ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
突然だが、ダンジョンの難易度設定とおおよその特徴は以下の通りである。
《初級難度》
・十階層以下がほとんど
・ランクを問わず、社員証があれば探索可能
・罠がほとんど出ない、出ても単純な内容
《中級難度》
・大体三十階層以内
・E級から探索可能
・罠の出現率が上昇、罠の種類が増加
・資源の出現率が上昇
・特定階層からの魔物の強化率が上昇
・レアリティの高いアーティファクトが出現しやすい
《上級難度》
・大体五十階層以内(一部例外あり)
・C級から探索可能
・罠の出現率、解除難易度が上昇
・資源の出現率が大幅に上昇
・特定階層からの魔物の強化率が大幅に上昇
・アーティファクトに☆7以上の物が出現
《魔境難度》
・五十階層以上(一部例外あり)
・A級から探索可能
・企業ごとの探索権ではなく、個人での探索権が必要
・如何なる理由があっても、A級に満たない者の同行禁止
・一階層ごとに魔物が大幅に強化
・希少価値の高い資源の出現率大幅に上昇
・区域ボスが短時間で復活
・魔物がアーティファクトを落とす可能性大幅に上昇
大体、上記のような内容。
ただ、一度難易度が認定されても、今後の迷宮症候群の発生や探索者達の報告などに応じて、都度変更もあり。
メタ的な事をいえば、上級難度、魔境難度は当面出てこない。
出てくるその時まで、設定を覚えていればいいが……。
「それで、如月さんはどのくらいの期間を探索予定でしょうか」
「私達は大体一週間の予定ですね」
「なるほど、奇遇です……私どももちょうど一週間の滞在予定でしたので、勝負にうってつけでしたか」
「し、詩音の姐さん。俺らの探索って十日間じゃなかったですか」
「こほん……そういえば、一週間で片付けようと思っていた事を、今思い出しました」
「い、今すか!?」
詩音の後方で控えていた、おそらくは《灰田商社》の探索者であろう男が小声で話しかけ、詩音の返答に驚きを隠せずにいる。
「では月海さん。お互いに一週間の探索でどれだけの稼ぎを出せるのか勝負という事でよろしいでしょうか?」
「異論はありません。お互いに頑張りましょう。くれぐれも無理せず、怪我せずに競い合う形で」
「はい。安全第一での勝負なら望むところです」
どちらも淡々とした声色に、淡々とした表情で話しているものだから、傍目から見てもこれから勝負する雰囲気とはとても思えない。
そもそも、勝負内容自体に指摘すべき点がいくつもあるが、当人達に気にした気配もみられない。
「如月さん、私は今度こそ貴方に勝つつもりです」
「そうですか……」
「えぇ。死んだ父のお墓の前で誓ったんです。何でもいい、一番になってみせると」
不意に、悲壮感のありそうなセリフと共に決意を語る詩音。
姫華はほんの少し戸惑った様子を見せた。別に詩音を憐れんでだとか、同情しての事ではない。
「それは……え? あれ? お父さんは生きてらっしゃるのでは? この間、コンビニで見かけた気がしますが。働いてましたよね」
「おそらく生霊でしょう。死してなお、私の事を心配して現世に留まっているなんて……父さん」
悪びれる事もなく、しれっと詩音は父親を犠牲にする。
姫華の指摘に対し、眉一つ動かさずに即座に応答するのだから、慣れたものである。
口元に手を当てて目を伏せるなど、おそらくは悲しむそぶりのつもりなのだろうが、涙の一滴も流れる気配も露見せぬ。
彼女は家族との折り合いが悪かった。それも、とても悪かった。
正確には、祖母と祖父の二人を除き、家族や親戚との関係性が著しく悪かった。
その理由を彼女以外に知る者はいないが、言葉の上だけとはいえ、気軽に家族を鬼籍に放り込める程度には冷え切った関係であるらしい。
特に父親との関係性は最悪といってもよく、会社を休む時の理由にかれこれ十回以上は父親を犠牲にしているとの噂もあるくらいだ。おそらく事実であろう。会社側はそれに対し、どう対応しているのだろうか。
直接危害などを加えないとはいえ、家族を犠牲にしても微塵も罪悪感を感じぬというのだから、何かしらの複雑な事情を抱えているのであろう事はなんとなく察せられた。
なんだかセンシティブな部分なので、あからさまに嘘だと分かっていても、これまで誰もその点について深く追及する者がおらず、現在に至るというわけだ。
詩音の言ってる事、やってる事はしょーもないのに、根幹の部分が闇を抱えてそうで触れにくく、誠にめんどくさい人間であるのだった。
家族と円満にとはいわずとも、まず友好的な関係を築いている者にとって詩音の行動は理解しがたく、看過しえない事かもしれない。
「ともかくも勝負です。先手必勝です。みんな、稼ぎに行きますが準備はいいですか」
「へい姐さん」「詩音の姐さんに続け、お前ら!」「おっすおっす」
顔色一つ変えない詩音と、それとは対照的に意気高らかな部下達であろう男達が大型エレベーターへと乗り込んでいく。
周囲の部下達はいずれも23歳の彼女より年長であり、精悍で引き締まった身体をしているのだが、年少で性別も異なる上司に対し、心理的な障壁はどうやら存在しないらしい。
「なんだか、探索もして実験もして勝負もして、忙しくなりましたねぇ……」
「そうだね……」
桃香の呟きは、今回探索に参加する面々の共通する感想だったかもしれない。
《天空旅館》へ着くなり、勝負事まで追加(といっても姫華個人での話だが)となっていて、事情もよく分かっていないのにラウンジ内の探索者達は勝手にどちらが勝つかで賭け事まで始め、なんなら遊佐が全財産を姫華の勝利に賭けていたりと、状況のめぐるましい変動に付いていけずにいた。
「まぁ、勝負とはなったけど……」
エレベーターで上層へと進んでいく詩音達を尻目に、姫華はラウンジの一角で口火を切る。
それぞれが空いた椅子に座り、姫華の言葉を待つ形だ。
「これはあくまでも私個人の話だから、それで急いで探索だとか、魔物をたくさん倒そうなんて事は考えていないのは伝えておくね」
特に張り切るでも気負う気配も見せず、姫華はいつも通りである。
彼女の様子に、むしろ他の面々から不安そうな視線が向けられる。本当につい数分前の勝負の話を覚えているのか、などと失礼な事を聞くわけにもいかないが。
「一応、ここの第一層から説明しておこうかな。今後、ここに来る時の参考にでもしてくれると嬉しい」
そう前置きして、姫華は説明を始める。
まず、飲食物についてはラウンジで勝手に行商じみた真似をしている探索者達から買取が可能だという事。多少割高だが、ダンジョンの出入りに際するデメリットを思えば、許容範囲だと割り切るしかない。
この第一階層内、エントランスから見える料亭《狐屋》で食事を注文する事も可能だが、営業しているのは魔物であり、ダンジョン内の食材だという事を踏まえると、推奨はできないと付け加える。
「ここのダンジョンはお土産屋もあるんだけど……」
そう言って姫華の指差す方向に一同の視線が集中した。
《狐日和》という看板が見え、店内には旅館ではよく見かける和菓子や洋菓子らしき箱に、狐饅頭と銘が施されたいわゆる温泉饅頭、地酒らしき瓶や漬物のような物の入った容器、狐を模したのであろうキーホルダーや御守り、狐のお面などが並んでいるのが見えた。
カウンターに立つのはもちろん狐面をかけた女性であり、魔物である。
「アーティファクトも取り扱ってて、時々レアなのも売り出される。ただ、支払いは現金じゃ駄目なんだ」
「え、じゃあ何で払うんです?」
桃香の問いかけに、姫華は目線で応える。
お土産屋のすぐ近くには小さく『狐銭に換金をお求めの方はこちらへ!』という文字が書かれた看板を掲げたコーナーが見える。
机の上には六文銭によく似た硬貨が雑多に置かれ、やはり狐面をかけた、こちらは男性であろう魔物がだらりとした姿勢で椅子に腰かけていた。
「私達が持ち込んだ物でも、ダンジョンで手に入れた物でも、あそこに行けば換金してくれるんだ」
「ほぉ~」
「ただし、ダンジョンを出る時には全額没収されるから、きちんと使い切る事が大切。お土産屋とか、それ以外でもあの硬貨を使うところがあるから、計画的にね」
お土産屋での買い物、料亭での食事の他にも、第一階層の片隅にあるカラオケバーの利用や、ダンジョン内で不規則に出現するおみやげ処や占いコーナー、ダンジョン産の本を扱うライブラリーの使用や休憩スペースの優先利用など、ダンジョン内通貨の狐銭の使い道は多岐に渡るのであった。
《天空旅館》を攻略するつもりであるなら、狐銭の扱いについても幾らか留意する必要がある。
そう締めくくり、姫華は次なる説明に入る。
「一応どの店にも利用できる時間が書かれてるけど、カラオケバーは午後8時から使用可能だからね。換金所やお土産屋は午後7時には閉まっちゃうから、注意して探索した方がいい」
「ダンジョンなのにカラオケって……歌とか入ってるんですかぁ?」
「さぁ……でも、結構新しい曲が入ってるとか聞いた事もあるけど……探索者で歌ってる人はいるんだろう」
訪れる探索者の記憶やイメージなどがダンジョンに影響を及ぼすとするなら、大いにありうる事かもしれない。
とはいえ、ダンジョンに探索で来ておきながら呑気に歌う心情は理解しがたいものもあった。
「じゃ、そろそろ私達も行こうか。まずは、防護コートの着衣と武装準備、道具のセットを済ませよう」
「はい!」
姫華の声かけにそれぞれが応じ、装備を整えていく。
姫華自身も、背負っていた《リボルバー式エンジンブレード》を手に取り、軽く二度三度と素振りをしてグリップの握り具合などを確かめる。
旅館内の廊下などでは十分に振り回せないが、宴会場などの広いスペースであれば活躍の機会もあるだろうと踏んでの持参となる。
背負わずとも、ブレードを《異次元タペストリー》の中に入れておき、ここで出しても良かったのだが結構レアなアーティファクトであるだけに、他の探索者からの嫉妬や羨望、最悪は略奪などのいらぬ考えを抱かせる事を懸念したのである。
姫華にしては他者の心情や思考に気を回したといえるのだが、それならそれで、ダンジョン探索中に人気のないところで取り出しをすればいいだけの話であった。
「おっと、今回私や葉月を同行させてもらうからね。開発部から皆にこれを配らせてもらうよ」
「お、こりゃすげぇ」
神楽が持って来たトランクケースから取り出したのは、《ライフシールド》と呼ばれる腕輪状の物体だ。
《技術開発部》が製作を進めており、完成も間近となったそれはダメージを代わりに請け負ってくれる便利なグッズだ。
未完成で流通も進んでいないため、その値段は所属する探索者価格にして約10万円。手軽に使うには高いかもしれないが、少しでも戦死するリスクを下げる事を考えれば格安であろう。
「これで、残り防げるダメージ量が視覚化できて、修復も可能になれば言う事もないのだがね」
「それでも十分に助かりますよ」
一人につき三本配られ、特に戦闘能力の弱い葉月や御巫はさらにもう一本多めにセットしていく。
そして、姫華達七人は中央の《天空廊》へと足を進めていくのであった。
上層へと進む階段だが、踏面や手すり、躍場に至るまでもがおそらくは上質な素材で作られているのが一目で分かる。
普段歩く屋内の床や階段とは、足を載せるだけでも感触が違い、一段ずつに敷かれたカーペットには滑り止めも施されているようで、足を滑らせる心配もほとんどない。
ダンジョンであるというのに、
「あれ? こっちは何もないですね……」
桃香が疑問の声を上げる。
階段を上がっていく中で躍場や壁に飾られた行灯や花瓶、なんらかの絵画などが目に付くのだが、途中、明らかに何かを置いたり飾っていたような、不自然なスペースが見受けられたからだ。
「探索者が持っていったんだろうね。そこそこの価値になるから」
「それは持ってっても大丈夫なんですか?」
「別にペナルティとかは無いみたい。でも、それなりに嵩張るから、持っていく人は少ないんだけどね」
姫華が質問に答えるように、探索者の中には各階層の階段などに置かれた装飾物を持っていく者がいるのであった。
あからさまな者もおり、数人が各階層から装飾物を手にしては第一層で待つ仲間の元へと運んでいって、一通り集まったらダンジョンを出ていくケースなどもある。
階層をつなぐ階段では魔物も出てこないため、これはこれでローリスクローリターンながら、安全な探索方法ともいえる。
階段の装飾物も時間が経てば復活するし、それなりに上層まで昇りつめた探索者がいるなら、各階層の階段でめぼしいものだけ集めて帰るのも悪くはないだろう。
何より、命を落とす危険がほとんどなくなる。これは大きい。
ただ、やりすぎれば同業者からは、勇気も意気地もないコソ泥扱いは受ける可能性がある。
中級難度のダンジョンへ挑んでおきながら、なんとせせこましい事をやっているのか、そんなに怪我したり死ぬのが怖いのであれば、素直に表社会で安全に働いていればいいだろうとの声も実際にあったりするのだ。
「滅多にないけど、ノルマに躍起になってる探索者が階段やカーペットまで引っぺがしたりする事もあるから、一応階段を歩く時も注意はしてね」
姫華がそう締めくくると、幾人かが不安そうに一段一段と階段を上っていく。
「さて……」
階段を上がって第二層。
廊下は板張りの床であったり、和の花を模した刺繍のカーペットが敷き詰められていたり、かと思えば畳廊下であったりなど、とにもかくにも秩序も統一性も見受けられない。
天井や壁、足元の照明なども不規則に並び、そもそもが廊下の横幅自体も均一ではない。
このあたりはダンジョンらしいといえばらしいのだろうか。
廊下の左右には客室、または広間に繋がるのであろう入口なども散見しており、ほとんどすべての扉が閉まっている。
姫華や遊佐以外、いずれもが初見の場所であるから、警戒や緊張、好奇心が色濃くなり、ほとんどの面々がしきりと周囲を見渡していた。
彼ら彼女らの気持ちは分かるだけに、姫華もその様子を見守り、一同の中で唯一のほほんとした面持ちの遊佐と目が合う。
「初々しいし懐かしいもんだねぇ、こういう反応も」
「うん、確かに……」
姫華も、遊佐にしても、初めてここへ訪れた時はやはり驚愕し、次いで興奮に至り、落ち着くと不安や緊張などもしたものだ。
いつからか、未知に対しての好奇心や恐怖心も薄れてきてしまい、ただただ惰性じみた探索ばかりをしているが……。
ここへ来ると懐かしい気持ちが蘇ってくるが、姫華が働いていた場所はここのエリアではなく、現在は《蒼海閣》と呼ばれている東館の方である。
もしも《蒼海閣》を探索していれば、より深く記憶が刺激され、追想に向かって物思いにふけっていたかもしれない。
「それじゃあ、とりあえずはダンジョンに慣れるところから始めようか。赤城君、青瀬君、先お願いね」
「うっす」
「はい」
姫華の声に二人が従い頷く。
姫華達の探索における陣形は以下のようなものであった。
先頭には近接戦闘を得意とする赤城と青瀬の二人が、その後ろには遊佐が、中央には桃香と御巫、葉月などの戦闘能力が低めの者達が、そして最後尾には姫華が歩く。
姫華が探知魔法をかけ、何者かが接近すればポニーテールに結んだ髪が反応するようになっており、同時に側面や後方からの攻撃を防ぐ役割となっている。
「戦う時は火とか炎の扱いは気をつけてね。燃える物が多いから、燃え移っていくと少し……ううん、かなり困った事になるから」
「だってさ雄平」
「マジかぁ……俺の得意なの火系なんだけどなぁ」
「まぁ、廊下は狭いから注意だけど、広間とか広めの空間なら私が消火するから遠慮なくやっていいよ」
「うっす……」
一、二段トーンダウンした赤城が、それでも行く先に罠がないか注意を巡らせ、青瀬も魔物が接近していないか周囲を見渡しつつ進む。
「姫華君。素人考えだけれど、下層だとやはり魔物も出にくいのだろうか?」
「いえ、そんな事もないのですが……結構探索者もいましたし、分散しているのかもしれません」
御巫の疑問に対して姫華は答えつつ、自身の気配探知に何も引っかからない事をあらためて確認する。より正確には、周囲近辺には動く生物がいないというだけで、離れた箇所には点在するように気配を感じてはいた。
それが探索者であるのか、魔物であるのかまでは識別できないが。
「すっげ、やっばぁ……ダンジョンってもっと怖いイメージだったけどさぁ……ホントに旅行にでも来てるみたい」
「いやぁ、ここが特別な気がするけど……」
葉月と桃香が警戒はしつつも、それを上回る興味や関心、好奇心が先立つようであり、歩きながら左へ右へと視線を巡らせている。
それでも、罠の可能性を危惧してか壁にかけられた狐面や能面、和風の装飾が施された足元照明、木彫りの飾りや水引のランプなどには一切手を触れない。
「ダンジョンの物を持っていくのに抵抗はないんだけど、なんでか、ここの飾りとかを持っていくのって悪い事をしてる気がする」
《古色古香》からの依頼品メモを見やりつつ、姫華がいくつかの調度品や装飾品を異次元タペストリーの中へ入れていく。
触れる前には看破の魔法を唱える事も忘れていない。
「ファザム・シー・スル・ペネストレイト(貴方の真贋を嘘偽りなく教える事。罠があるならそれも包み隠さない事。いい? 私と貴方は今日初対面だけど、それだけに信頼関係が大切なんだよ?)」
《看破》の意味を持つ英語やスラングなどをただ羅列して読み上げるだけだが、静かで堂々としているのと、姫華の落ち着いた振る舞いもあって、様になっているといっていい。
そのあたりは繰り返し唱え続けてきた積み重ねもあるのだろう。経験量とそれに伴う成功体験は自信を培わせるのだ。
「うん。罠の可能性はないみたい。これも持っていこう」
10年以上探索をしてきただけに、ダンジョンの価値ある素材や資源を見抜く力というのはそれなりに備えていると姫華は自負している。
長らく探索してきた中で、持ち帰って高く売れた物を覚え、それに似たような系統を手にしているだけなのだが、結果的にそれが功を奏しているのだった。
姫華がいくつかのめぼしい物をタペストリーに放り込みつつ、一同は特に魔物に遭遇するでもなく進んでいく。
そんな時である。
「お客様へお知らせ致します。本日の館内の清掃および改装を午後1時より行わせていただきます。第三階層、第六階層、第十階層でお過ごしのお客様は恐れ入りますが、該当する階層よりご移動お願い致します……お客様にお知らせ致します……――」
どこからともなく聴こえる館内放送に、桃香達が驚きと戸惑いを見せる。
「これは……?」
「このダンジョンは定期的に変動しててね。こうやってわざわざ探索者達に知らせてくれるんだ」
「時間通りに動くのですか? 罠とかじゃなく?」
「うん。時間を過ぎたり早まったりした事はないね。私が知る限りでだけど」
青瀬の問いに対し答えていく。
幾度も攻略している姫華の答えであるから、その答えには経験に基づく信憑性があるはずだったが、それでも一瞬にわかに信じがたいといった表情を青瀬も、その隣にいた赤城も浮かべたが、すぐに打ち消した。
「時間までに移動できなかった場合、どうなるんスか?」
「残り続けてもいいんだけど、部屋も廊下も浴場も全部動くからオススメはできないね。荷物とかもどこに飛ばされるか分からないんだ」
「それは……厄介すねぇ」
「うん。だから、第三層に行くのは変動が終わってからだね。この階層をゆっくり探索してから行くとしよう」
特に慌てた様子もなく姫華が説明し、「そこの畳は色が変だから通らない方がいいね」と罠の存在も看破していく。
「んっ」
その時。
姫華の結んだ髪がぴくんと跳ね、それとほぼ同タイミングで双眸を鋭く細める。
最後尾にいるため、彼女の動きに気付く者はいなかったが、何者かが接近してくる事に対しては幾人かが気付く。
前方を歩いていた赤城と青瀬の二人はどうやら気付いたらしく、赤城は背負った両手斧を、青瀬は片手槍を構えつつ進んでいく。
非戦闘員である御巫や葉月、まだ未熟な桃香は気付けず、されど警戒の色を見せる男達二人の様子から状況を察する事は出来た。
このあたりは経験の差であろう。
遊佐などは気付いているのかいないのか定かでないが、悠々としたものであったが。
「多分、魔物だね。赤城君、青瀬君は油断しないように気をつけて」
「了解っす」「分かりました」
「数はおそらく三人だけど、モモも注意してね。危なくなったら私もフォローに入るから」
「はいっ! 合点です!」
「御巫さん、葉月さんは巻き込まれないように注意してください」
「うん、邪魔しないようにするとしよう」
「そりゃもう、言われずとも控えてます! 絶対に戦って足を引っ張んないです!」
「遊佐ちゃんは状況に合わせてサポートよろしく」
「あいよぉ。臨機応変ってのは私の得意分野だぜぇ~」
各々への細かい指示は出さない。
元々、ここへ来る前にある程度の戦闘の流れについても打ち合わせは済んでいるからだ。
姫華は基本後方に控えつつ、赤城や青瀬、桃香の動きを見ながら適宜指示や援護を行うつもりであったし、各々がライフシールドも装着している以上、易々と倒される事もない。
遊佐のフォローも得られる以上、まず何とかなるだろうとの見立てであった。
「この通路で相手をしてもいいし、広間の方へ進むのもありだからね。慌てず焦らず対処するように」
姫華の声に頷きつつ、一同の視線が前方へと集中する。
廊下の途中、左側の部屋、おそらくは広間に繋がっていたのであろう格子戸が開かれ、中からは着物姿の仲居とおぼしき女性が三人。
正しくは三匹であろう彼女らには、一様に人間とは異なる狐耳が見えた。
「ようこそお客様、当旅館へお越しくださり、ありがとうございます」
表情は友好的に見える。
妖艶、といっても差し支えない人間離れした美貌の彼女らに微笑まれた時、最前線に立った男達が警戒を怠らないようにしていたにも関わらず、一瞬緊張が解れかけたのを確かに自覚した。
一糸乱れる事なく丁寧なお辞儀をし、三人の内の一人が顔を上げる。
「当旅館ではお客様に三つのEを提供させていただいております」
「それらはすなわち……」
「エンジョイ、エキサイト、エンターテインメント!!」
「!?」
一斉に彼女らは表情を崩す事もなく、帯や袂から包丁や扇子を取り出すのであった。