ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索   作:Yunoko

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【Tips】魔法について・4

 精霊達の紹介シリーズその2でお送りするぞ。
 例の如く、なんとなく思いついたノリで書いているので、後々になって矛盾していても容赦してくれよな!

《愛の精霊》
 情熱的な詠唱を好む性質で、ぶっちゃけ、火の精霊と被っている。
 オーソドックスな例でいえば、誘惑や魅惑の魔法などで協力を求められる事が多い。
 精霊とは別に、魔法の対象者が心を乱すような口説き文句も考える必要があるので、この手の魔法を使う探索者は少ないぞ。
 他の探索者に詠唱内容を聞かれるのが恥ずかしいと思う程度では、まだまだ未熟。
 比較的扱いは楽な類で、とにかく褒めまくっていたら大体協力してくれる。
(ただし、弱すぎる探索者は除く。どんなに褒めても、好みのタイプじゃなかったら眼中には入らないのだ)

《毒の精霊》
 とにかく自己主張が激しい。
 自分のテリトリーを主張したがり、その願いを叶える形での詠唱に協力しやすいぞ。
 敵対者の体内を勝手に永住してもいいとか言っておけば、喜んで毒魔法を強化してくれたりするので扱いやすい精霊に属する。
 そのためか、意外と毒魔法を扱う探索者は多かったりする。

《死の精霊》
 扱いが非常に難しい性質。
 ダンジョン内の環境や、活動する探索者の傾向、魔法を唱える探索者自身の性質など、あらゆる状況によって変化を遂げる精霊。
 死の魔法というのは、相手に如何に生きる事が無意味であるのか、相手のこれまでの人生や将来を否定するかが重要であるため、いってしまえばどれだけ心を抉っていくのかが肝要。
 魔物より、探索者相手の方が成功率が高かったりする。

《鉄の精霊》
 基本的に淡泊で冷淡な性質。
 探索者が繰り返し、助力を求めていく事で態度も柔らかいものとなっていき、最終的には力強く熱の籠った反応で協力してくれる。
 精霊界のツンデレ枠とも呼ばれる。
 身体強化や武器強化の魔法など、様々な局面で役立つ精霊なので仲良くしておいて損はない。

《星の精霊》
 とても傲慢で尊大な性質。
 探索者達を見下ろし、あからさまに下と見做しているのだが、意外にも力は貸してくれる事が多い。
 もっとも、星の魔法は莫大な魔力を消費するため、精霊の助力を得ても行使できないケースが多い。
 精霊はそれを知ったうえで助力し、探索者が無謀な挑戦に失敗するのを眺め、楽しんでいるのだ。陰湿ぅ!
 ちなみに、星魔法に成功した探索者に対しても上からな態度は崩さないが、興味は持ってくれる。だからどうしたという話だが。

《陰の精霊》
 気付いたらいるし、気付いたらそこにいない。そんな存在。
 とにかく目立つ事を嫌うのだが、それでいて存在を認めてほしいという承認欲求もほのかに見せる、面倒くさい性質。
 だが、自己主張を滅多にしないため、畜生揃いの精霊の中では探索者に対してとやかく言わないのである意味扱いやすい。単に聴こえていないだけの話なのだが。
 普段は存在すら感知させないが、同じ波長の探索者にはなんとなくそこにいる事が分かるらしい。

※精霊シリーズ3は音の精霊、聖の精霊、怒りの精霊、血の精霊、海の精霊、獣の精霊あたりの予定。大体なんでも精霊が宿ってるいい加減な世界観。



第35話 《天空旅館ダンジョン⑥》

「…………」

 

 姫華は襖を開けた瞬間、広間内の状況を一瞥して把握する。

 

「えっ?」「はっ?」「だ、誰っ!?」

「……あの方は」

 

 室内にいたのは探索者であろう男女が五名と、和装姿で狐を模した面を着けた女が二匹。

 どちらも突然の乱入者に対し、驚愕の表情を浮かべていたが、両者の驚く理由はやや異なる。

 

(時間遅延……いや、いきなり使って動きを鈍らせたらこの人達の方が危ないか)

 

 姫華は乱入する際にどのように戦うつもりであるか、多少考えはしていた。

 冷静に思案を巡らせているようで、割と行き当たりばったりな動きの多い彼女も、一応は考えているのだ。

 その中で最初に時間を遅らせる魔法(第10話あたり参照)を使用し、内部の把握を行うと共に、どのように立ち振る舞うか考えようとも考えた。

 

 だが、時魔法の効果範囲はかなり広く無差別で、なんなら対策を怠れば使用者すら巻き込むため、当然ながらこの場にいる他所の企業探索者も巻き込まれる。

 その時に身体が急に鈍くなる事を驚く程度ならいいが、最悪の場合、攻撃の回避などが間に合わなくなる可能性を姫華なりに憂慮したのだ。

 先日のステラモールでの三尾の翼竜との戦闘時、説明なしに行使した事への反省であったのだが、この場においてその判断が正解であったかは、また異なるだろう。

 

「弾けて爆ぜろっ」

 

 短く言葉を発すると共に左手を振り払い、その数瞬後に爆炎が無より生じる。

 狙いはもちろん狐耳の女達であり、目を凝らせば見える程度だった火花のような物体がチカチカと光り、それは一秒も満たぬ短時間で彼女らを包み込むほどの爆炎と化して爆ぜる。

 そこから遅れて爆音が響き、熱風が頬を荒々しく撫でていった。

 先日のステラモールで出現したような魔物あたりであれば、この一撃で消し飛ばす事も容易であっただろう。だが。

 

「相変わらず小癪な挨拶ですね、如月姫華さん」

「へぇっ! あの女が例の如月姫華! こんなとこで会うとはねぇっ!」

 

 当たり前のように二匹とも無傷である。

 狐面の二匹の内、片方は忌々しそうな声を、もう片方は陽気な声を上げた。

 言いつつ、彼女らを覆うようにしていた黒煙が円を描くように払われていき、それを目視していた姫華は「風か……」と呟いた。

 風の類で防御を張ったのであろうと推察しつつ、二匹が完全に姫華へと敵意と意識を向けてきた事を半ば確信し、小さく頷く。

 

(とりあえず、私の方に意識を向けてくれているなら良し)

 

 姫華は先に戦っていた探索者達に視線を送り、彼らはそれに対しぺこりと頭を下げつつ、広間の隅へと集まっていく。

 この状況で下手に騒いだり、逃げようと動けば刺激するかもしれないと踏んだのだろう。固唾をのみながらも、状況を見守ろうと判断したようだ。

 

 狐面の二匹も、警戒すべきは姫華一人と考えたようである。

 一匹は揚々とした様子で姫華目掛けて歩み寄っていく。着物に穴を開けているのか、毛並みの綺麗な尻尾も出ており、ゆらゆらと揺らしながら接近する。

 犬でもあるまいし、喜んでいるわけでもないのだろうな、等と場違いな感想を抱きつつ姫華は相手の動きを観察する。

 

 姫華へ迫る狐面は、手に色鮮やかな扇子を下げながら歩みを止めない。

 もう片方は傍観するつもりでいるのか、間隙を縫って攻撃を仕掛けてくるつもりなのか、その場から動かずに、けれど刺すような視線を狐面越しでも姫華へと向けているのがよく分かる。

 

投扇興とうせんきょう……)

 

 投扇興というのは、端的にいってしまえば扇を投げて、的やそれを載せる台に当てて競う和風な遊戯である。

 もう少し具体的に説明するなら、イチョウの葉のような形をした的の事を《蝶》と言い、それを載せる台の事を《枕》と呼ぶのだが、それ目掛けて扇を投げたあとに作られる扇や蝶、枕の形によって点数が決まっており、より大きく点数を稼いだ方が勝ちとなる。

 

 単に蝶を落とせばいいというものでもなく、蝶の落ち方、枕の位置(基本的に枕は倒したら減点されるケースが多い)、扇の向きや落ちた位置だとかに応じて銘(蝶・枕・扇によって作られる形であり、テーブルゲームなどでいうところの役みたいなもの)と点数が決められており、単純に見えて奥深い遊びであったりする。

 銘は《源氏物語》や《百人一首》に因んだ名前が付けられており、点数は流派によってまちまちであり、そもそも銘や点数の定義なども違う上にローカルチックな差異もあったりややこしくなるので、ここでは割愛する。

 

 なぜ、この状況でいきなり投扇興の説明を始めたのかというと。

 狐面の一匹が扇を優雅に振りつつ、歌うように口ずさんだ事に関係がある。

 

「《恋すてふ》……」

 

 それは百人一首の歌の一つの出だしであり、投扇興の銘の一つなのであった。

 聴こえたと同時に、姫華は足元の畳目掛けてリボルバー式エンジンブレードを突き刺し、勢いのままに畳を返した。

 

 その直後に畳越しに衝撃が響き、続くように畳がバラバラに四分割となっていく。

 鋭い何かで裂かれたと思しき断面であり、これをまともに食らっていれば、姫華自身がこうなったと想像させるに難くない。

 

「おー、やんじゃん! 如月姫華ぁっ!」

「どうも」

 

 攻撃を防がれたのに嬉しそうな声を上げる狐面。対する姫華の反応はそっけない。

 挨拶代わりの一撃を防いだだけで、まだまだ狐面達の本気には程遠いからである。言葉の上では褒めてくれているが、それを額面通りに受け取るほど素直な感性は持っていないのだ。

 

「大体の奴らは今の食らってビックリすんだけどなー。やっぱ知ってんのなー」

 

 狐面がケラケラと笑う。

 彼女の言うように、今の一撃を初見で防げる探索者はそう多くない。

 先ほどの《恋すてふ》という一首は、全文では「恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人しれずこそ思ひそめしか」と詠み、その意味を現代風に訳すなら以下のようなものとなる。

 

「私が恋しちゃってるの、なんでか皆知ってるんだけど? なんで? 好きになったばかりだし、誰にもバレないようにしてたのに……(意訳)」

 

 要するに密やかにしていたはずの恋が周りにバレてしまったという内容の歌であり、投扇興の銘の一つであり、このダンジョン内においては狐面達の攻撃手段の一つなのであった。

 ダンジョン流の解釈なのか定かでないが、この場合は不可視の攻撃を放ち、対象者が気付いたら食らっていたというものになる。

 

 探索者達が和歌集の一首まで事細かに知っているかといえば、大半の者達は知る由もない。なんなら興味も関心もないだろう。

 姫華の場合、彼女も当然のように和歌集の意味を知らなかった。

 あまり彼女は勉強が得意でも好きでもないのだ。

 ただ、旅館で働いていた際に芸妓げいぎが宿泊客とお座敷遊びをしていたのを何度も見ていたために、投扇興の事は知っていた。

 なんなら、客に「ねーちゃんもやってみなよ」と誘われ一緒に遊んでいた。そんな事もあってか、投扇興への理解は他よりほんの少しばかり早かったりする。

 

 もっとも、投扇興について知っていたところで、その意味合いと攻撃内容の関連性がこじつけに近いのだから、初見で防げるような探索者は防御を徹底しているか、培った戦闘経験からの警戒だとか、並外れた観察眼や勘で回避でもしない限りは防げないだろう。

 読み上げた一首の意味を考えてる時点で、攻撃は目前へと迫ってきているのだから。

 

 かと思えば、普通に接近戦も得意らしく、銘を詠むかと思わせておいてのフェイントくらいは平気で仕掛けてくる。

 扇に何を仕込んでいるのか知れないが切れ味も鋭く、小さな扇と舐めてかかった探索者が腕や足を失うような悲惨な事例も決して少なくない。

 

 投扇興の銘定、もとい、狐面達の攻撃技の種類というのは、どうやら日本投扇興連盟の定めた31種類にちなんでいるらしいと探索者達の調べで分かっている。

 ただ……調べれば調べるほどに探索者達からは納得のいかぬ声が上がるのだった。

 というのも。

 

「なーんで《恋すてふ》が不可視の攻撃って解釈になんだよ!」

「《秋風》っていうから風系統って思うじゃん! なんで誘惑系統の術になんだよ!?」

「《難波江》が身を焦がす恋ってのは分かったよ。だからって自爆技になる意味が分かんねぇ」

 

 百人一首の歌の意味や投扇興との繋がり、実際に狐面達から食らった攻撃などを照らし合わせていくと、上記のような不満や疑問が噴出していくのである。

 《天空旅館》の攻略最盛期には、各階層でうろつく狐面達の攻略に日夜議論が繰り返され、挙句には「防御系の魔法がっちがちに固めて常時展開して戦うべし」という身も蓋もない結論が導き出された。

 大抵の探索者というのは簡単な魔法を数十回も使えば魔力が底をつく。常に身体を防護するような魔法を展開していれば、大体数分も持たずに尽きるだろう。そんな状態で戦うというのは無謀にも等しいのだ。

 なんなら結論を導き出した本人も、実際に狐面との実戦中に実践した結果、「あかん」と短い一言を洩らし、戦死するに至ってしまったのである。

 

「次、行くぜ! 《月みれば》っ」

 

 場面は戻り。

 姫華と対峙する狐面は、面越しでも笑顔なのだろうと推察が出来るくらいに弾んだ声を上げる。

 これも投扇興の銘の一つである。

 狐面が扇で円を描くと、その軌道をなぞるように黄金の粒子が零れ落ちていく。

 

「ふんっ」

「んぁ!? だっ、あぶねぇっ!!」

 

 本来の効果を説明する前だが、姫華が畳の一枚をめくり、勢いに任せるようにぶん投げたのだ。

 狐面は慌てたように屈み、その頭上を畳が通り過ぎていく。

 狙いを外れた畳は旋回しながら広間の襖へと向かい、そのまま複数枚の襖を巻き込んでいった。食らっていればタダでは済まなかったであろう事を、狐面は否が応でも察しざるを得ない。

 

「なんでだっ!? 春の夜ぁっ!」

 

 舌打ちまじりに跳び退る狐面。

 畳を避けて態勢を整えんとした時には、すぐに傍で姫華がエンジンブレードを振り下ろしてきていたからだ。

 姫華は狐面が回避する事前提で、畳をぶん投げたあとにすかさず接近し、追撃せんとしていたのである。

 刀身を狐面の頭部ないし肩口へと向けて振り下ろしつつ、引き金を引いた瞬間に弾倉に篭められた火薬が炸裂。その振動は刀身を震わせ、斬撃の威力も速度も加速度的に高め、狐面を一刀の元に両断してみせるはずであった。

 

 だが、確実に狐面を捉えていた攻撃は空を切り、狐面は元いた位置から若干だが離れ、「あ、あっぶねぇ」と荒い息を吐いている。

 先ほど狐面が口走った《春の夜》というのは、投扇興の銘の一つであり、それは端的にいってしまえば短い時間の出来事を夢であった事にする、すなわち()()()()()()()()()()()技であった。

 

「これがあるから面倒……」

 

 愚痴るように零す姫華。

 狐面の者達は、いずれもが投扇興を駆使した技を使いこなす。

 つまりは、全員が先ほどのように致命的な一撃を回避しうる芸当が可能だという事だ。

 個々が判断力を持ち、多彩な技も持ち合わせ、致死回避の術もあっては面倒この上ない。しかも、今は一対一で戦っているが本来は複数で襲い掛かってくるのがデフォルトなのだから始末に負えない。

 

「《寂しさに》……ってくそっ! ()()()()()()()んだっ!? ひぇっ」

 

 対する狐面は、扇を振って銘を詠むのだが思うような効果が出ていないらしい。

 姫華の余裕そうな様子を見やり、苛立ちを募らせていく。

 

「じょ、上等だ! 小細工抜きでやってやらっ!!」

「そろそろおよしなさい」

「なんだよっ!? 私が負けるとでもいいたいのか!?」

「そうですね。十中八九負けるでしょう。ですからおよしなさいと申し上げているのです。貴方が実力差も理解出来ないほど愚かだというなら、止めはしませんが」

「…………はっきし言うかねぇ、そういう事をよぉ。ひどいよな、ひどいよぉ~」

 

 着物の袖口を捲り上げて本格的な戦闘に移るつもりの狐面を制したのは、傍観俯瞰に徹していたもう一匹の狐面。

 かなり厳しめの制止の声であったが、その内容に反論する事は出来なかったらしい。それでも不平不満は抑えきれず、屈みこんで不貞腐れてしまった。

 

「彼女に()()()()()()()()()。それだけでも私達の手数がかなり無意味になってしまいます。しかも、あの内なるエネルギー量…………まともにやっても勝てず、小細工も通じないのでは打つ手なしというもの。素直に退きましょう」

「…………わーったよぉ」

 

 不承不承といった様子で立ち上がり、あらためて姫華へと向き直る。

 

「如月姫華」

「ん?」

「お前、強いな」

「ありがとう」

「次は私が勝つから、それまで誰にも負けんなよ」

「楽しみにしてる」

「ふんっ! お澄ましさんがっ!」

 

 なんだかチープなバトル漫画のようなノリのやりとりだった。

 もう一匹の冷静な態度の狐面は「またお会いしましょう」と短く言い残し、二匹とも着物の振りから札のような物を取り出すと、何やら小さく呟いたのだろうか。

 次第に景色へと溶け込むように透明になっていき、やがて完全に姿を消した。

 

「…………」

 

 姫華は依然警戒を解かない。

 過去の経験上、彼女らが札で姿を消してから奇襲してきた例はない。

 わざわざ奇襲だの不意打ちも出来るというのに、必ず姿を現している時にしか戦わないあたりはフェアなのかもしれない。

 だが、彼女らは姫華を不俱戴天の仇同然に憎んでいるのは間違いない。それは過去に姫華がこの《天空旅館》の最上層で控えていたボスの《七尾の妖狐姫》を撃破してから、今に至るまで不変である。

 いつかは恨みつらみが抑えきれず、襲い掛かってこないとも限らないのだ。

 

「…………ふぅ」

 

 気配察知の魔法を解く事なく数十秒。

 完全に彼女らの気配が消えたのを確認してから、姫華は小さく息を吐く。

 それから思い出したように、広間の隅で立ち尽くしていた探索者達へと向き直った。

 

「大丈夫でした? すみません、戦ってる時に乱入してしまって」

「い、いえっ! おかげで助かりました。本当にありがとうございました」

 

 探索者達の中から代表で若い男が一人、前へと進み出て両手を合わせながら深々と頭を下げる。

 残りの面々も同じように感謝の言葉と共に頭を下げてくる。

 姫華としてはむずがゆい心境であった。

 結果としては助けた事になるが、元は狐面に追跡されたら面倒だから先に倒すなり退けるなりしてたい、ついでに助けられるなら……くらいの考えでしかなかったからだ。

 

「いやぁ、転移直後を狙えばワンチャン勝てるかも……って挑んだんすけど、全然敵わなくて……」

「狐面と戦いながら撤退して、死者を出さずに来たんですから十分大したものだと思いますよ」

「そ、そうですかね……でも、確かに一人も死なせずに済んだのはラッキーでしたね、はい。大怪我もしてないし……」

 

 姫華の言葉は本音である。

 狐面達は、通常のダンジョンで言うところの区域ボスに該当する強さの存在だ。

 そのくせ、あちこちの階層を自由自在に動き回り、探索者を発見すれば積極的に攻撃を仕掛けてくるものだから厄介極まりない。

 勝てないと踏めば迷わず撤退も選ぶため、苦労して戦った挙句に何の成果も得られない可能性がある事も、彼女らの厄介さ加減に拍車をかけているといっていいだろう。

 

 これまで幾度となく《天空旅館》を探索し、最上層のボス撃破や踏破経験さえ持つ姫華であっても、まともに撃破した狐面というのは数えるほどしかいない。

 そんな相手に一人も欠ける事なく応戦しながら撤退してきたのだから、この面々も中々の実力を持っているのだろう。

 

「あ、そういえば自分達は《黒家カンパニー》に所属してまして……こちら、名刺です」

「これはご丁寧に。私は《黒井商会》所属の如月と申します」

「おぉ、お噂はかねがね……」

 

 助けた探索者との名刺交換も済ませ、姫華の名刺を見た探索者達が「本物だ……」「ひぇ、如月さんの名刺……」とマジマジと眺めている。

 狐面が繰り返し姫華をフルネームで呼んでいたのでなんとなく察してはいたが、それでも実際に名刺を見て本物だと確信すると、星屑市周辺で上位に属する探索者の姫華に出会った事に、少なからず感動を覚えるらしい。

 

 一方で姫華も受け取った名刺を見て、《黒家カンパニー》か……と内心で呟く。

 《黒家カンパニー》は星屑市内での展開規模こそ小さいが、全国のあちこちに企業展開をしており、ドラッグストアに衣料品、スポーツ用品系の販売店、ファストフードなど幅広く知名度を広げつつある。

 

「忌々しい黒家めが! またぞろ店を出しおった! まったく忌々しい!! まーた、上がやかましくなるわ!!」

「そうですね」

 

 つい先日も、探索課全体をまとめる部長の権守ごんのもりが厳めしい顔に、それに見合った声を震わせ、怒りを露わにしていた事を思い出す。

 《黒井商会》も星屑市を中心に、色んなジャンルのチェーン展開を試みているだけに、そのライバル企業が躍進するのは許しがたいとの事らしい。

 権守あたりからすれば、「黒家の連中なんぞ放っておけ!」となるだろうが、姫華にとってすれば企業同士の確執など知った事ではないので、無視する。

 

「姫ちゃん、終わったん~?」

「あ、そうだった……うん、終わったよ」

「さっすがぁ~。みんな、終わったみたい。入ろうぜぇ」

 

 聞き覚えのある声に姫華は我に返る。

 入口付近で遊佐や桃香が顔を覗かせ、中を窺っているところであった。

 先ほどまでの戦闘音も止み、様子を見に来たのだろう。

 

 姫華は戦闘が済んだ事を伝え、遊佐が招くと控えていた面々が広間へとやってくる。

 そのあとはお互いに簡単な紹介を行い、黒家カンパニーの探索者が姫華へと再度の感謝を述べていった。

 姫華達の入ってきた方角へと足を進めるため、一応気配探知を行って助言をする事も忘れない。

 

「そっちの方角と、こっちの方角からは魔物らしき動きがあるので、気をつけたほうがいいかと思います」

「なるほど、ありがとうございます。如月さん達はそちら*1の方向に行く感じですか?」

「そうですね……もう少しで三階で定期変動もありますし、この階層で経験を積んでいこうかと」

「それでしたらちょうど良いかもしれない……お礼にこちらを」

 

 そう言って、男が差し出したのは鍵であった。

 その形状は姫華に見覚えのあるもので、なんなら手に入ったらいいな、と考えていた物である。

 

「客室の鍵……じゃないですか。そちらの方こそお使いになるべきでしょう」

「いやいや、俺……じゃなくて自分達も別の客室の鍵を持ってるんで、嫌じゃなかったら受け取ってもらえると嬉しいっす。あの如月さんのお目に叶うような物を持ってなくて、恐縮ですけど」

「お礼なんていいのですが……」

「いやいや、結果的に命を助けてもらってるんで一緒ですよ。五人分の命のお礼には安くて申し訳ないすけどね……」

 

 男が言うや、残りの四人も頷き、口々に「お金もロクに持ってないんで!」「大したアーティファクトも無いんです!」「なんならノルマも全然なレベルでして!」「どうかお納めを!」などなどと言い、姫華は困ったように笑みを浮かべる。

 近くに来ていた遊佐へ視線を送ると、遊佐が人好きする笑顔をしながら近づいてきた。

 

「姫ちゃん、何もお礼しないっていうのも、後ろめたくなっちゃうもんさ。受け取った方があの子達も気まずくならないし、貸し借りナシって事で対等になるんだから、ここは遠慮なく貰っちゃえばいいんだよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ。ねぇっ、君たちもさ、貸し借りナシな方がお互いに良くない? 私、何もしてねぇけど! あははっ!」

 

 遊佐が取り成しに入り、黒家カンパニーの面々も「そうですよ!」と便乗し始めた。

 遊佐にも言われると、いよいよ姫華も「それでしたら……」と受け取る形となるのであった。実際、遊佐の言ってる事も一理なくもないのだろうと思ったのである。

 

「まぁ、客室の鍵って出ない時はホントに出ないし……ありがたいといえばありがたいけど……」

 

 黒家カンパニーの面々と別れた後、受け取った客室の鍵を眺める姫華。

 長方形でアクリル製のキーホルダーがレトロな雰囲気を漂わせ、持ってるだけで懐かしい気持ちにさせてくれる。

 ダンジョンのくせに律儀というべきか、キチンとホルダー部分には《天空旅館207》と刻まれている。

 

「……私の誕生日と同じか」

 

 周囲の誰にも聞こえない程度の小声で呟く。

 姫華の誕生日は2月7日であり、なんとなくだが運命的だとか、巡り合わせのようなものを感じてしまうのだった。

 

「最悪の場合はコレを使おうとも思ってたんだけど」

 

 今度は周囲にも聞こえる声を発しながら鍵を取り出す。

 取り出したそれは客室のそれとは異なる鍵だ。

 桃色の金属製をしており、ハートの形状をしたキーヘッドが特徴のそれを一同はしげしげと眺めていたが、不意に声が響く。

 

「あれぇ、姫華おねーさん? とうとう、アタシに助けてほしくなっちゃったの~?」

「助けてもらおうと思ったんだけど、なんとかなっちゃった」

「そうなんだぁ♡ ついにおねーさんがアタシに屈して懇願するかと思ったのにー♡」

 

 一同が驚いたのは突然に聞き覚えのない声が響いた事と、その数秒後に見覚えもない少女がそこに立っていた事だ。

 鍵だったそれが、いきなり少女に変化したと言い出して、にわかに信じられるだろうか。だが事実である。

 小柄で幼く、可愛いが生意気そうな顔立ちの少女がそこには立っていた。

 ツインテールの髪型、タンクトップにホットパンツの衣装の彼女は、正真正銘の魔法の鍵、すなわち魔鍵まけんである。

 

 今回、客室の確保が出来なかった場合に備えて、姫華が持参してきたアーティファクトの一つであった。

 その名もメスガキの魔鍵まけんという。

 ちなみに使用する場合には以下のような台詞を彼女達は吐く。

 

「えぇ~、こんなよわよわ施錠を開ければいいの? らくしょなんだけど~♡」

「開いちゃえ♡ 開いちゃえ♡」

「よっわ♡ もう開いちゃった♡ ざぁ~こざぁ~こ♡ そんなよわよわロックで恥ずかしくないのぉ~♡ 不法侵入も防げないよわよわセキュリティ♡」

 

 などの挑発的な言葉を吐きながら開錠していくのだが、その開錠能力は本物だ。

 ダンジョン内の施錠関係はかなり高確率で突破してくれる優れもののアーティファクトである。初級難度や中級難度であればほぼ100%、上級難度でも通用するほどなのだ。

 ただし、使用出来るのは一度限り。

 

 使ったが最後、その魔鍵は「神様って意地悪だよね。一回使ったらバイバイになるよーにアタシ達を作っちゃってさ」などと言い、そのあとに寂しげな笑顔で「バイバイおにーさん(あるいはおねーさん)」と言って消えていくのだ。

 

 別れの間際のしゅんとした様子や、使用する前に「え、ホントにアタシの事使うの……?」などと寂しそうな声と顔になるので、使うのを躊躇う探索者も実のところ少なくない。

 なんなら姫華も未だもメスガキの魔鍵を使えていないので、同類である。

 

 どこまで設定されているのか分からないが、使わず所有している限りは持ち主の事を記憶しているものだから、とても使い辛い厄介なアーティファクトなのである。

 そこそこに入手もしづらくレアである事も、それに拍車をかけているのだろう。

 一度使って手放せば、また再入手できるという保証もないのだ。

 

「というわけで、もう少し一緒にいてもらう事になったんだ」

「えぇ~♡ そう言ってアタシとまだいられて嬉しいくせにぃ~♡ 姫華おねーさんってば、メンタルよわよわだから、アタシがいないと寂しいでしょ~? もう何年? 7年は一緒にいるんだも~ん♡」

「そうだね……そうかもしれない」

 

 挑発的な笑みを浮かべるメスガキの言葉に、曖昧な笑みを浮かべる。

 メンタルが弱い、か……。

 否定できない言葉であった。

 

 

*1
黒家カンパニーの探索者達がやってきた方向。




◆newgain!


【メスガキの魔鍵】
レアリティ:★★★★☆☆☆☆☆☆
入手先:宝箱系のオブジェクト、あるいは鍵が収納されたオブジェクトにランダム出現

 名の通り、メスガキの魂(?)が宿った魔法の鍵。
 生意気かつ挑発的な態度のメスガキが内包されており、手にすると所有者やその周囲の人物に話しかけてくる。手にしていない時は静かになる。
 ダンジョン攻略の黎明期などは、おふざけアーティファクトの類だと思われていたのだが、ダンジョン内の施錠された扉や宝箱などを開錠する効果を持っており、上級難度にも通じるレベルと知れてからは一転、高評価を得るに至る。

 ただし、使えるのは一度きり。
 開錠する対象の難易度は一切問わないため、使う場面は慎重に決めたいところ。
 使用回数もさることながら、宿るメスガキが使用した際にいつもの生意気な態度は潜め、寂しそうに別れを告げて消えていくため、使用を躊躇う探索者もいたりする。

 出現する場所は限られており、ダンジョン内の宝箱系、あるいは鍵が収納されたオブジェクト(ホテルや旅館などのキーボックスなど)である。
 鍵の形状は統一されていないため、手にしてみてメスガキの声を聴くまでは軽率な判断はしてはいけない。
 ちなみに内包されているメスガキの容姿や恰好もそれぞれに異なるらしい。

 名前は特に決まっていないらしく、どの魔鍵もメスガキと名乗る。
 名前を付けたらますます使いづらくなるので、そのあたりは探索者次第。

(あとがき)

 色々と詰め込み過ぎた。これでもカットの嵐なんです。
 お恥ずかしい限りですが、どんだけまとめるのが下手なのか、読んでもらえたらお分かりになるかと思います。
 最初は黒家カンパニーの探索者達の戦闘も書いてましたが、カットだカット!
 話中に出てきた投扇興の銘にちなんだ狐面達の技は、天空旅館編の合間合間で説明するかと思います。

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