ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索   作:Yunoko

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第24話 《姫華の準備期間⑤》

 

 《黒井商会》のエントランスより東へ廊下を進んだ先には《技術開発部》のエリアが広がり、その隣には《トレーニングルーム》というプレートがぶら下がった部屋……というよりは空間がある。

 真っ白な、ただひたすらに広がるそこへ姫華達が入った時、シミュレーターコンソール(要は制御盤)の前で談話していたのであろう面々が気付く。

 いずれも服装などから開発部の人々であろう。その中で最も若手であろう女性社員が駆け寄ってくる。

 

「あれぇ~神楽さん。お疲れ様でぇ~す!」

「おや葉月」

 

 葉月はづきと呼ばれた女性、フルネームでいえば緑野葉月みどりのはづきは、前髪を中心で分け、やや毛先に癖のあるグリーンアッシュの髪が特徴だ。

 黙っていれば淑やかな顔立ちともいえるが、口を開けばどこかやんちゃで幼げな印象を受ける。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様でっす! うへぇ、探索課の超エースの如月さんじゃん! いらっしゃいませですぅ! どうぞご随意にお使いくださいやがれでっす!」

「ん、ありがとう」

 

 葉月は言葉遣いが色々と怪しい。

 覚えたての言葉をすぐに使ったり、意味が分かってないのになんとなくそれっぽい言葉を使ったりする。

 そのあたりを追及したり指摘すると、すぐに黙ってしまうか、誤魔化そうと慌てふためくので深堀は厳禁だ。

 

「葉月、お疲れー」

「おっ、モモモモじゃ~ん、お疲れ~。うぇへへ、訓練? 如月さんにこってこてに絞られる系のやつ? 桃絞りジュース(?)かぁ?」

「意味が分からん。あとモが多いし」

「う、うっさいわい! 私なりの緊張をほぐすエールみたいなアレよ、アレ!」

 

 葉月と桃香は同期である。

 正確にいえば、途中入社である桃香の方が若干後輩であるし、年齢にしても葉月の方が1歳年上の19歳なのだが、一緒に姫華の新人教育を受けた仲であり、なんとなく気が合ったらしい。

 

 人見知りが激しく、中々心も開かず、同性の友人も片手で足りてしまうレベルで少ない桃香にとって、ホントに数少ない砕けた口調で気さくに話せる存在であった。

 

 もっとも、一方の葉月の方はコミュ強というべきか、物怖じせず、積極的に人の輪に突っ込んでいくようなタイプであり、知人友人の類は三桁以上に及ぶ。

 逆に言えば、そのくらい垣根のないタイプでもないと、桃香も中々距離を詰めてこれないのかもしれない。

 

『ね、ねぇ。私と葉月さんって……その……友達って事でいいのかなぁ?』

『はぁ? とっくに友達っしょ? つか親友でもよくない? 一緒に話して顔も名前も分かって、飯食いに行ったらディアマイフレンズだろ?』

『そ、そうかな』

『ったぼうよ。大体葉月さんって呼び方してるから、なんか他人様行儀になっちゃうんよ。今から葉月って呼び捨てにしようぜ。私も桃香って呼ぶし。さ、呼んでみっ! 桃香、リピートアフターユー!*1

『え、えぇっと……は、葉月……あ、これでいいかな』

『ワンモア! ワンモアチャンス!*2

『はっ、葉月ちゃ……葉月!』

『まだまだ! セカンドコール!*3

 

 それはまだ、桃香が葉月をさん付けで呼ぶ程度に距離感があった時の出来事。

 陰極まる質問をした桃香に対し、葉月の方はおそらく素で答えていき、どんどんと距離を詰めていくのであった。

 そしてそれは、距離の詰め方が分からない桃香にとっては、最適解だったのかもしれない。

 その後は段々と慣れた桃香の方も、数少ない呼び捨てで名前を呼べる存在とまでなったのである。

 

 慣れたら慣れたで、葉月の色々とお調子者で問題児気質な部分も見えてきて、扱いも良くいえば気さくに、悪くいえば雑になってはきているが。

 

「そういえば葉月。休憩は構わないし、雑談もいいが、君はアレを出したのかい? 今日の朝が提出期限だったと思うんだが」

「え?」

 

 お互いに遠慮なく言い合っている桃香と葉月であったが、御巫に声をかけられると目に見えて葉月が挙動不審な動きを見せる。

 

「へ? アレ? あ、あぁ、アレ、アレですね。アレ、あー……」

「…………アレがそもそも何か分かってるのかい?」

「もちろんですともー! ただ、そのう、中々なんていうのかなぁ、イノベーションというかクリエーション? 想像の翼が広がらないというか、知恵の泉が枯渇しちゃってるっていうかぁ……」

「…………」

「……えっとですな」

「…………葉月?」

「すみませんでしたぁ! なんっにも! 分かってませんっ! アレってなんでしょうか!」

 

 指摘され、言い訳するも御巫から不穏な気配を感じるや、秒速で床に正座で座り込む切り替えの早さは葉月の持ち味(?)であろう。

 彼女は嘘をつくのが下手なのだ。それに持続もしない。嘘をついた事ですら忘れてしまうのでボロが出るからだ。ゆえに言い訳もろくに出来ない。

 

「仕方のない子だ。年末を迎える前に新規開発の案を出すように部長に言われてただろうに。確か10月には配られていたし、定期的に締め切りを知らせる回覧も二度か三度ほどあったはずだが」

「しん……き開発? かい……らん? え~~っと……そんなのもあったような、なかったような……いや、ありました! あったと思います! あったかどうかも覚えてないですけどぉ! 全然覚えてなくてごめんなさぁ~~い!!」

 

 御巫にじろりと棘のある視線を向けられ、ほとんど土下座のようなポーズで謝り倒す葉月。

 

「許してチョモランマですぅ」

「葉月、君も社会人なんだから言葉遣いはもう少し正したまえよ」

 

 御巫自身、決して厳粛でも厳格な人物でもないのだが、色々と困った子な葉月を相手にすると年長者らしい言葉も出てくるらしい。

 

「やれやれ……それで、何か新しい開発品は浮かびそうかい」

「いえっ、まっっっったく浮かぶ瀬もございませんです!」

「提出物の出し忘れ、これで何回目だったか覚えてるかな」

「えっと、五回目くらいだった気がします!」

「はぁ…………葉月、君にペナルティだ。ちょっと手伝いたまえ」

「えっ、えっ、えぇっ!? な、なにするっていうんですか!? 仕事!? 仕事は嫌だ仕事は嫌だぁ! それともなに、もしかしていやらしい事!? そんな、人もまだいる午前時に!? い、いやらしか!」

「失敬な。いいからこっちに来なさい。あと、ここを使うから君たちは一旦出てくれるかい」

 

 御巫が呆れた顔をしつつも、コンソールを素早い手付きで操作していき、同時に葉月と話していた開発部の面々も退室させていく。

 コンソールにはボタンや計器やパネルなどが多数混在しており、傍目には何がどれやらさっぱりだが、そこは開発部主任というべきか、操作に迷いも逡巡も淀みもなかった。

 

「今から《ライフシールドver0・9》の機能テストをするところでね。葉月、ちょうどいいから君がシールドを着けて、そこに立ちまえ」

「へぇっ!? プラクティスなサンドバッグモニター(?)になれってんですかぁ!?」

「君の言ってる事はよく分からないが、まぁそういう事だ。さぁ、これを着けたまえよ!」

「いーやー!! やだやだやだぁー! 何するのか分からないけど、シールドって盾って事ですよね!? 囮みたいな事って事ですよね!? 痛いのやだぁ! 怖いの怖いぃぃ~!」

「君、開発部に属してるんだから、作った開発品の事くらい覚えておきたまえ」

「やだやだやだぁ!」

 

 成人も間近な葉月であるが、とにかく子供っぽいというか、これがあと1年で20歳とは信じがたい程度に幼い印象を周囲に与えるのであった。

 

 そんな葉月がじたばたと駄々をこねる間に、室内中央では黒い煙が渦を巻きながら、何やら形を取ろうとしているところであった。

 それが何なのか説明する前に、今更ながらに《トレーニングルーム》のおおよそな概要を説明したい。

 

 《トレーニングルーム》で行えるのは戦闘訓練や魔法訓練が主だ。

 仮想敵として魔物モンスターを再現させて戦う事が可能であり、その動作は本物にある程度忠実に従っている。

 

 基本的に仮想の魔物モンスターからの攻撃だの魔法といったものは衝撃こそあれど、傷を負うなどのダメージを受けない設定となっているが、いじれば本当にダメージを受ける事も可能である。

 その場合は最悪死亡する可能性もあるため、基本は誰もそんな設定を触らない。

 

 他の設定では、フィールドを平地にしたり、でこぼこな荒地にしてみたり、はてさて砂浜だの火山だの雪原などに変える事も可能で、雨や雪を降らせたり、障害物を出すなど、あらゆる状況下を想定しての戦闘も可能だ。

 疑似再現した武器なども出せるので、この空間に限っては様々な武器を出して戦う事も可能だが、あまりに慣れると現実のダンジョン内での戦闘に支障を及ぼす事もあったりなかったり。

 

 魔法の行使にはダンジョン内で濃く漂う魔素を媒体としているが、現実社会ではほとんど薄れてしまって魔法もほとんど使えない。

 しかし、ここでは疑似的な魔素を循環させているのでダンジョンとほとんど変わらぬ要領で魔法の行使が可能となっている。

 

 詠唱の練習も可能なのだが、ここに大きな違いが存在する。

 それは精霊の性質だ。

 端的にいえば、この《トレーニングルーム》で漂う精霊達は、普通に善良で協力的で素直な性格なのだ。

 

 探索者を虚仮にしないし、見下したりもしないし、馬鹿にもしないのだ。

 力を貸してほしいと探索者がいえば、そのまま力を貸してくれる。

 そんな事、ダンジョンではあり得ぬ事だ。

 ゆえに、ここで詠唱に慣れてからダンジョンで実際に精霊に呼びかけると、現実と仮想のギャップに強く驚く事になる。

 

『疑似魔素の充満設定を75%で設定しました』

 

 話を戻すと。

 無機質なアナウンスが上から響き、ウキウキとした足取りで御巫が葉月に迫り、葉月は逃げようとするも転び、その間に御巫が葉月の両腕にブレスレットを嵌めていく。

 葉月も形ばかりの抵抗を試みるが、上司と部下という立場がなくとも御巫の方が遥かに強かった。

 

「まぁ、これだけシールドを着けたら、万が一に一つくらい起動しなくても大丈夫だ。安心して食らいたまえ」

「やじゃですー! 痛くても痛くなくても怖いもん~~!!」

「なんだい、開発部の作ったシールドが信用出来ないのかい?」

「し、信用っていうか、怖いのは無理無理無理~!」

 

 だらりと下げた両腕に合計で八個ものブレスレットを嵌めて、絶望的な顔を浮かべる葉月。

 そこへ桃香が声をかける。

 

「へいへい葉月、ビビってんのかぁ~!?」

「はっ、はぁ~~!? び、ビビッてないですしぃ!?」

「じゃあ、魔法ぶつけても大丈夫なん~!?」

「た、ったりまえっしょ!? さっさとかかってこいやこらぁ~!!」

 

 桃香の売り言葉に買い言葉で答えてしまった直後に葉月は後悔した。もう遅いが。

 桃香が意気揚々と構え、得意な風の刃を形成する。

 

「よく言った葉月! じゃ行くよ! おりゃぁ! エアスラッーーシュ!」

「い、いきなりぃ~!? ぎにゃぁぁー!! ごめんなさぁ~~~い……!!」

 

 結論。

 葉月がテスターとして《ライフシールド》を大量にセットした上で、姫華からも防護魔法をかけてもらい、手厚い事前準備の後、まずは桃香の風魔法を浴びせられ、そのあとは姫華の爆破魔法も食らい、ついでといわんばかりに御巫からもあれやこれやと攻撃を受けたのだった。

 葉月自身はシールドの力でまったくのノーダメージであったものの、攻撃を受けている間、葉月の謝罪じみた悲鳴と助命懇願の叫びがトレーニングルーム内で響くのであった。

 

 多少怖い目には遭ったが、これで葉月も多少は心を入れ替えて真面目に仕事をするのかもしれない。

 シールドの機能テストも出来たし、その効果も確実に実証できた。

 姫華と桃香もストレスなく魔法の練習もできた。桃香に至っては繰り返しの練習で、また研鑽を積めた。

 一石三鳥である。至極結構な事ではないか。

 

「よくないぃぃ~~!! 私だけ不幸じゃぁ~~!!」

 

 葉月の慟哭が響く。自業自得である。

 

 

*1
誤用。この場面では正しくはリピートアフターミー。ユーだと桃香のあとに続くのは葉月の方だ。

*2
誤用。2回目。ワンモアタイムか、そもそもワンモアで十分だと思う。

*3
もうこれ以上、何も言うまい。





◆現時点での如月姫華◆

 《精神汚染度》《個人知名度》共に変動なし



◆Tips◆

【Tips】 トレーニングルーム
 《技術開発部》の近くにある部屋というか空間というか。
 探索者達がダンジョン探索前に訓練するのに使ったりする。
 疑似的に再現したモンスターと戦闘したり、一人で魔法の練習とかしたり、探索者同士で模擬戦をしたりできる。
 色々と設定でき、フィールドや天候、障害物の有無などを再現してあらゆるパターンでの戦闘を体験する事も可能。

 色々と便利なのだが、精霊が素直で友好的であるなど、現実のダンジョンとの差異がところどころにあるので、そのあたりのギャップを理解しておく必要はあるかもしれない。

【Tips】 緑野葉月
 技術開発部のメンバーの一人。
 お調子者でマイペースでいい加減で臆病者で小心者。
 でも人の輪に恐れず積極的に突っ込んでいけるコミュ強。
 桃香の片手で足りる数しかいない友人の一人。



◆あとがき・言い訳◆

 防護コートを技術開発部でクリーニングに出すとどこかの話で姫華が言ってた気がしますが、すっかり忘れてました。
 作中で書こうと思ったけど、どこに入れてもテンポが悪かったり、上手く繋げれなかったので、カットしました。
 この話のあとか、この日の内に姫華が思い出してコートをクリーニングおよびメンテしてもらうよう伝えてると思います。
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