ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
おおまかに初級、中級、上級、魔境の四種類に分かれている。
初級認定のダンジョンは探索権さえあれば、どのランクの探索者でも入れる。
もっとも、初級と銘打っていても別に優しくない。
魔物だって蔓延っているし、罠だってそれなりに仕掛けられている。
舐めてかかった探索者はここで脱落していく事になるだろう。
2020年11月20日の金曜日。
時刻は午前11時40分で、そろそろ正午を迎える。
天気は相変わらず曇っているが、先ほどより空を占める雲のベースが大きい。
そろそろ雨の一つも降るだろう。
もっとも、ダンジョンに入ってしまえば天気の状況は関係なかった。
「装備完了。モモの方もオッケー?」
「もちですっ! 道具よし、装備よし、髪型もセット完了しました!」
「よし……じゃあ行こっか。11時40分、探索開始と」
場所はステラモールダンジョン。
全七階層であり、四段階におよぶ探索難度は一番低い《初級認定》である。
そのはじまりである第一階層にて、如月姫華と白百合桃香の二人が探索用の装備を整えていた。
黒色のロングコートを纏い、ポーチを身に付け、バッグを担ぐ。
軍服を思わせるデザインのロングコートは、見た目より遥かに防御性能が高い。
その辺の刃物類は刺さる事もなく、ともすれば銃弾さえ貫く事を阻むと、《迷宮技術開発部》の面々が豪語するほどの素材が用いられているためだ。
さらに機動性も高く、手足の可動を妨げる事もしない。
付け加えれば、難燃・耐電・防水加工も施されている。どのようなダンジョン形態でも対応しやすいように……という事なのだろう。
だが、現実世界であれば十分な防御性能のこれも、ダンジョン内となれば話も変わる。
初心者探索者が練習がてら訪れるここでさえ、そこらの魔物の一撃を完全に防ぎきれないのだ。
もちろん生身で食らえば大体即死か致命傷レベルなので、多少痛いくらいで済ませてくれるだけでも十分な効果といえるのだが。
あくまでもないよりはマシくらいに捉える必要があった。
「姫先輩って髪結んだのも可愛くていいですよねっ!」
「そう? ありがとう。私はモモの方がポニテ似合ってると思うけど」
「えぇぇ~? なーに言ってんですかぁっ。私が姫先輩の足元にも及ぶわけないでしょー」
もっとも、二人の表情や軽口を叩く様子からは不安や恐怖といったものはみられない。
姫華の方はともかく、まだまだ未熟な桃香の方も緊張感こそあるが、頼れるベテランな先輩がいるという安心感が勝っているのだろう。
「ここは
「え、小さい……ですかねぇ?」
第一階層を散歩するかのように歩きながら、姫華が楽しそうに口を開く。
その言葉に桃香の方は首を傾げる。
「私が覚え悪いだけ……かもですけど、前来た時と全然別物に見えちゃうんですけど」
「んー……私がよく来てるからそう思うのかもしれない」
二人の言っている事は真逆だが、どちらの言い分も事実である。
ダンジョンの大半は、定期的あるいは不規則なタイミングで内部構造等が変わっているのだ。
それを姫華などは《ダンジョンの変動》と呼ぶし、後輩の桃香もそれで覚えている。
その変動はダンジョンによりけりだが、大幅に作り変えてる……というか一から生成してね? と言いたくなるレベルで変わる事だってあれば、ちょっと壁紙の色変えた? レベルの微妙な変化で済む事もある。
数日単位でじわじわと変化する事があれば、小一時間の間にめぐるましく変貌している事だってある。
このステラモールに限れば、各階層の構造が少しずつ変わっているし、要所の配置だって違ってきている。
姫華の場合、ダンジョン化する以前から何度も来ていた場所であり、ダンジョンとなってからは更に繰り返し探索してきた場所なのである。
幼い頃の記憶に沿った場所も多く、何度も来ていればランダムに構造が変わっても自然と覚えてしまうのだろう。
記憶力も悪ければ、方向音痴でもある姫華だったがここに至ってはマッピングしなくても手探りで探索が出来るほどだ。
第一階層のあの場所へピンポイントで向かえとか言われれば、多少迷いはするだろうが……。
ゆえに、すっかり変わったように感じる桃香も正しいし、ほとんど変化に気付かない姫華も間違えてはいないのだ。
ダンジョンの構造というのは、探索者達のイメージや精神状態などが影響を与えているのではないか。
それは、いつからか根付いている仮説であった。
色んな検証が今も進められているが、ダンジョンの構造がそれぞれ独自に形成されている事や統一感がまったくない事からも、訪れる探索者達の影響が大きいというのは半ば定説化しつつある。
もしもこの説が正しいなら、おそらくは繰り返しやってきている姫華のイメージを強く反映しているのかもしれない。
「まあ、ダンジョンになっちゃう前も入れたら20年以上……来てるんだもんね。年の功ってやつさ」
「年の功って。いやいや、そんな歳じゃないですよ姫先輩」
「いやいやいや。もうアラサーだよ私。今年で28歳。来年は29、再来年には30ですよ」
「それ言われちゃうと、いつも信じらんないんですよねぇ。うっそだぁ、全然見えないですよっ」
そう言いながら、桃香はマジマジと姫華の事を上から下まで眺めていく。
桃香は今年で18歳、姫華との年齢差はちょうど10年。
大人なお姉さんという印象はあれど、もうすぐアラサーだとか30歳といわれるとマジ? となってしまう。
髪は綺麗で顔も小さくて美人でスタイルだって良い。
おまけに性格だって優しくて頼れるし、探索だって失敗した話をまったく聞かない実力者。
桃香が生きてきた18年の中で、彼女以上に憧れる存在は見たことがない。これからも出てこないんじゃないかと思っているくらいだ。
「モモ、あんまり見つめられるのも……恥ずかしいな」
「照れる姫先輩も可愛い~。でもでも、いっつも言ってますけど、姫先輩は逆に年齢詐欺ですよ。28歳なんて誰も信じないですもん。もちろん若く見えるって事で私が保証しますっ」
「困ったなもう。お世辞言ってもまだ何も見つけてないから出せないよ」
「お世辞? なーに言ってるんですかぁ。ただの本音ですよぉ」
苦笑する姫華。
困ったと言いつつも、嫌がってまではいない。
桃香もそのあたりの見極めには注意を払っている。
「そういう事にしておこうか。さ、そろそろ仕事しよう」
「えぇ、ホントの事しか言ってないのにぃ~」
先を進み始める姫華の後を追うように桃香も足を速めていく。
まだダンジョン探索ははじまったばかりである。
他愛のないやりとりをしつつ、二人はステラモール内を探索していく。
第一階層に広がっているのは、チェーン店らしき飲食店や雑貨店、ベーカリーにスーパーマーケットに個人営業っぽい薬局などなど。
カプセルトイ*1が並ぶコーナーや自販機にベンチ、テーブルの揃った休憩コーナーも見受けられる。
「ここだけ見てたら、ダンジョンだって分かんなくなっちゃいますよね」
「確かに」
桃香の視線はスーパーマーケットの方に向いている。
売り場には商品が整然と並び、照明や壁や床には汚れも見当たらない。
レジだのカート置き場だの積み上げられたカゴもあり、足りないとするなら店員や客がいない事くらいだろう。
いきなり自分達以外の人間だけが消えた店……と錯覚してしまうような空間であった。
それは他の飲食店や雑貨店なども同様である。
「じゃあ、まずはここから探していこうか。カートやカゴもあるし、使っていこう」
「はぁい」
姫華が指差す方向へとカートを押していき、二人で商品の陳列されている棚を交互にチェックしていく。
最初の棚はお菓子類が並んだ棚で、何も知らない一般人からは「そんなとこに資源なんてないだろ」と思われるかもしれない。
だがダンジョンというのは不合理あるいは非合理というべきか、その外観や内装に見合わない配置を平気でしてくる。
端的にいえば、いかにもお宝っぽい物をそれらしき場所に置いたりなどしないのだ。
姫華が過去に探索してきた中でいえば、ベーカリーでパンが並ぶ中で爛々と輝く聖剣みたいな剣が突き刺さっていたのを見つけた事がある。
色んな案内の貼られた掲示板コーナーでよくある、無料のフリーペーパーだの求人誌の中に黄金に輝くパンフレットが紛れ込んでいた事だってあった。
雑誌や漫画の並ぶ棚の中には、探索者の能力を引き出す書物が一緒に陳列されていたりもした。
野菜コーナーの玉ねぎだのジャガイモの中に、希少な鉱石が混ざっていた事も。
それはさながら間違い探しというか、違和感を見つける作業であった。
探索者達は入社したら新人研修で《ダンジョン資源の見極め》について学ぶ。
だから基本的な知識については頭に叩き込まれているし、なんとなくの探し方くらいは分かる。
あとは経験を積んでいくしかないのだが、これが中々難しい。
「これと、これは大きさでかい……あれもちょっと色おかしい。これは裏面にステラモール産って書いてある……」
桃香がぶつぶつと呟きつつ、めぼしいと感じた物を手にしてはカートに積んでいく。
同じように見えるお菓子でも、パッケージの色が違うだとか、商品表記がおかしい、持ってみたら重さが違う、微妙に大小のサイズが異なるといった違いがある。
中身はもっとバラバラであり、自然界に存在しない物質だったり、使い方次第で貴重な薬効成分をもたらしたり、実は希少価値の高い金属が入っている事すら珍しくもない。
確実なのは一個ずつ手に取って、じっくり眺めて重さを確かめたり、中身も確認していく事だ。
しかしその見極めを一つひとつと丁寧にやっていたら、時間がいくらあっても足りない。
片っ端から積み込んで持ち帰るという力業も可能だが、それはそれで資源の見極めを行う《財宝鑑定部》の面々に負担を与えてしまう。
なので桃香は怪しいと思った物を直感で選び、カートに積んでいくのであった。
とはいえ、この選定方法は割とオーソドックスなものであったりする。
というのも、ダンジョンは妙なところで律儀というか、親切な一面を持っているらしく、まったく同じ形や色、重さに見た目で並ぶ事がほとんどないのだ。
大体は十個に一個くらい、「ん?」と疑問を持つレベルで不自然な物が紛れ込んでいる。
それを選んで持って帰れば、外れもあるが当たりが含まれている可能性も高くなる……という事なのだ。
なお、余談にはなるが。
中には何の効能もなく、ただただ普通に美味しいだけのお菓子もあったりする。
だが、そういったものは持ち帰ったとて特に価値が出ない。
ダンジョンの中で発見した飲食物の安全性が確立されておらず、市場へ出回る事はまずないからだ。
過去の事例だが、準備不足で探索中に食糧が尽き、やむを得ずに見つけた食べ物を口にしてしまったケースがしばしばある。
そうした時に腹を下したり、気分が悪くなる程度で済めばマシな部類なのだが、最悪の場合には死亡してしまったり、人ならざる生物に変貌してしまったという報告例もあるのだ。
なので、少なくとも食べてみて確かめようという手法は推奨されない。
「次は飲み物コーナー見ていこうか」
「了解ですっ」
作業じみた流れで二人は資源回収に励んでいく。
飲み物のコーナーでいえば、ずらりと並んだペットボトルの中から怪しげな液体が入っていないか、ラベルの表記はおかしくないか、やけに軽かったり重かったりしないかをチェックをしていき。
パンのコーナーへ行けば、明らかにパンじゃない金属製の物体やら球体の何かを見つけては手に取っていく。
「………………」
「姫先輩ってば、ホントに見つけるの早~い」
「そう?」
感歎の声と共に憧憬の視線を向ける桃香。
事実、桃香が一つ二つと資源を選定している間に、姫華が十以上もの資源を選んではカゴに入れていた。
カゴもあっという間に一杯になり、カートも次々と新しい物を引っ張ってきている。
「まあ、形や色が違うのを探すだけだからね。これが森で植物の見極めをするだとか、炭鉱で鉱脈見つけるってなったら、そうはいかない」
「なるほどぉ……」
ダンジョンによって生み出される資源は異なる。
たとえば森林のダンジョンであるなら、木々や草花、果物や山菜などが採集資源になりやすい。
ただし、中には素手で触れれば危険であったり、匂いを嗅ぐだけで中毒症状を引き起こすといった植物も少なくない。
手当たり次第に採集していこう、というパワープレイが通じないケースも多いのだ。
鉱脈が出てくるようなダンジョンだった場合、金銀などをはじめとする鉱石類が多数発見される。
だが、鉱脈を探す方法をはじめ、採掘に選別の手段など知識や技術が求められる。
それでなくとも鉱石を掘っていくための手段も必要だし、そこへ至るまでの過程も決して楽ではない。
ダンジョン内の魔物や罠のみならず、稼げる鉱脈を巡っての探索者同士でのトラブルもしばしば報告されているからだ。
こう見ると、ステラモールはダンジョンとして初心者向けという認識になるのだろう。
肉眼で確認出来るし、資源を集めるだけなら素手でも可能、容易にある程度の量を獲得できるのだから。
「でも、それにしたって姫先輩は見つけるのも選ぶのも早いですよ~」
「慣れもあるけど……私は目敏いところあるからね。子供の時からそうだった」
「目敏い?」
「うん。おか……親がお菓子とか結構隠す人でね。私が何でも見つけたらすぐ食べるからなんだけどさ。で、私はそういうの見つけるの得意だったんだ」
「姫先輩が?」
「そう。すぐ見つけては食べて、それでよく怒られたもんだよ」
「意外……っていうか、全然信じらんないですよ。イメージつかないです」
「今はちょっと落ち着いたけどね。昔はやんちゃっていうか、お転婆というか、まあジッとしてなかった」
「ほぇ~……お転婆な姫先輩……」
呟きつつ、やんちゃだった姫華を想像する桃香。
どうにも今の姿や立ち振る舞いからは想像がつかなかった。
まあ、騒いだり悪戯してた子が大きくなったら落ち着いていく事は珍しくない。
「ぜっんぜんイメージできないです。わぁわぁしてる姫先輩」
「私も歳取って落ち着いたって事だね。まあ、猫被ったりもしてるから」
話をしながら、姫華の手は止まらない。
薬局のコーナーでめぼしい物を手にしては、既に五台目のカートに積んでいく。
それらは一見市販薬やサプリメント、衛生用品に見えるが中身はもちろん別物だった。
詳しくは黒井商会へ戻り、鑑定部の面々に見てもらわなければ分からない。
だが過去の経験でいえば、身体の免疫を著しく向上させる錠剤であったり、皮膚を一時的に硬質化させるサプリメントだったり、肌荒れやニキビなどが瞬く間に改善する塗り薬などが見つかっている。
一錠内服すれば数秒で眠りに就くだの、激痛をたちまち和らいでくれるだの、不安な気持ちを落ち着けてくれるといったものも珍しくなく、こうした資源はそこそこの価格で買い取ってもらえる。
「これだけ集めても、運が悪かったら大した稼ぎにならないのが難しいところだ」
「ですねぇ……すっごい分かります。一生懸命集めたのに何万円!? みたいなのありますもん」
姫華がしみじみとした様子で満載となった五台分のカートへと視線を向ける。
その言葉に対し、桃香は心から同意して「うんうん」と力強く頷いた。
桃香が丸一日、怖い思いをしながらダンジョン内を駆け巡り、一生懸命集めに集めた成果が二束三文にしかならなかった事を思い出す。
鑑定結果が出るのは大体持ち寄った翌日以降になるのだが、そんな時はもう何もやる気が出なくなってしまう。
なんなら、ダンジョンから帰ってきて疲労のピークの時よりも疲労感が増してくる。
ああした経験は可能なら、もうしたくないものだ。
「」
令和7年11月29日時点
《黒井商会》に入った頃と、10年が経過した今ではやはり色々と変化が生じている。
年齢の経過と共に、身体が鍛え上げられ、積み上げてきた経験はあるだろう。
だが、そんなことは些細な事だ。
「とはいえ、やっぱり歳取ると身体も衰えを感じるこの頃だったり。化粧水を肌が弾かなくなると、色々思うところもあるよ……」
それよりも。
やはり年齢の経過と共に衰えはやってくる。
ピークは過ぎつつあるはずだが、体力面などはまだそこまで老化を感じられない。おそらくは培った技術だの、魔法によって補っているからと姫華は推測する。
重要なのは、肌や髪が傷つきやすく、脂肪がつきやすくなった事だろう。
肌や髪のケアだのを意識しはじめ、その時間が長引けば長引くほど、歳を取ったものだと自覚せざるをえない。
肌の維持をするための化粧水がみるみる肌に吸われていくと、思わず「あぁ……」と思ってしまうのは、避けられぬ道なのだ。
生きる者が例外なく死に至るように、人は生きる限り、歳を取るのは避けられない。
無常にも思うが、これが現実なのだ。
とはいえ、ダンジョンの不思議パワーで若返ったり、老化を止める力だの魔法だのは出てこないものか、願う事も一度や二度ではなかった。
今のところ、そのような都合を叶えてくれるという話はないが。詐欺的な意味での話なら放っておいても耳に入るのに。
スーパーらしきエリアで陳列されている食べ物からして、賞味期限は年数も表記もバラバラだったり、見た目もあからさまに腐っていたり、新鮮そうに見えたりと様々。
ペットボトルの中身とて、ラベルの表示と異なり、天然水と表記されているのに赤紫色の液体が詰まっていたりと、見るからに危険な雰囲気が出ている。
姫華は絶対にそれらを口にしないようにと話す。
彼女に言われずとも、明らかに違和感だらけの品々に手は出さないだろうが、第一階層のたとえばドーナツチェーンらしき店などは綺麗に商品が並んでおり、食べても問題がなさそうにも見える。
だが、それを食した時の反応は様々だ。
本当にその食べ物の味がする事もあるし、それで身体に不調も感じないケースもある。
しかし大半はなんらかの異変や不調を引き起こす。
腹痛で済むのなら御の字だろう。自分の幸運に感謝をすべきだ。
中には、身体の一部が変色したり、人ならざる形に変貌する事だってある。
最悪のケースとしては、魔物のような姿となる場合もあるのだ。
実際に魔物と勘違いされた挙句、殺されたあとに人間であった事が判明した探索者も存在するのだから、そうはなりたくないものだと常々思う姫華である。
それを聞かされたり、事故報告の検討会などで目にした桃香もまったくの同意見であった。
「こういう時、宝の探知魔法が使える人がいると楽なんだけどね」
「誰でしたっけ、前に言ってた第一課にそういうの得意な人がいるんですよねー?」
「うん、金盛君だね。あの人の魔法は精度がすごいよホント。レーダーみたいなの出てきてさ、宝のあるところが光って分かるんだよ」
「へぇ~……すごーい……」
桃香の声が少しずつ低くなる。
その金盛との面識はないのだが、憧れの姫華から褒められているというだけで敵意が増していく。
金盛にとってはとんだ災難でしかない。
探索を続けるうちに、いくつもの収穫が見つかる。
傷を癒したり、治癒速度を高めたり、なんらかの解毒系、あるいはダメージを与えるための薬品が二十本。
それらはあからさまな瓶であったり、市販のペットボトルに含まれていた。
食品の中にも《ダンジョン産》とラベルに記載されたものを厳選して選んでいく。
ダンジョン産の物には賞味だの消費期限が存在しない事が多い。
本来、消費期限が2、3日の物を5年経ってから食べるというチャレンジャーな探索者もいて、動画配信サイトにて公開し、実際に食べてからの様子を流して無事だったのを、姫華は覚えている。
それが誠の事実だったかは証明しようもないが、《ダンジョン産》と明記された食品を食べて腹を壊したという話は確かに聞かない。
とはいえ、食べずに済むならそれに越した事はない。
特別美味しかったという話も今のところは聞いた事もないからだ。
「あっ、ダンジョン産のコーヒー」
「姫先輩ってコーヒー好きなんですか? いつも飲んでるけど、あんまり美味しそうに飲んでるの見た事がないんですけど」
「いや全然」
「えっ、じゃあなんで飲むんですか」
「流れ」
「なんのっ?」
桃香が思わずつっこむ。
仕事で来ると、必ず一本は缶コーヒーを飲み、営業だのといった外仕事や、ダンジョン探索の途中でも一本は飲んでいるのが姫華だ。
飲んでいるのはいつも無糖のブラックで、「大人の女って感じ」とか少なからず憧れ、真似をしようとした桃香だったが一本目で断念した。
なんでこんなの飲むんだろうと疑問に思っていたが、まさかの答えであった。
「コーヒーを飲む事で、頭が働きやすくなる……と自分に思い込ませてるから。飲むのは最早ルーチンなんだよ」
「そこまでしてコーヒー飲む必要あります? 他のでもいいんじゃ~……」
「それは……もう流れだよ。あっ、不味いよコレ……うぇっ」
「不味いって分かってるなら飲まなきゃいいのに! どうしてこの流れで飲むんですかー!」
ダンジョンで出来た食品は手を出さないくせに、ダンジョンの中のコーヒーにはすかさず手を伸ばすのだから、もはや中毒の類だろう。
開封して一口、最初の感想が「不味い」なあたり、なんというか……。
それでも飲み切るあたりは、コーヒーホリックの意地なのかもしれない。
流石の姫華信者である桃香も、少なからぬ呆れの視線を向けていたが、本人は気にした様子もない。
むしろ、言うだけあってかコーヒーを飲んでからの発見速度が高まっていく。
ダンジョン産の効果なのだろうか?
余人には分からない。桃香にも分からない。
「あ、これは鉱石。そっちも鉱石、あれは魔石、現実の総菜コーナーにこんなの積んでたら炎上ものだ」
「この本は魔導書、そこの本も魔法の指南書、あっちの本はよく分からないけど迷宮の本には違いない」
「バジルに交じって薬草、人参に紛れて百年草、玉ねぎに混ざった魔法オニオンもみっけ」
次々と発見しては、カゴの中に入れていく姫華。
一度スイッチが入ると、その勢いは止まるところを知らない。
姫華は鉱石でまとめて呼んではいるが、それらは金や銀といった貴金属や、鉄や銅、アルミニウムといったベースメタル、さらにはレアアースと呼ばれる地球上で存在量が少なく、ここ日本ではほとんど採取できない金属である。
当然ながら、現実世界においての需要も高い物が多く、いってしまえば高めに買い取ってもらえる。
基本阿漕な買い取りを行う《黒井商会》であっても、売り払えば少なくない稼ぎになるだろう。
「珍しい鉱石だったら売れるし、一気にノルマも達成なんだけどね」
「こないだ言ってたロジウムでしたっけ。アレがあったらいいですねぇ」
「だね。でも……この中にあるのか、全然分からない」
「で~すねぇ……宝石みたいに綺麗に光ってたらいいのにぃ」
スーパーのカゴに積んだ鉱石を見ながら、二人が嘆く声を発する。
ロジウム金属というのは、レアメタルの一つである。
天然の産出量が少ないゆえに、産業需要が高まる一方で、現在はかなり高騰している。
ロジウムが1gで、およそ2万円台で取引されているくらいだ。
もちろん、姫華達がそれらを持ち帰り、買い取ってもらっても、同じ金額になる事はありえない。
《黒井商会》の場合、買い取り額は
ロジウムの場合なら、1gで1000円から2000円という事になる。
だが、待ってほしい。
ここで重要なのは、ノルマを達成している事が前提である事だ。
ノルマ未達成の場合、公での買取金額がノルマ分へと精算される。
《黒井商会》の給料は固定給+歩合制である。
つまり、より稼ぐつもりであるなら、ノルマは達成するのは最低条件であり、そこからさらに稼ぐ必要がある。
実力のない探索者達の多くは、このノルマでさえも達成できない。
つまり、固定給以上の給料を得る事が叶わないのだ。
固定給などというが、この給与形態の迷宮産業企業は大概が20万円にも満たぬ賃金だ。
手取りにすれば15万程度。
この星屑市のような地方であれば、それでも食っていけなくはないが、命がけの仕事をしてそれなら、一般の仕事へ就くべきだろう。
まあ、大抵の探索者は
企業側としても、それを知っているからこそ、安い賃金で支払いつつ、成果を安く買い叩くという強気の態度でいられるのだ。
探索者とはどこまでいっても企業側の奴隷であり、搾取される立場でしかなかった。
あぁ、無常なるかなダンジョン探索。
「魔導書は私が買い取るから、良かったら使って」
「え!? そんな、ダメですよ。姫先輩が買うんですから、姫先輩が使わなくちゃ!」
「私は大体の魔法使えるから大丈夫だよ。それに伸び代も、もう無いだろうし」
「でも……」
如何にもといったデザインの本には、様々なタイトルがつけられている。
《馬鹿でも行使できる魔法書シリーズ 火魔法第三章第八節》だとか、《愚者でも明日から魔法使いの真似事! 初級魔法第五編》だとか、《学のない君でも魔法の節をマスター!》といったタイトルが並ぶ。
あからさまに虚仮にしたタイトルに、苛立つ探索者は多い。
だが、中身は本物だ。
悔しいが、駆け出しの探索者などはこれらを活用する者も少なくない。
魔導書はどういう原理か、日本語で書かれた節を詠みあげれば、その通りの魔法が使える不思議アイテムだ。
これも迷宮のなせる現象であろう。
その代わり、読み上げたページは自動的に消滅していくし、無尽蔵に使えるわけではない。
一冊一冊が意外と重量もあるものだから、持ち歩けば嵩張って重くなるというデメリットもある。
魔法の指南書は、文字通り、読んでいけば魔法の使い方が自然と頭に入ってくるというものだ。
こちらもやはり、読んだあとは自然と消滅していく。
最初から最後まで読まなくては効果がないので、文字を読むのが苦手な者には苦行でもある。
慣れた探索者にとっては、このような本を使わなくても魔法の行使は可能であるし、いちいち勉強をする必要もなかったりする。
魔法の種類によっての得意、不得意もあるので、絶対に本が不要でもないのだが、持ち帰る優先順位が下がりやすいのは致し方ないだろう。
ただし、自力行使が出来る探索者にも、別の意味でのデメリットは存在する。
「さて、豊作だった」
おずおずとしていた桃香をよそに、満足げの姫華である。
彼女の視線の先には、スーパーのカゴが十個分、山積みの収穫や財宝が映る。
そんな中、姫華の結んでポニーテールにしていた髪が揺れる。
「ん、魔物」
「探知魔法ですか、それ? 便利だなぁ、今度教えてくださいよぉー」
「いいよ。でも、まずは戦闘。モモ、魔法の練習から行こうか」
「がってんです!」
迷宮内の原生生物たる魔物の接近を感知しても、二人に臆するところなどありはしなかった。