ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
「…………ふぅ」
小さく息を吐く姫華。
場所は《黒井商会》の玄関を抜けたエントランス。
11月23日のこの日、天気は曇り。
どことなく憂鬱気な灰色の空は、姫華の心情と重なるものを感じさせた。
先日の《ステラモールダンジョン》での一件で、まず間違いなく探索課を総括する部長の権守から何らかの話はあるだろう。
注意や叱責を受けるのは分かった上での行動であるから、それ自体に後悔はない。
しかし、それはそれとしても、あれやこれやと喚き散らされる事が予想できるので、気持ちはあまり前向きではなかった。
姫華がスマートフォンのホーム画面を確認すると、時刻は午前8時40分。
まだ出勤時間には少しばかり早いが、どのみち今日は忙しいと踏んでいる。
慣れた足取りで、いつものオフィスへと向かう。
「お疲れ様です」
《迷宮探索第七課》のオフィスへ入ると、既に出社していた第七課のメンバー達が一斉に顔を上げる。
その表情はいずれも緊張で強張っていたり、硬いものだった。
「お疲れ様です、如月さん」
「お疲れ様、青瀬君」
第七課のメンバーの中で青瀬が意を決したように立ち上がり、姫華に声をかける。
「あの、如月さん……来て早々にお伝えしてなんですが……」
「もしかして、権守部長か黒須課長あたりの事かな」
「そうです。ご存じ、でしたか」
「まぁ、なんとなくは。それで何て言ってたの?」
「出社したら部長室へ至急来るようにとの事でした。9時までに来ない場合は如月さんに連絡するようにと言われてまして……」
「そっか、分かった。ありがとね、面倒な事をさせちゃって」
「いえっ、全然です」
まだ時間はある。
とりあえずと姫華は自分のデスクに向かい、デスクワゴンからブラックの缶コーヒーを取り出す。
軽く振り、プルタブを開いて一口飲み、顔をしかめる。
それからノートパソコンを開いて、勤怠管理システムのアプリケーションを起動。
出勤の項目を済ませ、自分宛の回覧事項を確認していく。
《ステラモールダンジョン内での注意事項報告、階層ボスの不規則な行動、および討伐報告について》というタイトルがあり、内容は先日の《ステラモールダンジョン》での一件について触れられていた。
倒してから回覧されたところで、と思わなくもないが、いつもと違う動向をする可能性について周知できただけでも良いのかもしれない。
姫華の報告書でチクチクと嫌味交じりに書かれていた事が功を奏したのか、《白の騎士団》からの報告もあって無視できなかったのか、いずれであろうか。どちらもあるのかもしれない。
他にも、第七課のメンバーからのダンジョン探索の報告が何件かと、《如月姫華君へ、技術開発部より》といったメッセージが届いている。
ザっと読んでいき、ダンジョン探索の結果報告には特に問題もないので確認済みのタブを押していき、技術開発部からのメッセージは先日姫華に届いていた新道具のテスターや、姫華の所有していた武装の修理が終わった旨を知らせるものだったので、簡単に了解の意をコメントしつつ、確認済みと押していく。
「……さて、行くか」
立ち上がり、缶コーヒーを捨てて、ついでにスケジュールボードも見ていく。
今月のノルマを達成できていないのは、あと一人。白百合桃香のみだ。
もっとも、今日《財宝鑑定部》に立ち寄って、先日の回収した素材を売れば桃香も達成にはなるだろう。
そうなれば、第七課は全員がノルマ達成となり、安心して来月のノルマに挑む準備も出来るはずだ。
とりあえずはまず、権守に会って話をするところから始めねばならない。
これが終わらないと、今日の仕事に専念できない。
「お気をつけて、というのも変な気がしますが、頑張ってください如月さん」
「事情さっぱりっすけど、行ってらっしゃいませっス姫パイセン」
「主任。あんま無茶苦茶言うようなら、俺ら呼んでください。すぐに邪魔しに行きますんで」
青瀬や数人のメンバー達が立ち上がり、彼らなりの激励を送ってくる。
それに対して小さく頷き、「うん、ありがとう」と返し、姫華はオフィスを出た。
「…………」
オフィスを出て、階段を上がって四階。
廊下へ出ると会議室だの資料室などが並び、その奥には《迷宮探索部》と書かれたプレートが見える。
そこが探索課全体をまとめるオフィスであった。
「失礼します」
「あら、如月さんじゃないですか~。探索第七課の如月さん。いつも汗水垂らして探索仕事、お疲れ様ですぅ」
「お疲れ様です、華沢さん」
探索部オフィスの扉を開き、中へ入った姫華を迎えたのは華沢美月という女性社員だった。
笑顔を浮かべているが、目つきや言葉、口調には隠すつもりもなく嘲る態度がありありとしていた。
対する姫華の方は慣れているのか、少なくとも淡々とした反応である。
華沢は《黒井商会》の《秘書課》に属しており、社長以下、各役員や管理職のサポートをするのが彼女達の業務である。
大体そういうのは総務部に一括して含まれるものだが、この商会ではわざわざ秘書課として独立させている。
ほぼ全員が10代から20代前半で、揃いも揃って容姿採用と噂される程度には容姿も整っていた。
この華沢もその一人であり、彼女自身、自分の外見には自信があった。
役職者達の業務に携わっていく中で、自分が重要な立場で、必要とされているという自負もある。
彼女はまだ21歳だが、年収も同年代の同性達よりも確実に多く貰っているという自誇の念も強い。
ゆえに、命がけの仕事をして、毎日のようにノルマに追われる探索者達は完全に下に見ていた。
直属の上司であり、補佐する権守が探索課達に怒声を浴びせ、へこへこと謝る探索課を見下ろしている内に、自分は上なのだと思い込んだ面もあるのだろう。
探索者の中では多少名が知れている姫華に対しても、上からの目線は崩さない。
そもそもが、姫華の名が知れている事や、探索課の中ではダントツに高収入である事、外見が
姫華に限らずとも、探索課の面々が訪れれば、毎度のように嫌味や強気な態度で臨むため、蛇蝎の如く彼女は嫌われていた。
秘書のいずれもが傲慢ではもちろんないのだが、役職者を補佐している内に自分も偉くなったと思う者も少なくないのが現状だ。
それを役職者達の見えないところでやっているし、バレたところで庇われてあやふやにされる事が常習化しているゆえに、役職者達の愛人候補などという陰口を叩かれているのが実情である。
秘書課のみならず、事務や営業など色んな部署からも軽んじられる状況にあるため、探索課の面々が友好的に接するのは専ら《技術開発部》や《財宝鑑定部》など限られた部署ばかりだった。
そんな事もあってか、姫華は出社しても人との関りを避けるようなルートでしか移動しない。
「権守部長はいますか」
「えぇ、お待ちかねですよぉ。そちらのぉ~名前はご存じないですけど、第七課の課長さんも待っておいでですよぉ。ご案内しますねぇ」
「そうですか」
「…………」
一見すれば恭しい仕草と姿勢であるが、小馬鹿にしたような視線や表情はそのままである。
もっとも、姫華の方は気にした素振りも見せない。
「如月さんってぇ、入社して10年目の大ベテランですよねぇ。なんとかのぉ英雄って呼ばれる如月さんでもぉ、部長から呼び出されたりされるんですねぇ」
「そうですね」
「探索課の皆さんって色々大変みたいですねぇ。怒られてる人が多くて、こないだも朝から夕方まで部長も怒ってて、忙しそうでしたものぉ~」
「そうですか」
「…………」
部長室までそう距離もないのだが、歩く途中でもにこやかに、意地悪く、華沢は挑発せんとばかりに言葉を連ねていく。
しかし、一貫して姫華の表情や声に変化もないので、内心では舌打ちをする華沢であった。
「権守部長。第七課の如月さんがいらっしゃいました」
「おう、入れ!」
部長室の前に来てノックをする時には、一転して物静かで落ち着いた声色になる華沢。
扉の内側からは野太い怒声じみた返答が返ってくる。
「ふふ。どうぞぉ、如月さん」
「失礼します」
華沢が恭しく扉を開き、姫華が入室する。
室内は広い。企業の中の一部長とは思えないほどに広いスペースを持ち、中には執務用のデスクに書類が整然と並ぶ棚、応接用のソファーにテーブルまでもが揃い、私物なのか会社の備品なのかよく分からない、むやみやたらに高そうな調度品も並ぶ。
応接室のソファーにふんぞり返って座っているがのが権守で、向かいに行儀良く座っているのが第七課の課長である黒須だ。
権守は、頭は禿げあがっているのか、それとも剃っているのか、一本の毛髪さえ見えない。
その顔はどう見ても堅気に見えない強面で、顔の至るところには夥しい傷痕が残っている。
身体は筋肉隆々で、立ち上がれば2メートル近い巨体は威圧感の塊でしかなかった。
対する黒須は、うだつの上がらない中年といった外見だ。
癖の強い頭髪に、鼻の下にちょこんと伸ばした髭はどこか胡散臭さすら感じさせる。
課長という立場ながら、くたびれたスーツを着込む姿には哀愁すら帯びているといってもいいかもしれない。
この二人が、姫華にとっては直属の上司と、その上に立つ管理職であった。
「如月は黒須の横に座れ。華沢、お前は出ていろ」
「……私も同席しなくてよろしかったでしょうか?」
「構わん。大事な話だ。聞かなくてもいい類だ」
「……分かりました。失礼致します」
不承不承といった面持ちで華沢は退室していく。
いつものように探索課の社員が怒られる姿を見たかったのに、と不満気でさえある。
今日に限っては、いつも澄ました顔の姫華が怒られるのだから、特等席で眺めて、仕事帰りに秘書課の同僚達に話してやりたいとさえ思っていたのに。
しかし、権守の機嫌を損ねるわけにはいかない。
彼は自分より役職が上の者にはともかく、自分より下にはとにかく厳しいのだ。
秘書として働く華沢には多少甘い点もあるが、それも恒久的なものではない。
どのみち、声の大きい権守が怒りだせば、内容は自ずと聞こえるのだから……と自分に言い聞かせて。
華沢が出ていき、扉が閉まるのを確認してから姫華は黒須の横に腰掛ける。
座ると、黒須が「やぁ」と微笑み、姫華は「すみません、黒須課長」と返す。
「如月、なぜ呼ばれたのか大体想像は付くな?」
「はい。先日の《ステラモール》でのダンジョンコアを破壊した件かと思います」
「そうだな。本題に入る前に……」
そう言うと、権守はテーブルの上に置いていた瓶を手にし、蓋を開ける。
「いつもなら気にするワシではないが、こればかりは話が広がっても面倒だ」
「音の精霊ですか」
「そうだ。こやつらに遮音させておく。そうすれば、この部屋での声や物音は外部には漏れん。ワシは声がでかいからな」
傍目には分からないだろうが、この室内にいる三人には音符のような形を抱えた何かが室内を飛び回っているのが見えた。
姫華はもちろんだが、黒須も権守も、元々は探索者であった。
精霊視は問題なく出来るのだ。
音の精霊が一通り飛び回って何かキラキラと輝く鱗粉みたいなものを撒き散らし、最後は再び元の瓶に戻ったのを見ると、権守は扉の鍵を閉める。
それからソファーに座り直し。
「では早速だが…………なぜ壊した!? コアを最終的に壊すにしても、まず報告だろう!? 残しておけば、他社との交渉にも出来たというのに!」
音が漏れぬと判断した途端に、声を荒げる権守。
これが平常運転である。先ほどまでの静かな声量の方が、むしろ異常事態なのである。
もっとも、慣れたもので姫華にしても黒須にしても、慌てたり焦る様子は露ほどもみせない。
まだ権守がそこまで怒っているわけでもないからだ。
「階層ボスだった翼竜が不規則な動きをしていましたし、活性化してどうなるのか分からなかったので、私の独断で壊しました。申し訳ありません」
「コアがそう容易く活性化するものか! 大概、シンドロームでも起きん限りは反応せんだろうが!!」
「すみません。それも分からなかったので壊しました」
「えぇい、埒が明かん! 騎士団連中を助けたのはいい、それで幾らかこちらにも貸しが出来たと言ってきたからな! ダンジョン関連での便宜もしやすくなった! それは認めてやる!!」
「ありがとうございます」
「だが、奴らの前でコアを壊すとはどういうつもりだ! 奴らはカメラを着けておる事くらい分かっておっただろうが! おかげで誤魔化しも効かん!」
「すみません。コアも近かったので、壊してから無事に帰そうと判断しました」
「奴らなど放っておいても自力で帰れたわ! それ以外にも言いたい事は山ほどある!」
すみませんと言いつつ、まったく悪びれた様子も見せぬ姫華。
言いたい事を言っている内にヒートアップしていくのか、興奮で顔を紅潮させていく権守と対照的である。
黒須はというと、困ったような笑顔を浮かべるのみで、恐縮しているようにも、事態を面白がっているとも受け取れる。
「お前の報告書の内容だがな、騎士団連中から届いた報告書といくつも矛盾していたぞ!」
「そうでしたか、なにぶん記憶が曖昧で……すみません」
「その日の内の報告だろうがぁ! それに、コメントの内容はなんじゃあ、アレは!?」
「……何と書いてありましたか?」
「翼竜の不規則な動きを知らせない我が社の不手際を皮肉った文章に、必殺技のネーミングについての相談だとぉ!? ふざけとるのか!? 仕事を舐めておるのか!! ワシを舐めておるのかぁ!?」
権守の注意する点は、翼竜関連の注意喚起を怠った点を除けば、概ね正しい。
「事実を指摘してしまった点は申し訳ありません。ただ、会社側が杜撰なせいで、探索課に無駄な犠牲を出されてはこちらも困ります。注意事項の周知徹底はするべきかと思いました。あと、ネーミングについてはふざけていません。真剣に相談しました」
「余計にタチが悪いわぁ! 上司にそんな事を相談するな! これは黒須、お前もじゃい!!」
「え、僕ですか? よく分かりませんが、申し訳ございません」
「馬鹿もん! お前も乗って何やら技名をいくつもリストアップして、そのまま上申してきおっただろうが!!」
心外だなぁ、といわんばかりの顔で黒須が応じ、上司も部下も揃って悪びれない態度に権守の怒りも最高潮へと迫りつつあった。
よくもまぁ、これだけ声を張り上げ続けられるものだと姫華は変に感心していた。
それに、今日に限っては防音遮音を意識していて、なんだか違和感すら感じていたのもある。
普段、権守が
「子供じみたと思われるかもしれませんが、部長。探索者にとって、咄嗟に使う技を名称化しておくのは決して無駄ではないじゃありませんか」
黒須がフォローしたように、戦闘技術や魔法を名称付けておき、戦闘中に声に発する事は必ずしも無駄ではない。
言語にし、脳裏に刻む事で、発動がスムーズになりやすい利点があるからだ。
繰り返せばより鮮明にイメージが出来るようになり、具体的な技や魔法として発動もしやすくなっていく。
一瞬の隙が生死を分かちかねない戦闘時では、己の修練してきた技や魔法を一秒でも早く、刹那にも満たぬ速度で放てるよう、敢えて名づけをする探索者も実のところ少なくないのだ。
もっとも、技への命名に有用性があったとて。
それを堂々と声に出すかは、また別の問題である。
良い歳をした大人達が、現実社会において、声を上げて技名を叫び、戦うのには些かの……否、かなりの抵抗がある。
大概の探索者は、技や魔法に名前を考えていても、恥ずかしくない程度のネーミングや、もしくは心の中で唱えるにとどめているのだ。
「だとしてもだ、会社の報告書に書くな、そんなもん!!」
「それはまぁ、ごもっともです」
「すみません。部長と課長なら、良い案が出ると思い、つい書いてしまいました」
「…………ハァ~~~~」
終始淡々とした姫華に呆れたのか、怒る気力も失せてきたのか、権守は身体中の空気を出す勢いで大きな溜息をつく。
その姿を見ても委縮する気配さえ見せないのは、姫華も慣れきっているゆえかもしれない。
内心では多少辟易している点もあるのだが、表面上にはまるで表れておらず、傍目にはまるで分からないのだ。
これは悪びれてない、反省の色が窺えないとも捉えられかねないので、決して良い事ばかりでもないが。
「僕もいくつか考えてはみたんだけどねぇ……ネーミングセンスがないものだから、部長には一蹴されてしまったよ」
「当たり前じゃ! ライトニングバブルだの、雷光纏いし泡弾だの、バブルショットガンだのと、そんなもん通せるか!」
「…………」
そんなに悪くない気もすると姫華は思ったが、口には出さなかった。
齢28歳になるのだが、感性がどうにも幼稚じみた姫華である。
「しかし、部長。この命名は結構に重要かと思います」
「どこがだ……」
「如月さんは、部長もご存じの通り、探索課のエースであり、ベテランの探索者です。探索課の支柱といっても過言ではありますまい」
「過言です、黒須課長」
「いいからいいから」
「続けろ、黒須」
「はい、続けます」
斜め下に下がり、困ったようにも見える眉がほんの少し上がり、声にも微かに熱が籠る黒須。
それを興味もなさそうに見ている権守だった。
姫華が来てから長い時間が経つわけでもないのに、既に疲労の色さえ見える。
「その如月さんの技を部長が考え、今後彼女がその命名の元に技を行使する。それで彼女が有名になるにつれ、聞かれるわけです。その必殺技はどういった経緯で考えられたものかと!」
「聞かれないだろ、そんなもん」
「いいえ、聞かれますとも! 彼女はいずれ、今よりも有名になる可能性が大いにあります。その時に聞かれ、命名者が権守部長だったら……? 部下の功績は上司の功績。探索課の功績は、探索部の総括者たる部長の功績に帰結します。つまり、今後如月さんの技を考える限り、部長の功績に繋がる布石となっていくわけなのです。黒井商会にとっても、彼女が目立てば、自ずと会社も目立ち、ウィンウィン。如月さんも良い技名が付けば、仕事への意欲も上がり、誰も損しません。誰もが勝者であり、誰もが利を得るといってもいいでしょう。損する者は誰もいないのです。だったらどうするか? 聡明なる部長でしたら、もうお分かりのはず。たかだか技名一つを考えるだけで、あらゆる利を得るのですから」
「よくもまぁ、べらべらと御託を並べおる……ったく」
鼻を鳴らすと、権守が黙り込む。
何かを考えている様子で、姫華も黒須も暫し口を閉ざす。
やがて、数分もせぬ内に沈黙は破られた。
「シャボン玉状の水の精霊を敵に纏わせ、同時に雷の精霊で体内から感電させるのだったな?」
「はい」
「…………ふむ」
「…………」
「…………夢幻泡影だ」
「!!」
権守が忌々しげな顔をしつつ口を開き、そこからは彼らしからぬ単語が発せられた。
その言葉に姫華は小さく目を見開き、黒須は立ち上がって勢いよく拍手する。
「流石です、部長。夢幻泡影……ですか。思いつきもしなかった。如月さん、どうだろう?」
「良いと思います、本当に。部長、ありがとうございますっ」
「ふん。気に入らなかったら、さっさと自分で考えるんだな」
表情こそほとんど変わりないが、姫華にしては声が若干弾んでおり、本当に嬉しそうなのはうかがえる。
それゆえにか、権守も満更でもないのか、顔を背けて鼻を鳴らすに留めるのであった。
「怒る気も失せてしまったわ。だが、如月」
「はい」
「明後日の会議では、さっきのコアの件を蒸し返す事になるぞ。お前みたいにどいつもこいつもコアを壊されてはたまらんからなっ」
「はい」
「本当に分かっとるのか怪しいものだがな……明後日に同席する課長は誰だったか」
「遊佐ちゃ……遊佐課長ですね」
「遊佐か……まぁ、いい。あとは黒須と話す」
「え、僕も退室してはいけませんか?」
「当たり前だ! お前はまだまだ絞ってやる!!」
「そんなぁ~」
項垂れる黒須。
ほんの少しだけ申し訳ないと思いつつ、姫華は入口へと向かう。
扉を開ける前に、今回の件を謝りつつ、技への命名を感謝して、退室するのであった。
「…………ちっ」
部長室から出てきた姫華が落ち込んでいるわけでも、沈んだ風にも見えず、なんなら若干嬉し気な気配さえ見えたため、華沢は小さく舌打ちする。
今日、この時に限って、あの権守が怒声を浴びせない理由がさっぱりわからず、それさえも苛立ちを加速させて。
姫華を表面上はにこやかに見送りつつ、この日彼女は八つ当たり気味に他社員に強気な態度で接するのだが、そんなことはどうでもいいので触れない。
「…………どう思う、黒須?」
「夢幻泡影、良いと思います。この黒須、流石は部長と心服の極みと心得ます」
「違うわぁ!! 如月の様子じゃい!!」
「あぁ、そちらでしたか。もう28歳なのに、まだまだ若いですよね彼女」
「容姿の事でもないわぁ! あいつの行動に関しての事じゃい!」
「あぁ、そういう……報告書を見る限りですが、段々と
「そうか」
「このペースですと、
「ワシにも分からん。だが、会社としては手放せんだろうし、よしんば如月にとって悪影響だったところで、意に介しはせんだろうなぁ」
「……そうですねぇ」
「ところで、黒須」
「はい」
「如月の報告書はそのまま上申すべきなのか? 忌部事業部長はどう言うだろうか」
「何も問題ないと思います。先ほどの注意点などを記載した上で、如月さんには指摘し、かつ、技の命名まで考案した事を書いて補足すればいいのではないでしょうか」
「そうか? そうだろうか?」
「そうですとも!」
このあと、報告書を上申した権守だったが、ものの数分で「ふざけんな」というコメントと共に報告書を棄却され、呼び出しを食らって怒られるのであった。
◆現時点での如月姫華◆
◆後書き、および言い訳
この話の中で、技術開発部と財宝鑑定部に寄るつもりでしたが、嫌味な秘書の華沢が出てきて、黒須と権守と話してるだけで終わってしまった。ごめんなさい。
もうかれこれ20話以上書いてるのに、一向に構成力が……。
今時、こんなこてこての上から秘書なんて中々いない気もしますが、姫華に友好的な者ばかりではないと表現したかったので、へたくそですが出しました。
今後も姫華に敵対心を持つキャラは出てきますが、まぁ、あまり不快になりすぎない程度に気をつけたいと思います。
ちょっと次話で二つの予定を済ませ、その次で会議話になりそうです。
これを投稿したあとも引き続き書くので、間に合ったら朝方に23話を投稿します。よろしくお願い致します。
【Tips】 秘書課
秘書がどいつもこいつも高飛車で上から目線かというと、もちろんそんなわけない。だが、探索課の地位が低い社内において、一方的に強く出る役職者達の傍で控えている内に、地位格差を強く意識してしまうのかもしれない。
わざわざ書く事でもないので本編に出してないが、ある程度の年齢になると自然と別の課への異動する者が大半。
彼女達の賞味期限は想像よりもずっと短いのだ。
【Tips】 華沢美月
姫華への対抗意識を募らせる秘書課の女性社員。
探索課全体を下に見ているが、臆する様子をみせない姫華を疎ましく思っている。
自意識や自己評価はすこぶる高い。
【Tips】 夢幻泡影
姫華の水魔法と雷魔法を複合させた攻撃魔法の名称。
命名者は権守。
【Tips】 忌部事業部長
各部課をまとめる役職者。結構偉い。
ちなみに黒井商会の役職は以下の順になる。
社員 < 副主任 < 主任 < (係長) < 課長 < (次長) < 部長 < 事業部長 < 常務 < 専務 <代表取締役社長