻を灰皿スタンドに押し付けているところだった。

 遊佐が手を振ると、同じく喫煙中だったのであろう男達が直立不動となって頭を下げる。

 いずれも絶対に一般職には就いていなさそうな風貌の強面達だ。

 姫華は曖昧に頷くのみであった。

 

「遊佐ちゃん、知り合い?」

 

 車に乗り込み、ドアがキチンと閉まっているのか確認してから姫華は問いかける。

 

「あの子らは他の会社の探索者でね、よくパチ屋とか競馬場にいる連中だよ。まぁ、悪い奴らじゃない。きちんともしてないけど」

「そうなんだ……遊佐ちゃんってどこでも知り合いとか友達いるよね」

「遊佐ちゃんは顔も懐が広すぎるからねぇ~。よっぽどの事がなけりゃ、誰でも友達さ」

「凄いなぁ……」

「ふっふっふぅ~。尊敬してもよいぞ~」

 

 どやぁ~っと胸をそらし、笑顔を深くする遊佐であった。

 実際のところ、誰とでも分け隔てなく話せて、旧来の仲の友人さながらに笑い合っている遊佐の姿を度々と見てきた姫華である。

 行く先々には大体遊佐の知り合い、または友人といった面識ある人々がいるのだから、遊佐の言葉は誇張とも言い難い。

 

 さて、話を戻すと。

 次に道中で《黒家薬局》に寄って、化粧品だの薬品だの、美容食品や女性用品に諸々と購入していった。

 この時は遊佐も一緒になって買い物をしていき、やはり知り合いなどと遭遇して話し込んでいる。

 

 そんなこんなで、なんとなくの目的地である《天川温泉》へと到着した。

 姫華の家から車で大体30分もあれば到着する距離である。

 

「変わらないなぁ、このへんも」

「そうだね。歩いてるのは旅館の関係者か、観光で来てるお客さんくらいさ。変わったといえば《スターダスト》がまた店を建ててるぐらいかな」

「うん……」

 

 感傷的な姫華に対し、遊佐は案外と淡々としている。

 二人ともこの町の出身であるのだが、町に対する思い入れというのは正反対なのだ。

 ちなみに《スターダスト》とは、この温泉町で一番の規模を誇るホテルの事だ。正確にはロイヤルホテルスターダストという。

 他県や都市部からの出店を妨害しつつ、自社の店をいくつも展開させる強引な手腕には賛否の声も大きい。

 

 もっとも、スターダストだけに限らず、地元の商工会なども外部からの出店に反対の声が大きく、自らで町の寿命を縮めている。

 古きからの歴史と伝統と外観を大切に、との考えに固執しているという声もある。

 人口も減り続け、ついには吸収される形で星屑市と合併したのも7年前の出来事だ。それで何かが改善するでも、その兆しが見えるわけでもなく、着々と確実に衰退の一途を辿りつつあった。

 いつかは歴史ある温泉町()()()と人々に記憶され、やがては存在した町として記録の片隅に残るかもしれない。

 

「姫ちゃん、あの高台の空と海……じゃなかった、今は《天空旅館》でバイトしてた時の事、覚えてる?」

「もちろん。忘れないよ」

「最近、探索してんのぉ?」

「最近は……今年はしてないなぁ」

「そっかぁ、行ってないのかぁ……」

 

 遠目からでも確認できる古びた巨大な建物。

 天川温泉町から狭い坂道を進んで進んで、辿り着けるのはかつて旅館として経営していたそれだ。

 今ではダンジョンと化して久しいが、ここもまた、姫華にとって感傷的な気持ちを抱かせる場の一つであった。

 

「遊佐ちゃんは……最近探索とかしてる?」

「私はねぇ、借金返済の時とか、よ~っぽどのヘルプじゃなきゃしないねぇ。第一、役に立たねぇのだ」

「そんな事ないのに」

 

 遊佐は課長となってから探索はほとんどしていない。

 だが、18歳で入社してから今日まで働き続けている彼女は、単純な在籍年数を探索歴にカウントするなら18年に及ぶ。

 半生が探索業に携わり、それは姫華の10年をも大幅に上回るベテランであるはずだ。

 ただし彼女自身が口にしたように、課長となってからは現役ではないと宣言しており、現在は姫華が《黒井商会》のベテラン探索者として最長の探索歴といわれている。

 実際に探索者としての知識や技術、戦闘能力に限れば姫華の方が遥かに上だろう。

 

「私の全盛期なんて、あの時に……ううん、とっくに終わってるんだよ。姫ちゃん。()()()に、ビビッて戦うのも怖くなった時にはピークは過ぎてたんだ」

「遊佐ちゃん……」

 

 遊佐にしては珍しい弱音に、思わず隣を垣間見る姫華だった。

 それに気付いたのか、遊佐は殊更に笑顔を浮かべる。

 

「ふっ、遊佐ちゃんとした事が……らしくない事を言っちまったぜぇ。今のは言い訳。働かないための言い訳さ……長年戦って前線を退いた歴戦の戦士感があっただろう?」

「う、うーん……あったかなぁ」

「あったんだよぉ~。あるって言えよぉ」

「はいはい。あったあった」

「投げやり禁止ぃ~。あっ」

「ん?」

 

 不器用に絡みだした遊佐が唐突に声を上げる。

 

「どうしたの」

「せっかく天川に来たことだし、そこのラーメン屋で昼食べない?」

「食べる」

「よし、奢っちゃるぜ」

 

 遊佐にしては下手な話題転換であったが、ともかくも、二人はラーメン屋……正確には昔からやっている中華料理店へと車を走らせた。

 姫華は昨日も《夢追い人》でラーメンを食べたはずだが、特に抵抗はないのであった。

 彼女はあまり米を食べず、麺類が好きなのだ。

 

 

 


第21話

《姫華の準備期間②》


 

 

 

 中華料理店で昼食を済ませると、そこからも特に目的のないドライブを再開した。

 天川温泉町をぐるりと回り、近くの水咲町の家並みを通り、港や海沿いの道路を走り、駅前の線路沿いの道路を進んで深原町、夜見市と進んで走っていく。

 変わり映えのしない風景。新しい建物の建つ予定もない土地ばかりが目立つ。

 けれど、二人にとっては長らく過ごしてきた土地だった。

 思い出話をして、他愛のない近況を語りながら、二人は話し、車は進む。

 そんなこんなで数時間。

 

「あ、ねぇねぇ姫ちゃん」

「うん?」

 

 それは帰りの車内での事。

 遊佐が甘えたような声で話しかける。

 

「またアレ作ってよ。あの豆腐のやつ」

「いいけど……そこのコンビニ寄って行ってもいい?」

「もちろんだとも! いやぁ、酒も買っていこう! 姫ちゃんも付き合ってくれよな!」

「はいはい」

 

 姫華の自宅――……《フェブラリー》の近くには24時間営業のコンビニエンスストアがある。

 周囲に何もない僻地じみた立地であるが、意外にも客は少なくない。

 ほとんどは長距離運転のトラック運転手ではあるが、通り道の中での一服する場所としては最適なのかもしれない。

 周りに何もないゆえか、駐車場がむやみやたらと広いのも一因だろう。

 

 ともかくも、そこで一通りのつまみや酒、食材や飲み物を購入していく。

 上機嫌の遊佐はカゴ二つ分もの買い物を行い、姫華の分も合わせて会計をしていった。

 「自分のくらい出すのに」と姫華が言ったところで、「わはは、気にするな」といった態である。

 

 そうして、二人は姫華の自室まで戻ってきた。

 冷蔵庫に一通りの品々を詰め込み、上着などもハンガーにかけ、少しばかり休憩。

 スマートフォンをいじったり、テレビをなんとなしに見つつ、ソファーでくつろいでいた二人だったが、おもむろに姫華が立ちあがる。

 

「じゃ、ちょっと簡単なの作ってるね」

「オッケイ。そんじゃ私もセッティングしよっかね」

 

 姫華はキッチン前に立つと、慣れた動作で用意していく。

 といっても、調理過程は至ってシンプルだ。

 

 さっき購入した絹豆腐をパックから取り出し、包丁で四等分にする。

 次にねぎの白い方を少し切って、みじん切りに。

 それを皿に移し、豆腐の上にうま味調味料*1をサッと振り、さらに白のいりゴマとパックのかつお節をかける。

 仕上げにめんつゆとゴマ油、しょうゆを合わせたものをかけて、ねぎも載せれば完成である。

 

 さらにまな板を洗って次の一品を仕上げていく。

 玉ねぎをさっと薄切りにし、大葉とみょうがを千切りに、ハムも一口サイズに小さく切り分けていき。

 フライパンで玉ねぎとハムをサッと炒め、塩コショウを振ってボウルに入れる。

 大葉とみょうがも加え、オリーブオイルとレモン汁、ブラックペッパーを入れたら混ぜて完成だ。

 

「よっと」

 

 姫華が調理している中、遊佐はテーブルの上に酒やつまみ達を並べていく。

 一通りのつまみやお菓子の袋を開けていき、テーブルに並べると、嬉しそうな笑みを浮かべながら日本酒の一本を開け、グラスに注ぎ。

 姫華の分であろう缶チューハイも開け、グラスに注いだ。

 

 姫華が飲むのであろうチューハイのアルコール度数は3%。

 酒呑みからすれば、ジャブにもならぬジュース感覚でしかないが、姫華の場合はこれでも完飲は厳しい。

 先日の《夢追い人》での食事の際は、運転手であった事からアルコールを口にしなかったが、それでなくとも姫華はあまり飲まないのだ。

 

「さて、と」

「じゃ」

「かんぱぁ~い」

「乾杯っ」

 

 小さく乾杯をし、互いのグラスを合わせる。

 それから一口。

 遊佐はぐいっと、姫華はちびりと。

 

「相変わらず、姫ちゃんお酒弱いなぁ」

「如月家全体だからねぇ。一族揃ってお酒に弱いから」

 

 遊佐がしんみりとした様子で話しかけた。

 それに対する姫華の返答は慣れたものだ。よく言われるし、返しは大体これなのである。

 そしてそれは、遊佐にとっても分かっている事だ。

 

 姫華の家族は全部で五人。

 父親に母親、その間には三人の姉妹。

 姫華はその中で真ん中の次女である。

 

 酒の弱さが誰かの遺伝であるかといえば、どこから辿ればいいのか分からない。

 なにせ、母親の親族も父親の親族にしても、揃いも揃って酒に弱いのだから。

 

 祝い事などで集まる機会があっても、如月家の面々ときては水か茶かジュースしか飲まないのだ。

 冒険心を出して酒を飲んでも、缶一本さえ飲み干せずに眠くなってしまうのだから、酒に酔う暇も隙もありゃしなかった。

 

「まっ、飲めればいいってモンじゃないからね……健康診断で引っかかったら面倒だし」

 

 仕事じゃない日はほとんど、なんなら仕事中でも飲酒している事すらある遊佐にしては、神妙な面持ちで呟いた。

 

「引っかかったの?」

「いや、経過観察でまた来年受診ねって書いてあったから、まだセーフだったよ?」

「セーフじゃないよ、それ……」

「ん、やっぱり姫ちゃんの作るつまみは美味しっ。良い奥さんになれるよ」

「あ、話題逸らした」

「奥さんといえばだけど、愛華は結婚したんだったっけ? 元気にしてるぅ?」

「お姉ちゃんは……えーっと、こないだ三人目産まれたよ」

「そうなんっ? やるねぇ~。大したもんだ」

 

 何が大したものか分からないが、姫華は頷いた。

 愛華とは、如月家の長女であり、遊佐とは同級生だった間柄である。

 もっとも、今では関わりも少なく、その妹である姫華との方がよっぽど付き合いは長い。

 

 その後も和やかな雰囲気のまま、二人は思い思いに食事をつまみ、酒を飲んでいく。

 もっとも、大体飲んでいるのは遊佐であり、姫華は酒を一口飲んだら、合間にお茶を飲んでいるが。

 水分を多めにとって、アルコールを中和しているつもりなのかもしれない。

 

「そうだ」

「?」

 

 唐突だった。

 それは、飲み始めてから小一時間もした頃だっただろうか。

 遊佐は順調に酒を開けていき、姫華は缶チューハイの三分の一ほどを口にして、すっかり肌が紅潮している。

 

「ねぇ、姫ちゃん」

「ん?」

「夏美と心絵から聞いたんだけど、ダンジョンのコア……壊しちゃったんだって?」

「……うん」

「そっか……それは姫ちゃんの意思……なんだよね?」

「…………うん。壊したいと思って、壊したよ」

 

 姫華は視線をテーブルの方に落とし、そのまま上げずにいる。

 否、顔を上げれなかったのだ。

 

 唐突な問いかけだった。

 でも、この事自体は予想が出来ていた。

 あの時、遊佐は酔いつぶれて寝ていたし、夏美や心絵が今後の事を心配して遊佐に相談する事も想像できていた。

 一つだけ予想が外れていたとしたら、遊佐の声に感情が篭もっていなかった事だろう。

 どうして? 姫華の予想が外れる事など、これまでも数多かったのだが、遊佐に関する予想で外れるのは珍しかった。

 

「壊しちゃったんだって!? あははーっ」

 

 くらいに笑い飛ばされるのかと思っていたのだ。

 それがどうだろう。

 

 遊佐の声には抑揚がない。

 別段怒っている風でもないし、詰問するような雰囲気でもない。

 しかし、普段の彼女の声色は楽しげで軽やかなものだ。

 だが、現在の声にはそれらが伴っていない。

 

「……遊佐ちゃん、怒ってる?」

「あははっ」

 

 恐る恐るといった風に姫華が視線を向けた時、遊佐は思わずといった態で吹き出す。

 

「私が怒るわけないっしょ~? コアが何個壊されたところで、この遊佐ちゃんは困りゃしないのだ! わははっ」

「そ、そっか」

「あの二人がね、私にどうしよう、姫ちゃん大丈夫かなぁって相談してくるもんだから……ふふ、最初は何事かと私もびっくりしちゃったねぇ。ま、聞いてみたらコアを壊したって話で、な~んだ、コアかぁって安心しちゃったけど」

 

 隣で可笑しそうにしている遊佐を見て、姫華は曖昧に相槌を打ちつつ、内心では心底ホッとしていた。

 遊佐に嫌われたのでは、失望されたのでは、等と内心で不安に襲われていたのである。

 商会の上層部にどれだけ詰められても気にもならないが、遊佐に怒られたら、姫華はすっかりしょげてしまうだろう。

 

「とはいえ……」

「?」

「確かに今度の……いつだったか忘れたけど、全体会議の日はゴンちゃんうるさいかもね」

「うん。覚悟はしてる」

 

 探索課全体をまとめる部長である、権守ごんのもりをゴンちゃんと呼ぶのは、探索課広しといえど遊佐だけである。

 少なくとも、姫華があと8年、遊佐の年齢に届くまで成長したとしても、ゴンちゃん呼びはしそうにない。

 

「まぁ、私に任せておきなよ。私にかかれば、場の空気を変えるくらい安いもんさ」

「遊佐ちゃん、来れるの?」

「んー、まぁね。本当言うと、休むつもりだったけどさ。姫ちゃんが責められるって分かってて、遊んでらんないからねぇ」

「そっか……ありがとね」

「いいんだよ。可愛い妹分のためだからね」

 

 二人はその後も飲んで食べ、他愛もなく取り留めのない会話をした。

 やがて酔いが回ってへべれけになりつつある遊佐を布団まで案内し、休んだのを見届けると姫華はサンルームの方へと向かった。

 小さな室内の窓を抜ければ、そこには小さいながらもベランダがある。

 そこで姫華は夜風に当たりながら、柄にもなくチューハイの入ったグラスを一口飲み、ふぅと息を吐く。

 

「…………」

 

 来週からは、また仕事が待っている。

 全体会議の場では、おそらく年末のノルマの議題も触れられるだろう。

 

 毎年、年末に探索課に求められるノルマは大きなものとなっている。

 ただ稼ぐだけではダメで、あっちこっちからの依頼を営業が引き受け、その後始末を探索課に押し付ける形で任されるのだ。

 ダンジョン内の厄介事の始末だったり、入手が難しい財宝の回収であったり、とにかく量が必要な素材をかき集めたり……。

 それも年々と難度も要求量も右肩上がりとなり、探索者の負担もそれに伴うように増加の一途を辿っている。

 

 理由は何故か?

 そんなのは分かりきった事だ。

 探索課がそのノルマを達成できるからだ。

 こなせる以上、さらに要求を上乗せしても大丈夫だろうと上の人間が考える。

 理不尽で愚かしい堂々巡りである。

 

「…………私が辞めたとして、何かが変わるのかな」

 

 思った事がそのまま口から洩れる。

 腕の立つ探索者は姫華以外にも《黒井商会》には幾人も存在する。

 姫華一人が辞めたところで、皺寄せが残った人々に迫るだけであろうと、想像はつく。

 

 だが、昨日の夏美や心絵が話していた第五課の状態や、第七課が育てても他の課の穴埋めに取られていく状況、いつまで経っても改善が進まぬ探索課の労働環境に待遇で、続けていられるものではない。

 《ステラモール》での翼竜の不自然な動きに対し、《白の騎士団》は把握していたが、探索課には何の知らせもなかった。

 その点は報告書にもチクチクと姫華は書いていたが、それで何らの痛痒を感じるような上層部ではないだろう。

 

 姫華が声を上げたとて、何かを変えられるだろうか。

 商会の面々に心響かせるものなどあろうか。

 いや、無理だろうと結論は早々に出る。

 

「……虎子先輩達が頑張っても駄目だったんだ。私なんかじゃ無理だよ……」

 

 かつて、姫華の上司だった女性の姿が浮かぶ。

 強気で勝気で、相手が誰であっても噛みついてまわる姉御肌の彼女。

 姫華が憧れ、この人のようになりたいと思った彼女。

 でも、その人ですら、状況は改善しなかった。

 どうにかしようと抗っていたところに、()()が起きた。

 そして()()()がやってきて……。

 

「ん……いたた……」

 

 姫華が過去を思い出そうと巡らせていると、急激にモヤがかかったように思考が鈍る。

 ずきり、ずきりと頭痛も訪れる。

 酒に弱いくせにそこそこ*2飲んだからかもしれないと姫華は思った。

 

 そろそろ休もう、と屋内に戻り、遊佐がすやすやと寝息を立てているのを確認する。

 それからリビング内を片付け、やがて自室に戻るのだった。

 夜は更けていく。

 

*1
味の素あたり。

*2
酒に弱い者の飲酒量として。




◆現時点での如月姫華◆

精神汚染度
67%

赤、%変更して使用


個人知名度
1000人程度(+10人くらい)

赤、%変更して使用


※個人知名度が増えた理由
 遊佐が知り合いや友人に出会った時、姫華を紹介したから。
(なお、セブンテイルズの英雄云々は知らない)

 よくもまぁ、山も谷もない日常回でこんだけの文字数になったと思います。
 結構削りに削っていったんですが……。
 構成力がないよぉ。

 ちなみに姫華の作ったつまみの豆腐は、実際に私も友人に教えてもらってよく作ってます。
 元を辿ればクックパッドにも載ってたりします。
 友人はそれをほんの少しアレンジして教えてくれたようです。
 興味があれば簡単なので作ってみたらいいかも? すぐ出てくると思います。

 私はだしつゆ(三倍濃縮)を大さじ2、ごま油を大さじ1、醬油を大さじ1の割合でたれにしてます。
 これだけでも十分に美味いなぁと思うので、かつお節だのうま味調味料はあってもなくてもといった感じ。
 ねぎは嫌いじゃないならあった方がいいかも。

 ……唐突に料理紹介を始めるのでした。


【Tips】 天川温泉町
 姫華や遊佐などの出身地。
 名の通り、温泉旅館やホテルが多く並ぶ観光地。
 ただし、様々な理由から年々衰退の一途を辿っている。

【Tips】 本箱書店
 黒井商会のある黒星町から北上した箱森町の道路沿いにある本屋。
 個人経営で、売れ行きはあまり良くない。
 しかし営業努力は欠かさず、小さな店舗の割には最新の文房具なども揃っていたりする。
 あとは学校の教科書などを卸してなんとかやってる。

【Tips】 黒家薬局
 ドラッグストアのチェーン店。
 迷宮企業でもある黒家カンパニーが大元。

【Tips】 ロイヤルホテルスターダスト
 強引な経営手腕で賛否が分かれるものの、集客力は確かな大規模ホテル。

【Tips】 天空旅館
 次なるダンジョン。
 詳細は後日の話にて。姫華にとっては色々と思い出深いところ。

【Tips】 水咲町
 天川温泉の近くの町。港町にあたり、漁業関係の建物が多い。
 夏美などはここの出身。

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