ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索   作:Honoka_Asa

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【Tips】モンスターについて・5

《狐面の攻略》

 天空旅館ダンジョン内で出現する階層ボス。
 どの階層でも出現する可能性がある。
 自立型で個々に行動する上、連携での攻撃も可能、危なくなれば撤退し、体力が回復したらまた襲ってくるなど厄介な性質を持つ。
 倒せれば一応良い報酬が得られるらしいが、倒すと他の狐面から最優先で襲われるなど、リスクとリターンに見合わない。

 面倒だらけの特徴をしているのだが、幸いというべきか、別に倒さなくても階層の移動に制限などは課せられていない。
 もっとも、それゆえに自由な行動を可能としている可能性も指摘されており、一長一短と捉えるべきか悩ましいところ。

 多彩な攻撃手段を持ち、それらはお座敷遊びに関連したものとなっている。
 代表的なものは近接戦で用いられる虎拳、あるいは中距離戦で扱う投扇興だろう。
 特に投扇興については銘にちなんだ技を幾多も駆使しており、それらは百人一首の由来に何かしら絡んだ効果を持たせていて、全部で31種類確認されているらしい。

 以下に記載するのは、狐面達が使ってくる技の一部だ。
 彼女らと戦う時の参考にしてもらえれば、幸いである。銘の由来である百人一首の歌も載せようと思ったが、かなり長くなってしまったのでカットした。

①《天つ風》
 投扇興で、投げた扇子が枕(的を載せた台)の上に乗り、蝶(台の上の的)は落ちて立っている状態。点数は20点。
 狐面達が使用する場合、周囲に風を巻き起こして防御に転じさせる。
 姫華の最初の爆破を防いだのもこの技によるもの。近接攻撃や遠距離攻撃を問わず防ぐ。

②《恋すてふ》
 蝶が落ちて立ち、その蝶に扇子が被さった状態。35点とかなりの高得点。
 狐面が使用する場合、不可視の攻撃となって対象へ襲い掛かる。
 遭遇するとまずは小手調べとばかりにこれを使い、対策をしてない、あるいは反応しきれない未熟な探索者達をふるいにかける。

③《秋風》
 扇子が枕に寄りかかり、その扇子の下に蝶が倒れている状態。
 結構難しいように感じるが点数は8点と控えめ。
 元ネタは、雲の切れ目から洩れてくる月の光の美しさを讃えた歌。それに沿ってか、扇子で月を描き、見た者の意識を逸らせる効果を持つ。
 姫華には通じなかった。

④《春の夜》
 扇子が枕に寄りかかり、蝶は枕の上で倒れている状態。
 これも秋風同様、狙って出すのは難しいように感じるのだが、やはり点数は8点と控えめ。
 元ネタはセクハラを上手くかわしつつ、艶らしい言葉を織り交ぜた当意即妙な返しを詠ったもの。
 短く感じられる春の夜、華麗にかわしてみせた内容に因んでなのか、短時間なら起きた出来事をなかった事にする効果を持つ。
 致命傷をも無かった事にするため、かなーり厄介。狐面の撃破を難しくさせている理由の一つといってもいい。

⑤《寂しさに》
 扇子が落ちて倒れ、蝶は落ちて立っている状態。
 点数は10点。
 人恋しくなったり、寂しくなる事を詠った元ネタに因み、不安な気持ちや弱気にさせる効果を持つ。
 本来は扇子を振り、秋の夕暮れを対象者に見せるのだが、姫華には通じなかった。

⑥《難波江》
 蝶が枕の上で倒れ、その上に扇子が乗る状態。点数はそこそこの15点。
 他の技も大概だが、元ネタの百人一首が一夜限りの恋に落ちた相手を恋焦がれるという内容だからといって、生命力を使い切っての自爆技になる因果関係が探索者達には分からないでいる。
 よほど追い込まれないと使わないので、結構レア。いざという時に用いる可能性がある事を踏まえ、警戒は必要。
 過去、先述の《春の夜》を使わせまいと一気に畳みかけ、逃げる暇も与えなかったケースにおいて、狐面が周囲一帯の探索者諸共自爆したケースが報告されている。




第36話 《天空旅館ダンジョン⑦》

「なにぃ? 如月姫華が来ておるとな?」

「左様でございます、姫様」

「姫様と呼ぶでない。今の妾は女将おかみなのじゃ」

「失礼いたしました女将様」

「うむっ! しかし、女将というのは様付けするものなのか?」

「はて……しかしながら階層守護者として主に礼を欠く事はもちろん、仲居頭としましても、最高責任者の方に対し奉り、様も付けずにお呼びするのは些か憚られますゆえ、お許しください」

「うむぅ……では仕方あるまいな。妾もよく分からぬし、様付けでも許す!」

「感謝致します、女将様」

 

 12月1日の午後1時頃。

 それは、姫華達が第二階層にて客室を探している最中の事。

 同時刻、《天空旅館》最上層において、見るからに尊大そうな佇まいの()()と、その傍に立つ狐面の女が何やら怪しい言葉遣いで話し込んでいたところだ。

 

 そこは、まさしく天空旅館という名に相応しい場所であっただろう。

 最上層を中心に青天が広がり、空の世界を一望する事が出来た。

 ダンジョンならではというべきか、時季外れの桜の木々が規則的に円を描くように並び、その内周には池泉が流れ、淀み一つない水面は青い空や並ぶ桜を映し出す。

 中央には武家屋敷を連想とさせる厳かな建築物が建ち、その縁側で先ほどの怪訝な声を上げた女性が一人。

 

 その恰好は端的にいえば、嫁入り衣装を着込んだ狐耳の少女であろうか。

 花嫁を連想とさせる白無垢、その下には桜色を基調とした掛下を着込んでいる。

 眩いばかりに輝く髪には、花を模したのであろうガラス細工のかんざしを挿し、着物を彩る小物類はいずれも白を基調としながらも、よくよく見れば繊細かつ意匠を凝らした装飾が施されている事が分かるだろう。

 上から下に至るまで純和風といった装いで統一され、本人自体も幼さを強く残してはいるものの、成長していけば順当に紅口白牙、仙姿玉質、眉目秀麗といった美辞麗句に相応しい容姿の持ち主となるであろう。

 

 彼女こそ、探索者達に七尾しちび妖狐姫ようこひめという名称で知られ、この《天空旅館ダンジョン》を統べるボスである。

 名前の由来となった七つの尾を器用に絡ませて椅子代わりにし、頬杖をつきながら尊大そうに座る。

 絢爛な空間を支配し、純粋無雑な衣装に身を包みながらも顔立ちは華麗にして可憐で、その立ち振る舞いには自信を漲らせているのだが、その周囲にはノートパソコンやスマートフォン、ゲーム機器、女性誌や漫画、用途の分からぬガラクタ等々が乱雑に置かれていた。

 

 本人の容姿や恰好、屋外の雰囲気はどこから見ても和風で統一していると思しき中で、部屋の装いはノートパソコンだのスマートフォンなどが散らかり、些か異質に感じられる。

 もっとも、本人にもその傍で控えた狐面の女性にも気にした様子は一切みられない。

 

「しかしまぁ……本当に来るとはの。それでナナよ、あやつめは今どの階層じゃ?」

「二階層との事でございます。ムツミとヤエの両名が遭遇し、これに応戦しております」

「……そらまた随分と下の方じゃのぉ。二人は無事か?」

「もちろんでございます。ヤエが少々血気に逸ったようですが、ムツミの方が諫めて事なきを得たとの事」

「ならばよいが。如月姫華は一人で探索しておるのか?」

「いいえ。イチカの方より、如月姫華を含めた七人がチェックインをしたという報告が届いております。ムツミが気配を探知した際にも、少し離れた場所で六人分の気配を捉えたという話でした」

「ふぅむ、後進の育成というやつじゃな。あとはアレ、アレじゃ。ノルマとやらを稼ぎに来たんじゃろ。あやつらのしとる、アレ……探索者というのはいわゆるブラック! ブラック企業だらけらしいからの! やつらは社畜とかいうやつじゃ! 馬車馬さながら稼ぎ続けねばならぬ身じゃ。難儀なこっちゃじゃ! わざわざ枷をつけられるために組織へ所属するとはのぉ~」

 

 鼻唄交じりに妖狐姫は尻尾の一つを器用に動かし、机を引っ張ってくる。

 持ってきたそれは、黄金と真紅を基調とした、バロック調の豪華な装飾が施されており、どう取り繕っても和風な室内には似合わず、場違い感が尋常ではなかった。

 机上に置かれている物といえば、デスクトップ型のゲーミングパソコンであり、中のLEDが桃色に淡く輝いている。さらにマルチディスプレイで三つのモニターが広々と洋風の机を占拠しており、それらを淀みなく操作する彼女と、何もかもがちぐはぐな空間であった。

 

「それで、如月姫華以外の実力は如何ほどか?」

「イチカの見立てでは、如月姫華を除けば脅威に感じなかったとの事で」

「ならば、まず来るまい。あやつの性格上、部下を必要以上に危険に晒す事はせんじゃろう。ムツミが探知をした際に離れていたところを見るに、戦闘に巻き込まぬように離したといったところじゃな。よしんば上層まで来たところで、同伴した者どもが付いてこれまい」

 

 ふん、と小さく形の良い鼻を鳴らし、妖狐姫は机上に置かれていたデスクトップパソコンへと目をやり、マウスに手を当てる。

 三つ並ぶモニターの画面には、左から旅館内の映像が分割して映っていたり、中央には何かの表やらグラフなどがびっしりと、右のデスクトップ画面には乱雑にアイコンが並んでいる。

 その内の一つをクリックしながら、傍で控えるナナと呼ばれた狐面へと声をかけた。

 

「如月姫華はともかくとしてじゃ、他の連中は探索者攻略wikiに載っておるじゃろうか」

「おそらく載っていないのでは……人間どもも、雑魚をいちいち掲載し、編集するだけのリソースは割かないかと」

「ふむ、それもそうじゃな。木っ端相手に情報収集など時間の無駄か。では、さしあたり如月姫華のみに集中するとしよう」

「それがよろしいかと」

 

 かなり辛辣で容赦のない評価であった。

 だが事実、姫華以外のメンバーでは一対一で挑んで狐面を倒せる者はいないだろう。退ける事さえ至難といってもいい。

 まして、狐面達を束ねる少女に至っては、ほんの戯れでさえ、容易にそこらの探索者の命を刈り取ってしまうだけの実力を備えているのだから。

 

「ナナよ、皆に伝えるがいい。如月姫華とその一行どもは丁重にもてなし、ゆるりと探索させるようにな」

「……よろしいのですか?」

「構わぬ。妾にも少々考えがあるでな。やりすぎぬよう適度に襲い掛からせるようにせい。それと、ほどほどのところで客室に案内してやれともな」

「承知しました、ただちに」

「ぽりし~の方も忘れずにの」

「勿論でございます。エンタメのやつですね」

「うむ」

 

 「ほれ」と言いながらスマートフォンを放り、ナナの方は器用にそれを尻尾でキャッチし、耳元に寄せると話し始める。

 

「こちらはナナ。各階層の守護者へ伝達です。姫様、いえ、女将様のお言葉ゆえ、心して聞きなさい。そしてエンジョイ、エキサイト、エンターテインメントの心を忘れずに、与えられた任を果たすのです。まず……────」

 

 特になんらかのアプリケーションを用いるでもなく、通話画面などを開くわけでもなく、というか、そもそも画面が暗く黒いままであるのだが、構わずナナは喋り続けた。

 ナナの声に対し、《天空旅館》の各階層で活動していた各々の狐面達が頷き、姫華達が探索中の第二階層付近で控えていた狐面などは、一同に会してどう対応すべきか協議を始めていく。

 

 その様子を見やりながら、妖狐姫という名で知られた少女は、眉間を微かに険しくさせる。

 別に、ナナに対しての不満を抱いているわけではない。

 現状の自分に対しての憂いを抱いている、というのが適切な表現であろうか。

 

「果たして、()()()()の言う通りに事が進むのじゃろうか? 7年も前から、この事を予知していたとでもいうのか? じゃが、現に残滓ざんし同然じゃったあやつも生きておるし、妾も蘇った。ともするなら、この流れに逆らったところで無意味に終わるのじゃろうが……」

 

 パソコンを操作していき、それぞれの画面内で映っている探索者達を視界に捉えながら、妖狐姫は呟く。

 天空旅館内の各階層で活動する狐面や狐耳の仲居達の視界が、それぞれに画面へと反映され、共有されているのだ。細かな原理は知らぬ。

 

「まぁ、7年前の雪辱を晴らすもよし、戦って潔く散るもよし、そのどちらにもならぬというなら、その時はその時じゃろう。エンタメの精神じゃ!」

 

 

 


第36話

《天空旅館ダンジョン⑦》


 

 

 

 場所は戻り、第二階層。

 時刻は午後2時すぎであり、上の第三階層では定期変動の真っ最中なのであろう。

 微かにだが振動が伝わり、慌ただしくダンジョン内の構造が変貌を遂げている事を実感させられる。

 

『館内でお過ごしのお客様へお知らせ致します。ただいま、館内の改装中をさせていただいておりますので、恐れ入りますが第三階層、第六階層、第十階層への立ち入りはご遠慮いただきますよう、お願い致します……なお、改装終了の時間は────』

 

「ここが207号室……思ったより離れたところにあったね」

「ホントっすよ。ランダムに変動するったって、限度ってモンがありますよ」

「つ、着いたぁ……」

「な、何にも戦ってないけど、疲れたぁ~」

 

 館内放送を耳にしながら、姫華達七人は207号室のプレートが掲げられた部屋の前で立っていた。

 そこで姫華をはじめ、一同からは不満と疲弊の声が相次ぐ。

 狐面との戦いの後、大広間を抜けてからも数度の戦闘があり、複雑に形成された廊下や広間を進んでは迷い、またぞろ戦闘が続き、やっと発見したのが207号室なのであった。

 

 狐耳の仲居達に執拗に襲撃されたり、廊下の窓を突き破って現れた巨大な蟹の魔物と戦ったり、あるいは廊下に飾られていた和風のお面──いわゆる般若面や能面、天狗面といったもの──が不定形のモヤと共に襲い掛かってきたりと、結果を顧みれば戦闘経験を積むことは出来た。

 だが、それはそれとして疲れたのだろう。特に接近戦メインの赤城と青瀬は疲労の色が濃い。非戦闘員であるはずの御巫や葉月でさえ、歩き通しに加えて戦闘の中で邪魔にならぬよう立ち回り、緊張の連続だったのだ。

 

 とはいえ、ダンジョンルールというべきなのか。

 客室が並ぶエリアをはじめ、宴会場や温泉など、使用に鍵を必要とする場所付近にはどうした事か魔物が出現しないのだ。正確には、近寄らないように決まっているのかもしれない。

 なので、多少不安や緊張はするかもしれないが、一度このエリアまで来てしまえば温泉で身体を休めたり、宴会場で騒いだりしても平気だというのが、探索者達の見解である。

 

「それじゃぁ、鍵を開けるね」

 

 和風モダンな引き戸の扉に鍵を挿し、扉を開けると一行は室内へと入っていく。

 中はそこらの温泉旅館とそう変わらぬものである。

 

 家でいうところの玄関スペースである踏込ふみこみで靴を脱ぎ、廊下へ上がると奥には洗面所や浴室が見える。

 とはいえ、今はとりあえず荷物を置いて一息つきたいので、廊下の途中に面する一部屋へ姫華が入っていき、あとに続く面々へと説明を加えていった。

 

「大体の客室だけど、布団類はこの前室ぜんしつ*1の押し入れに入ってるよ」

「姫先輩、ここのお布団って使っても大丈夫なんですか?」

「罠だったって報告は聞いた事がないね。私も最初は怖くて使わなかったけど、いつからだったか使いはじめたら、あんまり気にならなくなった」

 

 ダンジョンにおける姫華の警戒基準というのは、キチンとしているようで、実のところは結構にいい加減だ。

 飲食物に対しては罠を警戒して口にしない……かと思いきや、コーヒーを見つけた際には「ダンジョン産と書かれてるから大丈夫」と言っては飲み始める。そのくせ、他の食物などはダンジョン産と書かれていても決して手につけないのだ。

 さらに、罠とおぼしき道や宝箱などを発見すると、とりあえず挨拶といわんばかりに爆破魔法をお見舞いし、動きがなければ安全だと判断したりもする。実際には、攻撃を耐え抜いて奇襲を仕掛ける擬態型の魔物もいるのだが、その時はあらためて攻撃すればいいだろうという考えの持ち主でもあり。

 挙句、ここ天空旅館でも食事こそ避けるが、それ以外のエリアに関しては割と寛容というか気をつけて使えばいいだろうくらいのスタンスであるのだ。

 

 これまでに自分自身で体験体感した上での判断であるから、下手な情報よりは信憑性も高いのかもしれないが、一貫性に欠ける面があるのは否定できないだろう。

 

「そこが姫先輩の可愛いところだからいいのに。クールでカッコいいけど、どこか天然で可愛いギャップがいいんだよ。っかんないかなー、っかんないんだろーなぁ」

 

 姫華を非難とまではいかずとも、それとなく不安視する声に対し、桃香などはそう主張し、反論する。

 私だけが敬愛する上司の美点を知っている、そんな優越感じみた思いといってもいい。

 ブラックのコーヒーが苦手なくせに、日課のように飲んでは嫌そうな顔をしたり、完璧主義なイメージに反して、実際は仕事のほとんどを60~70点くらいの仕上がりでこなせばオッケーなスタイルの姫華に対し、極めて好意的に捉えるのであった。

 姫華に対しての採点基準が極めて甘いのは間違いない。別の者が同じような事をしていれば、減点方式で厳しめの視線を向けるに違いないのだから。

 

「広い部屋が一つ、そこそこの部屋がもう一つ、あとはトイレに洗面所、お風呂と奥の広縁ひろえん*2。まぁまぁの客室だ。あの人達には感謝しないと……」

「へぇ、あの縁側のちっさい部屋って広縁っていうんですねぇ」

「つか、窓の外すごっ! めっちゃ小春日和じゃん!」

「ホントだぁ~ダンジョンだからなのかな? 12月なのに、季節感無視してる~」

「あたし、ここの謎部屋で椅子に座って景色を見ながらくつろいでみたかったんだよねぇ」

「そうなんだ。でも、少し分かるかも……」

 

 姫華の言うところの広い和室で各々が荷物や武装などを置くと、それぞれが興味深々といった面持ちで室内を散策しはじめる。

 桃香や葉月は広縁で外の景色を眺め、赤城や青瀬も室内をぐるりと眺めて回り、遊佐や御巫は早々に座りはじめる。

 

「若いのは元気だねぇ。わたしゃ、そこまで戦ってないけどヘロヘロじゃ」

「同じく。私なんて、戦闘に参加もしていないのだがね……日頃の運動不足がたたっているようだ。一度座ったら、一気に倦怠感が襲い掛かってきたよ。今横になったら最後だろう。明日まで起きれないね」

「神楽も葉月っちも開発部なんだし、そりゃそーだろぉ。開発部社員が中級難度のダンジョンに調査で来るなんて、かなり無茶苦茶ナンセンスっしょ~」

「まったくだ。今回の仕事が終わったら、私も少しは身体を動かす習慣を付けるとしよう」

「神楽も真面目ちゃんだなぁ」

「そうでもないさ……それにしても」

「んんっ?」

「柚子も近頃はダンジョン探索なんてしていないだろう? 借金返済とはいったが、柚子もそれなりにブランクもあるだろうに」

「ふっ……だからこそ、先輩面して姫ちゃん達に同行してきたっつーワケよ。もちろん、手伝えるところは私も頑張るけども。でもまぁ……姫ちゃん率いるチームなら、まず死ぬどころか怪我もほとんどしないっていう絶対の信頼があるから~。どうせ稼ぐなら安心に確実に~ってね」

 

 にやり、としながら親指を立てる遊佐を見やり、神楽はなんともいえない顔を浮かべた。

 事実、姫華と一緒に探索をした者達で死者というのはとんと聞かない。7年前の出来事以降、彼女は同行する者を絶対に死なせないスタンスを崩した事がなく、それが探索課における彼女の実力や知名度、人望をより高めている一因となっているのは間違いないだろう。

 彼女が育成する探索者というのは、総じて生きて帰る事を最優先とした探索方法や戦闘傾向になりやすく、そのあたりも彼女を慕う者が年々増える要素となっている。

 

 かくいう神楽自身、後輩の葉月ともども死にたくないし、出来るだけ実りある仕事をしたかったからこそ、無茶を言って今回の探索に同行してきたのだ。遊佐の事をとやかく言おうとは思えなかった。

 

「あ、そうだ。青瀬君」

「はいっ、どうしましたか」

 

 姫華はというと、散策して回る青瀬達に声をかけているところであった。

 青瀬は若干声が上ずった事に頬を紅潮させつつ、それをおくびにも出さないよう努める。

 

「これ、隣の208号室の鍵。忘れる前に渡しておくね」

「そうでした。確かにお預かりします」

 

 207号室を探し回る中、狐面と連戦を繰り返し、結果手に入れたのが208号室の鍵であった。

 他にも宴会場の鍵や、銭湯の鍵なども順調に手に入っており、円滑に探索が進んでいる事を嬉しく思う反面、好都合に進み過ぎている事への若干の不安もあるが。 

 

「うん。まぁ、ここも部屋が二つあるから、別に青瀬君達もここで休んでもらっても構わないんだけど……」

「いえ、せっかく別の部屋があるのでしたら、男女でしっかりと分かれておいた方が間違いもないですし、不安も少なくなると思いますから」

「間違い、起こすの?」

「いっ、いや、もちろん僕もコイツも、そんな低劣な事は絶対にしないと誓えますが、その、万が一があってもならないですから」

 

 慌てて弁明する青瀬を見て、赤城は呆れ、姫華は小さく微笑んで「分かってる。君たちはそういう事しない人達だって」と答える。

 

「あとで戦利品の確認と今日の振り返りをしたら、初日だしゆっくり過ごそうかと思うけど……どうかな?」

 

 姫華の発言に対し、誰一人として反論も異論もなかった。

 このあと、広めの和室で一同は集い、タペストリーの中から獲得した財宝資源などを取り出し、どれが誰の戦果とするか決めては付箋に名前を書いて貼り付けていき、後日鑑定部へ持ち込む時の目印を付けておく事も忘れない。

 続けて、忘れない内にと今日の振り返りを行うべくミーティングを行っていく。

 

「あの大広間を出たあとの大きい蟹と戦った時、窓側に対して警戒が緩んでいたのが今日一番の反省点だったかと思ってます。襲われたのが僕だったからまだマシでしたが、後方を狙われたらと思うと怖く感じました」

「仲居の魔物と戦ってる時なんすけど、どいつだったか銃みたいなの取り出したのいたじゃないスか。アイツに対し、速攻で攻撃を決めれたのは上手くいったポイントだと思ってますね」

「私は……姿隠しを上手く使えたらなぁ、と思う事あったんですけど、多分あの仲居? の魔物って見破ってくるのかなぁって。少し使っても、しっかり目で追ってきてたんで……」

 

 青瀬、赤城、桃香の順に話していき、それぞれの意見に各々が応じてやりとりは小一時間続いた。

 姫華は記憶力が乏しい事を自覚しているので、しっかりメモを取っていき、あとで持ち込んできたノートパソコンに打ち込むつもりであった。会社に帰ったら、そのままコピペして報告書に貼り付けて提出する心づもりなのだ。

 

 その会話を遊佐や御巫、葉月などは聞きながら、時々思った事を口にする。

 何かあれば、何でも言ってほしいと姫華の方から言ってあるからだ。本業の探索者以外の意見というのも、決して侮ってはならないという考えからであった。

 それに、今回の実戦を目の当たりにしたことで、御巫にもいくつか開発品のアイデアというのが浮かんできたらしく、話に参加しつつも自身もメモに次々と文字や図が書き込まれていく。

 

「じゃあ、4時になるしこのあたりで終了しよう。お疲れ様でした」

「お疲れ様で~す」「お疲れ様です!」

「今日の晩御飯だけど、材料とか道具は持ち込んであるし、私が作っても大丈夫かな?」

「え、いいんすか? 俺らも一応保存食やら持ち込んではきたんスけど」

「もちろん。口に合うかは分からないし、嫌じゃなかったらだけど……」

「喜んでいただかせていただきます。如月さんにご用意していただくなんて光栄です! もちろん、出来る事があれば、僕の方も手伝いますので!」

「お、おい奏汰」

 

 姫華の提案に対し、もっとも大きく反応したのが青瀬であった。

 実のところ、桃香も弾んだ声を上げて賛成していたのだが、青瀬が立ち上がって賛同したので黙り込んでしまった。

 他の面々も反対するわけもなく、姫華は反応を見て頷く。

 

「皆は休憩していてもらって大丈夫。あ、ここのテレビはちゃんとチャンネル映るし、なんならWi-Fiも使えるよ。どこだったかな、この辺に雑誌とかもあるし、寛いでてね」

「え、マジですかぁ? わ、ホントだ。ちゃんとテレビ映ってる……」

「《ダンマニ》もあるし、漫画もあっけど……巻数とかバラバラだな。」

 

 姫華が和室のテレビ下にある戸棚を開くと、そこには小さな金庫に《月刊ダンジョンマニアックス》や《ここが凄い! 日本全国のダンジョン100選》という探索者向けの雑誌に、《月刊広報・天空旅館のすすめ》や《天空旅館の若き女将に触れる》というダンジョン産の謎雑誌などがあり、果てには漫画なども並べられている。

 以前利用した探索者達の置き土産なのだろうか? そうした疑問を誰かが浮かべたが、ともかくも暇潰しをするための配慮がなされているらしい。

 

 室内のテーブル上にも、お着き菓子や急須や湯呑などが入った茶櫃ちゃびつが置かれ、《旅館の案内》というタイトルの書かれたパンフレットと共に桃色の牡丹が一つ飾られていた。

 

「《防寒牡丹》かぁ。有難いねぇ」

「牡丹? 綺麗な色してますけど、これも素材か何かですか?」

「うんにゃ、アーティファクト。これを身に着けてると寒さに強くなんの。吹雪系の罠とか、魔物の攻撃にも耐えてくれるから、けっこー便利品なのだ」

「へぇ~」

 

 遊佐の説明に、幾人かがほぉ、といった顔を浮かべた。

 この天空旅館で探索を開始してから、ちょこちょこと素材や罠の発見、戦闘中の援護などを行い、探索課の面々からの評価は少しずつ上がっていきつつあった。

 

 姫華と一緒にいる関係で遊佐と関わる機会が多少ある桃香でさえ、正直なところをいえば、遊佐柚子というのは人柄はともかく、社会人としてはダメダメな人だという印象なのだ。

 その評価は概ね正しい。

 実際に遊佐は仕事を辛うじて少しはしているレベルで、探索にもほとんど出ないし、会議などの集まりにも酔って参加するし、借金取りは会社に来るしで、控えめに言っても社会不適合者の烙印を押されても仕方ない人間であった。

 赤城や青瀬などはもっと低い評価で見做しており、姫華と日頃仲が良いのを利用して、楽して稼ごうとしているのでは? くらいに内心では思っている。

 

 探索者としてのかつての彼女を知る者がほとんどいないため、「探索者として現役を退いたはいいが、他で働くツテもないもんだから、ズルズルと居座っている」などと手厳しく言う者もいたりするのも無理からぬ事だろう。

 姫華が「遊佐ちゃんは凄い人だったんだよ」と言ったところで、昔からのよしみで悪く言えないだけだろうとさえ、探索課のほとんどは捉えてしまうのだ。

 

 とはいえ、今回の天空旅館を探索してからというもの、少なくとも幾人かの評価や印象値は見直しがされそうではあった。

 その事を姫華は嬉しく思う。顔には出ないが。

 

「それじゃ、私は宴会場の方で作ってるから……」

 

 各々に寛ぎだした面々を見やり、姫華はタペストリーと《宴会場・小春》と書かれた鍵を手にして客室を後にする。

 

 

 

 

*1
客室の玄関スペースである踏込と、布団敷いたり荷物を置くメインの部屋である主室をつなぐ部屋の事。

*2
旅館の客室で縁側に位置する部屋の事。大体テーブルと椅子と冷蔵庫などが置いてあったりする。




◆newgain!


【防寒牡丹】
レアリティ:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
入手先:主に花園エリアや花畑エリアなどで入手可能

 身に着けている者に防寒効果を発揮する牡丹。
 色は赤色や桃色、黄色に白色などと様々。
 吹雪や冷凍関連の攻撃を受けた時、大幅にダメージを緩和してくれる他、身体が凍結するのを防いでくれる効果があるため、寒冷地のダンジョンへ挑んだり、氷系統の魔法や技を駆使する魔物と戦う際にはぜひとも持っていきたいところ。


◆Tips◆

【七尾の妖狐姫】
 天空旅館の最上層を守るボス。
 かつて、7年前に姫華と戦い、倒されたはずだが……?
 人間の持つ技術や電子機器、文化に対しての興味関心が強い。

【ナナ】
 妖狐姫の傍で付き従う狐面の一人。
 彼女以外にも複数の狐面がおり、それぞれに名前が与えられている。
 第一階層で受付をしていた者がイチカ、第二階層で姫華達と交戦したのがムツミとヤエ。

【月刊ダンジョンマニアックス】
 探索者向けに発刊されている月刊誌。略称はダンマニ。
 全国各地の探索者やダンジョンについて最新の情報をまとめている他、魔法の基礎や応用、探索ツールの活用方法、新発売の武具やツールなどにも触れており、探索者間での知名度は高い。

【ここが凄い! 日本全国のダンジョン100選】
 探索者や迷宮関連企業向けに発刊されている紹介雑誌。
 タイトル通り、日本全国のダンジョンを巡る凄腕探索者達が独自にまとめたレポートを元に作り上げたランキング形式の雑誌。
 攻略難易度、魔物の強さ、罠の悪辣さ、手に入る財宝資源、観光価値、過ごしやすさ等々、いくつもの評価基準を照らし合わせ、毎月更新、および発刊されている。

【月刊広報・天空旅館のすすめ】
 天空旅館の各階層で発生するランダムエリアについて紹介したり、第一階層の各施設の案内、館内の装飾に対するこだわり、温泉の効能についてなど、様々な事へ触れたしおり的な物。
 実は持って帰ると結構高く売れる。
 ダンジョン自らでこのように広報じみた物を作るのは結構珍しい事なのだ。

【天空旅館の若き女将に触れる】
 自己顕示欲が強い妖狐姫自らが監修した特集が組まれている。
 自身の強さや賢さ、美しさをひたすらに熱弁しており、他にも天空旅館のオススメポイントや、手に入るアーティファクトの豊富さ、狐面の手強さなどを語り、類を見ないダンジョン開発を推し進めているので応援よろしく! といったコメントで締められている。
 なお、姫華は表紙や内容を見ていないので気付いていない。

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