先生の一挙一動が気になる生徒たち   作:生カス

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先生に首輪っぽいチョーカーを付けられる伊草ハルカ

 シャーレの先生に赴任してからある程度の時間が経つ。

 この仕事に誇りを持っているし、不満もないが、毎度毎度のことながら、このふざけ散らかした量の書類群だけはどうにかならないものだろうか。

 

 なんてことを考えながらも私は健気に仕事を続け、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。

 とは言え、終業時間としては、割と常識的な範囲だろう。

 ……昨日の朝から徹夜でやっていたことを加味しなければ、だが。

 

「やーっと終わった……」

 

 ようやく一区切りつき、私は糸が切れるように机に突っ伏した。

 全ての仕事は生徒のため。そう考えれば苦ではない。

 が、書類に関してはもうちょっと簡略化できないものだろうか。

 などと愚痴のようなことを、ふと考えてしまう。

 

「お疲れ様です! せんせー!」

「お疲れ様です」

 

 シッテムの箱から私のことをずっと見守っていたアロナとプラナが、そんな言葉をかけてくれた。

 

「アロナとプラナもね。サポートしてくれてありがとう」

「いえいえ! この超高性能AIスーパーアロナちゃんにかかれば、書類の千枚や二千枚――」

「先輩は夕方まで、ずっとお昼寝してませんでしたか?」

 

 そうプラナに被せられたアロナは、「そ、そんなこと~」と言いながら、あまり慣れてない口笛を吹く。

 微笑ましいもんだ。

 

「応援してくれるだけでも嬉しいよ」

 

 そんなフォローを入れると、どこか照れ臭そうに笑うアロナ。

 実際、今日までの仕事はなかなかに機密性の高いものだったから、当番を呼べなかったことも大きい。

 一人で黙々とするよりは、元気に話しかけてくれる子がいた方が、捗るというものだ。

 

「……それで、今日はこれからどうするんですか?」

 

 と、プラナが聞いてきた。

 

「うーん、そうだね……せっかく早く終わったし、今日は久しぶりに家に帰ってみようかな」

 

 最近はずっとシャーレに寝泊まりだったし、たまには来客用のソファではなく、家のベッドで寝たい。

 うん、決まりだ。

 

「今日はお家に帰るよ」

「あ、久しぶりですね!」

 

 私の帰宅宣言に、嬉しそうにするアロナ。

 彼女は私の家で過ごすことが好きらしく、曰く『お泊りみたいで楽しい』とのことだ。

 

 よし、コンビニでつまみでも買って、黒服から貰ったウイスキーでも飲みながら、アロプラと話して、溜まってるドラマでも見よう。

 そうと決まれば話は早い。

 早々に帰ることにしよう。

 そう思い、手早く荷物をカバンにしまおうとした。

 

「おっと……」

 

 しかしながら、徹夜後の身体は思ったよりも鈍かったようで、片付ける拍子に机にあったあれやこれやを落としてしまう。

 ドサドサという擬音が聞こえてきそうなくらいには、結構な量のものが地面に落ちてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫」

 

 心配そうに聞いてくるアロナにそう言って、床に散らばったものを拾い集める。

 

 ――普段から整理整頓しないから、こういうことになるんです!

 

 と、ここにはいないはずのユウカの幻聴が聞こえた気がした。

 ユウカやカヨコとか、いろんな生徒が定期的に掃除しに来てくれているのに、ものの数日でこの有様だ。

 申し訳ないなと思いながらも、自分の整頓の出来なさには乾いた笑いしか出てこない。

 

「……ん?」

 

 などと思いながら物を拾い集めていると、見覚えのない小包を見つけた。

 

「これは……ああ、そうだ」

 

 思い出した。

 以前百貨店かどこかのくじで当たった、アクセサリーだ。

 何千円以上買ったらできるくじだか何だかで、当たったはいいものの、普段アクセサリーなんて身に付けないから、すっかり存在を忘れてしまっていた。

 

「くじで当たったやつでしたっけ、それ?」

 

 アロナも覚えていたようで、私にそう聞いてきた。

 

「うん、すっかり忘れてたよ」

「先生先生、それ開けてみませんか?」

 

 中身に興味があるようで、アロナは目をキラキラさせている。

 別にプレゼント用のちゃんとした梱包というわけでもないし、私も中身が何だったのかが気になったので、彼女の案に乗り、包みを開けてみることにした。

 

「これは……」

「首輪――いえ、チョーカー、ですね」

 

 プラナの言う通り、小包の中から出てきたそれは、レザー素材の濃い紫色を基調としたチョーカーだった。

 シンプルではあるが、ところどころの作りがしっかりしており、良いものであることが素人目にもわかる。

 

 しかしながら、サイズを見る限り、明らかに女性用だった。

 少なくとも、私の首にはとてもはまらないだろう。

 

「あ、先生、そのチョーカー結構高いやつっぽいですよ」

 

 へえ、と思いながら、アロプラのほうを見る。

 どうやらこのチョーカーを調べていてくれていたようだ。

 シッテムの箱の中で、何やらウインドウを二人して見つめていた。

 

「……うわぁ」

「これは……」

 

 が、しかしながら様子が変だ。

 心なしか、二人の顔が赤いように見える。

 どうしたんだろうか?

 

「……先生、そのー」

「どうしたの?」

「その首――いやチョーカーですね、えーと……」

「もしかして、欲しい?」

「あ、いや、そういうことじゃなくて、その……」

 

 アロナがもじもじした様子で、何か言いあぐねている。

 欲しいわけでもないなら、一体なんだというのだろうか?

 いやまあ、確かに彼女らがこれを付けれるかと問われれば、難しいと言わざるを得ないだろうが。

 

 と、そう思っていた時。

 携帯から通知音が流れてきた。

 この音は、モモトークだ。

 

「あ、良いですよ先生! 確認してもらって!」

「そ、そう? じゃあ失礼して」

 

 アロナがなぜかホッとした様子で通知を見るよう促してきたので、素直に携帯の画面を見ることにした。

 モモトークの送り主を確認してみる。

 

「ハルカ?」

 

 そこに映っていたのは、便利屋68のメンバー、伊草ハルカだった。

 アルを誰よりも敬愛――いや、もはや崇拝と言っていいほど敬っている女の子だ。

 思いが強すぎて暴走してしまうことが多々あるが、基本的には仲間思いの優しい子だと私は思っている。

 こんな時間にどうしたのだろうかと思いながら、ハルカのチャット欄を開いてみる。

 

『先生こんばんは』

『こんな時間に急に連絡してすみません、ハルカです』

 

 モモトークにはそんなメッセージが表示されている。

 まだ入力中のようで、新しいメッセージが次々と出てきた。

 

『その』

『今バイトの帰りでシャーレの近くに来ているのですが』

『先生のオフィスの明かりがついているのが見えまして』

『えっと』

『もしまだお仕事中でしたら、何かお手伝いさせていただけないかと思って』

『いえ、その』

『私なんかが先生のお役に立てると思いあがっているわけではなく』

『あ』

『すみませんすみません』

 

「相変わらずだなぁ……」

 

 なんて、ちょっと苦笑いをしてみる。

 どうやら、この近くに来ているらしい。

 

 しかしどうするか、今すぐやらなくちゃいけない仕事は残っていないし、他の仕事も、申し訳ないがハルカに手伝ってもらうわけにはいかないものだ。

 ハルカの能力的にどうこう、というわけではなく、機密保持的な意味でだが。

 

 とは言え、『できる仕事はないよ、お疲れ様』なんていうのも、どうにも薄情な気がする。

 せっかくだから、少し近況でも聞いてみるかと思い、モモトークに返信した。

 

『大丈夫だよ、ハルカ』

『実はちょうど仕事が終わって、コーヒーでも淹れようと思っていたところなんだ』

『せっかくだし、よかったらハルカもどう?』

 

 ……なるべくハルカが気を遣わないように文面を考えたつもりだったが、なんだかナンパしてるみたいになってしまったかも。

 彼女の断れない性格を考えると、申し訳なく思ってしまう。

 そんなことを考えてもメッセージを編集し直す暇など無いようで、すぐに返信が来た。

 

『そんな、私なんかが先生のお時間を奪うなんて』

『いえ、これは拒否してるわけではなくて』

『あの』

『その』

 

 悩んでいるのか、メッセージが一旦そこで止まる。

 少し間をおいて、続きが来た。

 

『お邪魔しても、よろしいのでしょうか?』

 

 心配だったが、どうやら来てくれるらしい。

 

「ごめんアロナ、プラナ。一旦帰るのは待ってもらっていいかな?」

「……まあ、いいですけど」

 

 と、何やら不服そうにアロナは答える。

 プラナも何だか、呆れているような、責めているような、そんな目をしていた。

 

「女ったらし」

 

 お茶に誘っただけで酷い謂れようだ。

 アロナの呟きにそうは思ったものの、何故だか私はそれを口に出すことはできなかった。

 どうにも居心地が悪くなり、私は逃げるようにキッチンへと向かい、ハルカが来る前にお茶の準備を進めた。

 

 

 

 

 飲み物とお菓子の準備が終わってすぐくらいの時に、インターホンが鳴った。

 どうぞ、と言うとドアが開いて、ハルカが入ってきた。

 

「お、お邪魔します」

 

 愛銃のショットガンを大事そうに抱えながら、彼女は遠慮がちにお辞儀した。

 

「来てくれてありがとう、ハルカ」

「い、いえ、そんな! 先生からのお誘いでしたら、どんな時でも駆け付けますので!」

「まあ、座ってよ」

 

 ひとまずショットガンを近くに立てかけてもらい、来客用のソファに座ってもらって、テーブルにお菓子を用意する。

 と言っても、スーパーで売ってるような、安物の詰め合わせだけど。

 

「飲み物、何がいい? お水、オレンジジュースにコーヒー、紅茶があるけど」

「あ、そ、そんな、お気遣いなく」

「まあまあ、私だけ好きに飲むってのも気が引けるから、付き合ってくれない?」

「あ……じ、じゃあ、オレンジジュースをお願いします」

「わかった」

 

 ハルカ用のオレンジジュースと自分用のコーヒーをそれぞれコップに入れ、持っていく。

 彼女はちょこんと姿勢正しくソファに座っていて、なんだかそれは私に、小動物を思い起こさせた。

 

「さっきまでバイトだったの?」

 

 飲み物を置いて、ハルカの対面に座りながらそう聞いた。

 彼女は静かにそれに頷く。

 

「は、はい。アル様がご活躍するには、まだまだお金が必要ですから!」

「偉いね。だけど、あんまり無理しないようにね」

「だ、大丈夫です。以前先生とアル様達にご迷惑をおかけしてしまいましたから、休日も確保しつつやってます」

「そっか、じゃあ問題ないね」

「……すいません、ご心配ばかり」

 

 と、ハルカは肩を落として俯いてしまう。

 いかんいかん、これじゃまるで呼び出して説教してるみたいじゃないか。そんなの一番最悪な大人だ。

 

「あ、いや、えーと……そうだね。バイト代、便利屋の資金にするのもいいけど、たまには自分のために使ったりはしないの?」

 

 話題をなるべく明るい方向に変えようと思い、とっさにそんなことを聞いてみた。

 

「そ、そんな! 私なんかが使うなんて許されません! アル様が使うべきお金を私なんかが!」

 

 と、ハルカは何度も首を横に振って、必死に否定する。

 相変わらず、アル第一主義のようだ。

 ただ、私としては、ハルカにはもっと自分を大切にして欲しい。

 それはきっとだが、アルも同じ気持ちのはずだ。

 

「そんなことないよ。自分で稼いだお金なんだから」

「せ、先生が仰るなら、そうなんでしょうか……でも、特に使い道も思いつかなくて」

「美味しいもの食べに行くとかは?」

「えと……考えたのですが、一人で外食は、分不相応な贅沢をしてるみたいで、身が引けてしまいそうで」

「じゃあ、植物を育ててるんだし、それ関連のものとかは? 肥料とか、専用の土とか」

 

 ハルカは趣味で雑草を育てている。

 前に偶然見せてもらったことがあるが、ずいぶんと可愛がっているようで、その行き届いた手入れのされようから、いかに彼女が大切に育てているかがわかるものだった。

 

「あ、いえ、あの子たちはあまり、そういうのを必要としないんです。園芸用の肥料とかは、栄養価が高すぎるみたいで」

「うーん、そっか……」

「す、すいません、さっきから先生のご厚意を無碍にしてばかり……わ、私もう、死んでお詫びした方が」

「大丈夫だから死なないでね」

 

 自分のショットガンを手に取り始めたハルカを制止しつつ、考える。

 あとは何があるだろうか?

 女の子がお金を使うもの。

 ……そうだ、あるじゃないか。

 

「服とか、アクセサリーは?」

「え?」

 

 思わずと言ったように、ハルカはそんな声を上げる。

 全く想像もしていなかったようだ。

 

「そそ、そんな!? わ、私なんかが着飾ったところで、かえって皆さんに不愉快な思いをさせてしまうだけでは……」

「そんなことないよ。この前見せてくれたドレス姿だって、凄く可愛くて素敵だった。また見せて欲しいくらい」

「か、かわッ……!?」

 

 よほど言われたことにびっくりしたのか、ハルカは顔を真っ赤にしてフリーズする。

 ハルカは可愛い女の子だ。

 私なんかが言ったところで説得力はないかもしれないが、これは客観的に見た事実だと思う。

 

 ハルカは自分をぞんざいに扱いすぎるきらいがある。

 どっかのミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーほど自己肯定感をあげて欲しいとは言わないが、好きな洋服を買って、それを着た自分を鏡で見てうれしくなるくらいには、もっと自分を好きになってもいいはずだ。

 あと普通に、私はいろんな服を着たハルカをみたい。

 

「……あ、あの」

 

 気づけば、彼女はフリーズから解けたらしく、おずおずと聞いてきた。

 

「ん?」

「その……もしよろしければでいいのですが、聞いていいですか?」

「うん、もちろん」

「あ、えっと……私が服とかアクセサリーとかを買うとして、せ、先生はどういったものが、良いと思いますか?」

 

 ハルカは顔を俯かせつつも、上目遣いでそう言った。

 正直、流行も満足に把握できないおっさんには、少々難儀な質問だ。

 さて、どう答えたものか。

 

「す、すみません! ご迷惑なようでしたら、私の質問なんて無視してください!」

「いやいや、全然迷惑とかじゃないから」

 

 とは言ったものの、どうしよう。

 こっそりアロナに最新のトレンドでも聞いてみようか?

 シッテムの箱をちょっと取りに行って……。

 

 と、シッテムの箱が置いてある机を見て、私はあることを思い出した。

 そう、先ほど見つけた、あのチョーカーだ。

 

 結構落ち着いた感じの見た目だし、なにより、あの紫を基調としたカラーリングは、ハルカに似合っている気がする。

 ひょっとして、彼女が付ければ結構似合うんじゃないだろうか?

 

「ハルカ、ちょっと待っててね」

「え、あ、はい……?」

 

 少し席を外して、件のチョーカーを取りに行く。

 シッテムの箱を見ると、スリープ状態になっていた。

 どうやらアロナもプラナも、疲れて寝てしまっているようだ。

 

 さて、チョーカーだが……あった。

 はだかの状態で渡してしまうことになるが、まあ大丈夫だろう。

 机の上に置いてあったチョーカーを手に取り、再びハルカの元に戻る。

 

「お待たせ」

「い、いえ、全然……あの、先生それは?」

「女性用のチョーカーだよ。以前くじでもらったんだけど、私じゃ使い道も無くてさ」

「あ、はあ……」

「どうかな? アクセサリー選びの参考に、一回付けてみない?」

「え!? そ、そんな、先生のものを私なんかが汚すわけには!」

 

 ぶんぶんと首と振り、全力で遠慮するハルカ。

 ……これは本当に遠慮なんだろうか?

 普通に嫌がってる可能性もあるな。

 まあ、おっさんから貰ったチョーカー付けるなんて嫌か、そりゃ。

 

「あ! いえその! 嫌がってるとかでは全くなくて、恐れ多いといいますか、そのッ……」

 

 そんな私の考えを読み取ったのか、ハルカは早口でそうフォローしてくれた。

 どうしよう、変な気を遣わせてしまったかもしれない。

 

 なんてことを考えながら、十秒ほど。

 どうやらハルカも落ち着いたようで、しどろもどろになりながらも、こう言ってくれた。

 

「えっと……では、その、付けさせていただきますね」

「あ、うん、お願い」

 

 そう言って、私はハルカにチョーカーを渡す。

 ハルカは受け取るとお礼を言ってから、金具を外し、首に付けれる状態にする。

 それを首に巻いて、金具を付け直そうとした。

 

「痛ッ……!」

 

 と、その時、ハルカがそんな声を上げた。

 見ると、髪の毛がチョーカーの金具に挟まってしまったようで、結構な本数が引っ張られている。

 

「す、すみません! すぐに終わらせますので!」

 

 と、ハルカは髪の毛を無理やり引っ張って、金具から引きちぎろうとした。

 

「待って待ってハルカ! 髪の毛痛んじゃうよ」

 

 とっさにいかんと思い、ハルカに対してそう制止する。

 それを聞き入れてくれたようで、彼女は引っ張るその手を止めてくれた。

 しかし止めたはいいものの、これをハルカ本人がとるのはなかなか骨だろう。

 

「で、でも……」

「……ハルカ、少し近づいていいかな?」

 

 仕方がない。ハルカは嫌かもしれないけど、これが一番安全で手っ取り早いだろう。

 

「へ? あ、はい、もちろん……」

「ありがとう」

 

 私はそう言って、自分の席を対面から、ハルカの隣へと移動する。

 

「え、へ!?」

 

 急に近づかれたハルカは面食らったのか、顔を赤くして硬直した。

 相当嫌だったのかもしれない。

 申し訳ないことをしてしまった。

 

「ごめんねハルカ、いやだとは思うけど、ほんのちょっとだけ我慢して」

「そ、そんな、決して嫌では、うあ……!」

「動かないで」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 自分の手を彼女の首に回し、チョーカーの金具から、髪の毛を一本一本解いていく。

 やはり、よく見ると結構な量の髪の毛が巻き込まれていたようで、無理やり引きちぎるのを止めたのは正解だったようだ。

 

「せ、先生……?」

 

 不安そうに、ハルカが私を呼ぶ。

 

「大丈夫だよ、ハルカ。大丈夫」

 

 髪を解く作業に意識を向けていたため、私は彼女にそう言うことしかできなかった。

 かなり顔が近かったので、囀る程度の声量だ。

 

「……は、はい」

 

 ハルカの返事を最後に、そこで会話は終了した。

 それから、どのくらい時間が経っただろうか。

 一本、また一本とハルカの髪を解いていくうちに、いつしか二人とも、一言も話さない状態が続いた。

 

 不思議と気まずい感じはなかった。

 私が作業中というのもあっただろうが。

 なんだか、時間がゆっくりと進んでいるような、不思議な感覚だった。

 

 

 ――数分後。

 ようやく全部の髪を解くことが出来、きちんとハルカにチョーカーを付け直すことが出来た。

 

「……よし、完了! ごめんね、ハルカ。時間かかっちゃって」

 

 と言ったものの、当のハルカから反応がない。

 どうしたのかと思って彼女を見てみると、目をトロンとさせて、ぼうっとしていた。

 心ここにあらず、という表現が、一番近い。

 

「ハルカ!」

「……ハッ!?」

 

 ようやく呼びかけに気づいたようで、我に返ったように彼女は私のほうを見た。

 

「す、すみませんすみません! 先生にこんなご迷惑を!」

「いや、私のほうこそ、時間かかっちゃってごめんね。嫌だったでしょ? こんなおっさんにずっと顔近づけられてるの」

「そ、そんなことありません!」

 

 と、普段の彼女からは珍しく、やや強い否定をしてきた。

 

「あ……す、すみません。その、本当に、嫌じゃありませんから。む、むしろ、これ以上ない光栄です。先生の手で、付けてくださるなんて。えへへ……」

 

 彼女はそう言って、相変わらずのぎこちない笑顔を見せてくれた。

 それを聞いて、私は内心安堵した。

 

「それでその、えっと……どう、でしょうか?」

 

 ハルカは言いながら、少し照れ臭そうに、私にチョーカーを見せてくれる。

 うん、やはり見立て通り、ハルカによく似合っている。

 濃い紫色が、彼女の白く細い首によく映えていた。

 シンプルだが、彼女の髪や服と併せてみると、バランスが取れててカッコいい。

 

「すごく似合ってる。可愛いよ」

「あ、ありがとうございます! えへへ」

「ちょっと待ってて」

 

 そう言って、私は化粧室から手鏡を取ってきて、ハルカに自分が付けているチョーカーを見せてみた。

 

「どう?」

 

 そう聞くと、ハルカは鏡に映るチョーカーを嬉しそうに見つめて、少し経って、言った。

 

「……これ、先生が、付けてくれたんですね」

 

 どこか愛おしいものを見るように、目を細めて、かみしめるように彼女はそう言った。

 喜んでくれたのなら、何よりだ。

 

「もし気に入ってくれたのなら、あげるよ」

「え、い、いいんですか? でも……」

「私が持っててもしょうがないからね。ハルカがお洒落に役立ててくれれば、それに越したことはないよ」

「あ、ありがとうございます。家宝にします!」

 

 嬉しそうに顔をほころばせるハルカ。

 少々大げさな気もするが、彼女が満足したのならば、それに越したことはないだろう。

 

「と、いけない、もうこんな時間だ」

 

 ふと時計を見てみると、結構な時間が過ぎてしまっていた。

 

「ごめんねハルカ、結構遅くなっちゃった。送ってくよ」

「いえ、そこまでご迷惑かけるわけにもいきません。まだ帰れますから」

「そっか、わかった。気を付けてね。コップはそこに置いておいて」

「は、はい。き、今日は何から何まで、本当にありがとうございました!」

 

 ハルカは言いながら90度の綺麗なお辞儀を見せ、出口の方に向かっていった。

 しかし、何かあったのか、ドアの直前で、ぴたりと止まる。

 どうしたのかと思っていると、こちらに振り返り、私のほうを見た。

 

「せ、先生」

「うん?」

「わ、私……」

 

 ハルカは言いかけた後、息を整えるように少し間をおいて、続けた。

 

「私、大事にしますから。ずっと、ずっと、大事にします」

 

 では、失礼します――そう言って、彼女はオフィスから出て行った。

 心なしか、軽い足取りだった。

 

 

 ……考えてみれば、髪を解くときに、普通にハルカに鏡を渡して自分でやってもらえばよかったのではなかろうか。

 私はただ無意味なセクハラをしたヤバいおじさんだったのではないか。

 ということに気づいたのは、自宅近くのコンビニでつまみを買っている最中のことだった。

 

 

 

 

 ――翌日。

 

「あれ?」

 

 今日も今日とてふざけまくった量の書類を片付けていると、アロナがふとそんな声を出した。

 

「あのチョーカー、無くなってますね?」

 

 どうやら昨日まで机にあったチョーカーがなくなっていることに気づいたことが原因のようだ。

 そういえば、ハルカに付けてみたころには、アロナもプラナも寝てたんだっけか。

 

「ああ、あれ、ハルカにあげたんだ。似合ってたし」

「「え?」」

 

 と、私の言葉を聞いた瞬間、アロナもプラナも目を見開いて固まってしまった。

 彼女らがこういう行動を取るときは、決まっている。

 大抵、私が何かやらかしたときだ。

 

「えー!? せ、先生あれ、生徒さんにあげちゃったんですか!?」

「う、うん、そうだけど。どうしたの、欲しかった?」

 

 私がそう言うと、アロナは「あっちゃー」と言って、諦めたような顔になった。

 何だというのか。

 

「……先生、こちらのホームページを見てください」

 

 すると、プラナがそう言って、何やらブラウザを開いて見せてきた。

 それはあるアクセサリーブランドのページだった。

 内容を見てみると……。

 

 

 私の心も体も、全てはアナタのもの――。

 それは愛しの人に対する被支配宣言――。

 愛を証明するための首輪――。

 大人気チョーカー、新カラー登場――。

 

 

「……なにこれ?」

「最近生徒の間で話題になっているチョーカーです。これを恋人に付けられることで、私はアナタのものになりますよ――という」

 

 淡々と説明するプラナをしり目に、私はトンチキな謳い文句が書かれているそのページの、チョーカーの写真を見た。

 

 同じものだった。

 色も形も、寸分違わずハルカに渡したものと全く同じものが、そこにデカデカと載っていた。

 ……もしかしなくても、やってしまった。

 

「どうしよ?」

「責任取るしかないんじゃないですか?」

「ケジメ案件、ですね」

 

 ……今日は仕事が進みそうだ。

 こんなに現実逃避をしたい日は、仕事をするに限るから。

 私はそう思いながら、天井を仰いだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――同時刻。

 便利屋68の事務所にて。

 

「お、おはようございます、アル様」

「おはよう、ハルカ――あら、チョーカー付けたのね。似合ってるじゃない!」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「……ねーハルカちゃん、それ買ったの?」

「あ、いいえ。せ、先生から、頂きました」

「ふーん……」

「どうしたのよムツキ、アナタも欲しいの?」

「別にー? ……ねえカヨコっち。あれって例のチョーカーじゃない? アルちゃんは気づいてないっぽいけど」

「……だね」

「どう思う? 先生から貰ったってことは~」

「いや、どうせ知らないで渡したんでしょ。先生だし」

「そうじゃないとカヨコっちが困るもんね~」

「それはムツキもじゃないの?」

「……いいなぁ、ハルカちゃん」

 

「えへへ……」

 

 

 

 後日、ハルカのチョーカーの件で先生がカヨコとムツキに鬼詰めされたのは、また別の話。

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