ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Yunoko
《スケルトン攻略》
接近型なら、離れて魔法で攻撃しよう!
距離を取っていれば、奴らは鈍い。
遠距離型が相手なら、とにかく接近。懐に入って攻撃あるのみ。
接近型と遠距離型がグループでやってきた場合?
とにかく逃げよう! 初心者探索者が相手をするには厳しいぞ!!
二人の前に接近してくるのは、いってしまえば自立歩行する白骨だった。
姫華はふと、まだ学校に通っていた頃に理科室に置いてあった骸骨模型を思い出す。
それが自立して動いてくると思ってもらえれば、想像しやすいかもしれない。
もっとも、探索者達はこの歩く骸骨達を《スケルトン》と呼称している。
迷宮の原生生物たる魔物の一種である。
RPGのゲームなどではお馴染みで、雑魚扱いされている事もあったりする。
手には錆びた剣を持っており、それを引きずるようにして動いている。
武器を持っているスケルトンが《スケルトンウォリアー》で、杖だの魔導書を持っているのを《スケルトンメイジ》と分類するよう主張する探索者もいるが、今のところ波及していない。
ただし、上位種といった存在もおり、それらは別の名称で呼ばれている。
「スケルトンが三体……油断しないでねモモ」
「はいっ! 分かりました!」
姫華の言葉通り、スケルトンが三体、ゆっくりとこちらへ向かってきている。
とはいえ、二人とも特に慌てた様子は見せない。
どちらもスケルトンは幾度となく戦い、倒してきているからだ。
特に姫華などは《ステラモール》を何度も何度も攻略し、その都度多くの魔物を屠ってきている。
桃香も単独であったなら、ここまで平静でも余裕でもいられなかったが、歴戦の先輩が傍にいるとなれば、やはり気持ちの持ちようも違った。
ただ、姫華の場合、表情は心なしか生き生きとしたものに変わりつつある。
先ほどまでの素材探索などもそうだが、魔物と戦う時の彼女も、普段に比べて積極的で活発なものとなるのだ。
それは本当に傍目には分かりづらいし、本人にも実のところ自覚できていなかったりする。要するに知らず知らずのうちにテンションが上がっているのだろう。
時々、普段しないような発言や行動をしても、ほどなく元に戻る。
ダンジョンを出たあとには何事もなかったかのように、いつもの姫華に戻っている。
桃香も時々、姫華が普段に比べて明らかに楽しそうにしている事もあり、驚きはしたが、別にそこまで気にはしなかった。
なんなら「この人も子供っぽく喜ぶ事あるんだ」と可愛い一面だと思ったりした。
他の人が知らない彼女の一面を知れた気がして、嬉しくすら感じていたりする。
「モモ、おさらいしとこうか。スケルトンと戦う時は?」
「武器の届かない距離から攻撃、です! 杖とか持ってる場合はとにかく接近!」
「うん。幸い、全部剣持ちだから慌てず、焦らず、落ち着いていこう」
「はいっ!」
スケルトンの動きは鈍い。
人間が、通常歩く速度でも軽々追い越せるほどの速度だ。
あまりの遅い動作に、攻撃を仕掛けてきてもたかが知れていると錯覚するほどに。
だが、それは大きな間違いである。
もし、今この場で近付いていって、スケルトンの攻撃範囲に入った瞬間。
歩行時とは別物さながらに、俊敏ともいえるほどの動きで剣を振るう。
初見であれば、よほどの動体視力や反射神経がなければ、何をされたかも分からぬままに命を刈られるほどに。
それほどまでに、スケルトンの振るう初撃は速く鋭い。
持っている剣は錆びだらけで、斬るというより、叩きつけるという方が相応しい。
それだけに、まともに食らえば肉を切るよりも、骨を折られるほうが遥かに多いのだ。
そんなものを頭部に浴びてしまえば、文字通り爆散してしまうだろう。
近距離での攻撃速度が速いため、一度動けなくなってしまった探索者がどうなるかなど、想像するに難くない。
昨年行われた、新米探索者の死因ランキングの上位10位以内に《スケルトンの攻撃》が加わっているくらいだ。
見た目の貧弱さや、動きの遅さから舐めてかかる探索者は後を絶たず、そのまま流れで死んでいく者達も少なくないのである。
ゆえに、基本戦術は動作が鈍い距離での攻撃を仕掛ける事。
近接武器を持ったスケルトンなら遠距離から、遠距離攻撃を持つスケルトンならば接近して倒すのがセオリーである。
今回の場合、剣を手にした近接タイプのスケルトンのみなので、遠距離から攻撃さえしていれば、苦戦はしない。
近接戦闘しかできない場合は、黙って離れるか、気合で戦うしかない。
もっとも、中にはあえて、この鋭い一撃を回避、あるいは白羽取りするのが趣味だという変態探索者などもいるらしい。
世の中は広い。
「どこを狙うか、覚えてる?」
「もっちろんですよー! 心臓あたりの赤い玉みたいなやつを狙うんですよね!」
「オッケー。モモに一体任せてもいい?」
「合点ですよ!」
桃香が言うように、スケルトンの肋骨の中心には赤い宝玉が浮いている。
心臓代わりなのかもしれないそれを、探索者達はコアだの、動力源だの、スケルトンハートだの、各々が好きに呼んでいる。
それを破壊してしまえば、この骸骨共は活動を停止するのだ。
「骨は可能な限り綺麗に! 剣も折らずに残す! ですよねっ?」
「そうそう。モモ、すっかりベテラン探索者だね」
「えへへ……そんな事ぉ、ないですよ~」
倒した魔物の素材は、基本的に探索成果として扱われる。
このスケルトンの持っている錆びた剣もそうだが、残った骨も意外と売れるのである。
となると、如何に赤いコアだけを破壊し、骨を綺麗に残せるかが肝要だ。
「じゃあ、まずは左の少し離れてるスケルトン、行きますね~」
「うん。じゃあ、真ん中のと右のはこっちで抑えとくから。慌てずにね」
「承知で~す」
桃香は宣言通り、正面から向かってくるスケルトン達の中から、左を歩く個体へと狙いを定めた。
そうして、駆け出し、脚を動かしながら口元を動かす。
それは傍目には虚空に向かい、超高速で何事かを呟いているようにしか見えず、いってしまえば危ない人にしか見えなかった。
何を言っているのか、余人には分からない。
だが、呟く桃香はもちろんの事、姫華にもそれは聞き取れた。
《魔法の詠唱》をしているのだ。
20年前の迷宮症候群は、突如としてダンジョンと呼ばれる不可思議な建造物が次々に出現したのは記憶にあるだろうか。
それらを調査していく中で、ダンジョン内には不思議な物質が存在する事が判明したのだ。
現在では、それを探索者達は魔素と呼んでおり、その魔素を用いて探索者達は超常的な力を発揮している。
その中の一つが魔法であった。
あるいは、魔術とも、呪文とも、超能力とも、十人十色に呼称し、認識している。
人によって使い方がまるで異なる事も珍しくないからである。
この場においては、あえて魔法で統一したい。
「風よ、我が身を纏い、我と共にあらん……(風の精霊さん、どうか私に力を貸してくださ……いや、やっぱこういうの無理。私はこれからも風の精霊さん達とは仲良くやっていきたいし、力を貸してほしい。それに、私ってまだまだ若いから成長する伸び代があるわけよ。今の内に恩を着せておいたら、あとで得すると思うよ? なんたって18歳だから、これから将来の成長が楽しみじゃない? 大体、私の隣にいる人、分かる? 私の大好きで憧れの存在の姫華先輩ぞ? 綺麗だし、優しいし、強いし、すごーい人なわけよ。そんな人と一緒にいる私も、これから強くなると思わない? というか、強くなるけどー。この人に認めてもらえるくらい、頑張って強くなるし? でも、まぁ……どーしてもダメっていうんなら、いいよ。違う精霊さんと仲良くしてくだけだから。ホントにいいのかなぁ)」
桃香が超高速で詠唱を行い、それに伴って彼女の周囲には風の渦が巻き始める。
彼女の詠唱に対し、風の精霊達が力を貸しているのだ。
傍からは、短い節のみが言葉として聞き取れているだろう。
魔法において大切な要素は三つほどある。
その一つは魔力だ。
ダンジョン内に漂う魔素を蓄積できる器が大きいほど、魔力は高まる。
魔法を使い続けていれば、大概の探索者は自然と魔力も強まっていく。
二つ目は想像力だ。
迷宮もそうだが、魔法においても人々のイメージは強く左右される。
起こす魔法が可能であるという思いや、具体的な現象として想像できれば、より強く発現する。
もっとも、人々の思念だの精神に影響を受ける迷宮内で、かつ、魔素などを媒体としなくては、十全に発揮はできない。
三つ目は精霊との交渉力である。
今、桃香が行った詠唱は、精霊との交渉ともいわれている。
頼み方は人それぞれだが、精霊が力を貸してくれれば、魔法の威力が強まったり、範囲が広がったり、魔力の消費量が少なくなったりと恩恵は大きいのだ。
魔法を極めていくつもりなら、精霊との付き合いは不可欠といってもいいだろう。
「風よ、刃となりて敵を裂け! エアスラッシュ!!(あぁ、魔法の名前……思いつかない。風の、えっと刃でさ、あのスケルトンを斬り裂く感じの……え? エアスラッシュがおススメ? うーん、他に思いつかないし、それ採用! くぁ~、は、恥ずかしいぃぃ~。魔法の名前を声に出すとかどんな恥辱プレイよ~)」
桃香が叫ぶと共に、右手を高く振り上げ、次いで振り下ろす。
傍から見れば、まだスケルトンにも届くはずもない距離から、技名と共に手刀を繰り出しているようにしか見えないだろう。
だが、姫華は満足したようにウンウンと頷き、その動作に次ぐようにして、左側を進んでいたスケルトンが肋骨を中心に崩れおちていった。
突如として身体が上下に分かたれたスケルトンには、何が何だか分からなかっただろう。
姫華には見えていた。
風の精霊達が桃香の右手へと集っていくのを。
精霊達が作り上げた風の刃が、桃香の手の振りと共にスケルトンを斬り裂くのを。
そのあとに精霊達が桃香の髪などを撫でていきながら、どこかへ去っていくのも。
なんなら、桃香と風の精霊のやりとりも聴こえていた。
後輩なりの詠唱には、卑屈さがなく、対等に近い関係性も感じられた。
それに、詠唱の節には自分の事も言われていて、褒められていた事にほんの少しだが気恥ずかしさもある。
前に一緒に探索した時は、自分の名前など出ていなかったと思うのだが……などと過去を振り返るが、いまいち思い出せず、早々に諦めた。
「良い感じだね、モモ」
「やっ、やりましたよぉ~!」
先ほどの詠唱を恥ずかしく思っての事か、若干頬を染めながら桃香がピースサインで答える。
単純に技名を叫ぶのも恥ずかしかったのもあるが、詠唱内容を聞かれるよりはマシである。
魔法を使う多くの探索者は、詠唱内容を聞かれる事を嫌う。
精霊達は色んな探索者達と接してきて、力を貸すのを惜しむのか、人間慣れしたゆえに目(?)が肥えてしまったのか、中々に力を貸してくれない。
ゆえに探索者達は、精霊を介さずに魔法を行使するか、力を貸してもらえるようにあの手この手で詠唱、もとい、交渉を行うのである。
だが、魔力の弱い新米探索者が頼み込んでも、精霊達は知らん顔である。
フレンドリーに接しようが、強気で押しても、まして威圧したところで意味もない。下手をすれば殺されかねない。
その探索者が弱い事を知った上での対応なのだから。
当然ながら無視されるし、相手にもされない。
そうなってくると、どうするのか。
魔力が乏しい探索者が、自力で魔法を使うのは厳しい。
よしんば使えても、精霊の助力なしでの魔法行使は大きく魔力を損なうため、下手すると数回で魔力切れを起こしてしまうのだ。
魔力の切れた探索者は、凄まじい疲労感や倦怠感に襲われる。
身体を動かす事さえも億劫になるほど、疲れるのだ。
それはもう、寝れる場所があるなら、どこでも休んでしまうくらい眠くなる。何もしたくなくなる。
となると、どうすべきか。
精霊達と仲良く、あるいはなんとか力を貸してもらえるように頑張るしかないのだ。
低姿勢で丁寧にお願いするか、おだてにおだてて拝み倒す、あるいは卑屈になって媚びるかといった詠唱である。
「火よ、集いて炎となりて、焼き払え! ファイアーストーム!(偉大なる火の精霊の皆さま、本来は私などが声をかけるのもおこがましいほど、私と精霊様の間には巨大すぎる差がございます。ですが、どうか私の願いを聞き届けてくださいませんか。私には魔力が乏しく、才覚も未熟でございまして……ですから、どうか精霊様のお力添えを願うばかりでして……精霊様の助力が得られないと、私のような弱者は死を待つばかりで……どうか、どうかお助け下さい)」
これは新米探索者が実際に詠唱した時の一文だ。
新米ながらも、高速詠唱を行ったのは、聞かれたくない一心ゆえの努力だろう。
だが、聞き取れるものには、どれほど超高速で詠もうが無意味であった。
この詠唱を読み解くと、以下のような内容となる。
「偉大なる火の精霊の皆さま、本来は私などが声をかけるのもおこがましいほど、私と精霊様の間には巨大すぎる差がございます。ですが、どうか私の願いを聞き届けてくださいませんか。私には魔力が乏しく、才覚も未熟でございまして……ですから、どうか精霊様のお力添えを願うばかりでして……精霊様の助力が得られないと、私のような弱者は死を待つばかりで……どうか、どうかお助け下さい」
こんな内容ばかりを口にしていると、当然ながら探索者達も性格が歪んでしまうのもにべからぬ事であろう。
元来明るい性格だった探索者が、卑屈ば皮肉屋になってしまったというケースも決して珍しくもなかったりする。
大抵の探索者は、この時の屈辱や恥辱に耐え、いつかは魔力が強くなった時に見返してやろうと雪辱の思いを強くする。
精霊達を見返し、逆に媚びさせてやろうと些か歪な目的ながら、努力する。
だが、ほとんどの者達は大成する前に自分の限界を悟る。
いつまでも精霊達に媚びへつらう内に、嫌気が差して探索者から退く者も少なくない。
大体、成長の見込みがないとみなされるから、精霊達に下に見られているという、身も蓋もない現実がある。
「風の精霊と、モモの相性は良い感じみたい。ちゃんとモモの将来性を見てるね」
「う”っ!? あの詠唱、聴こえてたんですかぁ!?」
桃香が今度こそ顔全体を真っ赤に染め、慌てふためく。
迷宮内はどちらかといえば涼しいくらいなのに、変な汗まで流れ始める。
姫華から顔を背け、俯いてしまう。
「あ、ごめん。違う違う。風の精霊は私にも見えるから、桃香の周りで動いてるの見てると、大体は分かるってだけ」
「あっ、あぁ……なるほど。でも、やっぱし恥ずかしいですねぇ、これぇ……」
てっきり内容を聞かれたのかと、焦る桃香であったから、心底にホッとした。
流れる汗も急速に冷えたかのようで、頬を流れていたそれが冷たく感じる。
姫華の方も、内心でホッとする。
危うく大切な後輩に恥ずかしい思いをさせるところだった。
自分が黙っていれば、それで済む話なのだから、言わぬに越した事はない。
魔法はイメージが重要だ。気恥ずかしくなって、詠唱もままならなくなれば、最悪魔法も使えなくなってしまう。
とはいえ、このままだと今後も自分の名前やら詠唱中に聴こえてくるのだろうか。
それはそれで中々に耐えがたいものがある姫華であった。
「あ、そういえば残りの二体は……」
桃香の言葉を途切れる。
視線の先には、既に床に倒れているスケルトンが二体。
どちらも中央のコアは破壊されていた。
姫華がやったのは間違いない。
だが、いつの間に、どのようにして、倒したのかが分からない。
先ほど、桃香が詠唱していた時はまだ動いていたと思うのだが……。
「姫先輩、どんな魔法使ったんですか?」
「これを投げた」
「これって……石ころ?」
「うん」
事もなげに答える姫華に、桃香は続く言葉が出てこなかった。
魔法も駆使しているのは間違いないだろうが、それすらどうやったのか、まるで見えず、感知さえもできなかった。
とんだ早業だ。きっと、この二体のスケルトン達も、何をされたか分からないままに事切れたのだろう。
姫華の本気どころか、まともに戦うところさえも、桃香は未だに見た事がない。
危険な目に遭わせないよう、姫華の采配が行き届いているからだろうが、それでも実力の一端でさえも垣間見えずにいる。
いつか、追いつく事は出来るのだろうか。
未だ、光明の一筋さえも見いだせないのが実情であった。
憧れも敬いもあれど、そこに負けるものかという対抗心が湧きおこらないのは、実力差を理解しているからか、不敬だと感じるからか、彼女には分からない。
「さてと。じゃあ、売れそうなところ回収しよっか」
「……ですねっ!」
尊敬する先輩の声に、我を取り戻した桃香が弾かれたように顔を上げる。
今は、この人に付いて学ぼう。
教えてもらいたい事も、見て聞いて学ぶ事もまだまだ色々とあるのだから。
詠唱内容はフォントタグで変更しています。
内容はなんとなく分かるかもしれませんが、誤字報告やここすき履歴などを使うと読めたりします。
もし気になったらどうぞ。
余談ながら、風の精霊は百合の気配を感じると協力的。