学園都市キヴォトス。
私が先生としてここに赴任してきてから、どれくらい経っただろうか。
数千の学園によって造られているこの場所は、私が元居た場所とはことごとく違う世界だった。
人のようにご飯を食べるロボット市民に、当たり前のように喋るイヌやネコそっくりの住人達。
そして、先生である私が最もよく関わる、頭に不思議な
と、いろいろなキヴォトス摩訶不思議をあげつらったが、私がここに来て特に面食らったのものはというと、やはりひとつしかない。
それは、銃がスマホと同じくらい、ごく平凡な、持っていて当然の道具であることだ。
キヴォトスでは、銃撃戦が日常の中にある。
コンビニの新作お菓子の横には、パラベラム弾が当たり前に売っているし。
ヤンキーの喧嘩はまず100%の確率で撃ち合いになるし。
手りゅう弾を携帯してる人なんてザラだし。
兎にも角にも、この場所では銃や爆弾は、生活必需品と言っていいくらいの代物なのだ。
というのも、キヴォトスの住人は少しの銃弾や爆発くらいでは物ともしないくらい頑丈だから、というのが理由として大きいだろうけれど。
ここまで銃が当たり前のキヴォトスなのだが、しかし私は銃を持っていない。
というよりも、持たないことにしているのだ。
私の中で、銃はやはり殺しの道具だという忌避感もあったし、何よりどんな理由があろうと、生徒に銃を向けるなど、先生として絶対にあってはいけないから。
私は生徒を守らなければならない『大人』だ。
大人が子供を攻撃するなんて、決して許されることではない。
だから私は、きっと銃を持つべきではないのだ。
それがどんなに当たり前の道具だろうと。
それで私自身が死ぬことになろうと。
決して持つべきではない。
私はそう思う……。
「そう思ってはいるんだけどねえ……」
さて、そろそろ現実逃避めいた意思表明は中断しなければなるまい。
意識をいい加減、目の前のものに向けなければ。
そう思い、私は嘆息しながら、机に置いてあるものを見据える。
そこには新品の銃があった。
ステンレスで造られた、銀色に輝くリボルバー銃。
44マグナムを発射できる大型のやつだ。
誰か生徒から預かったものでも、落とし物でもない。
正真正銘、私が自らの意思で購入したものである。
……私の財布事情を知っているユウカに内緒で、だ。
「先生、どうしたんですか、これ?」
と、銃の横に置いてあるタブレットから、そんな声が聞こえた。
声の主はアロナ。
このタブレット『シッテムの箱』のメインOSである。
「銃、ですね。少々古いタイプに見えます」
同じくタブレットから、似ているけど、アロナとはまた違う、落ち着き払った声。
この声はプラナ。
彼女もアロナと同じく箱のメインOSなのだが……彼女についての説明は長くなるので、ここでは一旦割愛させてもらおう。
ただ、アロナと同じく大切な存在だというのは、間違いない。
「買っちゃったんだ、ついね」
私が言うと、二人は本当に意外そうに目を丸くした。
二人の興味津々な目に観念して、私は彼女らによく見えるように、銃をタブレットの前へと移動させる。
「……驚愕、先生はてっきり銃を持たない主義だと、思っていましたが」
「いや、その通りだよプラナ。私は銃はできるだけ使いたくない。何があっても、生徒に銃を向けたくはないからね」
「じゃあ、なんで使わない銃を、わざわざ買ったんですか?」
アロナが首をこてんと傾けながら、そう聞いてきた。
あまりにごもっともな疑問だ。
今しがたプラナに垂れた主張と、目の前にある物体は、まるで正反対の位置にあるものなのだから。
銃を使わないのに、買った理由?
そんなものひとつしかないじゃないか。
「だって、かっこよかったんだもん」
「「えぇ……」」
そう言った途端、アロナとプラナは呆れかえった顔をした。
「ちなみにこれ、おいくらだったんですか?」
「……限定版DXカイテンジャーが、5個は買える値段とだけ」
「えぇーッ!? 普通の相場の10倍以上ですよ!? 使わないのに完全に無駄な出費じゃないですか!」
「しょうがないじゃん、かっこよかったんだもん!」
確かに使わないさ、ああ使わないよ。
でも、それはそれとして銃に対する憧れはあるわけだよ。
しょうがないじゃない、男の子なんだもの!
買っちゃダメだと思ったさ。ああ思ったとも!
けれどね、店頭で見て一目惚れしちゃってさあ!
実際手に持たせてもらったら、ステンレスの鈍い反射とか、リボルバーの機構とかがめちゃくちゃかっこよく見えちゃってさあ!
銃は使わないし、使うつもりも全くないよ!
でもそれはそれとして銃は好きなの!
男の子は一度は何とかイーストウッドさんや次元何とかさんみたいに、リボルバーを自在に操ってみたくなるもんなの!
「ちなみに、ユウカさんから許可は?」
「ユウカが許すと思うかい?」
そう言った途端、アロナは顔面を見る見るうちに青くしていった。
そうなってしまうのもよくわかる。
隠してた領収書を見つけた時のユウカより恐いものを、私は知らない。
五千円以上の買い物をするときは、必ず彼女に相談するよう厳命されているにも関わらず、この銃を買ってしまった。
五千円か……桁が軽く2つは違うね。
死んだわ。
「というわけでアロプラちゃん、この買い物がユウカにばれない方法を教えて欲しいんだけど――」
「腹をくくるしかないんじゃないですか?」
「先輩の意見に同意」
「はぁ……」
何か妙案はないかと二人に聞いたものの、返ってくるのは二人の呆れ返すようなジト目ばかり。
もはやアロナの言う通り、怒られるしか道は残ってないのだろうか。
「今から当番の日が怖いや」
何て言いながら、悩みの元凶である銃を手に持ち、しげしげと眺める。
やはりカッコいい。
まあ、いいか。
後悔してるわけではないからね。
後日訪れるであろう
俗に言う、ガンプレイというやつだ。
トリガーガードに指を入れて、クルクルと銃を回す。
回転のスピードを上げてみたり、逆回転に切り替えてみたり、回転させながら別の手に渡してみたり。
うん、腕は落ちてない。
「へー、器用ですねえ、先生」
なんて、アロナがポカンと口を開けながら言ってくる。
言葉とは裏腹に、あんまり興味は無さそうだ。
「ま、使いどころはないけどね……さあさあ、そろそろ仕事を再開しないと」
そう、本来ならばこんなふうに遊んでいる場合ではないのだった。
今日も片付けなければならない書類が、山のようにある。
本当に、比喩に感じないくらいに。
いい加減やらないと、ユウカだけじゃなくて、リンちゃんにもどやされる羽目になってしまう。
それにそろそろ、今日の当番の子も来るはず――。
「お邪魔するわよ、先生!」
と、扉を開けた音と共に、そんな声が聞こえた。
噂をすれば何とやら。
当番の子が来てくれたようだ。
約束した時間の10分前。相変わらず、真面目な子だ。
「こんにちは、アル。来てくれてありがとう」
そう言うと、アルは相変わらずの自信に満ちた笑い顔を見せてくれた。
陸八魔アル。
彼女が立ち上げた会社、便利屋68の社長だ。
一流のアウトローを目指している女の子なのだが、如何せん本人が善性の塊なところもあって、その道は険しそうだ。
とは言え、人を惹きつける魅力はどんなアウトローよりも持っていると、私は思っているけれど。
「いいのよ、先生。先生はうちの経営顧問ですもの。良きビジネスパートナーは、何より持ちつ持たれつ。それが成功の大原則よ」
と、どこかの経営哲学の本でも読んだのか、胸を張ってそう言ってくるアル。
それを見てると、なんだか覚えた言葉を使いたがる幼子みたいに思えて、無意識に笑みがこぼれてしまう。
「……て、なにをニヤニヤしてるのよ、先生」
おっと、アルにばれてしまったようだ。
バカにされたと思われてしまったのか、口を尖がらせてしまう。
「ああいや、アルは勉強熱心だと思ってね」
「そ、そんなことないわよ! 勉強したとかじゃなくて、これは常識、アウトローなら知ってて当然のことなの!」
「あはは、そうだね、ごめんごめん」
「本当にわかってるのかしら……」
どうやら、不興を買ってしまったかもしれないようだ。
いけないいけない、こういうことは前にカヨコに諫められたばっかりだというのに。
「あら、先生、それって……」
と、アルは何かに気づいたようで、視線を私を手元に移す。
その先にあるのは、私が握りしめている銃だ。
しまった、早くしまっとくんだった。
「ああ、いや、これは何でもないんだ」
私はとっさに、そんな誤魔化しの言葉が出てしまう。
別にキヴォトスでは銃なんてありふれているのに。
けれどどこか、後ろめたい気持ちになってしまったのだ。
「……先生」
すると、アルは何だか少しだけ、神妙な顔つきになった。
不安そうな、はたまた悲しそうな、そんな表情。
私が銃を持っているのが、いやだったのだろうか。
「その……何か困ってることがあるなら、いつでも私に――便利屋に頼って頂戴。荒事だったら、絶対に力になってみせるから」
「え、どういうこと?」
「どうって……先生が銃を持つなんて、よっぽどのことじゃない。だから……」
「……あ! いや、違うんだよアル!」
どうやら、アルは私が銃を持たなきゃいけないくらい、のっぴきならない事態が起こったと推測したようだ。
それもそうか。
普段銃を頑なに持たない私が、ここにきていきなり持っているのを見たら、そう思うのも無理はない。
「これは観賞用に買っただけ。お店で見てかっこよかったから、ついね」
「そ、そうなの? 本当に?」
「本当だよ。そもそも弾も買ってないしね」
そう、銃は買ったのだが、私はこれに装填すべき弾丸を買っていない。
観賞用なのだから、当たり前なのだが。
「なんだ……びっくりしたわよ」
しかし、その言葉で私の言い分を信じてくれたのか、アルは胸をなでおろすようにそう言った。
情けない。我ながら、生徒に余計な心配をさせてばかりじゃないか。
「もう、出鼻をくじかれちゃったわ。さ、早く始めましょう」
「そうだね、じゃあ、今日はよろしく」
杞憂だったことに気づいたアルは、すっかりいつもの調子に戻ってくれた。
今みたいに、生徒に余計な心配をかけさせちゃうかもしれないし。
(ユウカにもちゃんと、誤解が無いように説明しなきゃ)
なんて思いながら、未練がましく、最後にガンプレイをしてしまうことにする。
右手で回転、逆回転。
さらに方向を変えて横回転。
最後に右手、左手、右手と回転しながら持ち手を変え、グリップをしっかりキャッチしてフィニッシュ。
うーん、我ながら完璧だ。
さらば、我が愛銃(新品)よ、また逢う日まで。
具体的にはユウカにばれるその日まで。
数日後に訪れる恐怖の太もも大魔王に震えながら、私は銃を鍵付き引き出しの奥にしまうのだった。
「さ、じゃあやろうか、アル」
引き出しのカギが閉まったことを確認して、アルの方向を見る。
すると、何やら彼女の様子がおかしいことに気づいた。
「ッ……」
なにやら、呆けたような顔をしていた。
何か、熱に浮いたような、そんな表情だ。
どうしたんだろうか?
「アル?」
呼んでみても、ぼうっとしてるだけで、返事がない。
「アル!」
「うぇ!? は、はい!」
ようやく気付いたようで、アルは随分と素っ頓狂な声を上げた。
「大丈夫? 体調が悪いようなら、無理しないでね」
「ぜ、全然大丈夫! なんでもないわ! さ、早く始めましょ!」
「う、うん……」
結局、アルに無理やり押し切られてしまう形で、はぐらかされてしまった。
まあ、あまりしつこいのもどうかと思うし、とりあえずはスルーすることにしよう。
……だが、その後の仕事中も、アルは度々心ここにあらずな状態になっていた。
ボーっとしだしたときは、何故か私の手と、銃をしまった引き出しをしきりに見ていた気がするが、気のせいだろうか?
結局、その状態は当番が終わるまで、治まることはなかった。
――後日、いつも通りイカれた量の業務を捌いていると、モモトークに通知が来た。
送り主は……カヨコからだ。
鬼方カヨコ。
アルと同じく、便利屋68のメンバーだ。
『先生、ちょっと社長のことで聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫?』
画面を見ると、そんな内容が送られているのを確認できた。
アルのこと? なんだろうか。
と思いながら、ひとまず返信する。
『全然大丈夫だよ。何だったら、ちょうど便利屋にお邪魔したい用事があるから、そっちで聞こうか?』
『うーん……まあ、そうだね、そっちの方が話が早いかも。いつ頃来てくれる?』
『そっちがいいなら、すぐ向かうよ』
『了解、ありがとう。じゃあ待ってるね』
いったんそれでチャットを終える。
しかしカヨコがアルのことで話とは、一体どうしたんだろうか?
まあ、兎にも角にも、行ってみればわかることだ。
なんてことを考えながら、身支度を整える。
「先生、まだ書類が全然片付いてませんが……」
心配そうにそう助言してくれるアロナ。
だが、今それを聞くわけにはいかない。
「知ってるでしょ、アロナ? 私はいつだって生徒第一のナイスガイなのさ」
「またリンさんに怒られますよ?」
呆れたような目でそう言い返してくるアロナ。
ごめんねリンちゃん。帰ってきたら必ずやるから。
ここにはいない連邦生徒会会長代行に謝罪をして、私はシャーレを後にするのだった。
「あ、先生。来てくれてありがとう」
「う、うん、大丈夫だよ……」
便利屋の事務所に入ると、中に居たカヨコがお出迎えしてくれた。
どうやらメンバーであるムツキとハルカは依頼で出払ってるらしい。
今ここにいるのは、今来た私を除くと、カヨコとアルだけのようだ。
それはいい、いいのだが……。
「……それで、なんでアルは床に正座させられているの?」
そう、ひとつ解せないのは、アルがとてもしょんぼりとした顔で、床に座っているということだ。
その様子は、さながら悪戯をして叱られた猫のよう。
「はぁ……ま、場合によっては、先生のせいとも言えなくもないかな」
と、カヨコはため息交じりにそんなことを言ってきた。
「え、私?」
「うん、まずこれを見てもらえる?」
そう言って、カヨコはアルの机に置いてある、あるものを持ってきた。
「か、カヨコ、それは――」
「社長は黙ってて」
「ハイ……」
アルのなけなしの抵抗も空しく、カヨコの鶴の一声で黙らされてしまう。
一応アルのほうが役職は上なのだが、まあ便利屋の役職はほとんど飾りみたいなものなので、こういう風景は今に始まった話じゃない。
「これは……」
呟きながら、カヨコが持ってきた、2つのものを確認する。
「カタログと、銃?」
そこにあったのは、銃のカタログと、拳銃だった。
それも、以前私がアルに見せてしまったような、リボルバータイプの銃だ。
使用感が無いことから新品であることがわかる。
見事な
「先生、前に社長が当番だった時、何か変なこと言った?」
と、カヨコはどこか圧のある口調で聞いてきた。
特に心当たりがあるわけでもないのに、どこか緊張してしまう。
「い、いや、特に何も……」
「ホントに?」
「心当たりはないかな……けど、なんでまた?」
私がそう聞くと、カヨコはもう一度ため息を吐いて、アルをちらりと横目で見た。
アルはびくりと肩をすくませ、しょんぼりと顔を俯かせてしまう。
事情はまだ聞いていないが、それでもわかる。
まず間違いなく、カヨコにしこたま絞られた後なのだろう。
確信を持って言える。だって私もユウカに怒られてるとき、あんな感じになるから。
「先生、あれ見て」
と、カヨコは目線を別の方向に向ける。
カヨコと同じ方向を見ると、そこには窓があった。
……が、なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらい、その窓は見事に割れていた。
周辺に破片が散らばっているのを見るに、何かが勢いよくぶつかったのだろう。
銃のカタログに、新品のリボルバー銃。
そして割れた窓。
これが意味することは……。
「……順を追って説明すると、社長が当番の日からこっち、しきりにこのカタログを眺めるようになったんだよね」
と、カヨコがこの状況が出来る経緯を話し始めた。
彼女は続ける。
「それで、そのカタログから、いつの間にか社長が勝手に買っていたのが、この銃……しかも見てよこれ、凄く高いでしょ?」
そう言って、カヨコはカタログに載っているリストから、持っている銃と同じものを指さす。
……確かに、凄く高い。
下手をすると、私が買ったやつより高いかもしれない。
そう思えるほどの値段が、そこには記載されていた。
「だ、大丈夫よカヨコ、依頼で使うから経費で落とせるし――」
「社長?」
「スイマセン……」
アルが再び弁明しようとしても、カヨコは無慈悲にそれを断ち切る。
そして何事もなかったかのように、彼女は話を続けた。
「……で、何で買ったのがバレたかって言うと、社長がこの銃で遊んでいた時に、すっぽ抜けて窓が割れて、私がそれを見つけて――で、今の状況が出来上がったってわけ」
カヨコは一通り説明し終えると、心底呆れ返すようなため息をこぼす。
「それで、先生。ホントに心当たりない? 先生に会ってから、急にこういうことしだしたんだけど」
と、今度はこちらに糾弾するように、カヨコの目が細くなった。
うん、怒っていてもカヨコは可愛いな。
などと言っている場合ではないだろう。
しかし、本当に心当たりがない。
直近のアルの当番と言えば、やはり私の銃を見られたあの時のことだろう。
しかしあの時は、私が銃を持つことに心配はしていても、銃そのものにさして興味は持っていなかったように見えた。
業務は特に変わったことはなかったし。特に変わった話もしていない。
銃だって、アルが来てからすぐにしまって、それ以降一回も出していない。
最後に手慰みの銃回しをしながら仕舞ったことまで覚えているのだから、間違いな――。
「あ」
そこまで言って、私の中の点と点が線で繋がった。
リボルバー銃に、割れた窓。
そして、銃回し。
「……心当たりがあるんだね?」
と、カヨコの目が細くなる。
これは……うん、推論が正しければ、確かに私のせいかもしれない。
「そうだね……カヨコ、その銃ちょっと貸してもらってもいい?」
「え? うん、別にいいけど」
カヨコに了承を得て、持っていた銃を渡してもらう。
「アル」
正座しているアルのほうに近づいて、話しかける。
なにやら期待しているような顔をしていた。
「な、なにかしら?」
「アルがやろうとしていたのって、ひょっとしてこれ?」
そう言って、私はアルに見せるように、銃を回して見せる。
右手で回転、逆回転。
さらに方向を変えて横回転。
最後に右手、左手、右手と回転しながら持ち手を変え、グリップをしっかりキャッチしてフィニッシュ。
前にアルに見せてしまったものと、全く同じ動きだ。
「そ、それよそれ! それがやりたかったの!」
すると、さっきまでのしょんぼり顔が嘘のように、アルは少年のように目をキラキラ輝かせていた。
なるほど、つまりこういうことだ。
私が銃回ししているのを見て、アルもやってみたくなった。
けれどリボルバー銃を持っていないから、カタログから探して買ったわけだ。
アルの性格と、この銃の美術的な見た目からして、この銃を選んだ理由はなんとなく察せた。
ガンプレイというのは基本的に練習が必要で、最初はベッドの上とか、すっぽ抜けても安全な場所でやるものだ。
けれど、アルは窓が近くにある自分の机の上とかで、試しにやってみた。
その結果すっぽ抜けて、窓がガシャン!
……と、こういう感じだろう。
「ということでカヨコ、ごめん。私がこれを見せちゃったせいだね」
「なるほど……まあ、社長そういうの好きそうだもんね」
と、カヨコはしょうがない、とでも言うように息を吐く。
というより、ホッとした、という表現が正しい感じだ。
「……実は、社長に問い詰めたときに、先生が銃を持ってたって話は、聞いてたんだよね」
「あれ、そうだったんだ?」
「うん、また変なことに首を突っ込んだんじゃないかと思ってたけど、杞憂みたいで安心した。先生って、そういうこと一人で背負いこんじゃうんだもの」
どうやら、カヨコは実のところ、アルに一通りの事情は聞いていたらしい。
ただ、私が銃を持っているというのが気になって、こうやって相談してきた、ということだったようだ。
なんてことだ。
最初から糾弾するつもりなどなく、私の心配をしてくれていただけだったのだ。
アルの時と言い、本当、私は先生失格だ。
「じゃあ、ホントに何か理由があるんじゃなくて、趣味で買っただけなんだね?」
「うん、そうだよ。私は銃は絶対に使わない。まして生徒に撃つなんてことは、何があってもしない」
「……うん、わかった」
そう言ってカヨコは、安心したように微笑んだ。
「……ごめんなさい先生、カヨコも。こんな迷惑かけて」
と、アルが申し訳なさそうに私たちに謝罪する。
……アルはこんなふうに謝っているが、正直なところ私は、彼女の反応がうれしかった。
何の役にも立たないと思っていた特技に、ここまで興味を持ってくれる人などいなかったから。
「アル」
私はアルの前で膝をつき、目線を合わせる。
彼女が私を見るのを確認して、続けた。
「とりあえず、この銃は返品しよう。代わりに私のをあげるから」
「え!? で、でも……」
「遠慮しないで、私みたいに飾っておくだけよりも、アルが実戦で使ってくれた方が、銃も本望だろうしね」
「そ、そういう問題じゃないのよ!」
と、アルがそんなことを言ってきた。
どういうことかと一瞬思っていると、彼女は続けた。
「だって、二人で同じような銃を使わないと、パートナー感が出ないし……いつか二人で戦う日が来た時に、先生と私が白銀のリボルバーを華麗に使って連携して……ゆくゆくはキヴォトス最強のコンビ、みたいになるっていう、未来設計が……」
なにやらゴニョゴニョと言っているが、声が小さくてよく聞き取れない。
よっぽどこの銃が気に入っているのだろうか?
「……社長、言っとくけど返品しないなら、一か月後にはまたテント暮らしだよ?」
「うッ……!」
カヨコのその一声がよほど効いたのか、アルはぐったりとうなだれる。
「……わかったわ、返品する」
と、ついに観念したように、アルは力なくそう言った。
「アル、この銃の
最後のフォローのつもりで、私はアルにそんな励ましをした。
実際、この銃は観賞用だろうし、同じリボルバーで性能のいい銃なら、もっと安いのがいくらでもあるだろう。
別に今のセリフが言いたかっただけとかではない、うん。
「まあ、銃回しも練習するなら、私も付き合うからさ、いつでも呼んでよ」
「ほ、本当!?」
「うん、ご足労してもらうことにはなっちゃうけど、気が向いたときにシャーレに来てくれれば、いつでも」
そう言った瞬間、アルは花が咲いたように明るくなった。
そんなにガンプレイを習得したかったのか。
これは教えがいがあるというものだ。
「ち、ちなみに、それって私たち二人でやるのかしら?」
「え? うん、そうなると思うよ」
「ッ! わ、わかったわ! 楽しみにしてるわね、先生!」
先ほどの消沈した気持ちはどこへ行ったのやら。
アルはいつも以上のハイテンションへと復活して、大はしゃぎだ。
なんでそんなことを聞くのかと思ったが、この嬉しそうな顔を見てると、そんなことを聞くのが野暮に思えてしまう。
「……ふうん、二人で会うんだ」
すると、一部始終を見ていたカヨコが、私にそんなことを言ってきた。
アルとは対照的に、こちらは何だか面白く無さそうな顔をしている。
というよりも、拗ねている、というほうが正しいかもしれない。
「カヨコもやってみる? 銃回し」
「別に、興味ないし」
「そっか、残念」
「そういう問題じゃないしね」
カヨコは小さい声でそう言った。
すると、アルに見えないように私の後ろに立って、耳元に近づいてきた。
「こんなふうに、個人的な話をしたいときは、シャーレにお邪魔するよ」
ごく小さい、私にしか聞こえない、鈴のような声。
それを聞いた瞬間、何とも形容し難い感覚が、私を襲った。
「か、カヨコ……?」
「……さ、社長、ガラスの掃除しようか? 放っておいたら怪我しちゃうし」
しかし気づくと、まるで何事もなかったように、カヨコはアルに近づいていた。
「あ、そ、そうね。ムツキとハルカが帰ってくる前に、やっちゃいましょう」
と、アルは塵取りと箒を取りに、ロッカーへ向かう。
すると、カヨコは私のほうを見て、微笑んだ。
その笑顔が、妙に艶っぽく見えたのは、私の気のせいだろうか?
結局、掃除している最中にムツキ、ハルカと合流し、その流れで便利屋のみんなと一緒に夕食を食べて過ごしてから帰った。
後日、アルとカヨコがシャーレに来る日がいやに増えたのは、また別の話。