ブラック企業勤務、アラサー女探索者の迷宮探索 作:Honoka_Asa
《ミスクゴースト攻略》
距離を取るか、範囲魔法でなぎ倒すか、遮蔽物に隠れるの三点だろう。
単独であれば勝手に自滅してくれるので、脅威にもなりにくい。
だが、他の接近型モンスターと混合してやってくると途端に厄介。
魔法で防壁などを展開できるなら、素直にミスクゴースト達が力尽きるまで防御に徹するべし。
慌てず、騒がず、落ち着いて対処だ。
無機物に宿る性質から、倒しても旨味もなく、まさしくクソモンスターの一角。
だが、特殊な方法を用いて倒せば、素材を得られる可能性もあるらしいが……?
まあ、割に合わないか。
「うーん、中々に終わらないねぇ」
「ホントですねぇ~」
二人の呑気な声が迷宮内に響く。
今いる場所は、《ステラモール》内の第二階層。
そこには、書店やゲームセンター、洋服店に家具およびインテリアショップ、百円ショップにフードコートなどが並ぶ。
もちろん、それらの店舗らしき場所には、店員だの客だのは存在しない。
逆に、人ならざるモノであれば、放っておいても沸いて出てくる。
先ほどいたような《スケルトン》や、小柄だがすばしっこく、集団で襲い掛かる緑色の小鬼の《ゴブリン》、服屋のマネキンや本屋の雑誌、百円ショップの商品などに乗り移って攻撃してくる雑多な幽霊《ミスクゴースト》といった魔物が動き回っており、二人を見つけると襲い掛かってくる。
とはいえ、それらに対して二人が慌てた様子などみられなかった。
姫華にはいくらでも対抗する手段があり、桃香はその先輩に全幅の信頼を寄せており、彼女が傍にいる限りは臆さない。
「モモ、これで耳を保護して。それ着けたら隠れてて。破片が飛んできたら危ないから」
「はぁーい!」
ヘッドフォン型の聴覚保護具を渡すと、姫華が百円ショップ(迷宮内)から拝借してきたビー玉の袋を開ける。
中から出てきた色鮮やかなガラス製の玉をいくつか握りしめると、力を込める。
ぎゅう、と握りしめたそれを振りかぶり、目前に迫ってきていたゴブリン達目掛けて投擲。
本来、ガラス製のそれらが直撃したところで、ゴブリンはせいぜい痛がるくらいで、動きを止めたりはしない。
しかし、姫華が投げると話は変わる。
着弾と同時に炸裂するそれらは、榴弾もかくやの拡散力と破壊力をこれでもかと示してみせた。
続けざまに紅蓮色の爆炎が炸裂し、視界を閃光が覆い、聴覚を轟音が貫いていく。
後に残るのは焦げた臭いと、ゴブリンがそこにいた事を示す微かな形跡のみだ。
六体近くいたはずなのだが。一体たりとも生存の兆しさえも見えなかった。
「……名づけるとしたら、ショットガン・エクスプロージョンあたりかな。いや、ショットガン・ブレイズか? 爆炎乱れ撃ち? うーん、散弾と爆発を組み合わせたカッコいい名前……」
「ビー玉でこんだけ派手なことするのも姫先輩くらいですよ、ホント。あれ、どうかしました~?」
ひょこ、と桃香が商品棚の裏から顔を出し、それに伴うように茜色の結んだ髪も小さく揺れる。
「ん、何でもない。耳は大丈夫? 変な音とかしてない?」
「姫先輩のヘッドホン着けてますからっ! これ、凄いですね。音が全然しないんですもんっ!」
「結構優れものだよ。でも、音がホントにしないから、魔物とか接近してても分からなくなるし、着けっぱなしも危ないけどね」
「こういうのも、ダンジョンで拾うんですか?」
「そうだね。買い取ってもらってもたかが知れてるから、そのまま私が逆に買い取って引き取ってる」
「へぇ~」
桃香が感心の声を上げる。
赤と黒を基調としたカラーリングのヘッドフォン型*1聴覚保護具は、一見すればその辺の電気屋に売ってそうな見た目をしている。
しかし、姫華がダンジョンで手に入れたであろうそれは、外界の音を一切遮断する特殊な性能をしている。もちろんというか、本来のヘッドフォンの用途は期待できない。
音を一切通さない代わりに、しっかりとデメリットも存在するのは姫華が説明したとおりだ。
とはいえ、使いどころさえ間違わなければ便利な道具といえる。
元の持ち主へ返そうとヘッドフォンを外すと、姫華がコートのポケットより細い筒と、小さな容器を取り出す。
シャボン玉を作って吹き出すための吹き具と、シャボン玉を作るための液体が入った容器だ。
先のビー玉と同じく、百円ショップから拝借してきたのだろう。
だが、何のために?
「久しぶりに遊びたく……って、そんなわけないですよね。姫先輩だもの」
思わず意図を尋ねようとした桃香が、姫華の向いている方角から来る存在に気付く。
犬のような頭部をして、二足歩行で接近してくる人型の魔物。
狗頭の人型妖魔で、《コボルド》と探索者達は呼んでいる。
ゴブリンより身体が大きく、知恵は劣るが仲間意識が強い。
現在も三頭、いや、四頭がゆっくりと接近してきている。
余裕を見せている、というよりは警戒をしての動きだろう。
先ほどの爆音を耳にしたのかもしれない。それなら、警戒するよりさっさと逃げ出した方が賢明だろうにと桃香は思った。
「次はコボルド、か」
姫華の方は相変わらず落ち着いた様子で、目の前のコボルドが見えていないのでは、と思うくらいにシャボン玉を作り続けている。
何も知らなければ、遊んでいるようにしか見えない。
というか、何か意味があると分かった上で見ても、やはり楽しんでいるようにしか見えなかった。
三十近くの石鹸水由来の玉(ダンジョン産なので、本当に石鹸性かは定かでない)が七色の色彩を伴いながら宙を浮く。
それらを見やりながら姫華が小さく口元を動かし、次いで、両手を広げる。
この時、桃香も、おそらくはコボルド達も、何をするのかと動向を見守っていたと思われる。
姫華が広げた両手の先を、すなわち左右の掌を合わせるように叩きつけ、それと同時にシャボン玉が一斉にコボルド目掛けて飛翔していった。
シャボン玉と思えぬ速度でコボルドへと向かい、着弾した瞬間に稲光が走る。
七色に輝きながら飛んでいたゆえか、雷光の色彩*2も鮮やかなもので、離れてみていた桃香などは「綺麗~……」と思わず呟く。
雷に打たれたコボルド達にとっては、色彩を楽しむゆとりなどありはしない。
体内を電流が流れ、瞬く間に心臓を貫き、呼吸活動を停止させた。即死である。死んだのだ。
すぐに死ねた個体はむしろ幸福だろう。直撃を免れたばかりに神経だの皮膚を焼かれ、声すら満足にあげれず、もがき苦しむ個体もいたのだから。
「やっぱり、雷と水の魔法は苦手だなぁ……ごめんね。苦しめるつもりはなかったんだ」
言うや否や、姫華は苦しんでいたコボルドにトドメを刺していく。
遊んでいるかのような余裕を見せて戦っている風に思えても、苦しめず一撃で仕留めるつもりであったのだろう。
その表情には些かの申し訳なさが垣間見えた。
詠唱はしていなかったはずだが、桃香には水の精霊と雷の精霊らしき存在が、我先にと姫華の方へ寄っていったのが見えた。
ふわり、ふわりと姫華の周りをぐるぐると飛び回り、姫華が小さく呟くと、静かに傍を離れていく。
どんなやりとりをしたのか、桃香には皆目見当もつかない。
「百円ショップはいいね。魔法と組み合わせたらコスパが実に良い。まぁ、お金払ってないんだけど」
「そんな使い方できるの姫先輩だけですよ。同じ事を私がやってたら返り討ちにあってますよぉ……」
嬉しそうにビー玉をポケットに詰め込み、他にも玩具の類をリュックに詰め込んでいく先輩に対し、桃香はなんともいえない顔を浮かべる。
傍からみれば、百円ショップの玩具類をひたすら回収していく子供じみた行動だが、先ほどはそれで凄い事をやってのけているのは間違いない。
桃香が年長たる彼女へ抱く憧憬の念には、一ミリの変動も生じない。
先ほどのゴブリンにせよ、コボルドにしても、桃香がまともに戦えば一度に戦えるのは二、三匹が限界なのだ。
それとて無傷で済む保証も、絶対に勝てる自信もなかった。
それが一般的な探索者の実力なのである。
魔法を使うための魔力とて有限だし、精霊に力を借りていても無限にとはいかない。
ぽこすか使っていれば、駆け出しの探索者など、あっという間に魔力切れを起こしてしまう。
そうなれば、あとに待つのは死あるのみなのだ。
だから、ダンジョンに潜る時は慎重に、体力や魔力とのバランスなども考慮して戦わねばならない。
百円ショップから持ってきた商品に魔力を込めて戦おうなんて発想は、まず出てきやしないのだ。
何らかの道具を媒介にして魔力を込める場合、その分の手間に魔力を費やす。
しかも、魔力を通しやすい素材で出来ているわけでもなく、むしろ本来の魔法を行使するよりも魔力を多く消費するくらいだ。
いってしまえば、手加減じみた舐めプに等しかった。
同じことを桃香がやったら、一度で魔力切れを起こしてもおかしくなかった。
それで難なく倒した上に、平気な顔をしている姫華が異常なのだ。
「姫先輩って、なんでも魔法使えますよね~。ベテラン探索者ってみんな、このくらい出来るものなんですか?」
「………………」
「姫先輩?」
「…………」
何気なく聞いた桃香だったが、対する姫華は答えない。
どこか、ぼんやりとしており、無表情の先輩に、桃香の表情に不安が宿る。
何かいけない事を聞いてしまったのだろうか?
「姫先輩っ? 大丈夫ですか?」
「……あ、うん。そうだね。私が新米の頃とか、やっぱり上の人達はすごかったよ」
今一度声をかけると、そこにはいつもの姫華。
なんだか、切れていた配線がつながったかの如く、急に元に戻ったような印象さえも受ける桃香であった。
とはいえ、そうした思いは態度に出さず、努めて普段通りの声色や口調で話を続けていく。
「へ、へぇ~、私もあと8年頑張ったら、姫先輩の足元くらいにはたどり着けますかね?」
「来れるよ。私くらい、追い越してもらわなくちゃね」
「えぇ~!? 姫先輩をっ? 無理無理ぃー!」
「そんな大層な存在じゃないよ、私は」
小さく微笑む姫華を見て、ようやく少し安心する桃香であった。
先ほどの様子は一時的なものだったのだと、いつもの発作的なアレだと、結論付けて素直に笑う。
「さてと。この階層でめぼしいの見つけたら、一回休憩しようか」
「はいっ、姫先輩の仰せのままにー!」
如月姫華には、ダンジョンを探索、攻略していく上での基本的な戦略を掲げている。
仲間であり、部下である《迷宮探索第七課》の面々にも、それらは提示している。
ただし、強制はしない。
迷宮探索で盲目に一つのルールに縛られてしまうと、いざ通用しない場面に遭遇した時に臨機応変な判断が難しくなるからだ。
それに、各々のやりやすい、したいように動いてこその迷宮探索だ。
楽しくなくては意味がないというのが、姫華の持論である。
まず、第一は《攻撃を受けない戦いを最優先》とする事。
それは先ほどのスケルトンの戦いや、つい今しがたのゴブリンやコボルドの時もそうだが、一方的に攻める状況が肝要だという事。
次いで、防御手段を用意しておく事。
それは魔法でもいいし、盾のような物を用意しても構わない。
基本的に人間の身体は脆い。一度のダメージが後々に思わぬリスクを生み出しかねない。
ゆえに、無傷で切り抜けていくのが大切で、そのための手段を得ていくのが大事なのだ。
「ミスクってのは、ホントにうっとうしい」
「あっぶなぁ……。姫先輩がいなかったら、飛んでくる本で殺されてましたよー。頼れる先輩に感謝ですよホントに」
「といっても、落ち着くまで動けないのが難点……。燃やしたら楽なんだけど、使える本があったらもったいない」
「もったいない症~」
「しょーがない。ホントにもったいないんだ……」
二人のいる場所は、第二階層内にあるダンジョン書店。
姫華が唱えた土魔法によって、床がめくれ上がり、幾重にも壁となって二人を守っている。
それに対して、構わず書店内のあちこちから本だの雑誌だの文具だのが、全速力で突っ込んできては、力尽きたように床へ落ちていく。
ミスクという魔物がいる。
正確には、雑多な幽霊と呼ばれる、不定形の魔物だ。
対象を選ばず、とりあえず乗り移れる物へと取り憑き、敵に向かって取り憑いた物体ごと体当たりを仕掛けてくる。
ただちに命に関わるような攻撃かは、乗り移った物次第である。
包丁などの刃物であれば、間違いなく命に関わるであろうし、クッションなどであれば、勢いよくぶつかってきたところで、大したダメージにならないだろう。
対処法としては、取り憑いた物体ごと倒してしまうか、隠れた遮蔽物にぶつからせてしまうかだ。
ミスク単体であれば、遮蔽物に隠れている限り、そこまで脅威とならない。
曲がりくねってぶつかるなどの、器用な動きはできないからだ。
しかし、他の魔物との戦闘中に加わってくると、脅威度が格段に跳ね上がる。
常時追尾してくる遠距離攻撃があたりをウロウロしているのだから、気が気ではない。
それが鈍器だの刃物であった時には、死を覚悟せざるをえない。
先ほど、姫華に引っ張られるようにして床の壁に入らなければ、飛んできた本が桃香の頭部に直撃していただろう。
そう思えば、姫華様々である。どれほど感謝しても不足とはなるまい。
姫華がいたから安心して油断しただとか、一人であればもう少し慎重に警戒して動いていたなど、言い訳にもならない。
「大分衝撃が減ってきて……うわぉっ! こ、こわぁぁ~……」
音が止んできたため、桃香が壁の隙間から少し外を覗くと、思い出したかのように、雑誌が三冊ほど旋回しながら突っ込んでくるのが見え、慌てて中へと引っ込む。
次いで、衝撃音が三度つづき、まだまだ脅威が過ぎ去っていない事を実感する。
「まぁ、ゆっくりしてよっか。この階層で私の防壁を壊せる魔物はまずいないと思う」
なんとも心強い言葉である。
発言者が姫華であるゆえに、より一層の安心感があった。
待っている間、気晴らしに会話でも、と思ったが衝撃音が止まない内はそのような悠長に話す余裕も出てこない。
なんとなく正座で座り、事が落ち着くのを待つ桃香であった。
「……終わったっぽいね」
「ですか、ねぇ……」
それから五分ほどだろうか。
音が一切しなくなったあたりで、姫華と桃香の二人で隙間より動く物体がないか確認。
姫華がゆっくりと防壁を解除していき、それでも攻撃が来ないのを確認してから完全に解除した。
周囲といえば、それはもう本だの雑誌だの文具だのが散乱していた。
途中で洋服店のマネキンにもミスクが乗り移っていたらしく、暴れに暴れたのか、腕や足が破損した哀れなマネキンも床に転がっている。
「ミスクは暴れに暴れたら消えるから、報酬にもなりやしない。私の嫌いな魔物の一つだよ」
「ですよねー! 倒すに倒せないし、私も苦手ですよ! まったくもうっ!」
姫華が辺り一帯の本の海から、一冊の本を手に取りつつぼやく。
姫華の嫌う魔物は、私の嫌う魔物だとばかりに、桃香もそれに強く同意して頷いている。
実際、同調云々を抜きにしても、ミスクは桃香の苦手な相手であった。
それからの二人だが。
書店にていくつのかの魔法の本や、謎の言語が羅列された本などを回収。
洋服店にて魔力の籠った服を数着回収。
インテリアショップでは、ランタン型の携帯照明を手にする。じんわりと魔力が篭もっているのを姫華は見逃さなかった。
他にもタペストリーや綺麗な装飾の瓶などを手にし、その辺に転がっていたカートに積んでいく。
「どういう使い道があるんですか?」
「んー、分からない。でも、魔力が見える気がしたから拾った」
「魔力……」
姫華には何が見えているのだろう。
実際、桃香の数百倍以上の魔力量を誇る彼女であるから、噓偽りの類ではないだろうと思う。
だが、桃香にはそれらが特別な品々とは思えない。
魔力の気配さえも感じ取れない。
魔力の籠った服など、実際にファッションショップで陳列されていたら、間違いなく気にも留めぬだろう。
こうした部分でも、敬愛する上司の特異さを垣間見えた気がする桃香である。
「ホントに豊作だ……お、そろそろ午後2時になるし、休憩しよっか」
「はぁい。小腹も空いてきましたねぇ~」
スマートフォンの画面を見ながら、姫華が呟く。
迷宮に入ってから二時間弱で、相当量の収穫も得られて、彼女の顔は満足げだ。
「なんか家っぽいの作って。ハウス!(うーん、みんな。どれがどの精霊か分からないから、率直に言うね。家っぽいの作って。テーブルとか椅子もあるといいなぁ。もちろん、みんなで協力して、仲良くして作ってね)」
「すっご……それで出来るんですか~」
姫華が短く詠唱をしただけで、その辺に倒れていた商品棚や木材、崩れていた壁や床が勢いよく集まりはじめた。
それらは姫華を中心とするようにして、依頼通りの家っぽい何かを形成していく。
一分もしない内に、小屋とテーブルと椅子が完成するのを見ると、あらためて姫華の魔力量と、それに対する精霊の反応速度に思いを馳せざるを得ない桃香である。
精霊達は魔力の強い人間には忠実で、なんなら積極的に協力するとは桃香も聞いていた。
だが、実際にこうして目の当たりにすると、自分との反応の差に複雑な思いを抱かざるをえない。
相手が姫華であるから、精霊達が喜んで従うのは当然だと思う。
しかし、こうまであからさまに扱いに差があると、新米探索者などが心を折られる事例にも理解が出来る気がした。
「ホント、姫先輩がいたら何でもできますよね……。ダンジョンでも生活していけそうですもん」
「基本的な魔法は覚えておいて損はしないよ。とりあえず火と水、雷に風と土あたりの五属性を使えれば、大概生きていける」
「五属性……私だと、風の魔法あたりは使えてますけど……」
「まだまだこれからだよ、モモ」
「ん……そうですよね。これから、ですよね?」
「そうだよ」
今、姫華が挙げた五属性の内、桃香がまともに詠唱、もとい、交渉を出来るのは風の精霊くらいだ。
他の精霊といえば、風の精霊ほどに友好的でも、協力的でもなかった。
逆になぜ、風だけが友好的なのだろうか。
「精霊との相性もそうだけど、魔法に対する適正もあるからね。こればかりは仕方ない。商会にあるエミュレーターは使った事ある?」
「えっと、去年に一度だけ」
「そっか。去年と今なら、結構変わってるだろうから、近い内に一緒に受けとこうか」
「ん? 使った事ありますけど、適正なんて出てましたっけ……? 覚えがないんですけど」
《黒井商会》に限らず、各迷宮産業の企業には探索者の能力を測定する機械がある。
《探索適正エミュレーター》と呼ばれ、探索者の身体能力や精神状態、行使できる魔法の一覧や、魔法に対する熟練度や適性、生来の技能(スキル)に至るまで、読み取る機械だ。
その時の状態を読み取るので、将来的な部分は精度が甘い部分も多いが、概ねの情報は教えてくれる便利な代物であった。
このエミュレーターは商会に属する社員なら、誰でも使用可能だ。
姫華も毎年一度以上は使っているし、桃香も言葉通り、昨年に一度測定をしていた。
だが、桃香が知る限り、適性を教えるような記述はなかったように思うのだが……?
「魔法の欄のところに、色が付いていたの覚えてない?」
「色……そういえば、何色か分かれてたような……」
脳裏に思い浮かべる桃香を見やりつつ、姫華は続ける。
「そう、それ。適性とか素質のある項目は赤色、まあまあの素質があれば緑色、向いてないのは青色、みたいになってるんだ」
「そうだったんですかぁ~……」
「うん。だから、今度は色も注意してみるといいよ。赤色の魔法があったら、それはどんどん伸ばしたらいい」
「なるほどぉ」
頷く桃香を視界に収めつつ、姫華はリュックから次々と荷物を取り出していく。
床にその辺の木材を並べ、その上に小さな鍋を置くと、木材の中心へと姫華が視線と指先を向ける。
次いで、小さな声で「集いて赤き炎となれ」とつぶやくと、火の粉のような赤い粒がどこからともなく木材の中心に集い、やがてぱちぱちと何かが爆ぜる音。
着火剤もないのになぜ燃えるのか、などと疑問に思ってしまえばたちまち霧散してしまうだろう。
魔法はイメージなのだ。
言い換えれば、思い込めば多少のごり押しも許される。
姫華が詠唱をすれば、どこからともなく火の精霊達が集まり、強引なイメージを叶えるべく奔走する。
「水も作れるといいんだけど……」
と言いつつ、姫華がリュックからミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出し、蓋を開ける。
そのまま中身を鍋に向けて注いでいく。
「姫先輩だと、飲料水も魔法で作れそうですけど。難しいんですか?」
「飲めなくはないけど……なんとなく嫌だ」
「なんとなく……ですか?」
いまいち同意しかねる桃香を見てか、姫華は指先をなにもない方向へ向ける。
それから指先から水が流れ出てくる。
その勢いは緩やかで、蛇口から静かに流しているような感じに近い。
「私の指先からさ、出てきた水を飲みたいと思う?」
「んー……姫先輩のなら、飲めますよ?」
「えぇ~……」
得体の知れない水としか、姫華には思えなかった。
だがどうやら桃香は違うらしく、事もなげに答えるので、呆気にとられてしまう。
それでも、人に飲ませるのは反対であったが。
くどいようだが、魔法はイメージだ。
悪印象だの、不安や心配が過ってしまう以上、どうしても効果にも疑問が生じてしまう。
熱を通して沸騰させれば飲めるとは思うが……如何せん無から作った水だ。本当に大丈夫であるのか、試す気にもなれない姫華であった。
第一、自分の指から水が出てくるとか、気味が悪いと姫華は思う。
上手くイメージ出来ていない弊害なのだろうが、そうした悪印象がますます水魔法への苦手意識を高めていく。
得意な事が伸びやすく、苦手な事がどこまでも伸びにくいのも、魔法の特徴かもしれない。
姫華の迷宮探索における基本戦略、第二は魔法の基礎を一通り覚える事だ。
浅く、広く、まずは覚えて行使が出来る事が肝要だと教える。
それらは戦闘にも、探索にも、生活にも活用できる。
火の魔法で火球を投げつけて攻撃したり、火種を用意したり。
植物系の罠を燃やしたり、単純に調理などにも活用できる。
水の魔法で水を生成したり、氷を作ったり、あるいは水の刃で切ったり。
水の壁を作って炎などを防ぐ事なども可能だ。
風の魔法で他の魔法を補助したり、身体を動かしやすくしたり、音の流れを変えたり。身体を浮かせたり、軽くする事も出来る。
雷の魔法で痺れさせたり、スマホの電池を充電したり、長期探索の場合はポータブル電源の充電も行える。
土の魔法で防壁を作ったり、地面を再形成したり、あるいは岩を作って投擲したり。身体の一部に纏わせて鎧や武器とする事も可能だろう。
大体これらの魔法を姫華は入社した新人に教えていく。
それらを活かしてくれればいいが、必要としないもよし、派生させていくのもいいだろう。
慣れてくれば、自分なりの魔法を使えばそれでいいのだから。
桃香も当然習っているし、最低限度のレベルで行使は可能であった。
火の魔法なら、小さな火種を作るくらいに。水の魔法であれば、手を洗うくらいなら。雷の魔法だったら、単三電池くらいの電力なら出せる。土の魔法だと、小さな壁くらいは作れた。
素人よりはマシレベルだが、とりあえず、五属性の魔法を使う事は出来る。
当の姫華は、これらを行使していくなら、食料と水さえあれば一カ月迷宮に篭もったとしても平気である。
トイレは土魔法で疑似的な便器を作り、水魔法で流していく事は可能だ。音が気になるなら、風魔法の出番であろう。
お風呂を作るのも一応可能だ。
やはり土魔法で浴槽を作り、水魔法と火魔法でお湯を張ればいいのだから。シャワーの方がどちらかといえば難しいが、お湯さえあれば多少は何とかなる。
料理などは先ほどの通りだ。材料さえあれば、まな板だの包丁は適当な物でも魔力を込めて代用できる。
ベッドだの寝室は土魔法である程度どうにかなる。
結局、かなり質は低くなるが日常生活を営む事も可能となるのだった。
このくらいであれば得意だろうが苦手だろうとも、さしたる影響もないからこその教えといえる。
「モモ。お湯できたけど使う?」
「えっ、いいんですか~?」
「そりゃあ。さっき、コンビニでカップ麺買ってたの見えたし」
「ありがとうございます~! 姫先輩、マジ神ぃ~、好きぃ~!」
「お湯を提供するだけで神にグレードアップか」
桃香がパッケージに《激辛! 命を惜しむな担々めぇーん!!》と書かれたカップ麺を取り出す。
彼女は辛いのが好きらしく、姫華も、よく昼食休憩時に食べているのを見かけていたので印象に残っていた。
「美味しいの?」
「そりゃ、美味しいですよぉー! 姫先輩もよかったら一口どうですか? あ~ん」
「えっと……あ~っ」
「まだ私、口をつけてないですから」と言いながら、箸で麺を掴んで勧める桃香。
辛いのはそこまで得意でないが、可愛い後輩の好意を無下にもできぬ姫華であった。
観念したように口元を近づけるが、その時。
「お楽しみのところ、す、すみません~。私、《白の騎士団》の者でして~」
「あ”んっ?」
おずおずと近づいてくる人物。
その人物に対し、いつもの声色は行方不明だといわんばかりに桃香が低い声で応じた。